出会い、誰と誰が出会ったというのか
――冬のある日
「陛下のお呼びは今日の午後でよかったのよね?」
馬車から降りるためにステップへと足をかけながらユリア令嬢は車内に残る侍女のマヘリアへと振り返った。
「間違いないはずです。届けられた書簡にもそう記載してありますから。……念のため持っていきますか?」
「ううん。大丈夫。変に見咎められてうかつに陛下の機嫌を損ねるのも良くないもの。そうでしょう?」
ステップから地面へと降り立ったユリアは踏みしめた反動で顔を上げ空を見上げる。いつも通りに宮殿へと参上する時に身に着ける喪服のヴェール越しにではあるが、薄っすらと白い雲が見えていた。この国特有のいつもどんよりとしているどこか重苦しさを感じる曇天。晴れ間こそほとんどないがまだ雨は降りそうな感じでもなかった。よく晴れた日に喪服は余り似つかわしくないので、それは令嬢にとって心ならずもありがく思えた。
庭園から宮殿へと繋がる階段を上ってその入り口も今日は見上げてみる。いつもながらに人が入るのに必要とは思えないほど大きく開いた入口だと令嬢は感じていた。開いている部分の縁までの高さだけでも5ヤードはあるように見えて、この王宮に巨人でも招いていたりするのだろうかと子供しか考えないようなくだらないことを妄想して多少は愉快な気持ちになるのだった。
ただそんな順調な心持で入り口を渡り大理石で覆われた宮殿の通路を進んでいると、どこかからカツカツカツと自分以外の足音が勢いよく近づいてくることに気付く。
「おい!そこの貴様!?この王宮で何をしている!!」
およそ周りの大理石で出来た壁が響きだけで割れんばかりの途方もない怒鳴り声だった。
慌ててユリアが声のした方へと顔を向けてみると、遠くに男性の騎士が一人、自分へと向かって歩いてくる姿が見えた。格好こそ軍服というべき身なりではあったけれど、胸につけられた勲章が騎兵のものばかりで、ナイトか爵位のある何かなのかは不明なものの彼が騎士の類なのであろうことを示していた。年のころは令嬢と同じかさほど変わらないようで、整った服装ながらも高い背と布地の上からでもわかる筋骨から屈強な人であることが見るからに伝わってくる。ただ顔こそは年相応に若々しく、髪も短く黒く、そして随分と髪質が固いのか幾本もの毛束が重力に逆らって立っているようにすら見えた。見た目にも騎士然とした溌溂さと気品を感じる雰囲気を漂わせていて、遠くからでも圧倒されそうなほどの存在感があった。
「貴様だ!貴様。聞こえていないのか!?」
大きな声にきょとんとしてしまい返事が遅れていると騎士はどんどんと近づいてくるものだから、曖昧でどうとでも取れる問いに不承不承と感じながら令嬢は尋ね返す。
「それは私のことを問うているでしょうか?」
「貴様しかここにいないだろう!?何を素っ頓狂な顔をしている。ここは王宮だぞ。軽々に入ってきて良いものではない。そんなことも知らないのか!?」
「はあ、そうですか……。」
その余り答える気のなかった返事が余計に気に障ったのか、剣の切っ先よりも鋭い目つきを見せて騎士が駆け寄ろうとした。
「王宮を!王を!陛下を侮っているのか!?そこで待ってろ!今すぐ切り捨ててやる。それが望みのようだからなっ!!」
何をそんなに怒っているのかと令嬢は呆れてしまうが、鬼神か竜獣かとも思えそうな形相で騎士は足早に駆け寄ってくる。カツカツと固いソールの底が大理石の床にぶつかる音を響かせながら騎士が剣に手をかけようとした刹那、その服を背中から握り締めて引き留める者がいた。
「おいおい、慌てすぎだよ。そんな剣呑な話じゃないだろう。落ち着きなよ。」
騎士の服を握り締めたのは一人の男性で、その顔には令嬢も見覚えがあった。さすがにその男性の登場にはユリアも驚いてしまい、両手を体の前で合わせ恭しく礼をする。
