得てして理由の根源は根のように地中に隠されており
――村長の家を出て
「それでどうするつもりなのですか?」
村長の家から出た侍女のマヘリアは改めてと言う口ぶりで令嬢へと尋ねた。歩きながら令嬢は既に朝の霧が晴れた村の道を横目に眺めて口元に手を当てる。何も言わないものだから侍女は改めて横から顔を覗き込む。
「村長の願い事を本当に叶えるつもりなんですか?」
「マヘリア……あなたは村長様のお願いを聞くことには反対?」
「私にはどうしたら良いかなんてわかりませんけれど、でも嫌な感じはしますね。だって、自分を殺してくれって言ってるようなものじゃないですか。」
「ようなと言うか、そう言っているのだと思うけれど……。せめて私はどうしてそんなことを言っているのかの理由が知りたい。それが納得できるものだったら言うとおりにしようと思う。」
「ああ、それでだから調査が必要だなんておっしゃったんですね。いつもはそんなものしませんものね。」
後ろをついて歩いて来ていた子爵が不満そうに声を上げて侍女へと尋ねる。
「おい、今言っていたのはどう言う意味だそれは。」
「調査が必要と言う建前で時間稼ぎをするってことです。」
「なぜわざわざそんな。」
肩を竦めた侍女が素知らぬ顔をしてる令嬢に視線を向ける。
そんな風に説明を放り投げてくるならなぜ応えたのかと少し不満に思って眉を顰めた令嬢が、渋々ながらも子爵へと振り返って答える。
「その間に村長さんがどうして自分を生贄に捧げるようなことを言いだしたのかを調べたいと思いまして。」
「色々言いたいことはあるが、いったいどうやって何を調べようというんだ。誰かが心の内など本人に聞く以外に調べたってわかるものでもないだろう?」
「人がなぜその考えに至ったのか、そこには大抵きっかけとなる出来事があったりするものなのです。竈で湯が沸いているのは朝に侍女が薪に火をつけたからであるように、意外と『なぜ』なのかは人の外に見つけられたりします。湯が沸いている理由が鍋の中を見ても分からないのと同じことです。」
「じゃあ例えば聞くが、仮に何があったとしたらああいう考えになる?」
「さあ……?それをこれから探していくわけですが。……例えばで良いなら、もしかしたら老齢ですからこの世に倦んでいるのかもしれませんし。そういったことは誰かに村長のことを聞いていくうち分かってくるかもしれません。」
「なんとも不確かな話だな。一体全体それをするのにどれぐらいかけるつもりで言っている。」
「確かなことは。」
「答えられないと。違爵、分かっているかどうかは知らないが、我々は……お前たち二人を除く我々はお前が都に帰るまで護衛せねばならん。つまりここにいる日数が増えるほど、それに付き合わなくてはならん。先ほど、色々言いたいことがあると言った、その一つがそれだ。時間の問題だ。」
「理解しております。この村にも食料や燃料の余裕があるわけではないでしょう。分かるにしろ分からぬにしろ一週間のうちに終わらせるつもりではあります。」
「もし一週間で分からなかったらどうする?」
「村長の願いを聞いて、村長の命を奥様に渡します。」
「一週間で分かったらどうする?」
「納得のいくものであれば、やはり同じように。」
「ならどちらでも同じではないか。調べる意味などない。」
その子爵の言葉は、言外にながらもはっきりとそんな無駄なことは止めるように圧力をかけていた。
ただそれでも令嬢はその素知らぬと言った様子の相貌を一切に崩さない。まるでそこに子爵などいないかとすら思えるほどなんの感慨もないような声で言葉を返す。
「もしかしたら、よりよい方法や手順があるかもしれない。それを確かめておきたいのです。」
「そんなものがあるか?」
「分かりません。ただ死と言うのは人間の精一杯を全てかけて初めて訪れるものであるべきではないでしょうか。」
ぽつりと言った令嬢の最後の言葉に子爵は軽く黙った。
何かを言おうとして惑い、口を押えながら息を吸い、そうして躊躇い肺腑から無理やり押し出すように言葉を漏らす。
