それは全ての謎が暴かれる日
――長い夜の開けて
その日、訪れた令嬢たち三人の表情に奥方は言い知れぬ不安を感じていた。
誰も彼もが神妙な面持ちをして、昨日までの親しみやすい笑顔などは殆ど存在していなかった。まがりなりに対面した瞬間こそ軽く笑顔を見せてはくれたものの、その笑顔はどこか貼り付けた仮面のようで、そして全員が全員に妙に目が真剣で一挙手一投足にも神経が払われているようにすら見えたのだった。
普通こういう時には主体となる人が先頭を仕切るものだが、その日は令嬢が一番前で奥方に問いかけ始める。それだけで奥方は妙な不安感を覚えてしまう。
「村長様は今日もこの家にいらっしゃいますか。」
「え。ええ。あなたがたが来るのを待ってらっしゃったわ。いつもの部屋で。」
「では、そちらに伺ってもよろしいでしょうか。」
「え……ええ、もちろん……。」
なぜか背中に冷たい汗が流れる様な気がしながらも奥方は令嬢たちを家の中へと通す。
「奥方様はキッチンかどこか部屋の外でお待ちください。」
軽く作り笑いを見せた令嬢に促されて奥方が離れていくと、侍女が頭を下げながら恭しく村長の部屋のドアを開いた。
中にはいつも通りに白いベッドに老いた村長が横になっていたが、どこかその表情は普段のどこか投げ鉢さを含んだ表情とは打って変わっていて、達観したようなそして待ちに待ったような軽く笑みをたたえた、ヘレニズムの彫刻にも似た不思議な表情を見せていた。
なんとなく子爵はそれに似た表情を見た覚えがあった、どこだかは分からないが恐らくは戦場のどこかで。そして令嬢は何度となくこの表情を、幾人もの相手で見ることがあった。これは死にゆく人が自らの最期を悟って心を保つため精一杯に精神を落ち着けようとするときに見せる特有の笑みであった。
柔和な笑みを見せながら村長は全員の顔を見て頷く。
「あの日以来、全員でいらっしゃってくださったと言うことは、儀式が決まったと言うことで良いのでしょうか。」
その問いに令嬢は一も二もなく、それでもゆっくりと頷いて返した。その間に子爵は何の興味もないと言うように部屋の中に入っていて椅子の一つに座り、侍女は控えるように部屋の隅へと身を置く。
緊張感のない行動と令嬢の言葉を見せられて逆に安堵した村長は軽く胸をなでおろすと、待ちきれないように体を乗り出しかける。
「あの……では――」
「ですが、お待ちください。」
「な、なんでしょうか。」
「国王陛下からの褒賞をお渡しする前に一つ確かめておきたいことがあります。お伺いしてもいいですか?短い質問ですので。」
困惑しながら村長はあいまいに頷く。
「ま、まあ、私に答えられることでしたら……。」
「そうですか、ありがたいです。」
お腹の前で黒い手袋に覆われた両手の指をふれあわせちょんちょんと遊びのように何度も触れ合わせながら令嬢は今にも壊れそうなほどに柔和な笑顔で頷いた。
そうして微かに間を開いたあとに令嬢は口を開いた。
「村長さん、あなたは親友を殺しましたね?」
「なっ……!?」
驚いて声を上げたのは村長だったのか子爵だったのかどちらかとも分からない。同時に二人とも目を見開きわなわなと開いた口を震わせていた。やがて村長が何度も視線を左右させながら揺れる声で尋ね返す。
「な……何を、一体何をおっしゃるのですか。わ、私が親友を?」
ただその村長の反応を全く無視したようににこやかな笑みを見せながら令嬢は頷く。
「ええ、あなたは親友を殺したか。そうでなくても見殺しにしたのではありませんか?」
「そ……。」
「何を馬鹿なことを言いだしてるんだお前は!」
激怒して立ち上がったのは子爵であった。
しかし令嬢は不思議そうに、あくまでも不思議そうに首をかしげる。
「何を怒っていらっしゃるのですか?子爵様。」
