恋を知ったとき人は操られるように全ての行動が衝動的となる
指摘され狼狽する村長に対して、令嬢はまだ穏やかな相貌を崩さずに全くの善意と言うように頷く。
「村の方々に色々と教えていただいた結果、そう推察しました。」
「なんの……なんの根拠もないでしょう?」
「根拠が必要だとも思いませんが……そうですね、一つはあなたの昔を知っておられる方が誰ぞに告白して振られたと言う話をしているのを聞きまして。」
その話は侍女のマヘリアが慰霊碑に行くときに出会った女性から聞いた話であり、彼女は部屋の隅に佇みながら少し耳をそばだてる。
「そ……それがなんだと言うのです?」
「一方で子爵様が言うには、村長、あなたが恋をしたのは奥様一人だけだとはっきりと言い切っていたと。」
「それは……。」
「こう考えればつじつまが合います。村長様は一度奥方に告白し振られてしまっているのではないのですか。」
「……。」
「そしてもう一つは……。」
今度は子爵が眉を顰めて非難めいた声を上げる。
「まだあるのか?」
「あります。奥方様の話です。奥方様が昔のことを話されるとき、そうですね、村長と親友が自分の村に開拓者を求める話をしに来た時のこと、非常に懐かしそうにそして愛おしそうに語られていましたが、その時の話がどうにも村長の姿とはあわないのです。村の人に聞いた活気に満ちた村のリーダーと言うより、むしろ真面目な調停者としての――」
「やめてください……。」
切実に振り絞ったような言葉で村長は首を振った。
「妻があの男のことを話していたなどと、そんなことはもう聞きたくはありません。」
「では恋敵だったのだろうと言う推測は当たっていたと言うことで良いのでしょうか?」
「……。」
何も答えず村長は押し黙ってしまうがそれが事実であるだろうことを何よりも示していた。
苦悶の表情を浮かべ脂汗を流しながら緊張で乾いた喉をかきむしりそうな衝動に侵されながら村長はまどうように言葉を絞り出す。
「だとして、殺したと言うのは……飛躍がすぎませんか。」
「そうですね。そこが私も一番気にかかっていたところです。そして、それこそがこの話の要点ですから。」
「友は……友は川の洪水でなくなりました。恐らくそれも村民から聞いているとは思いますが。」
「ええ。ええ。そう伺いました。そう伺っておりますよ。」
「あれは事故でしかないのです。」
「その事故によって恋敵がいなくなったと。それから奥様に改めて告白したのですかね。」
「ええ。その通りです。悲しむ妻の心に入り込んだのは認めますが、それが罪だとでも?」
「いえ。そんなことは一言も言っていません。でも事故だとすると謎が残ってしまうのですよ。」
隣で聞いていた子爵はそんなもの残っていいではないかと思っていたが、しいてそれを口にするのはやめた。
ベッドの上で震える村長は何を言われるのかと不安げに子爵や侍女の方へと視線を移ろわせてまどっている。
「なんでしょうか。謎とは。」
「あなた方の結婚式の折、お二人は友が亡くなられたことを思い出して泣いたのだとか。」
「……そうかもしれません。だ、だとして何の不思議があるのでしょうか?親友が亡くなったのですよ。それぐらい神経質になるのは当然ではないでしょうか。」
「そうかもしれません。ですが、あなたは先ほどその方の話を聞きたくないと。どちらかと言えば憎しみ込めて仰っておりました。そんな思い出して悔やむものでしょうか。」
「ああっ……いや……。」
「本当に友の死を惜しんでいましたか?もしかして、女性も命も奪ってしまったことを、そこで申し訳ないと思ったのでは?」
「そ……それは……。」
苦悶の表情を浮かべて両手で顔抑えた村長は指先を肌に押し当ててぐううっと獣のように慟哭した。
呻き声を聞きながら、反論に惑っている村長の反応で確信したのか、横に座っていた子爵は悲しそうに首を振る。
「そうか……本当にやっていたのか……。」
誰に聞かせるわけでもなく自分の後悔のように呟いて子爵は天井を見上げると顔に手を当てて固まっていた。
