申し出の意味と解釈と
何か言い含んだところのある様子で村長はベッドのシーツを何度も撫でながら気まずそうに令嬢たちへと申し訳なさそうに頼みごとを口にする。
「あのその話の前に、ちょっとこちらの私用を済ませてもらってもいいでしょうか……?」
「ええもちろん、どうぞ。」
「ああ、話の途中だと言うのに大変申し訳ありません。ちょっとすまないが、おまえさん。おまえさんだよ。ちょっと今日なんだがジョンに頼まれていたことを思い出してな。棚の三段目に置いていた小物入れがあっただろう。あの中にある煙草の葉をやる約束をずっとまえにしてな。忘れていたわけじゃないんだが、このありさまだっただろう。さすがにジョンも大分待たされて気を揉んでいるだろうから送り届けてやってはくれないか。ジョンは分かっているよな。同い年のジョンだ。」
言われて老婆は分かりやすく口をへの字にして不満そうな顔を見せる。
「ええ?今日ですか?折角お客様がいらしているのですから、何かお菓子でもご用意しようと思ったのですが。まったくあなたって言うのはいつだって間が悪い。」
「頼む。今日が良いんだ。」
その言葉にあわせて侍女と令嬢も折り目正しく両手をお腹の前で重ねながら柔和な態度で村長の奥方へと向かって頷いてみせる。
「私たちのことはお構いなく。またお菓子はいただきにまいりますので。」
「そう?では、まあ、また今度と言うことで。本当にいらしてくださいね。その時にはトパーズのように真っ赤でカリカリに歯ごたえのあるベリーのジャムタルトを味わっていただきますからね。」
「それはそれは楽しみにしています。」
普段ならば十日に一回ぐらいしか見せないような柔和な笑みで令嬢が頷くと、老婆はぱたぱたと年を感じさせない快活さで部屋の外へと出ていった。
それを村長はまるで赤子でも見ているのかと言うほどに愛おしそうに目じりを細めて眺めている。
「どうでしょう。うちの家内ですがね。気立ての良くて私にはもったいもない妻ですよ。ああ、貴族様に敬語ができておらぬのは申し訳ありません。なにぶん、家内は村だけで育ったもので。」
「今のやり取りを聞かせていただきましたが、とても愛し合っているのですね。互いに遠慮がないのに二人とも相手を大切にしていることが十分に伝わってきます。」
「はい、それはそれはとても。愛しておりますとも。」
何度も頷きながら村長は幸せそうに口元を緩め、そのまま言葉を続ける。
「それで、違爵様。先ほどの話に戻させていただきますが。まず話の腰を折って申し訳ありませんでした。あまり妻には聞かせたくなく……。」
「今回のことは事情が事情ですから理解します。それで、手紙はお読みになられたと。それならば話は早いのですが、王命とそのお言葉を伝えます。『アダムズウィルの深い森に支配されていた地をその両手と卓越した統率力で支配し開拓したことは有史以来貴君のみがなしえた快挙である。ここにその快挙と王への忠誠心を認め、違爵の力を一度のみ与える』と、さて、あなたが選べるのは二つのことです、いつ、だれにするか、この二つなのですが。どのようにいたしますか?」
問われてもその意味が分からず村長は困惑してしまいその弱弱しい背を丸めて頼むような格好で問い返す。
「あの……すみません。いつと言うのはなんとなく分かりますが、だれとは、どういう事でしょうか。」
「そのままです、手紙に書いてある通りあなたのために代わりに死ぬ人が必要となりますので、手紙にはそれに適する罪人がいればそれを、もしいなければ近隣から死に値する罪を犯したものを適宜輸送すると書かれていたと思いますが。」
「ああ……はい、確かに書かれていました。ええ、確かにそれは書かれていはしました。」
「どうしますか。」
問われて村長はなぜかしばらく押し黙った。
そうしてまるで叱られた子が母親の機嫌を伺うかのような雰囲気で恐る恐ると令嬢へと問うのであった。
「そもそもの話なのですが、その力の恩恵を受けるのは私でないと駄目なのでしょうか。」
