アダムズウィル ノ ムラ ニ ヨウコソ
――王都を出て一週間後
「へえ、なかなかのどかな村ですね。」
目的の村の見える所までようやくとたどり着いたとき開口一番侍女は今までの旅路の苦労など何も感じさせないほど、なんとも暢気な声を上げた。
数日の馬旅を経てようやく目的の村にまで到達した一行が疲れと安堵からため息をついている中であったせいか、なんとなくその柔らかい声に全員が軽く笑ってしまう。確かに昼日向に照らされた村の道は令嬢にもどこか明るく見え、目の詰まった固い木材で建てられたのであろう家はどこも堅牢そうで、貧乏な村にありがちな粗末な隙間の建物など一つもないように感じられた。村の外に広がる小麦畑も冬小麦の苗がどれも健康そうに青々と生い茂っている。
一行が村の端にまで到達すると、来訪者などふつうはあまり居ないのだろう何度かこちらを見つめてきた後に、慌てた様子で一人の男が駆け寄ってきた。村の男が真っ先に近づいたのはやはり何かを勘違いしてしまったのだろう、先頭に馬を構えて華やかな身なりをした子爵の足元だった。
「あ、あの……間違いでなければ違爵様のご一行かと存じますが。」
その言葉に違爵でもない子爵がなぜか勝手に頷いて応えると村の男は「やはり」と恐縮して頭を下げた。その間に本来のエヴァリング違爵であるところの令嬢は侍女とともに馬を降りて村人へと近づいていく。ただ村の男はそれを何かの下女かなにかだとでも勘違いしたのか、全くも恐縮もせずにこやかな笑みで軽く会釈をするのみであった。令嬢からすればそれで別に都合がよく同じように会釈を返して話しかける。
「一行が来ると王都から連絡があったということでしょうか。」
「ええ、ええ、もちろん。早馬で伝令がありまして。丁寧に迎えるようにと。あの、みすぼらしい村ではありますが、出来うる限りに贅を凝らした饗応の用意がありますので、今夜は楽しみにしていただけましたら。」
「そう。ではそれはあちらの子爵様の一行に贅を尽くしたもてなしをしていただけると嬉しいですね。きっと彼も喜ぶと思いますよ。」
「子爵様?あの、受け取った文書では違爵様と書かれておりましたが。あの方は子爵様なのですか?本当に申し訳なく、私などには違いが良く分かりませんが。」
「ええ、とても偉い方だから、爵位など間違ることのないように。丁重におもてなしをしてあげてくださいね。」
それを隣で聞いていた侍女のマヘリアはまたぞろ変なことを言いだしたと軽く口元を緩める。
「どうしてそんな子爵様の方が偉いだなんて嘘をつくんですか?」
「だって、マヘリアだって歓待されるのなんて苦手でしょう?」
「そりゃあ分からなくはないですけれど、そういう事をしているから子爵様たちに軽く見られるんじゃないですか?」
「私はそれで構わないのだけれど。」
「ああ、ああ、そうですね。お嬢様はそういう感じでした。」
肩を竦めてしまうほど大仰に呆れてしまいながら侍女は馬を引いて歩き始める。出迎えてくれた男がしてくれる先導に連れられて村の中を歩いていくと、物珍しそうに木造の家の中から顔を覗き込ませてくる子供がちらちら見受けられるが、馬に乗ったまま進む子爵たちが馬上で不快そうな顔を見せているとそれを目にして驚いたのか慌てて顔を引っ込ませてしまっていた。覗き込んでくるのが子供ばかりで大人たちが見あたらないのは村の奥の方にいるのか、気づいて令嬢が軽く顔を上げてみるとどこか村の一角でもうもうと煙が立ち上っているのが見え、それと同時に遠くの方で人の騒ぐ声などが聞こえてきてなんとも忙しなさそうな雰囲気があふれていた。そうして、村に唯一だという馬止めに連れていかれた令嬢たちと子爵たちは自らの馬を繋ぎ止めていく。馬たちも長い旅路に疲れたのかようやく休みをとれることを察して安堵した雰囲気を出し始めたことを感じ取り、馬をつないでいた侍女は頑張ってくれて有難うとでも言うように違爵家の愛馬に対して目を細めてその頭を軽く撫でつけていた。
