でなければこんな女に爵位など与えない、そう言っている
儀式の為したことに動揺を隠せない将軍に対して隣の元老筆頭は鷹揚に頷く。
「ああ……そう言えば貴兄が国葬の儀に参加するのは今回が初めてでしたか。」
「一体あれは……なんですか。噂には聞いていましたが、本当に人が若返ると言うのは、目の当たりにしても信じがたい……。」
「あれが違爵だけの持つ力なのです。」
「違爵……爵位にはあまり詳しくはないのですが……。あの女性も貴族の一角なのですか?」
「貴族……とは、多少違いますな。普通、貴族は血族で爵位を受け継ぎますが、違爵はかの能力を持つものだけに与えられる一代だけの爵位なのです。だから違爵。貴族と官位の外にある爵位なのですよ。」
「分かりませんな。なぜそのような者にわざわざ爵位を……?処刑人と言う職に対して官位を与えるでは駄目なのでしょうか?」
「王以外に命令されぬためですよ。あの力が貴族に求められみだりに濫用されたらどうなると思います?」
ああと将軍は苦々しい顔で頷いた。
「奪い合いになるでしょうな……。多少の財物や官位ですら私は今までに何度も見てきた。」
自らの頬の傷をなぞりながら将軍は何かを思い出したのだろう歯ぎしりの音を隠さずに漏らす。ただ傍らで驚きもせず元老筆頭は大きく頷いた。
「そのためにどこにも属さず、誰にも傅かぬ、そう言った王直下の爵位が必要だったのです。例え大公からの頼みであろうとも拒否できる権威が。」
「なるほど……一応は理解はします。ただ、もう一つ聞きたいことが……。先ほどの言いぶりだとあの少女以外にも同じ能力を持った人間がいる様な口ぶりでしたが。」
「時折出るらしいですな。この国には。ああ言うものが。ただ同じ時代には一人しかいないらしく……詳しくは私も知りません。ただ私が見るのもあれで三人目の違爵です。みな同じ力を持っていたが、全員血は繋がっていないのだとか。」
「神の落とした御業か何か知りませんが恐ろしくもありますな……。なにしろ触れただけで人を殺すなどと。」
自らの見たものに興奮と恐怖を感じたのかわずかに汗をかきながら将軍は自らの首元に掌を当てる。人と言うのは存外に死なない。当たり所さえ悪くなければ矢で貫こうが、投石で頭を割ろうが、メイスを思い切りに振りぬこうが、思うようには死んでくれない。せいぜい息も絶え絶えに血を吐き臓物を溢れ出し、それでも喚き、醜くくとも総てを失うまで這いまわる。それが人間だった。指先で触れるだけでまるで死神の鎌にでも触れたかのようにこと切れた男爵の姿は、長らく戦場に立っていたからこそ将軍には異常に感じられた。
その恐怖心を見透かしているのか元老筆頭は涼やかな目で視線を送る。
「どう言う神秘かは知りませんが、左手で触れた人の命を、右手で触れた人へと受け渡し継ぎ足すのだそうで。まるで甕から甕に水を灌ぐかのように。ただ、あのように綺麗に死んでくれるから貴族の処刑としては大変に恰好が付くのですよ。貴族と言うのは死ぬ時まで自らの体の完全性を大事にしますからな。」
「なるほど……。だが……いや、げに恐ろしい……。元老筆頭殿は何度か同じものを見ているのですよね?」
「見ることも幾度とあれば、私があの栄誉に浴することも二度。」
「ああ……ああ……元老はみな一度はあの褒章を下賜された方々とは聞いていましたが……。いや、なんとも……なんとも羨ましい。このような場で失礼かもしれませんが、元老筆頭殿は今お幾つなのでしょうか。」
「そう大したものではありませんよ。私などでは多く見積もっても皇帝陛下のお召しになられた歳の三分の一にも満たないことでしょう。」
それですら。それですらこの壮年のように見える元老筆頭が、その実、齢の百をゆうに超える老人だということを意味するのだと将軍は目を見開かざるをえなかった。
嘆息を漏らした後、将軍はもはや皺だらけになり始めた指で、白髪交じりの顎の髭をしきりに撫でつけてしまう。
「……どうすれば、あの栄誉を自分も受けることができるのか……。」
それは元老筆頭に尋ねたというよりも思わず口から洩れてしまった言葉のようであった。
視線の先では黒い装いに全身を覆われた令嬢が、床へひしゃげたように倒れた男の体を抱え上げようとしているところだった。彼女はまるで亡くなった自らの息子の遺骸を抱きかかえた処女のように慈しんで体を骸布で縛るとそのまま胸元に抱き寄せてせめてもの乱れた彼の髪を整えていった。やがて、その手を煩わせていることに気づいた兵士が慌てて近づいていき、令嬢はようやく促されてその遺骸を兵士たちの手に任せたのだった。真っ暗で明かりの一つもない通路に引きずられていく男の遺骸を眺め続けながら、自分の元に残っていた兵士の一人を呼び止める。それは男の遺言を公文書に記載していく役目を担う兵士の一人だった。
「どうか、あなたにお願いがあるのですが。」
「な……なんでしょうか。」
声をかけられた瞬間、とっさに兵士が一歩二歩と後ずさった。それを追って令嬢が一歩近づこうとすると、喉の奥から微かな悲鳴のような声を上げて兵士が更に下がろうとするために令嬢は気が付いて足を止めた。仕方なく少し遠い距離のまま令嬢は兵士へと頼みごとを口にする。
「その遺言の写しを、私の侍女にも送り届けて欲しいのですが良いでしょうか。」
「え?……あの……わ、私どもが書き留めた文章に……そのう……あの、何か……何か不備があったのでしょうか……?」
今にも首が転げ落ちてしまわないかと不安げに全身を硬直させた兵士は過呼吸になりそうな様子で何とか声を振り絞って吐き出しているようであった。それは多分に恐怖であったのだろう。そう言う気持ちを持たせてしまったことに令嬢は幾ばくながらに目を伏せてしまいながら頼みを口にする。
「いえ、私たちには遺言が確かに執行されたのか見届ける責務がありますので。証文の写しがいただきたいのです。」
「あっ……ああ……な、なるほど、分かりました……。すぐに写しを送り届けますのでっ!」
安堵して肺に溜まってしまっていた息を吐き出したのちに、気が付いたように畏まって兵は敬礼をかざした。その横で令嬢は真っ黒なヴェール越しに骸布に包まれ去っていく男の姿へと視線を戻していた。まるで何か意図があるかのように。




