酒は程よく涙の注がれるほどに旨くなると言い
なぜ生まれた村を出てきたのか、口の端を何度もわななかせながらそれでも村長は諦めて口を開く。
「……どうせもうあと少しなのですから構いませんがね。」
「良いぞ。酒の肴に聞いてやろう。話してみろ。」
「ええ、ええ、話しますとも。元々は、そのころ王国が開拓を勧めていたって言うのもありますが、ありていに言ってしまえば生まれの村に居られないことをしてしまいまして。」
「はあ?村を追い出されるなんて何をしでかしたんだ?生半可なことで追い出されるものではないだろう。」
「それは全くもってそうですね。今村長になって思うと、大変本当にそう思いますよ。働き手が減るのですからな。しかも若者の。大抵のしでかしぐらいで追い出したりはしません。」
「それで?そのありえない若者は何をやった。」
「……端的に言えばその地帯の領主に召し上げられるはずだった娘を逃がそうとしたんです。」
「おお、おお、それはまた随分と大胆なことをしたものだ。だが理由次第ではそう言うのも俺は嫌いではないが。」
「理由。理由ですか。召し上げなど使用人の名をつけた側室のようなものだと村のみなも理解はしていましたから、特に当の娘が嫌がりましてね。当然村ではその娘にいろいろと言い含めるものですから、それがなんとも腹が立ったんです。」
「腹が立った?何に?良く分からんが。」
「分からないと思います。何しろ自分ですら何に怒ってたんだか当時は分からなかったぐらいです。でも今だと少し分かるようになりましたが……。」
「それを聞かせてみろ。」
「うーん……多分自分の意見が聞き入れられない理不尽さに、相手の自由な望みは叶うのに、自分の嫌がるような不自由な結末は訪れるっていう、そのアンバランスさが気持ち悪かったんでしょう。それも誰も彼もがたった一人の気持ちも理解もせず、押し付けようとしていたのを見る無力感に。周りから見てても納得できようもないから逃がそうとしたんです。」
「なんだ。ちょっと期待していたが恋とか惚れた腫れたとかではないのか。」
「どうでしょう。私にとっては親しい姉のような存在でしたから、もしかしたら幼き憧憬には輝いて見えていたのかもしれませんね。だから、彼女がされいてる仕打ちに余計に腹が立っただけなのかもしれません。で……。それでどうなったと思います?」
「失敗したのだろう。」
「見事に。ええ、もう、見事に失敗しましたよ。話で聞いても情けないでしょう?」
「何を言う。お前は芯をもって何かしようとし、たとい失敗しても、自分のすべきと思ったことに殉じたんだ。それを誰が笑えようか。世が世ならうちの兵士にでも欲しかったぐらいだな。」
「身に余る言葉です。」
「後悔はあるか?」
「ずっとあります。無駄なことだったのだろうな。と。きっと彼女も今はそれなりに幸せに暮らしたことでしょう。そしてその結果として私は村に二度と戻れなくなった……と。そんなわけで手伝ってくれた友人たちを集めて自分たちの村を立てることを決めたんです。今度は誰一人として、理不尽に自分の嫌なことを強制させられない、そう言う村を作ろうと。……ああ、いや、格好をつけすぎたことを言いました。」
少しばかり恥ずかしがったところに、隣から店主が体を覗き込ませてきて、何にも頼んでもいないのに焼いた白身魚に香辛料と酢をまぶした料理をおいていった。主人は「そこら辺の事情は初めて聞いたけどね」と軽口をたたきながら村長に笑みを向けた。
「たしかにそういう村長の世話にはなった気がするから、感謝の代わりとしてその料理は奢っておくよ。もう少しぐらい長生きしておいてくれ。」
「ああ、考えておくよ。」
嬉しそうに笑いながらも、その瞳の奥で村長は困ったようにも、そして口では苦笑しているようにも口元を緩めていた。子爵も子爵で悪くもない酒のあてだったとでもいうように、にやけながら酒をあおる。果実酒だからか度数はどうしてもそれなりに高くて、二三口飲んでいるでも体が熱くなって、微かに普段よりも口が軽くなりそうな気がした。
「まあ、悪くない話だったさ。それでちゃんと逃げおおせてお前の妻にでも出来れていれば大団円でもあったんだろうがなあ。」
「しかし、そのおかげで妻とも出会うことができました。少なくとも私の最愛の人は我が妻ですよ。その女性に憧憬はあったかもしれませんが、恋をしたのは妻ただ一人だけです。」
「なるほど、確かにそれが一等好かろうな。」
ふむと企み顔で笑みを浮かべた子爵はわざとらしく真鍮のコップを軽く上げて見せる。察して村長もにやにやとしてコップを軽く上げた。
「敬愛すべき村長の奥方に。」
「ええ、献身的な我が妻に。」
そう言って二人はコップを強くガチンと重ね合わせると、そのコップは語ったものを讃える最高の楽器となる。
お互いに讃えるかのようににこやかに笑っていた。
何ともいわず互いに一口酒を飲むと、今度は村長がコップを掲げて見せる。
「では私からは、王国と王家のために。」
「我が主君のために。」
さらに強くコップを重ねあわせ、心地の良い金属の甲高い音が響いた。
軽く二人して噴出した後には、楽しそうにハハハと笑い声をあげていた。
それで良かった。二人はそれだけでもう良いと思っていた。
ふうっと肩の力を抜いて村長は机に肘をつけてもたれかかる。
「いや、楽しいですな。こう子爵様と飲んでいますと……、ああでも、いや不敬でしたな。」
「なんだ聞かせてくれ。そこまで言ったら気になるだろう?」
「いやはや……とはいえ……うーん、でしたら例え腹が立ったとしても怒らないのでいただきたいのですが。」
「約束しよう。主なる神と家名に誓って。」
「なれば……なんというか、真に失礼な話ではあるのですが……私の息子が生きていればこんな感じだったのかもしれないと思ってしまいまして。」
「息子?人を若輩者に見て、気に障ることを言う。」
「だから、失礼だとは思ったのですが。」
恐縮する村長の態度にわざとらしく子爵は眉を顰めるがすぐに口元を緩める。
「怖がるな。その程度で怒りはしない。確か息子を亡くしたんだったか?そんな息子に似ているのか?」
「なんでしょうな。面影が似ていると言いますか、見ていると妙に息子のことが思い出されてしまうのです。やはり失礼でしたでしょうか。」
「平民の息子だなどと失礼は失礼だが、別に気は悪くない。それでなんだ、息子のことを愛していたのか?お前は。」
「親としては、そのつもりですけどね。」
軽く笑いながら村長はふいと思い出したようにため息を漏らす。
「時折すまないとも思います。」
「うん?すまないとは?」
途端、村長は目を見開いて言葉に詰まる。
「あ……いや、その……長生きをさせてやれなかったことが。」
「天命は致し方ないものだ。親心と言うのはそう言うものかもしれないが。何で死んだかは聞かんが手は尽くしたんだろう?」
「ですが、結局、わしよりも先に逝かせてしまいました……。」
「酒の場でそんな気落ちをするな。まあ、酒でも飲め。」
「うぅ……飲みます。」
悲しそうな顔をしながらコップを呷る村長の背中を、子爵はそっと励ますように軽く叩いていた。