ひとしきり村長はうめいた後、浅く呼吸をしながら令嬢へと顔を向けなおす。
「どうして……どうして私が後悔をしていると、そう思ったのですか?」
「幾つか理由があります。まず一つはあなたが不自然なほどにその友人のことを避けていたからです。」
「避けていた?」
「まず何を尋ねてもあなたからその友人のことを伺うことはありませんでした。」
ぐっと村長は自分の言葉を思い出して視線を伏せる。
「そして子爵様と外出をするときにもあなたは氾濫した川や石碑のある村の北側には向かわなかった。それは子爵様から伝え聞いています。」
横目で令嬢が視線を向けると子爵は苦々しくも頷いている。
「ですから、村長さんにはその親友に対して何かしらの後ろめたさを感じているのだと判断しました。」
「そんなことで……。」
「ですが、むしろあまりにも不自然でしたよ。そしてもう一つは……。今まで尋ねませんでしたが、村長、あなたのお名前はアダムスなのですよね。村の名前にもなっていますし。」
「確かに私の名前はアダムスですが……。」
質問された意図がわからずに困惑しながらも村長は頷く。
「村の名前はアダムズウィル。だから親友さんのお名前がウィリアムさんなのでしょうね。」
話を聞いていた侍女が慰霊碑に刻まれていた名前を思い出す。確かにその中にはウィリアムの名前があった。
苦々しい表情を見せながらも村長は頷く。
「……二人で立ち上げた村です。」
「今でこそあなたを村長と皆いっていますが、当初は共同村長だったのでしょう。そして墓を見させていただきましたがあなたの亡くなられた息子さん、墓に刻まれた名前でウィリアムとありました。」
「……息子の墓まで……?そこまで立ち入って見て回ったのですか。」
「奥様が案内してくださいました。憶えておいてほしいと。不思議だったんです。村の人が憶えているでしょうに、なぜ私に憶えていてほしいと思ったのか。私はどちらかと言えば親友のウィリアムさんのことまで含めて憶えておいてほしいと願ったのではないかと感じたんです。」
「妻がそんなことを……。」
「あなたがたが亡くなったウィリアムさんの名前を息子につけたのは、贖罪の意図があったのではないでしょうか。その子を大切に育てることができれば命を奪った罪を贖えるとでも思って……。」
「……事故だったんです。」
苦しむように言った村長に対して、子爵はまだ言うのかと複雑な気持ちで眺めていたが、それでも村長は繰り返す。
「あれは本当に事故だったんです。氾濫した川の流れを抑えるためにまだ水の流れてきていない畑に即席の堤防を作るはずだったんです。本当な粗末なものですが。当たり前ですがそんなものどうにもなりません。濁流が流れ込んできたとき、目の前で妻と友へと向かって水が押し寄せようとしていた。その時、私は妻だけを助けて友を助けられなかったのです。あの当時はがむしゃらでそれだけしかできないと思ったから……ですが、そのすぐ後からずっと自分が彼を憎んでいたから手を伸ばさなかったのではと思ってしまい……。いや、もしかしたら自分が混乱していただけで気づかぬうちに彼を突き放しでもしていたのではないか……。だって見つけた彼の死体は余りにも無念な顔をしていた……。」
この部屋の誰に言うわけでもなかった、俯いて、ただ何十年もひた隠しにしてきた罪の言葉を村長はベッドに向かって吐き出していた。
戸惑い子爵は一瞬その背中に手を伸ばしかけてやめた。何もかける言葉がなかったからだった。その代わりにどこかで聞いた一つの詩を口ずさむ。
「ああ人は酔いし、恋は酒かな。誰も彼もが溺れて我を失う。……ああ。その結果として一人がおぼれ死んだわけか。」
軽く自嘲気味に言った子爵の言葉に知らず村長は一粒の涙を流していた。
ただ子爵は首を振って残念そうに令嬢へと視線を見やる。
「それで、こいつを……尊重をどうするつもりなんだ?」
殺人を断罪するしか他なかろうと、子爵はそういう心づもりであった。
しかし、問いかけた令嬢は異常なほどに穏やかに微笑んでいる。
「ええ、ですから、滞りなく儀式を行いましょう。予定通りに。」
「は!?」




