国葬の時―ああ、讃えよ神の御業を、恐れよ神の偉大さを―とある神官の言葉
村長の凶行が白日の下にさらされたにもかかわらず、儀式を行うと告げた令嬢の言葉に部屋が割れそうなほどの大声で子爵は疑問の声を上げていた。
それは泣き崩れかけていた村長が一瞬で上半身を持ち上げるほどに。
そうして村長も言われたことが意味が分からず令嬢の方へと視線を向ける。
やはり令嬢は聖母像のように穏やかな笑みを浮かべている。
「何も問題はなくなりましたから儀式を行うと、そう言ったのです。」
「ちょっと待て意味が分からん。こいつは咎人だぞ!?」
「それがどうかしたのですか?」
「どうかしたかだと!?罪がないかを調べていたのではないのか!?栄典に浴するだけの人物かどうかを。お前は人を殺した咎人に国王の褒賞を渡すと言うのか!?」
「勘違いをされていらっしゃるようですね。私が調べていたのはそういう事ではありません。」
「では、なんだと言うのだ!?」
「自分が贄になると言う、その言葉に偽りがないかを。まれにいるのです。脅されて、色欲に溺れ、金に目がくらみ、褒賞を譲り渡す人が。ですから、そう言った裏がないかを調べていました。アダムスさんは心の底から自らの罪を悔い、そしてだからこそ死にたいのだと願っているのだと分かりました。だから、問題ないのです。」
平然とそんなことを言ってのける令嬢に子爵は今にも頭の血管が切れそうな勢いでまくしたてる。
「だが咎人だぞ!咎人の願いを叶えると言うのか!?」
「子爵様も仰っていたではありませんか、殺すなら罪人であるべきだと。国王陛下の褒賞は確かに渡され罪人が死ぬ。まさしく規定通りではないですか?これで問題なく儀式を行えます。」
「お……お前……そのために?陛下の褒賞を違わずに渡すためだけに!?こいつの!この老人の!後悔し続けているただ哀れな老人の!その隠したかった過去をわざわざ暴いたとでも言うのか!?」
「ええ、子爵様のご協力のおかげで違えずに済みました。」
パシン――!!!
瞬間、部屋の中に破裂したかのような甲高い音が響いた。
子爵の掌が令嬢の頬を強かに打ちのめしていた。
令嬢の頬に真っ赤な跡が浮き出る。
「貴様は……!貴様は!!」
「おやめください!」
さらに胸ぐらをつかみかかろうとした子爵の体を侍女のマヘリアが必死に止める。
「止めるな!こいつが何をしたのかわかっているのか!?こいつは村長の――」
「分かっています!これが違爵の、お嬢様の役目に必要なことなのです!」
「良いの……。マヘリア。止めなくて。そうされるのは仕方ないわ。」
「お嬢様っ!」
必死に止める侍女に勢いをそがれた子爵は握りしめた拳をわなわなと振るわせた後に大きなため息をついて腕を下した。
「離せ。こいつを殴れないというなら俺はこの部屋を出ていく。」
少し語気の収まった言葉に慌てて侍女が手を離すと、令嬢を睨みつけながら子爵は部屋の外へと出ていった。
大きな音で扉が閉められ中にいる三人が三人とも多少びくりと体を揺らす。
微かな沈黙ののちに村長が恐る恐ると口を開いた。
「私はてっきり私のしたことがバレれば願いはかなわないものだとばかり……。」
「私が求めていたのは、その願いが本心から出たものなのかを確かめたいと言う事だけですよ。」
そうして令嬢は侍女へと視線を向ける。
「マヘリア。奥方様を連れてきて。」
「分かりました。ですがその……。」
「大丈夫。頬は痛いだけだから。歯が折れたりもしていないわ。」
「冷やすために湿らせた布も取ってきます。」
慌てて侍女は部屋を出ていくのを見送って、改めて令嬢は村長へと意思を確認する。
「それで、お気持ちは変わりないですか?」
「あの……私なんかが栄誉に浴して良いのでしょうか?」
「あなたは確かに村を開拓しました。民を増やし国に富をもたらしました。それは変わりない名誉でしょう。」
「そうであれば良いのですが。」
躊躇いながらも村長はまるで遠くを見るように部屋の壁を見つめた。
「あの……。先ほどのこと……妻には……。」
「安心してください。私たちの胸の中で一生閉じ込めておきますから。」
「そうですか。それならば……。」
