それはまるで氷雪を割って咲いた花を見たかの如く
寝泊りできる場所を聞きに行こうとしていたところを呼び止められて侍女は首をかしげてしまう。
「何かいけませんでしょうか?用だったら後にしてくださいませんか?」
流石に休むためにも早く泊まれるところを探したかったし、何が言いたいのか良く分からないから良いやと言うままに言葉を無視して侍女が踵を返そうとするものだから、慌ててその服の首根っこを子爵が捕まえる。
「おいおい。ちょっと待て。良いか?これから歓待を受けるんだぞ。お前たちが主賓なんだから居なかったらなんのための歓待になるというんだ。出なくてはいけないに決まっているだろう。」
「主賓としては子爵様がいらっしゃれば良いんじゃないですか。どちらにしろ村に来た貴族を歓待したってことには変わらないのですから。」
「そんなことに出来るわけないだろう。そりゃ我々としては、添え物であるのは不服ではあるが……。」
一つ間をおいて息を吐いた後に苦々しく口を開く。
「今回我々はエヴァリング違爵が村に訪れるのを護衛しているだけだ。主賓でないものが主賓としての歓待を受けるのは他人の利益を掠め取るような恥ずべきこと。とてもではないが誇りある我が子爵家としては承服できない。それにだな。」
「それに。」
「受けるべき歓待を受けるのも貴族の務めだろう?わざわざ言わせてもらうがエヴァリング違爵にはその自覚がないのか?」
どこか侮蔑するような子爵の言葉に、隣で聞いていた令嬢もなるほどと軽く目を伏せて思い悩む。
「それは……。」
「歓待を受けるということは、受けた相手に自らのするべき仕事を必ずするのだと約束するようなことだ。商人に金を払うように。臣下に土地を与えるように。もし歓待を受けないとなったら、村人たちは本当にお前が仕事をするのかを疑うことになるのだぞ。」
指摘されて令嬢は軽く考え込んだ後に、言われていることが正しいだろうと頷く。
「それは確かに理屈ですね。分かりました。それと申し訳ありません、あなたに主賓を押し付けようとしたこと。」
「実際、人間の格としても家の格としても俺の方がよっぽど主賓としてふさわしいとは思うがな。ただ王命は王命だ。主と従をたがえるべきではなかろう。」
ふんっと鼻を鳴らした子爵の態度に令嬢と侍女は目を見合わせて肩を竦めてしまうが、言っていることは正しいがために二人は素直に村の広場に連れられていくことになった。そこには元々は何もなかっただろう所にここ数日で建てたと思しき急ごしらえの階段状の座席が幾つか用意されていた。地べたに座るつもりの村人と立場の違いを分けるつもりだったのだろう。
微かに令嬢が目を伏せるのを侍女は感じ取った。
こういうものを見たくないのが、令嬢が歓待に出たくなかった一つの理由ではあった。
言ってしまえば違爵は貴族であっても、貴族たちの中ではどこにいようとも貴族ではないと扱われてしまう。一方で庶民にとっては貴族として、自分たちとは違うのだとまざまざと見せつけられる。その時に令嬢は、自分の身の置き所がどこにもないような虚しい気分に陥っていく。
「お嬢様。」
隣で侍女がその令嬢にしか聞こえない声をかけて励ますようにその背中を軽く支えた。そこから伝わってくるほんのりと温かい掌の感触に令嬢は目の前の光景に血の気が引いてしまっていたのが多少なりに和らいだ気がした。まだ指先は微かに震えているけれども少なくとも用意された席にまで歩いて向かうことぐらいは出来そうだった。夕日に照らされる木の葉のように揺らめきながら吐き気を堪えるように席へとしなだれ降り、そうしてマヘリアがその傍らに立ち侍ったのだった。
その日の歓待自体はつつがなく進み、恐らくは村で育てている羊を解体してきたのだろう。骨付き肉やその脂を使って焚かれたらしきピラウの類が一行の前に並べられていった。村民から運ばれてくる料理を勧められるまま手に取るが令嬢はほんのわずかな肉片と匙一杯のピラウを食べたところで食べる手が止まってしまっていた。傍らに立ちはべる侍女が心配そうにその肩に手をかけてくる。
「もうお腹いっぱいですか?お嬢様は普段からあまり食べませんからね。もう少し食べた方が良いとは思うのですが。」
