異性との高揚もあれば同性同士の安らぎもありましょう
翌朝、村長自身のことを調べようと三人が村長の家へと訪れてみると、やはり今日も老いた奥方が出迎えてくれた。
「あらあら。もしかしてもう儀式の日だった?」
「いえ、今日のころはまだ。ただ本番の日ともなれば本人もご家族も緊張すると思いますから、先に少しでも話をしておいて当日の不安をなくせればと立ち寄ったのです。」
相も変わらず令嬢は無表情に言っているものだからそれが本心による心配なのか適当を喋くっているのかが全く伝わらなさそうな雰囲気があるが、それを全く気にせずに奥方は喜んで頷いている。
「そう。そうなの。やっぱりちょっと不安でしょ?どうなるかわからないし。あなたたちが来てから主人もどこかそわそわしているもの。お話を聞いてくれるなら大歓迎よ。さあ入っていらして。」
「ありがとうございます。それで村長様はどちらに。」
「前と同じ。あの部屋で寝てばっかりよ。引きこもってても鬱屈としちゃうじゃない。それもあるから少しぐらいお話ししてあげてほしいわ。出来れば外に引っ張り出してくれたら満点。」
「分かりました。では子爵様、村長様のことをお願いします。」
頷いて子爵は村長の部屋へと向かう。
それを見送りながら奥方は令嬢たちに不思議そうに首をかしげる。
「あら?あなた方は良いの?」
「奥方様も思い悩み不安になるところがあるかと思いますから、私たちは女性同士、奥方様のお話をきければと。」
「あら、まあ、そうね。聞いてもらえると嬉しくはあるのだけれど……、これから料理しないといけないから、しながらでもいいかしら?」
「当然です。こちらの侍女のマヘリアも料理も多少は出来るので手伝いに使っていただいても良いですし。」
言われて侍女が深々と頭を下げると、奥方様はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「あらあらあら、それは助かるわね。マヘリアさん。あなたお菓子は作ったことあって?」
「母から教わったレシピぐらいなら。」
「じゃあ材料や道具のことぐらいは分かりそうね。それならマヘリアさんには食後のデザートづくりの手伝いをしてもらいましょうか。」
「は、はいっ!」
ちょっと体の大きな奥様から思い切った動作でふわりと投げられたエプロンを受け止めると、侍女は急いで身支度をする。さすがに外を歩き回って埃まみれになっている服で料理をするわけにはいかない。軽く服を払って侍女はエプロンを羽織る。完全に身支度が終わるころには奥方はもう食材を切り始めていたところだった。
「頑張ってね。」
他の人には、それこそ子爵相手ならほとんど見せない柔和な笑顔で令嬢は楽しみそうに侍女へとエールを送る。まあ、それが侍女にとってはかわいらしくてエプロンの紐を一層強く締めてキッチンへと向かった。
そのころ子爵は一人残った部屋で、ベッドから体だけを起こして迎える村長の隣へと近づくと椅子に座って軽く姿勢を崩した。それは相手に対して格式ばった話をするわけではないという意思表示の表れで、村長はそれだけでも目を丸くして驚いてしまっている。
「どうした。村長など何年もやっていれば貴族と話すのも俺たちがはじめと言うわけではないのだろう。こんな村にだって男爵ぐらいはこような。」
「まあ……なくはないのですが、貴族の方とお話しするのはいつも公的儀式などばかりでして。」
「こうやって馴れ馴れしく話すのは初めて……か。そうだお前は煙草を吸うか?初めて会った時の話を思い出してみるに嗜んでそうだが。」
自らの内ポケットを軽くまさぐって子爵はパイプと煙草の葉を詰めた缶を取り出してみると、それを見て村長は物欲しそうに凝視したもののわざとらしくあからさまに嘆きながら掌で顔を覆った。
「子爵様、ああ子爵様。今の私は咳煩いですよ。」
「ああ……そうだったな。さすがに煙草は体に悪いか。」
流石に無神経だったかと悪く思い子爵がパイプを内ポケットに戻そうとすると、すぐに嘆いていたはずの村長は顔を上げる。
「ですが、一日ぐらいは神様も妻も許してくれるでしょう。」
