むしろ謎は深まるばかりで明かされもしない
あまりにも令嬢の質問が当て外れで面白かったのか、途中で笑うのが止められずに奥方は返事を途切れさせてしまい、何度もくっくっくと肩を揺らして笑いをこらえるものだから、目からは涙があふれ出てきてしまっていた。それをみて令嬢も侍女も随分と村長のことを愛しているのだろうと悟った。
「ごめんなさい。変なことを聞いてしまいまして。見ていれば分かったことではあるのですが。」
「いえ。でも、そうね。面と向かって愛してるかだなんて尋ねられたことなんて久しぶりで、ああ、そう言うことが聞かれることもあるのかと思い出しましたよ。」
「奥方様の気持ちは良く分かりました。でもこれでまた笑われるかもしれませんが。一応聞いておきたいのです。村長のどんなところが好きなのですか?」
「そうね……。あの人は分かっているのかどうかわからないけれど、どこか悲しそうなところかもしれないかなって思うの。」
「優しいところとか、守ってくれるところとか、そう言う感じじゃないのですね。悲しそうってどちらかと言えば情けないともとれるような気がするのですが。」
「そうねそうね。たしかに男らしくないみたいに感じられるかもしれないわね。先に断っておくんだけれど、もちろんあの人は私にも村のみんなにもとても優しいし、村のことを取り仕切らせるときには頼りになる人なの。でも、私はあの人がずっとどこか悲しそうで、私がいないとあのままどこかに消えてしまうんじゃないかって、そう思ってね……まあ、実際にはそんなことは全くなかったんだけれど、ただ私はその雰囲気にずっと惹かれてしまっていたのだと思うの。ちょっと見た目で選んだって感じがして駄目かしらね。」
尋ねる言葉に令嬢と侍女は優しく首を振る。
ここまでの話を聞いて令嬢からしてみると随分と仲の良い夫婦に見える。だから村長が妻に寿命を渡したいというのも理解はできる。ただやはり村長が自分の命でなくてはならないという根源は何なのか、それが引っかかって消えないでいた。
「奥方様は……。」
「うん?」
「旦那様と出会ったときにもうその時から好きになったでしょうか?まだ独り身の私としては、そもそも恋に落ちるということがどういう事か良く分からないところがあるんです。」
「ああ。ああ。まあ、分かりますよ分かります。……とても良く分かります。と言ってもね、私のこれも恋だったのかわからないのだけれど。」
そこで妙に奥様は言葉を途切れさせた。一度二人から目をそらし、どこか家の中よりももっと遠くにある何かを見つめるかのような視線を向けた後に微かに唇をはむのを令嬢は見逃さなかった。
「言いにくいことですか?」
「そう言うわけではないのだけどね。まず世間並な話をするのだけれど、誰しも出会ったときや、その人と話をしていくうち、もしかしたら誰かからその人の噂を聞いたときにでも、相手のことを好ましく思うときと言うのが来るんだと思うね。私に結婚相手の相談してきた若い女の子たちはみんなそうだった。木こりの娘のケイは鍛冶屋の息子のスミスと仲が良くてね。でも、それは結局うまくいかなかった。逆に農家のレベッカは同じ農家のパーシーとは毎日のように喧嘩していて周りの大人はハラハラしていたけれど、私にはわかったわ。きっと結婚するんだって。それも果たしてそうなったのだけれど。ごめんなさいあちらこちらに話がずれてしまったわね。つまりね、恋だって自分や他人が思ってしまうものと、本当の恋って大分違うものなのねきっと。」
「違うもの……。相手を好きになることが恋というわけではないのですか?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。出会って見つけて、ああこの人のことを好きだなと思う。でもそれが友達でいたいのか、仲間としてなのか、恋人でいたいのか、家族でいたいのか。その好きはいくつも先があるものだと思うの。好きって感情は相手との関係を育んでいく前の萌芽だと思って良いわ。そのあとにどんな関りあい方をしていくかできっと、長く絡みつく蔓のような悪友になったり、小さな花のように二人だけの細々とした家庭を築くこともあるのでしょう。その中でね、恋と言うのは多分、どうしようもなく離れがたく、結びつかないことには何もかもが収まりが付かないような、それを無理に剥がそうとすると互いの体が崩れてしまうのではないかと思うほどの。それほどの結びつきが生まれてしまう事じゃないかと思うの。私もこの村で何人かの子がそうやって結婚するのも村を出ていくのも見てきたわ。でも不思議なのね。だからって結婚がうまく行くわけでもないのだから……。」