みなが馬を繋ぎ止めている間のうちに、令嬢は恐縮して待っている村の男へと会釈をしながら話しかける。
「それで村長はどちらにいるのでしょうか?この度の褒賞はその方へと言うことだったのですが。」
「ああ、実はその村長ですが、体調を崩しておりまして家で寝込んでいるのです。本来ならば村長が出迎えるべきだとは思いますが……。あのもしかしてそう言うのは無礼で処刑になったりするのでしょうか……?」
恐る恐ると言う雰囲気の村人に令嬢は抑揚もなく首を振る。
「いや、そのようなことはありませんよ安心してください。では、その村長の家にご案内していただいても良いでしょうか。」
「はあ村長にですか……それは良いのですが。休まずとも良いのですか?村の方では歓待する準備もできていますので、今日ぐらいは……その……。」
傍らで聞いていた侍女は村人が言い淀んでいるのが理解できた。貴族が来ているのだから当然村総出で持て成さなくてはならず、出来ればまずはそれに集中したいだろうに、急にそこで予定にもない村長に会いたいなどと要望を言われては困ると言うものだ。計画になかったこと複数のことを一度に考えて処理できる人は意外とそう多くない。ただ令嬢もそれは理解していて仕方ないと頷いた。
「そうですか。分かりました。ただ、それこそ病気と言う事であれば早い方が良いかもしれないと思いまして。」
「えっと……それはどうしてでしょうか。」
「その方に明日がない可能性もあるかと思いまして。」
言われて村人は酷く面食らった表情を見せたあと、あまりに狼狽して言葉に惑いながら恐る恐ると首を振る。
「お……お気遣いありがたいですが、咳の長患いでして病状自体は安定しておりますので……。」
「そうですか?では、明日会えることを楽しみにしております。」
「はい……。」
俯いてどこか表情を曇らせた村人の様子が気になって令嬢は傍らの侍女に話しかける。
「私何かまずいことを言ったのかしら。」
「失礼ながら言わせていただければ、相手の親しい人が明日にでも死ぬかもしれないということを、そう軽々しく口にされては無礼だと感じることもあるでしょう。覚悟はしていてもだからこそ指摘もされれば無神経に感じましょう。あの人はお嬢様の力を知らないわけですから、死ぬ前に会わせろなどと言われて気が立たないわけもないですから。ただお嬢様が貴族の一行だから何も言い返せずに黙ったのだと思います。」
「ああ……。」
顔に手を当てて令嬢は酷く落胆した様子で俯いた。そうして軽く唇をはみ細い肩を麦穂のように揺らしている。
「そうね。その通りだわ。病気なら早く助けた方が良いと思ってしまったのだけれど。……いつの間にか人が死ぬことに無神経になってしまっているのね。」
「まあ、ですが、善意で仰ったのですから、そんなに気にしなくても。」
「たとい善意だとしてもあまりにも愚かなことよ……。茜さす夕の日がいかにその実明日の栄光がごとく燃え盛っていたとしても、帰途につく少年の胸の内には悲しき憧憬を刻まれるように、本心がどうであれ重要なのは現世にあらわれる影だけ……。あの人には悪いことをしたわ。」
「貴族は人の心が分からないとか思われてそうですね。」
「そうね……。」
「そこはあんまり真面目に受け取らないで、怒ってください。」
「良く分からないわ……。」
この気質はとことんに重症だなと侍女はため息をつく。
「結局のところ、その村長さんの命をつなげることができれば忘れてしまいますよ。お嬢様はまず旅の疲れを癒してください。私は寝泊りができる所がどこなのか聞いてきますね。」
どこまでも軽い調子の侍女がそう言って先ほどの村人へと視線を向けようとした時だった。どうにも不機嫌そうな子爵が聞きとがめて二人に向かって酷く険しい顔で睨みつけていた。
「今の話を聞いていたが、まさかお前らはこれから休むとでも言うつもりか?」
あまりにも威圧的な子爵の態度に二人してきょとんとして首をかしげてしまった。




