謎の始まりとそして事実の積み重ねと
――幾日か後のある日
「お嬢様~。お嬢様。先日の国葬の儀についての調査報告が上がってきましたよ。お部屋に入ってもよろしいですか?」
コッ、コッと扉をノックする音とともに聞きなれた明るい声が部屋の中へと心地の良い軽やかな調子で伝ってくる。机に向かってペンを走らせていた手を止めると違爵令嬢のユリアはその馴染みのある暖かい声に少し気持ちが跳ねるのを感じながら部屋の扉の方へと顔を向けた。
「マヘリア?どうぞ入って。」
「お仕事中、申し訳ありません。先日のルース男爵の件のその後をお気になされているかと思いましたので。」
「大丈夫、気にしないで。丁度どうなっているか気になってペンの進みが止まってしまっていたところだもの。それでどうだった?」
扉を開け部屋の中へと入ってきてこようとしていた侍女のマヘリアは、問われて慌てて持っていた書簡を開くと文書に視線を下していく。その内容を理解していくと同時に片眉を上げて怪訝そうな表情を見せた。その表情の意味が分からずに令嬢は思わず首を傾げてしまいながらも、侍女が話し始めるのを待つのだった。
「あー……えっと、何からお聞きになりたいですか?」
扉を閉めながら侍女が尋ねると、令嬢は指折り数えて人差し指に左手の指をとんとんとあてる。
「まずルース男爵の遺体はちゃんとお家に返されたの?あの人、最後は本当に心寂しそうだったから。」
「それをお話しするには、お嬢様がお調べになられようとしていた妹君のことも話す必要が出てきますが……どうしましょうかね?」
「えっと?どういうこと?」
「そうですね……まず家に返されたかの答えだけを言わせていただければ、男爵の遺体は家に返されておりません。遺骸は教会に引き取られました。」
「彼の遺言からすれば妹さんが居たはずなのよね?まさかそれが妄言だったとか、そういうこと?」
時折、死の直前にありもしないことを騒いでしまう人がままあることを令嬢も知ってはいた。確かめる側としては混乱してしまう一因ではあるものの、処刑の時を目の前にして錯乱してしまう気持ちは痛いほどに分かる。ただ書類に目を落として眉を顰めている侍女の表情から察するにそういう事ではないようだった。
「確かに男爵様に妹君はいらっしゃったようですが、ただ……すでに家そのものがなくなっておりまして。」
「もしかして、今回の罪で爵位と家系が取り潰しになったとでも?そうだとしても財産……私財ぐらいは残されるのが決まりでしょう?」
「ええ。そうですね。男爵の財産は一応妹君が受け継いだらしいのですが……、ですが処刑前に男爵家が取り潰しになる沙汰が決まるのと前後して妹君の縁談がまとまったようでして。」
縁談の話を聞いたところで思わず令嬢は微かにだけ眉を顰めてしまっていた。処刑が行われる家族がいるのにその血族の縁談が決まることがあるのだろうか。それも処刑される兄にも知らされず。そう言う疑問が令嬢の中に湧いては浮かんでくる。
「縁談?どなたとの?」
少し言いにくそうに侍女は顔を軽く伏せて上目遣いに答えを返す。
「お嬢様もご存じの、元老筆頭――」
「あのお方なのね。あの方は確かもうお歳も100を超えていらっしゃったと思うのだけれど。」
「昨年に奥様を亡くされてしばらくになりますから、後妻を探されていたようです。」
「……その亡くなった奥様も三人目の後妻だったような記憶があるわ。」
「奥様までは若くなれませんから。」
「そう、ね。そうだものね。」
軽く俯いてユリアはどこともなく床を見つめながら呟いた。
「つまり、元老筆頭様にとってはその歳で後妻を取るのに誰に憚られることもないような相手として、丁度よく元男爵の妹が居たと。庇護者のいなくなった貴族の女性を助けるという名目も立つ。と。そういう事になるわけね。」
「やんごとなき方々が何を考えてなのかは、一介の侍女などには分かりえませんし考えることも憚られますが。」
「そうね……。意地悪なことを言ったわね。」
「ただ、噂を集めたところなのですが、ルース男爵の妹君は大変な美貌の持ち主と言うことで社交界の中でもそれなりに評判になっていたのだとか。深緑に佇む紫石英。体躯細やかなる羚羊。まあ、さまざまと詩に歌われておりますね。」
権力者が美しい女性を娶りたかったと、そう言う含みを持たせているようにも聞こえて令嬢は首を振る。
「それこそ邪推というものだと思うわ。とは言っても元老筆頭様は元々は市民筆頭の身から国葬での栄誉を受けて元老となった人で爵位はなかったはずだけれど。」
貴族と平民による貴賤結婚は許されないはずではと令嬢は暗に尋ねていた。
「ええ、ですので、家が取り潰されて丁度爵位の継承権がない妹君と婚姻を結ぶことができるようになったと言うことみたいですね。」
軽く吸った息の何倍とも思える量の溜め息をユリアは漏らしていた。
「そうなのね……。でも、男爵の妹と、元老筆頭では知り合うこともないはず仲だと思うだけれど。何をどうして知り合ったのかしら……。身分も役職も、恐らく親族としても関りがないでしょう?」
「そこを取り持ったのが、男爵様が遺言を託した友人のエディンバラ男爵だそうです。」
「ふうん?」
「家族を亡くし一人で遺され家も取り潰された天涯孤独の妹君に、兄の友人として苦しい生活をさせるわけにはいかないと手を尽くして良縁を探したそうで。」
