自らの罪を問うための、そのためだけの推理
言い含んで自分の様子を伺ってくる侍女の態度が気になって令嬢は素直に彼女の言葉を促すことにした。
「なに。どうかしたの?何か聞きたいことでもある?」
「今更も今更なんですが、なぜ処刑される者のことをそんなにもお調べになるのですか?今回だけではなくずっとそうされていて……。遺言を聞き、その執行を見届けるところまでは処刑した人間の責務として分からなくもないですが、事件の詳細を調べるまでするのは判決を疑っているようであまりその……。」
「風聞がよろしくない?」
戸惑いながらもマヘリアは困った顔をして頷いた。
何を言うべきかと迷って窓の外へと視線を向けたユリアは手持無沙汰で何か触りたかったのか、手元にある本を手に取るとページを捲って紙の束の端だけめくるように指先で撫でつける。
「何故と言われると難しいわね。そうね。もしそれを言葉にするのなら、自分の罪を理解しておきたいからかな……。」
ふいと言われた強い言葉に侍女としては表情を暗くせざるをえず疑問を口にする。
「罪……ですか?なんの。」
「なんのも、なにもも、無いでしょう?私は人を処刑している。人を殺している。それは決して主たる神から許されるような行為ではないわ。」
「国王様からの御下命ですし、相手は罪人です。」
「でも、誰かの命を奪っているのよ。私が。私自身が。それがせめて本当に罪があるのかってことぐらい自分で確かめたいって気持ちになるのは当然でしょう?」
「それは……。そうかもしれませんが……。」
「例えばね……今回の男爵は本当に罪人なのかなって思わない?」
一瞬、侍女はこれから危険なことを言い出すのだと察して体を強張らせてしまう。
「どういう意味ですか?」
恐らく声が震えてしまっていたことを侍女は自分で理解していた。
でも令嬢は素知らぬ顔であまりにも平静な表情のままで口を開くのだった。
「だってあまりにも都合がよすぎるでしょう?みんなにとって。」
「みんなに……ですか?」
どこか項垂れたように令嬢は床を見つめて太ももの上で掌を重ねる。そうしていじいじと親指同士を何度もこすれ合わせる。それは言いづらいものを口にするときの彼女の昔からの癖であることをマヘリアもよく見知っていた。
「これはね、私の勝手な想像でしかないけれど。」
と、令嬢は固く前置きした。
「そもそも、先の戦で大勝はしたものの参加した将に対して褒章が足りなかったことが問題の始まりだった。」
「急に何の話ですか?戦の褒賞は先ほどまでの男爵の話とは無関係では。」
「関係あると思っているの。与えられる領土が少なかったにもかかわらず戦には勝ってしまった、国王陛下は臣下たちに何を与えればいいと思う?」
「土地がないなら……財産や財宝でしょうか。宝剣を下賜されたと言う話も聞きますけれど。」
「そうね。でも、それを”出したくない”と思ったとき、この国にはちょうど都合の良いものがあるでしょう?」
少しだけマヘリアは眉をひそめた。そのちょうど良いものが令嬢の力のことを指しているのだとすぐに理解したからだった。
「ご自身のことを、そういう言い方するのは良くないですよ。」
「そうね。でも、そうでしょう。都合のいい褒賞がある。もしかしたら領土よりも喉から手が出るほど欲しいような。自分で言うのもなんだけれど。」
「私が言ったのはそういう意味ではないのですが……。つまり、こんな良いタイミングで貴族が死罪になるようなのは都合がよすぎるということですか。」
「うん。それにね。選挙で選ばれるような元主席市民様で、市民に大きな影響力をもつ元老筆頭様が、その男爵の妹を娶っているでしょ。」
少し悩んだ後に侍女は何が言いたいのかを察して、あまりにも不快そうな表情を見せた。
「まさか……元老筆頭様が都合の良い市民に告発させて罪をでっち上げたとでもいうのですか。」
「さあ、どうなのかしらね。でも男爵様が処刑された結果として男爵様のご友人は財産の半分を手に入れ、元老筆頭は美人の後妻を娶り、宰相は若さを取り戻し、陛下は感謝と畏怖に浴する。みんなに都合がいいでしょう?男爵様以外には。」
「多分に不敬な物言いが含まれているかと思います。」
「そうね秘密にしてね。」
そんなことを言いながらも、悪びれるでもなくどこか悪戯っぽく笑って見せる令嬢に対して侍女はどこか恐る恐ると伺うように表情を覗き込む。
「あの……お嬢様は……今仰った通りのことがあったと本当にお考えなのですか?」
「かもしれないっていう話。だからね、マヘリア。私が、その方を、無実の男爵様を殺してしまったのだとして、私は許されて良い存在だと思う?ね?私が言いたいのはそう言うこと。」
微かに逡巡する間に視線をそらした後に、口を真一文字に結んで真剣なまなざしで侍女のマヘリアは令嬢へと顔を向けなおす。
「たとい。男爵様が無実だったとしてもお嬢様の責ではないと思います。」
「でも、それは――」
「少なくともどんなことが真実あろうと、何をなされたとしても、私はお嬢様を許しますよ。」
「そう……じゃあ、次の夕食は人参を残しても。」
「駄目ですよ。」
「そうなのね……。」
「それはともかくお嬢様は自分を厳しく扱いすぎです。」
「当然よ。人の命を奪ってしまえる私が、誰かの命を軽々に考えて良いわけがないもの……。良いわけがない。そうでしょう?私の手にはそれだけの責があるはずよ。」
先ほどまでの軽口を感じさせないほどに真面目な顔で自分へと言い聞かすように言った令嬢は、そうしてそのまま言葉絞り落とすようにッ零す。
「実際にその人を殺す私だけでもなぜ死んだのかの事実を知っておかないといけないと思うの」
その言葉にマヘリアからの返事はなかった。元より令嬢も誰かの返事を求めて言った言葉ではなかったからだった。それを侍女も心得ていて黙ってしまうのだった。
新雪の野のように静まり返った部屋の中で、令嬢が窓の外を眺めると夜の帳が降りた街の中にはぽつりぽつりと民家の明かりが見え始めていく。もしかしたらあの一つの灯の中に男爵の妹が過ごす夜があるのだろうかと、ユリアは栓もないことを考えていた。
序章はこれで終わりとなります。
次からが第一章です。