しれっと笑顔でそんなことを言って傍らの小さな棚から自分のパイプを取り出す村長に、子爵も笑って煙草の葉を詰めてやる。火をつけて何度か煙を吸い込むと、やはり幾分か喉に引っかかったのか村長が軽く咳き込んでしまうが、それでも肺腑を満たして満足そうに煙をくゆらせ始めた。
「いやはや、さすがに偉い方々が使われるものは葉っぱ一つとっても質が良いものですな。」
「気に入ったのなら一箱ぐらいは渡してやっても良いぞ。」
「良いのですか?さすがに過分なことと存じますが。」
「この程度なら旅先でもいくらかは持ち合わせがある。」
「そうですか……?なら。」
頷いて子爵が箱を差し出すと恭しく村長は受け取る。
「さすがに病身の私はそうも吸えませんが、友人を呼んだ時に自慢できますね。しかし良いんですかね。こんな役得をいただいて。」
「これから死のうという人間には、いくらでも人は優しくなるものだ。その煙草とていくらも吸えまい。」
「まあそりゃそうですね……。」
寂しく軽く笑いながら村長が頷くもので、子爵は煙草の煙を口にだけ含ませたあと流れるように横の虚空へと吐き出しながら問いかける。
「あの女のようにまだるっこしいことは嫌いだから単刀直入に聞くが、お前なんで死のうと言うんだ。」
「この前、申しました通りです。」
「生きるだの死ぬだなどと一生の決断に際して、俺のようないきなり来た関係のない外部の者においそれと本心の全てを伝えないことぐらい流石に分かるさ。実際、前に言ったことも事実は事実なのだろうが、それが本心本当真心から来ているものではないのだろう?」
指摘する言葉を老いた村長は穏やかな瞳で聞き頷きながら穏やかに子爵を見つめていた。
「なんとか、聞かずにしていただくことは出来ませんか。」
あまりに弱弱しいその言葉に気が重くなって子爵は視線をそらしてしまう。
「俺は別に構わんのだが、俺ではなく一緒にいたあの女が決めることだからな。あの女はひどく頑なだぞ。数日話してみて感じたがな。」
「そうですか……。」
明らかに村長は気落ちしたように俯くので、子爵はどうしても訝しんでしまう。
「そんなに話したくないことなのか?」
「誰にだって親にも知られたくないことがありますでしょう?」
「と言うことは後ろめたいことなのか?」
「叶いませんな……。」
軽くため息を漏らして村長は部屋の外へと視線を向ける。
「子爵様、どうせこの村に居るなら少し外の景色を見ていきませんか。この村の景色は私の自慢なんです。」
「……別に良いが。出歩いていいのか?」
「寝たきりになるほど悪いわけではありませんから、むしろ妻からは少しぐらい散歩しろと言われます。」
布団をめくって床に下ろした村長の足は酷く細く、指が震えてしまっていて、見るからに辛そうな表情で靴を履きながら何度か咳を漏らすと、ベッドに手を当てながらなんとか立とうと力を籠める。それを見て気が付けば子爵は脇の下へと手を回し立ち上がるのを手伝っていた。
「すみません。貴族様に助けていだたくなんて……。」
「気にするな。そんなゆっくりとしたものを待ってるのも、こんな調子で歩かれるのも面倒だ。このまま背負って出かけるぞ。」
「ああ……なんと……お手間をかけてすみません。」
「謝るな」と言いながら子爵は村長の体を背負うが、その重さが酷く軽いことにまた辟易とため息を漏らしてしまった。
「ただお願いなのですが。」
「なんだ?」
「妻には見つからないようにお願いします。その……。」
「ははっ、長年連れ添っても負ぶわれている姿を見られるのは恥ずかしいか。わかったわかった。」
笑いながら子爵が扉を開けると、丁度そのころキッチンで菓子作りをしていた奥方と侍女はその音に気が付く。
「あなた?」と村長の奥方が尋ねると声だけで
「散歩に行ってくるよ」と村長の気安い言葉が返ってきた。
「晩御飯までには帰ってきてくださいよ。」
「分かった分かった。」
どこか呆れたように言う村長の声が返ってきたころには、玄関の扉の閉められる音が侍女たちのところにまで伝わってきたのだった。