それを隣で聞いていた子爵は今まで退屈そうにあくびまでしていたのにも関わらず、急に「ほう?」と声を上げ微かに眉を吊り上げた。興味を持ったのか、それとも気に障ったのか、何を言い出すのかと軽く乗り出して食い入るように村長を見つめ始める。
逆に困惑したのは令嬢だった。
眦を下げてしまいながら多少うろたえて村長へとその言葉の真意を問いただす。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「いえね、私が望む誰かにその恩恵……つまり若返りですか、それをしてもらえないのかと思いまして。」
「そ、それは……。」
「そんな馬鹿げたことができるわけないだろう。」
隣でバッサリと言ってのけてしまう子爵に、答えをためらっていた令嬢が何をといった表情で視線を向ける。
ただ子爵も子爵で何が不満かとでも言うように睨み返してくる。
「良いか?罪を犯した人間が罰を誰かに渡すことができないように、成果を上げた者への報酬を他人に渡すことは出来ない。当たり前の道理だろ。そうでなければ論功行賞の意味がなくなる。そんなことをすれば誰かに脅されて報酬を譲るということだって横行しかねない。」
「……道理ではあります。」
「だろう?」
肯定されてそれだけで満足そうな子爵の言葉に、老いた村長は弱弱しく背を丸めてしまっていた。何度か咳き込みながらため息を漏らすその姿は老いや病だけでなくあまりにも哀れに弱って見える。何度か視線をうろつかせた後、どこかすがるようにして村長は令嬢を見上げた。
「どうなのでしょうか?本当に出来ないことなのでしょうか?」
「……できなくはないでしょう。」
悩みながらもそういった令嬢に対して、子爵は怪訝そうに眉を顰める。
「本気で言っているのか?それは本当に王命に反していないのだろうな?」
「国王陛下から私が命じられているのはこの村で力を使っても良いと言う事だけです。そして宰相様からは村長に褒美が渡されるとだけ伝えられています。これまで私の力を使うことになった人は、どの方もその褒美を自分が受け取るのが当然と思っておりましたのでみなそうしてきましたが、そもそも命令としては力の恩恵を受けることができる、というだけの少し曖昧なものなのです。恩恵と言う言葉の意味を、自分の望み通りに他の人へと使ってもらうことも含めることは、必ずしも出来ないと言うわけではないように思います。」
「詭弁だな。命令の省略をいいように解釈しているだけだ。」
「言い合うつもりはありません。どのように褒賞を渡すかに関しては私に任されています。」
「本当なんなんだこいつは……。全く。人の言うことを一つも聞きもしない。」
信じられないというように肩を竦めて子爵は言い捨てた。
ただ令嬢も令嬢でそうは言ったものの悩んだ様子で村長へと尋ねる。
「本当に良いのですか?ともすればあなた自身が青年のころのように若々しくなることも、寿命を五十は伸ばすことも可能ですが。」
「良いのです。私は自分よりも価値のある命を知っていますから。」
「そうですか。ではどなたに対して私の力を使うことをお望みでしょうか?」
「私の妻に。」
なんとなくそれは令嬢も予想はしていて、驚くこともなく頷く。
「やはりとても仲がよろしいのですね。」
「どうでしょうかね。」
なぜか村長は寂しそうに笑うが、それもただの謙遜だろうと令嬢は勝手に納得して質問を続ける。
「分かりました。では、罪を犯した者、捧げられる命の元となる方はどこにいらっしゃいますか?そちらの人の話を聞いてから日時を細かく定めましょう。」
「それならここに居ますよ。」
「この家に、ですか?捕えているのでしょうが、危険ではありませんか。」
「この家にではないです。ここにいます。私の命を使ってくださいと言っているのです。」
「なっ!」
驚いて声を上げたのは子爵だった。
余りにも驚いて立ち上がった彼は目を見開き、なぜか今にも斬りかかりそうな剣幕で村長に詰め寄った。




