死は一人だけに訪れるものとは限らずに
子爵たち二人の姿が消えた後も令嬢はじっと窓の外を眺め続けていた。外に見える野辺の草木は朝からずっと吹き続けている風に揺れ動いてまるで惑う子羊のように右往左往と首を振っている。村についた日からずっと朝も昼も家々の間を満たす霧によって薄ぼんやりとしか見えない風景ともあいまって、どこか人が逃げまどっているかのようにも見えてしまいどこか怪しげな雰囲気に感じられていく。いつも湿り気を帯びて陰鬱としているこの国の日常らしく、空までもが雲に満ち満ちているものだから昼間であると言うのに宵の入りかと思うほど薄暗く感じられる。きっと朝は誰かに起こされなかったらいつまでも起きれないだろうと思うほどに。
部屋の中には綺麗に焼けた蒸しパンの匂いが漂ってきていてオーブンの前でわああと若々しい歓声が上がっているが、それを横耳に挟みながらも令嬢は一切目も離さずに窓の外を眺め続けていた。そこに何かあるに感じられて令嬢は物憂げに視線を流す。ただそれも深窓の令嬢を気取っているというでもなく、ただどこかからか死の足音が近づいてきている気がしていたからだった。
「お嬢様。先に一口だけ味見してみませんか?」
朗らかな笑顔を浮かべて蒸しパンの乗った皿を持ってくる侍女に、普段の令嬢であれば絶対に目を向けるのにもかかわらず、今は相も変わらずに窓の外だけを眺め続けて軽く首だけを頷かせる。
「ありがとう。置いておいてくれればいいから。」
「そうですか?分かりました。」
ちょっとしゅんとしょげてしまう侍女の雰囲気に、悪いことをしかたなと思わず眉尻を下げてしまいながらも令嬢は一切に外の風景から目を離せないでいる。ふと枯れ木の一本の幹で影が揺れた気がした。それとも家の作る朧な影がわずかに動いたのかもしれない。令嬢は視界の中で何かが動いた気がしたが、それが何だったのか判然とは出来なかった。
ただ微かにだけ窓の外から人の去っていくような音が伝わってくる。なんの関係もないかもしれないが村長の家から気配が遠ざかっていくのが分かった。ただそうやって足音が去った後も令嬢はここが、いや、この村の全体から死の影のようなものが漂ってくるのを感じずにはいられなかったのだった。




