たまには侍女の大冒険だって
――その結果としての次の日
「で、その間、私は近所の人たちに聞き込みになるわけですかっと。」
昨夜の話し合いで子爵は村長に会いに行くことになったが、一方で侍女は侍女でとある人のことをもっと詳しく調べてほしいと令嬢から頼まれたのだった。主人である令嬢に頼まれたのなら侍女は嫌も応もない。料理の時よりも袖を捲るほどに気合を入れて、やる気がぱっつんぱっつんになったぐらいの足取りで村の中を歩き回る。
あまりにもやる気が漲っていたものだから侍女が腕を大きく振って歩き回っていると、そこかしこから声がかけられる。
「あらマヘリアさん。今日は綺麗なお嬢様は一緒じゃないのね。お買い物にでも来たの?」
「それお嬢様にも直接言ってみてくださいよ。綺麗なお嬢さんって。」
「言ってみたけど、何言っても無表情なのよねえ。あの人。」
「でしょうねぇ~。今日は……まあ買い物にも来てみたんですけれど、何か買えるんですか。」
「なんだって売ってあげるよ。あるものなら。まあなにくれるかによるけど。」
当然ではあるものの都市との流通があまりないような村では貨幣など余り価値がなく、どちらかと言えばお茶や煙草のような嗜好品の方が現地で用立てするのに都合が良かったりするのは侍女も心得ていた。だからこそ旅に出るときに塩や茶葉、香辛料と言ったものは自分たちが使わなかったとしても荷物に欠かさずに入れている。ただ煙草だけは匂いが付くのが二人とも嫌でよほどのことがなければ侍女は荷物の中に入れていなかった。
「それで、そう言う風に言ってくれるってことは、何か新しいものでもあるんですか?」
「ないわよ。だって昨日今日で何か手に入るわけないでしょ。ああ、でも裏の木の実が生ってたから、それぐらいなならおすそ分けできるかしらねえ。」
「それは良いですね。後でいただいていこうと思います。それとは別に欲しいものがあるんですが。」
「ん~?なに?」
「折角この村に来たんですから、村の話を聞いてみたいのですが、確か昔、北の川が氾濫したんだとか聞きましたが。」
「何度かねえ。してるよ。ただ一番大きかったのは何十年前だったか、まだ村長が若い頃でしょう?」
「聞かれてもわからないですが、そうなんですか?村民が何人も死んだとか聞きましたけど。」
「私の知り合いもね……。」
言いながら商店の女性は表情を暗くしていくのが侍女にも分かった。
「ああ申し訳ありません。ちょっと無神経だったかもしれません。」
「良いのよ。随分と昔のことだからね。でも今でも思い出すとやっぱりちょっとしんみりしちゃうわね。なんだか不思議なものなの。お互い老人になるまで一緒にいた友達が死んだ時よりも、なぜだか若い時に生き別れた誰かの方がずっと心に残ってたりするもの。」
「多分……ですけれど。その時はお互いに死ぬだなんて思っていなかったから、予想外で余計にショックを受けたのかもしれませんね。」
「そうかもしれないわねえ……。あとはもしかしたらその人のことを一番大事に思ってたのかもしれないね、って最近は思う。」
「へえ、っていう事は、仲が良かったということなんですか?」
「全然。どちらかと言うといつも顔を合わせると喧嘩みたいになって、なんでだったのかしらね。だから友達でもないんだけれど、不思議と居なくなってからすごく心が落ち込んだのよね。おかしなこともあるものね。」
「まあ、そう言うこともあるのかもしれませんね。やっぱりお墓にも参ったり?」
「時々ね。思い出したときに行くわ。」
「どこにあるんですか?」
「一応村の墓自体は一番日当たりの良い小高い丘にあるのよ。」
このような小さな町の墓はそういう事も多い。若くして死んだ人なんて言うのは身を粉にして働いた村にとっての貢献者であったりするし、遺族にとっては家族であるし、今残っている人にとっては父母であったりもする。だから村で一番の場所をわざわざ墓地にすることは比較的よく見られる風習だったりはする。そのこと自体は侍女も何度も令嬢と旅するうちにようやく気が付いたものだった。
