其は死の足音、其は零落の溜息、其は――
――未亡人を部屋に遺して
「奥様は大丈夫なのでしょうか。」
心配そうに二人を――未亡人と村長だった遺体を――残してきた部屋を振り返る侍女に令嬢は首を振る。
「これ以上私たちが関わるべきことではないわ。ここから先はあの方々夫婦二人の問題よ。」
「ここまで二人の仲を引き裂いておいて、それもどうなんでしょうか。」
「だからと言って私たちに出来ることもないのだから。」
冷淡に言いながらもどこか名残があるように令嬢も部屋へと一瞬振り返るがすぐに険しい表情へと変じて玄関へと視線を向ける。
「ただそれよりも……。」
言いかけた令嬢に侍女も緊張感を漂わせて頷く。
「お嬢様。お下がりください。」
「大丈夫よ。あなたがいるなら。」
何かを言いかけながら、やはりやめて侍女は玄関の取っ手へと指を触れさせる。軽く息を吸い込んで覚悟を決めたようにゆっくりとその扉を開いた。
刹那、金属同士がぶつかる激しい音がして弾けるように剣が中空へと飛ぶのが見えた。かと思った瞬間、目の前の玄関先に子爵が泥だらけで勢いよく転がり込んでくる。慌てて体を起こした子爵は令嬢たちとは逆の方向へと睨みつけていた。
「どういうつもりだ!?スミス!」
怒号の向けた先にいたのは一人の男性だった。
この村に来るときに子爵の部下として旅の護衛をしてくれていた兵士たちのリーダー格のような存在だったと令嬢はその男を認識していた。スミスと呼ばれたその男はむき出しの剣を携えながら一歩一歩わざとらしく近づいてくる。
「おや。違爵様たちも丁度来てくださったんですね。これはありがたい。」
その言葉に子爵が慌てて振り返り、令嬢たちを見つけてぐうっとうなる。
「お前ら……間の悪い!さっさと逃げろ!」
「子爵様。これはどういうことなのでしょうか。」
「分からん!家の外で待っていたらスミスがお前らの居場所を尋ねて、中にいると言ったら急に切り付けてきた。おい、スミスどういうつもりだ。我がアルトマン子爵家を裏切るつもりか!?」
激高する子爵に問われてスミスは肩を揺らして愉快そうに笑う。
「裏切るかと言われれば、ええ、そりゃもう裏切らせていただきますよ。何しろ随分と良い話をいただいたんでね。何日も機会をうかがって、もしかしたら襲うタイミングがないかもしれないと思いましたが、今日は運が良かった。」
上機嫌にスミスは子爵から令嬢、そして侍女へと視線を向ける。
怪訝そうに侍女が問い返す。
「運が良かったですか?」
「誰か一人ずつ殺すと警戒されるかもと思いましてね。とはいえ少なくとも剣が使える子爵様は……あーもう様はつけなくてもいいのか。子爵は一番最初につぶしたかった。ただそれで二人に逃げられたら全くの無意味なのでね。こうやって三人で集まって、しかも子爵だけ一人になってくれたのは大概にも運が良かった。」
「私たち三人が狙いと言う事ですか?」
「狙い、で言うなら、それこそあんた、違爵様だけだけどさ。でも、仮に殺しても子爵が知ればどこまでも追いかけてくるだろうし、何が起きたかを侍女が王都にでも伝えたら俺の身が危ない。たとい契約を果たしたとしても、それじゃあ意味がないから、三人とも殺せるタイミングを計っていたってわけ。ただ、どうしても個人行動ばかりで、まとまって狙うタイミングがなくって困っていたところだよ。帰りとなると他の兵士もいるだろう?面倒くさいよな。」
勝ち誇ったつもりでいるのかスミスはぺらぺらと聞いていないことまでしゃべり始める。
ついでにと令嬢は語るに落ちるを狙って問いかける。
「私を狙うだなんて誰の差し金ですか?子爵様が死んでも良い階層の人ということは随分と爵位の高い方々と推察しますが。」
「爵位が高い?はっ。」と笑いかけてスミスは首を振った。
「ああいや……誰が頼んだかなんて言うわけないよ。どこで聞かれているかもわからねえからな。それで、まあ子爵はもう戦えないだろうから、あんたら二人は望めば苦しまないように殺してやってもいい。」
その言葉に令嬢はなんとも気の抜けたような興味もないような様子で視線を外し、地面に倒れこむ子爵を見下ろす。
「子爵様。戦えないのですか?」
「見えないのか!?足が切られて、武器が弾き飛ばされてしまった。あいつ相手では掴みかかるのも……難しいだろう。少なくともお前らを助けることは出来ん。分かったらすぐに逃げろ。」
「そうですか。じゃあマヘリア。頼める?」
「ええ、ですが良いのですか?一日に二度も。」
「回数はあまり関係ないわ。それよりまた約束が果たせなくなりそうね。」
「共に老いるってやつですか。もう今更ですよ。」
「ごめんね。だけどお願い。」
「はい。任せてくださいっ。」
まるでこれからオリンピアの競技会にでも出るかのような明るさで侍女はスミスに向かって一歩足を踏み出した。