寂しそうに最後の言葉を机の上へと零すように俯いた奥方は何かを思い出しているようでもあった。その話を聞いていくうちに感じたことを尋ねるか尋ねまいか少しだけ悩んで令嬢は意を決めると、物思いに入ってしまった奥方へと疑問を口にする。
「奥方様自身は旦那様に恋をしていたのですか?」
「私?私はね。してる。かな。」
そういった奥方はまるで10代の少女と見紛うほどのなんとも屈託のない明るい笑顔で令嬢へと顔を向けていた。
それで、それだけで令嬢はどこか安堵するような気持ちになれた。
「そうだとすると、奥様と旦那様はきっと随分と大恋愛の結婚だったんですね?」
隣から侍女がどこか期待交じりに顔を覗き込ませ尋ねると奥方はにこやかにしながらも肩を竦める。
「そう思う?」
「違うんですか?そもそも旦那様とはどうやってお知り合いに?」
「そうねえ……。私がいくつの頃だったかしら、あのお方たちはね、私の生まれ育った村に友達とやってきて、自分たちの作った村に移り住んでくれる人を募集しに来たの。その時の二人がね。ねえ聞いて、面白いのよ。あなたたちの村に行ったら何があるのかって聞いたら、あの方たちは出来たばかりで何にもないって真っ正直にいうんですもの。ああ、また変な人が来たものだとみんなで思ったのよ。」
「でも、結局は奥様もこの町に来たのですよね?」
「そうなのよね。だってあの方たちは本当に何も持ってなかったんですもの。ふつうは来るときに手土産ぐらい用意するでしょう?話を聞いてもらおうって。でも、何もないから手伝うことぐらいしかできませんって、そう真面目に懸命に頭を下げて、それで泊まるあてもないから泊めてくれるところを必死で探してまわってね。」
侍女でもなく令嬢でもなくどこを見るとでもなく遠くへ視線を向けた奥方は目を細め懐かしみながら酷く幸せそうに口元を緩めている。
「それが村に来たのとどう関わるんですか?」
「ああ。この人たちに誰もついていかなかったら、本当にこの人たちって二人だけで生きていくのかしらって。なんだかね興味を持ったのと、すこし憐れんでしまったのかな。助けた方が良いのかなあって。本当に若い時って気の迷いでとんでもないことをしてしまうものよね。」
「分かりますよ。私もお嬢様の気まぐれでどれだけ困ったことか……。」
えへんえへんと泣きまねをする侍女の態度に全く気にも留めないように令嬢はむしろ奥方の方をじっとみていて話の続きを促していた。
「助けないと、と思ったのですね。」
「そう思っちゃうと駄目なものね、どうしても気になっちゃって。あの方たちがうちの村から去った次の日にとっても後悔してしまって、家には書置きだけ残して二人の後を追いかけちゃっていたもの。」
それを聞いて侍女は大満足そうに目を細めていて、そうして傍らで令嬢はぽつりと呟く。
「憐憫は恋愛の姉妹と言うですね。」
「あら聞いたことあるわ。オルノーコと言う読み物語でしたっけ。」
「奥方様も読まれたのですか?」
「友達に読んで聞かせてもらったのね。なんていうか、なんといえばいいのかなあ。聞かせてもらったときに、嫌な話ねっ。とは思ったのよ。でも恋に生きるイモインダの気持ちも少しは分かるわね……。」
一層寂しそうに奥方はテーブルを見つめるが、気を取り直すためか首を振るった。
「さあ、魚も捌けたしそろそろオーブンも温まっているころね。ねえ違爵様方はマスのパイ包み焼きはお好き?」
軽く聞いたが二人はきょとんとした。
「……あぁ……。」
「……実は……。」
二人の様子に奥方はきょとんと目を丸くする。
「どうかしたの?苦手だった?」
「食べたことがないんです。だから好きかどうかも。」
どっちが言ったかはわからなかった。どちらともが同時に言ったのかもしれなかった。
「それじゃあいい体験ね」と、村長は笑顔を譲らずに、そして自分の料理に自信満々に任せてとでもいうように胸を数度叩いて見せた。
それにつられて軽く笑んでしまった令嬢がふと窓の外を眺めると、ちょうど村の道を歩いていく子爵と村長の背中がかすかに見えた。恐らくだが村の奥にある小高い丘の方へ向かって歩いているようだった。テーブルに腕を乗せてそれを眺めていると、ふと左手の手首に鈍い光があることに気づく。少し裾を持ち上げてみると、そこにつけられていた銀のアクセサリーがなぜか黒く変色しているようで、令嬢は両手の指先を何度かとんとんと重ね合わせながら、それをじっと見つめてしまっていた。