「ただね」と店の老女は付け加える。
「その時の川の氾濫で死んだ人はそっちの方に祈念として石が彫ってあるから、私はその人のことを思い出すときは、そちらに会いに向かうの。」
「ああ、なるほど、分かりますよ。そちらの方が魂により近そうですものね。」
「そうなの。私以外にも何人かいるかな。でも一番そこを訪れるのは村長さんよね。」
「村長さんですか?」
「まあ、村民がなくなったんだもの思うところはいっぱいあるんじゃないかしらね。」
「それじゃあ随分と良い村長だったんでしょうね。」
「どうかしらねえ……。ふふ。今でこそ落ち着いているけれど、昔は血気盛んで、友達たちと言い争いしたり、若い子に熱を上げて振られたり、若さなりにやんちゃでね。でもだからこそ村のことにも熱心さは凄くてね。起伏の大きくて森ばかりだったここを切り開いて何年もかけて開墾までしちゃって。」
いったん言葉を途切れさせて店の老女は改めて感慨深くなったかのように吐息を漏らした。
「確かに私たちにとっては頼りになる良い村長ではありましたよ。ええ。ええ。それはみんなそう思ってます。」
ふうんっと侍女は心の中で村長の評価がそんなに高いのだと認識を改める。大抵の組織のトップと言うのは何のかんの文句を言われるものだと思うけれど、そう言えば村長のことを訪ねて回った時もあんまりこの村で彼のことを悪く言う人はいなかったかもしれない。
「興味がわきましたね。」
「村長に?まさかあのおじいちゃんにぃ?」
「まあそちらに興味があるのはお嬢様のお仕事に関りがあるので前々からではあるのですが、その村長さんが良く行っていると言う北の祈念碑の方ですよ。」
「あら、珍しいわね。でも見たって面白くはないわよ。」
「そうなのでしょうね。でも皆さんがどんな気持ちで接しているのか、それを感じてみたいです。」
「そう……。故人も歓迎してくれると思うわ。少しぐらいは祈ってあげて。」
「もちろんです。あ、祈り方は教会式で良いでしょうか?」
一応、祈り方に問題がないことを確認して老婆と分かれた侍女は、道すがらに住人に道を聞いてその祈念碑とやらに向かっていった。のだが、出会う人たちがどの人たちも侍女に対してお土産だの会ったからついでにだとと食料やら雑貨やらを渡してくる。一応、返礼として茶葉でも渡そうとするが、大抵はそんなものに礼とか要らないとか言われる始末で、侍女の荷物にはどんどんとお土産が積まれてしまう。実のところここ数日で持ってきた嗜好品が減るよりもよっぽど食料がもらえることの方が多くて、令嬢と二人では当然に食べきれなくって子爵の連れてきた兵士にもおすそ分けしている。彼らは山のような果物でも一日もしないうちに食べきっていて、侍女と令嬢からすると多少は目をむく思いでもあった。
幾つかの荷物を担ぐことになりながらも、しばらく歩いて村のはずれまでたどり着くと確かに近くには水量も多く波を立てる雄大な川が流れている。とは言っても川べりから村までは随分と距離があり、一応近くにもある畑や村の方にまで水路をひいてはいるのだろうが、少なくとも多少の洪水で村全体がどうこうなりそうな距離とも思えなった。
「逆に言えば、これだけの距離もやすやすと超えて洪水が迫ってきたと言う事なのですね……。」
近くの木々を見てみると、太い木はどれも幹の一部が斜めになったり、屈曲していたりする。それはきっと川の流れに押し流されて、根元から浮いてしまったり、一部が折れて再修復してしまった名残なのだろうと言うことが察せられた。
そうして探していると川べりから少し離れたひっそりとした木々の影に隠れるようにして大きな碑石が立っているのが見つけられる。
「ほほう。これですか。祈念碑と言うのは。」
何のことはない。石碑と言うよりは、ただ自然にできた大きな岩と言った感じで、申し訳程度に飾り彫りがされていると言った風体だった。それでもよっぽど人の背丈ほどにはあるぐらいには大きいものだから実際に近づいてみてみると侍女も多少は驚いてしまう。表面を指先で軽く撫ぜて侍女はそこに何か文字が刻まれていることに気づく。