「その感慨は分からなくはない。俺の戦った戦場でだって死んでいった輩はみなそうだったのだからな。無念でも、それでも全力を賭したのならば心は救われていた。」
「子爵様から賛同されることがあるとは思いませんでした。」
「だがな、やはり俺はすぐに誰ぞ罪人を連れてきて村長に命を与えれば良いとは思っている。これは色々言いたいことがあると言ったことのもう一つだが、あまりにも違爵は……お前は国王陛下の命令を逸脱しすぎている。お前のしているようにまで勝手に解釈できるならば、俺としても国から逃げないようにと言う下命を都合よく解釈して、お前が国の責務を果たさなかったのだと無理やりに連れ帰ることだって可能だろうさ。」
「連れて帰りますか?」
「先ほどまでならそれも良いと思った。ただ、なぜ村長があんなことを言いだしたかは俺も少しは気にはなっている。一週間程度と言うなら協力してやってもいい。」
隣で侍女はちょっと表現のしがたい面白い顔をして令嬢の方を見た。何か言いたいことがあるのだろう。令嬢は指先を軽くまわして侍女の発言を促してみると彼女も頷いた。
「あの子爵様。どちらかと言えば面白い話に嚙ませろと言うぐらいの方が適切な表現ではないですか?」
「なんともずけずけとモノを言う。お前のそういうところ気に食わんな。」
「さいですか。お手打ちにでもなさいますか?」
「馬鹿か?女を斬るなど恥でしかない。」
「子爵様ってナルシストですよね。誰も気にしてないのに自分の美意識だけで恥だの間違いだのなんだと言っている感じがします。」
「誰もがお前たち平民のように貴族を妬むだけのような恥知らず人生を送っていけるわけではない。」
あまりにもなことを言われて侍女は目を見開いて驚いたまま口をパクパクとさせてしまっていた。
隣で興味なさそうに空の雲の形を眺めていた令嬢は会話が途切れたことに気づいて、顔を二人へと向けると先ほどの話の続きへと戻る。
「なぜ村長があんなことを言ったのか子爵様が調べるのに協力してくださるのなら、お願いしたいことがあるのですが。」
「お願いしますと頭を下げるなら聞いてやらないこともない。」
「お願いします。」
何のためらいもなく令嬢は子爵に向かって深々と頭を下げるものだから、逆に子爵が慌ててしまう。
「本当にやるんじゃない。困らせようとして面白半分で言っただけだ。貴族がためらいもなく頭を下げるな。仮にも俺よりも上の爵位だろうが。」
「どうせ私の爵位など私の力に付随しているだけのものですから、私の権威などどうでも良いことです。」
「貴族の格に傷がつくと言ってるんだ。」
「それよりお願いしたいことですが、男性の方にお話を聞くとき子爵様から会話をしていただければと思っています。」
頭を上げて視線を向けてきた令嬢に対して、子爵は怪訝そうにその表情を確かめる。
「俺に話を聞けと?頭を下げてしてほしいことがそれか?」
「大切なことです。私たち……私とマヘリアでは女性ですから、男性の方に話を聞くとどうしても話が盛られたり誤解が出たりしてちゃんとした調査にならないことがあるのです。ですからそういう時に協力していただけると助かります。」
「そういうものか?」
「まあ、一緒に来てください。」
そう言って令嬢はとりあえずと言うように近くの休耕田にいた中年ごろの農夫へと近づいていく。
不承不承とその後ろをふてくされながら子爵はついていくことになる。
顔の分かるほどの距離へと近づいたところで令嬢は子爵へと視線を向けた。
「子爵様、お願いしますね。」
「……と言われても何を話せば良い。そもそも何が聞きたいんだ。」
「そうですね。村長の人となりですとか、村長がこの村でどんなことをしてきたのかを話していただければ。ああでも、これだけは聞いていただきたく。村長の身の回りで起きた一番大きな出来事は何か記憶に残っているもの。それを最後に聞いてください。」
「ん?良く分からんが……。まあ了解した。村長のことを聞けと言うことだな。おいそこの農夫。」
話しかけるにしてもあまりにも上からの態度で男性へと話しかけるものだから、令嬢と侍女は幾ばくか呆れたような虚無のような顔で子爵の後姿を見つめることになってしまう。