「王太子殿下。お久しぶりです。このようなところでお会いするとは。」
「やは。久しぶりだね違爵。エヴァリング違爵。いや、ユリアと言った方がいいかな?」
「違爵でお願いします。」
「そう?そっけないものだね。小さいころから何度も顔合わせているというのに。」
肩を竦めてわざとらしくため息を漏らす王太子はその見事な長い金髪を揺らして優しそうな表情を湛えているが、一方でその掴む手から逃れようと暴れる騎士は、無理やりに指を離してしまうと先ほどの鋭い目つきのままに勢いよく振り返って王太子を睨みつける。二人はよほど慣れ親しんだ中なのか、王太子を前にしても騎士は臆することもなく食って掛かっていた。
「ルートヴィヒ!王太子の身分のお前がなぜ止める!?この不審者を王宮から追い出さねばならんだろうが!」
「そう怒るな。サリエル・アルトマン子爵、君は相手が誰だかわかっているのかい?」
「知らない。」
「ハハハ、だろうね。」
何が面白いのか、思わず吹き出して愉快そうに笑う王太子に令嬢は目を何度か瞬かせてしまう。いくら気安い王太子とはいえ身分の大きく違う子爵とそこまで親しいのは驚きでもあった。
「お二人はご友人なのでしょうか?」
「僕らのこと?ああ。まあねえ。子供のころに知り合ってね。あまりにも堅物ぶって何でもズケズケと言ってくるような奴だけれど、それぐらいが僕にとっても仲良くなりやすくてね。」
「そうですか。なんとも羨ましいことです。」
「だろうね、君には友達が一人もいなさそうだからな。」
「いませんね。」
なんの衒いもなくさらりと令嬢が言ってしまうものだから、それでまた王太子は愉快そうに肩を揺らした。傍らでそれをあまりに奇異な生き物を見るかのような目で子爵がじっと睨みつけていた。
「おい、フリードリヒ。こいつが誰かは知らんが王宮に女を立ち入らせて良いわけないだろう?侵さざるべき我らの法で決まっているはずだ。」
「そうだね。でも、彼女は特別なんだよ。」
「特別?特別だと?」
「そもそもだけど、女性を王宮に立ち入らせてはいけないという法はないよ。」
「そんなことはないだろう。事実王宮に王族以外の女はいない。」
「だけど事実そうなんだ。あるのは、親王と貴族のみが立ち入れると言う王宮の決まりだけだ。」
「まだるっこしい説明を聞く気はないぞ。どちらでも同じではないのか。結局のところ。女の貴族はいない。爵位と言うのは軍権であり、兵を率いる責務でもある。それが足弱の女性に任せて良いはずがないのだ。だから結局のところ王宮に女は入れぬ。道理だろう。」
「一応女性の貴族もいるんだよ。それがあの子だ。知らないのか、エヴァリング違爵のことを。」
言いながら王太子は子爵の方に腕を回すと、肩を無理やりに組んでしまいながら令嬢の方へと体を向けた。そうして王太子はまるで軽薄な様子で令嬢に向かってひらひらと軽く手を振って見せているが、令嬢は令嬢でただ会釈して見せるのみで、それが逆に面白がらせるのか王太子は嬉しそうに口元を緩めている。
一方で子爵は今にも左右の眉がくっつくのではないかと思うほどに眉間をひそめていて、栄典の塔で見た将軍よりもよっぽど厳めしい表情をしていた。
「そんなもの知らんな。会ったこともない。違爵?違爵……そんな爵位があったか?」
「ああ、君は知らないか。なにせ一人しかいないからね。一応名目上はサリエルよりも上の爵位となるんだけれどね。じゃあ、こう言えば伝わるかな。黒装の令嬢と。」
その一言で怪訝そうだった子爵の顔が今度は多少侮蔑を含んだ睨みへと変じていく。
「そうか処刑人か……。こいつが。」
それは酷く敵意を含んだ言葉であった