「もちろん食べないといけないと思うのだけれどね……。あと出来ればあなたにも食べさせて上げられれば良かったのだけれど。あなたもお腹がすいているでしょう?」
「お貴族様と使用人が一緒になど恐れ多くてとてもとても。」
わざとらしく首を振って侍女は笑みを浮かべものだから令嬢は呆れたように目を細める。
「普段は一緒に食べているのに。」
「子爵様が絶対に怒るんじゃないですか。今そんなことしたら。良いですよ。私は後でもらいますので、お気にせずに食べてください。」
「これだから会食と言うのは不便ね。できればいつだってあなたと一緒に同じものを食べたいのに。」
「私は気にしないでください。それよりお嬢様はもう少し食べた方が良いです。なんとか食べれそうなものでももらってきましょうか?」
「ううん。良いの。一緒にいて。」
「そうですか。じゃあ一緒にいますね。」
なんだか少しだけ令嬢に掛けられた言葉が嬉しく気恥ずかしくってごまかすようにスカートの裾を払った侍女は顔を村の広場の方へと向ける。
ちょうどそこに子爵が歩いてくる姿があった。後ろに何やら中身の入ったらしき壺を抱えた兵士の一人を連れて無造作に席へと近づいてくると、令嬢の隣に断りもなく座った。多少居心地の悪さを感じながらも令嬢は自らの横のきた子爵へと顔を向けてみる。
「なんでしょうか。」
「村人が酒もふるまってくれてな。違爵にも渡しておこうと思って持ってきた。」
「そうですか。ありがたいですが、私はご遠慮しておきます。」
ふうんっと子爵は不思議そうに相槌を打ちながら、盃に注いだ酒を口に運ぶ。そうしてほろく酔って微かに赤らめた顔を上げて暮れかけの空へと視線を向ける。
「なんだつれないやつだな。女だって酒ぐらいは飲んでもいいだろうに。」
「お酒は飲まないようにしております。」
「飲んだこともないのか?一緒に酒を飲めば多少は相手のことが分かるというものなのに。」
「子爵様は。」
「ん?」
「私が酒を飲んで酔ったらどうなるか想像できますか?」
「さあてな。そんな暗い性格をしていたらおいおい泣きそうな気もするが。」
「そうではなく。触れた人を死に至らしめる私が酔って不覚にも誰かによたれかかったりしたらどうなると思います?意識がおぼつかずに誰彼構わず触れてしまったら。」
言われて子爵は真顔になりそうして興味深そうに顎をなぜた。
「大惨事だな、それは。」
「そういうわけですので。」
「詰まらん人間だなお前は。本当にまじめぶって。」
「そうですか?」
ふいと可笑しそうな調子で言って令嬢は微かに口元を緩めた。
「何故そんな楽しそうに言う。茶化したつもりだったが。」
「いえ。私のことを人間だと思ってる人は珍しかったので。」
意味ありげに言って令嬢は先ほどよりも分かりやすく眦を下げて柔らかくくすりと笑って見せる。
途端と子爵は目を見開いて酷く驚いた後に、まるで酒にひどく酔ってしまったかのように顔を赤らめた。
なぜだか子爵が杯を持つ手はわなわなと震えていて目が白黒とまでしている。
「お前…………笑えたのか?」
「私も人なものですから。」
「そう……いやそうだな。当然だ。」
地面に向かって言葉を落とすように言った子爵はなぜか狼狽したように顔に手を当てるとハアとため息を漏らした。
「どうやらこの程度の酒で酔ってしまったようだ……。頭を冷やしてくる。」
なぜか苦々しくそう言ったあと子爵は立ち上がってふらふらと兵士たちの元へと戻っていくものだから、侍女は理解できずに令嬢と顔を見合わせて目をぱちくりとしてしまっていた。
「今のなんだったのでしょうか。最初から思ってましたけれどあの子爵様って変な人ですよね。」
「なにかしらね。とにかく、私としてはこの宴席が早く終わってくれればなんでも良いのだけれど。」
暗くなりかけた空の橙と黒の斑な模様に飽いてしまって下ろしてみた令嬢の視線の先では、村の広場では雨ごいでもするかのように大きな焚火が煌々と明かりを照らし始めていた。それは令嬢にとっては悲しいことにも夜更けまでもしかしたら夜明けまでも眠ることのない宴が始まるのだと見て取れてしまったのだった。