少しだけ安堵して村長の口元が緩みかけたとき、廊下の奥から足音が聞こえてきた。部屋の戸が開かれて、侍女に連れられる形で村長の奥方が部屋の中へと入ってくる。
「あ……ら……?どうしたの?大丈夫?お嬢さん頬が赤いけれど……。」
「私のことは気になさらないでください。」
「でも……。」
「侍女が冷やしてくれますから、それよりもお話したいことがあります。そちらの椅子にお座りください。」
困惑しながら腰を下ろした奥方へと向かって、頬を冷やされながら国王からの褒賞とこれから何をするのか、どんなことが村長と奥方に怒るのかを説明した。驚きはしていたものの奥方は取り乱すこともなく静かに話を聞いていた。
「……。」
「――と言うことで村長さんの命を奥様にお渡しすることになります。よろしいですか?」
「よろしいも何も、もう何もかも決まってしまっていることなのでしょう?」
「はい。国王陛下の命令ですから断る権利は村長のみにあります。」
「あんまりな話ね……あんまりな話だわ……でも、分かったわ。」
覚悟を決めた奥方に令嬢は頷いて返したところに、村長が恐る恐ると尋ねる。
「あの一つお伺いしたいのですが、私の命を渡したとして妻はどれほど若返ることになるのでしょうか。」
「贄となる方の余命によって大きく変わりますので、村長さんはもうすでに御年のようですから全盛期まで若くなると言うことはないでしょう。恐らくは30歳前後の御姿に戻るのではないかと。」
「それなら十分です。」
感謝をしながら村長は奥方へと顔を向けなおす。
「それぐらい若返れば、他の村に行って新しい伴侶を見つけると言うこともできるだろう。どうか新しい人を見つけてくれ。」
「はあ……あなたはいつも勝手なことを言うわね。」
「すまないが頼む。そうしておくれ。お前のことを最後まで面倒を見れずに悪い。」
ため息を漏らしながらも奥方は村長の皺枯れた手を握る。
「そんなことは気にしてないけれど……分かったわ。安心して。」
「うん……うん……。」
目頭を熱くしながら何度も頷いた村長は令嬢へと顔を向けなおす。
「それではお願いします。」
「分かりました。ではお二人とも私に向けて手を差し出してください。」
促されて村長と奥方が片手をそれぞれと伸ばした。
頷いて令嬢も両手を前に差し出すと、恭しく侍女のマヘリアがその手を取り、まとっていた黒い手袋を引っ張って一つ一つ脱がせていく。やがて白く細い彼女の指先と腕が露わになると、暗い室内にもかかわらずそこだけが神の恩寵が与えられているかのように輝いてみえるほど肌が澄んでいた。神妙な面持ちをしている令嬢の顔にマヘリアが恐る恐ると黒いヴェールをかぶせ、その表情を全くのままに隠してしまうと、布越しに無機質な言葉が投げかけられる。
「これより国王陛下の命により国葬の儀を執り行います。ご両名ともお覚悟はよろしいでしょうか。」
問いかけに二人が頷くと、令嬢も頷き儀式の口上を奉り始める。
「では……国王陛下の御名において。主たる神の慈悲によって。根源たる命の捧げ手は安堵せよ。痛みなく苦しみなく絶望もなく。生命の縒り糸となることの幸福を悟り。死の恵みを授かる者は悔いよ。先行かれ、共に離れ、命は彷徨いゆく。汝は幸いなれ。汝の道標は何もなし。祈りなさい。ただ死が二人を永久に番うこの瞬間を。」
少しの間をおいてゆっくりと令嬢の手が二人の掌へと触れた。瞬間、令嬢は指先に熱いものが吸い取られそれが雷や閃光のように激しく体を貫くのを感じて、そうしてもう一方の指先からその熱さが抜けていったのを感じた。それは命の受け渡しがその一瞬で過ぎ去ってしまったことの合図であった。
目の前で今まで皺だらけだった奥方の肌が見る間に明るくなり張りを取り戻し、そして老いてブラウンがかってすら見えていた髪が澄んだ若々しい金髪へと変わっていく。その見目はもうすでに老人とは全く言えないほどに若々しく変じていく。
それを隣で薄れゆく意識の中で眺めていた村長は口元を緩めわずかに涙を漏らした。
「すまない……。」
倒れる直前、口の端から洩れた言葉のそれだけが辛うじて三人に聞こえた。
いつの間にか妙齢の物憂げな美女となっていた未亡人は瞼のふちを指で押さえながら。
「馬鹿な人ね……。」と、その時初めて泣いていた。