「他者に対して殺人の嫌疑をかけるなどとそれが無礼でなくて何だと言うのだ!」
「それは親友を殺したかどうかの事実とは関係もありませんね?」
「聞くこと自体が無礼だと言っているんだ!」
「何故子爵様がそんなにも怒るのでしょうか?それこそ貴族様には何にも関係のない平民のことなのではないのですか?」
「貴様はッ!!」
思わず立ち上がろうとした子爵に対して、とっさに侍女が駆け寄ってその動きを制しようとする。
「子爵様。どうか落ち着いてください。」
「マヘリアどけ。お前の主人がどれだけわからず屋か身をもって思い知らせてやらないといけない。」
「落ち着いてください。お話をお聞きください。」
「くっ……。お前……。」
そうやって何度も宥められ、不服そうながらもしばらくのちに子爵は椅子へと座りなおした。
「あ、あの……。」
子爵の叫ぶ勢いに押されて困惑したまま言葉を挟めずにいた村長が恐る恐ると令嬢へ向かって声をかける。
「違爵様は本気でそう思われているのですか?私がその……親友とやらを殺したと?」
「殺したか見殺しにしたか。少なくとも死んだことに関わっているように思います。」
「どちらでも同じことです……。私には急に何を言われているのか理解できません。」
「なるほど。」
困惑する村長の反応に対してまるで予想していたように令嬢は穏やかな表情のまま軽く頷く。
「まず先に私が挙げた親友と言うのが誰かと言うことをはっきりとさせておきましょうか。村長、あなたが村を開拓するとき生まれの村から何人か一緒に連れ立ってきたそうですね。」
「はぁ……まあ……、仲間は何人かいました。」
「村の方々に伺ったところその方々はもう殆ど亡くなってしまっているそうですが、その中でも特に仲の良かった方がいらっしゃったと。」
「……確かに仲の良い人は何人かいました。」
「何人かですか。特別仲が良かった人が一人いらっしゃったと聞いておりますが。」
「生まれの村から連れ立った人はどの人とも特別な仲ですよ」
「ええ。ええ。そうなのでしょう。確かにそうなのでしょうね。ですが、多くの人に聞いてみましたが、確かに一番の親友だと言われていた人がおりまして。それは奥方様の村に人を募りに行ったとき共に訪れた人なのでしょう?」
言われ村長は一瞬で言葉に詰まる。
隣で椅子に座っていた子爵が怪訝そうに令嬢へと声をかける。
「おい、そんな話があったか?お前らから聞いた話でもそんな話を聞いたなんて報告は一切なかったと思うが。」
「そうですね。子爵様からもマヘリアからも聞いていません。」
「黙ってたのかお前は自分が聞いたことを……。」
「すみません。ですが、奥様は昔話をするときに必ず村長の話であるにもかかわらず、『あの方たち』と仰っていました。恐らくそこに別の誰かがいたのでしょう。違いますか?村長。今から奥方様に確かめに行っても良いですが。」
押し黙っていた村長は隠し事が見つかった童のようにばつの悪い顔で令嬢を見上げる。
「……それには及びません。確かにそのような人はいました。」
「そのような人ですか。友人だと言うのに随分とよそよそしい言い方をされるのですね。」
「だとして、私がその友人を殺したと言うのは……。」
「邪魔になったのではないですか?」
「あ、あなたが仰るには、その人は私の親友だと言うのでしょう?それがなぜ邪魔だなどと……。」
答える村長の声は低音を担当する下手な弦楽器のように不安定に震えている。
一方で令嬢はまったく意にも留めずに話を続けていく。
「これは推測でしかありませんが、恋敵だったのでは?」
「……。」
途端と村長は体を強張らせてまるで引っかかるように細かく息を吸いながら、今にも倒れそうなほどに目が見開かれていく。
「あ、あなたはどこまで……。」