「確かにそれは良い友人ね。元老筆頭様なら生活には困らないでしょうし、家系が取り潰される以上は爵位のある方との縁談も望みが薄いわけだから良縁と言えば良縁なのでしょうね……。ああ、そういえば、その友人には妹の面倒を見ることを代わりに家財の半分を渡すと言う遺言もあったと思うけれど、そちらの方はどうなったの?」
「それはちゃんと受け取ったらしいです。確かにしっかりと妹君のその後の安定した生活ができるように面倒をみたとは言えますからね。遺産を取り扱っていた相続財産管理人としては、それで良しとされたそうです。その結果として家は既に売り払われてしまっているわけですが。」
「そうなのね……。」
「遺言の件は、これで以上となるわけですが、それで、あの残りのは……。」
「彼の被疑が本当に正しいものかも調べてくれた?」
「一応……ですが、本当に良いのですか?国の司法を疑うようなことをするのは……その……。」
「分を越えてる?どうせ私が知ったところで何もしないことをあの方々はご存じだから、何も問題はないわ。それに――」
そこで口を閉ざしたが、令嬢はあそこにいた誰もが自分のことを殺すことはできないだろうと理解もしていた。非力で戦闘能力なんてものは皆無だけれども、自身の持つ力は常に当代に一つしかないと言うことらしいことは違爵家を継いだ時に何度も聞き及ばされている。少なくとも1000年以上はそうなのだと言われた。結局のところ、誰も死の恐怖からは逃れられないのだから、趣味で何の影響も及ぼさない程度に調べることぐらいは目を瞑られる。そういう多少薄暗い気持ちで弾いた打算と、そして仮にそれが咎められてしまい、たとい自分が処刑されることになったとしても、それもそれでどうでも良いという捨て鉢な気分も令嬢の心には絶えずあったのも正直な気持ちだ。
「調べた結果はどうだった?」
「どれも判然としないものばかりでした。あったとも言えますし、なかったとも言えます。そんな感じです。」
「具体的には?」
「証言はあるものの、それを裏付けるはずの書類の類がことごとく紛失して確かめられないという状態でした。実際、男爵家が管理する領地で徴収される税は多少なりに多かったのは事実らしい、と他の領地の民さえも証言しているので本当のことなのかとも思いますが……。」
「ただ、それこそ、その程度の税を一部加増するようなことはどこの領地でも行われていて、わざわざ極刑にするほどのことでもないわね。よほどに大きな額でない限り。」
「法務官はむしろ帳簿がなくなってしまっているのは大規模な税の横領があったから証拠を隠滅したのだという結論になりました。」
「ええ。確かにそういう考え方もできるわね。それじゃあ戦地で拠出すべき兵数の誤魔化しをしたと疑われた方は。」
「それこそ誰もわからないという感じです、少なくとも観戦武官の記録には兵数が少ないと記載されているようですが……。」
「言い淀むということは、どこか怪しいところでもあったの?」
「書き換えられてはいるそうです。ただそれが現場で書き損じてしまいそうなったのか、後で書き換えられたのか誰にもわからず。その他もろもろ、明確な物品こそないものの証言としては全て男爵の犯罪があったことを示している。そういう状態でした。」
「そう、分かったわ……。ところで、そもそも今回男爵が疑わしいと国に告発したのはどんな人たちなの?」
問われて改めて書類へと視線を落とした侍女は書かれている部分を必死に探していく。
「えっと告発者は……市民……の告発だそうです。」
「市民?領民じゃなくて。」
「ああ……えっと、私はその違いが良く分かっていないのですが。」
「一応ね。この王都に住む自由民が市民。王都以外の領地に住む自由民が領民ね。いろいろと例外はあるけれど。普通、領主の横暴を訴え出るならその領地に住む領民と言うのが定番ね。」
「王都に住むと市民……と言いますか、市民の方だと領民と何か変わるのでしょうか?」
「一部の公職となってる執政官、法務官、財務官あと主席市民は市民によって開かれる選挙で選ばれるから、市民の方が権利が上ということになるのかな。」
「そうなのですか。一応、調べでは市民と確かに書かれています。訴え出たのも王都での話とのことですので、市民であることは間違いないのではないかと。」
「確かに告発するときは報復を恐れて土地を移ってからということも良く耳にすることであるけれど……」
何かが引っかかるのか、そこで軽く黙り込んで令嬢は考え込んでいるようであった。そしてふと何かを思い出したように顔を上げる。
「そういえば元老筆頭様は元々主席市民から元老になった方だったわね……。」
「それが何かありましたか?」
「ううん……。別に良いの……。とりあえずは調べてくれてありがとう。遺言の執行状況が良くわかったわ。」
「お役に立てたなら良いのですが……あの、お嬢様……。」
尋ねづらそうにしながらも、気になると言った様子で侍女は令嬢の顔をちらちらとみている。明らかに何かを問いたいと言った、そう言う表情であった。
冒頭のDays after the dayは文法的には明らかに誤りですが、語呂が良いのでそう書いています。




