誰だって抱える事情というものはあるもので
違爵の力を使うという言葉に、何が起きるか察したように問うた子爵の言葉に令嬢はただ素直に頷いて見せる。
「ええ、ええ。誰か一人をいけにえにして体を治したり寿命を治したり、そういう事です。」
「そんな大層な特権をこんな辺鄙な村の村長にか?」
「私もよく知っているわけではありませんが、この村長が何もなかった荒地に村を作り、穀倉地として優秀な租税の徴収地となったと、宰相様から聞いた話では、そう言う優秀な方だそうです。」
「ははん、なるほどな。そういう人間に王から最大級の下賜を与えることで、開拓と納税の意欲を高めるという、そう言う狙いもあるのかね。優秀な人間にはもっと長く働いてほしいものだろうしな。」
「さあ?私は政治のことは良く分かりませんから、ただ単によく働いてくれた人に十分な対価を与えて報いる、ただそれだけのことなのだと思っていますよ。」
「そうかもしれないな。しかし、疑問なのだが、そう言うときにそう都合よく死んでくれる贄などいるものなのか?」
「さて?今回のように王の下賜として私の力を使うことは何度かありましたが、大抵の場合は罪人が用意されています。その村の罪人であることもありますし、近隣の村で大罪を犯した人を輸送してきたなんて例もあります。」
「そりゃ……確かに生きててもしょうがない奴なんて、こんなところには腐るほどいるか。」
「いませんよ。そんな方は。」
遮るように言ったその令嬢の言葉は酷く冷たく侮蔑するような響きがあった。
ただそれも子爵の方は何も気づいていない様子で「そうかい」と軽く肩を竦めただけだった。
とつとつと説明でもしようかとも思ったが恐らくは結局のところまた話もかみ合わないのだろうと考えると、何も言う気にもなれなくなって令嬢と侍女は黙ってまた歩き始めるが、その後ろをまたぞろ子爵がのんきそうについてくるので仕方なしに令嬢は振り返ってしまう。
「では、そういうことですので。」
つれなく令嬢がそう言ってみるものの子爵は理解できぬと言った表情で首をかしげていた。
「そういうこととは?」
「子爵様にわざわざついて来ていただくことでもありませんので、」
「興味がわいた。一度見てみたいからついていくさ。」
その言葉に余計に令嬢の視線が厳しくなる。
はっきりと言えばその言葉に令嬢は嫌な気持ちを覚えてしまっていた。
「もしかしたら今日人が死ぬかもしれないのにもかかわらず、そんなところをわざわざ見たいというのですか。」
「人が死ぬところは見たいだろ。戦場なぞ良く野次馬が来てひき殺されてるぞ。」
「あなたは嫌なものの言い方をします。人の死をそんな分かったようなことを。」
「そうかな。人間と言うのは得てして危険なものを見たがるものだろう?」
何とも言いようのない不快感が湧いて来て令嬢は子爵を睨んだまま押し黙ってしまった。
やはりだと令嬢は感じざるを得なかった。
やはり何を話しても全く議論がかみ合うことはない。
どうにも緊迫した空気が流れる中でただ侍女は一人素知らぬ顔をして令嬢の傍らを歩いている。彼女にとってそれは自分が口を挟むべきことではないとはなから関わらないつもりであったようだった。
やがて三人は押し黙ったまま村長の家へとたどり着く。
とりたてて他の家と大層に違うということはなくどことも同じような木造建てで、ただ一家が暮らせるぐらいの大きさは十分にあって屋根からはレンガ造りの煙突が突き出ているのが見えた。
侍女がノックをして人を呼んでみると、すぐに中からは一人の老婆が顔を表した。
「あら。あらあらあら。一、二、三……ええっと大人数のお客様ね。ああ、あなたは確か昨日お会いしたマヘリアさん。」
見た目の老いが一瞬で感じられなくなるほどの軽快でキュートな調子で問われるものだから侍女のマヘリアはなるべく飛び切りの笑顔を見せて軽く頭を下げた。
隣にいた令嬢が、そっとマヘリアの袖を引っ張って尋ねる。
「昨日お会いしたの?」
「ちょっとご飯を分けてもらうときにお話ししまして、まさか村長の関係者だとは思っていませんでしたが。」
その言葉を聞いて老女があらあらと垂れた瞼を精一杯に開いた。
「マヘリアさんは、もしかしてうちの人に御用ですか?」
「うちの人……ですか?」
「一応、うちの人がね……ああ、私の夫が村長を務めていましてね。あの人に用なのね?」
「朝早くに申し訳ありませんが、お会いできますか?」
「ええ、もちろん。ただ、えっと……そちらの二人は?」
少し悩んだ後にマヘリアは隠さずに伝える。
「一人は私の主人で、もう一人は護衛をしてくださってる方ですが、二人とも貴族ですで……その……。」
「あらあらあら、それは大変なことね。いえ、光栄なことなのかしら。お貴族様を迎えられるようなおうちじゃないんですけれどねえ。ああ、どうぞどうぞ入ってくださいな。」
貴族と聞かされても全く態度も変わらず、緊張もしてない様子で柔和な笑顔を浮かべたまま老婆は家の中へと手招きする。誘われるままに家の中へとお邪魔すると、微かに薫衣木の花の爽やかさが薄く滲んだような匂いが漂っていくことにマヘリアは気が付く。
「この香りって……。」
「ああ、そうそう、今日は花が咲いていたからいくつか手折ってきてね。部屋に飾っているの、ほらあそこ。いい香りでしょう?」
確かに、と老婆に付いて歩く令嬢も頷くが、子爵はどうも興味がないようでどちらかと言えばその近くに建てられた家の暖炉や立てつけられた棚を興味深そうに眺めていく。
広間を通り過ぎて一つの部屋に入ると、その奥に置かれたベッドの上に老人が一人、ごほごほと咳をしながら体を起こしているのが見えた。
「あなた。お貴族様があなたにわざわざお会いに来てくれたみたいですよ。」
「おお……なんとわざわざ……んんぅ……ぐぅ……。」
苦悶の表情でうなりながら村長は体を起こすと、二度三度と咳を重ねた。
さすがに心配になって令嬢は手を伸ばしかけるが、くっとその指を押しとどめて病状を尋ねる。
「大丈夫ですか?重い病気なのですか?」
「いや、咳がずっと止まりませんでしてな。熱は出ないのですがどうにも体の力が入りませんで、それが一月ほども続いております。今すぐ命に係わる、と言う感じでもないのですが、どうにも毎日辛く……。これが老いと言うものでしょうかね。」
「私は老いたことがないので良く分かりはしませんが……。それで、私たちがこちらに訪れた理由はもう知られていらっしゃるのでしょうか。」
「ああ、まあ、王都からいただいた手紙は全て読ませていただきました。あー……ですが……。」
何かが言いにくいようで一度村長は自分の座るベッドを見つめた後、しばらく押し黙ってから伴侶である老婆の方をちらちらと視線を向けている。何かこの場では言いだしづらいことがあるのだろうことは令嬢にも侍女にもなんとなく察せられた。




