冷淡足る理由と拒絶される理由とは
どうにも言いづらそうに、だがせめてもの人間性で言ったのだろう子爵の誘いに令嬢が驚いて僅かばかりの間にどうしようかと思案する。
途端。
その途端だった。
子爵の連れていた兵の一人が、囃すようにして声上げた。
「子爵様ァ。口説いてるんですかァ?」
余りに陽気に底抜けた軽々しいその声に周りの兵隊たちも一斉に気が付いたのかピーピーと指笛を鳴らして笑いはじめる。
「馬鹿かお前らは!相手を考えろ!」
一頻り怒鳴って疲れたように息を漏らした子爵が振り返ろうとしてぎょっとした。令嬢の見つめてくる目が酷く下からねめつける様な不穏なものだったからだった。
「普段からあのようなことを仰る方々なのですか?」
「あ、いや……、まあ……。しかし、あれもただの冗談と言うか……。冗談だ。俺も違爵をどうこうなどと言うそんな気持ちはないし、あの者共もそういうつもりもない。それでどうだ、焚火の方に来ないか?」
「遠慮をしておきます。」
「しかし、そんなそんなに遠くては暖をとれずに旅の疲れが取れないだろう。」
「先ほど、私のことを口説くとか口説かないとかお話しされていましたが。」
「あれは冗談だと。さすがにあれらも相手が違爵だと……貴族だいうことは分かっているはずだ。」
「あのように女性を品定めするようなことを言われるのは酷く不快です。そのような方々と食事を共にすることは出来ません。」
わずかに身を引いて子爵はいぶかしんだ表情を見せた。
「女が男に求められるというのならば、それはそれで名誉なことだろう?」
「だからあなたがたとはお話しする気はないのです。」
「なにを……。」
本気で子爵は困惑しているようで、その場で狼狽している。
逆に令嬢は酷く取り繕った作り笑顔を浮かべた。
「ですからお下がりください。今日は護衛ありがとうございました。それは感謝しております。そう言う意味では煙草ぐらいは振舞った方が良いのかもしれませんが、何分それこそ私たち女性だけの二人旅と思っておりましたので、あいにくお茶ぐらいしか持ってきておりません。マヘリア。子爵にお茶を一包渡して。」
頷いたマヘリアから荷物から取り出した茶袋を差し出され子爵は一層に困惑しているが、それにもかかわらず令嬢はそのまま言葉を続ける。
「私のような処刑人に気をかけて誘っていただいてもったいないことですが、みなさまだけでお楽しみください。」
「いや、それは……。」
張り付いた笑顔のままそういう令嬢の言葉に子爵は顔を渋らせるが目の前では侍女がさらに柔和な笑顔で押し付けるように茶袋を差し出してきているものだから、子爵はその勢いに負けて茶袋だけを受け取り結局は何も言えずに兵士たちの元へと戻った。
釈然としていない子爵の顔を可笑しく思ったのか兵士たちはニタニタと笑う。
「若。一人で帰ってくるなんて。あの令嬢には袖にされてしまいましたか?」
その言葉を苦々しい表情で子爵は聞いて、首を振りながら不満を口にする。
「黙れスミス。なんなんだあの女は。曲がりなりにも子爵相手にしてあんな失礼な態度をとる女があるか!?」
「あるからあそこにいらっしゃるんでしょう。しかし残念ですな、折角淑女の護衛だというから、お嬢様手ずから茶を振舞ってもらう役得ぐらいあると思ったんですけどねえ。」
「悪かった。分かった。俺手ずからの茶で我慢してくれ。うちにもあるにはあるが、あちら方が折角くれたんだからな。」
「流石にそんなことを若にさせるわけにはいきませんよ。大体茶を入れたことだってないでしょう。それじゃ折角の茶がかわいそうってものです。」
「お前らは心得があるとでも?」
「そりゃ俺だって上手くはないですが、まあ御大将よりはできるとは思いますけどね。」
平気で憎まれ口をききながら兵士は荷物から小さな鍋を取り出して持ってきた水を入れて沸かし始める。泡を出して煮立ちだしたそれに、茶袋の中から取り出した葉を一つまみ二つまみと放り込んでしばらく待つ。
「はい、これで良いでしょう。」
そうして煮だした茶の汁を、兵士は葉が入らないようゆっくり子爵の差し出したコップへと注いでいく。それを一口すすって子爵はなんとも渋い表情を見せた。
「やっぱり俺が入れた方がマシだっただろう、これなら。」
「旅先ならこれでも上等な方でしょう。」
言いながら兵士たちも茶をすする。丸一日馬に乗って疲れていた兵士たちはそれだけでほっと吐息を漏らしていた。それと同じようにして子爵も再び茶をすすりながら一息をついているとふと思い出したように令嬢の方へと視線を向けた。
自分で引いた布の上に座り令嬢はどこか俯いている。まるで不健康で惰弱なそれにしか子爵には見えなかった。荷物から侍女が取り出した少量の糧食を受け取って、小さく齧りつきながら俯いている様子は小鳥のような虚弱ささえ感じさせる。
「愛嬌のない女だ。」
「あの方が気になるんですか?若。」
「魅力がないと言ってるんだ。お前らはあれをどう思ってる。」
「どうもこうも。あのお方ってあの国葬の令嬢でしょう?正直に言えばさっき若が誘ったときに、ついてきてくれなくて助かったってのが本音ですよ。」
「そうなのか?」
「逆に聞きますけど、怖くないんですか?」
「大層な名をつけられていようが所詮は女だろう。剣を向けられればどうせ足を竦めて動けなくなるしかないようなやつらだ。」
「しかし手に触れたら死ぬなんて言われたら近づきたくはないでしょう?とてもじゃないが……それじゃベッドにも一緒に入れないじゃないですか。」
「怖がりすぎなんだお前らは、家で飼ってる犬にだって首元をかまれれば死ぬだろうに。」
呆れながら茶を飲んで子爵は横目で令嬢たちの方へと視線を向ける。食事が終わったのか令嬢は地面に敷いた薄っぺらい布の上で身を丸めながら布にくるまって横になる。それが本当に貴族の令嬢の姿かと思うほどに弱弱しい姿に見える。それこそなぜあれが怖がられるのか不思議なほどに。その隣ではいくらかの荷物を整理していた侍女が立ち上がり、そうしておもむろに子爵の元へと近づいた。
「食べ終わった豆の殻を燃やしていただいてよろしいですか?」
野営の食べ物のカスを下手に残しておくと獣の類がうろつくことになってよろしくない。だから可能な限りは燃やしておいた方が良い。そういう旅の基本はしているのだと子爵も多少は感心した。鷹揚に子爵が頷いてみせると、焚火の上で侍女は包んできた布を開きいくつかの豆殻が宙で燃えて火の粉となって舞い散っていった。呆然と火を眺めていた子爵の目にはその幾筋かの軌跡が軽く焼き付いていた。
「なあ。」
顔を上げて子爵は侍女を見上げる。少し戸惑った後侍女は不敬にならないよう膝を地面につけて視線を子爵より下げる。
「私にお話しかけでしょうか?」
「お前だ。なあ、あの女はなぜああも、ああなんだ。」
「あの女とは何でしょうか。」
「あの女だ。」
「子爵様は。私の主をあの女と仰っているのですか。」
「お前たち主従は揃いも揃って……。」
視線を外し子爵は気まずくなってこめかみを軽く爪先で引っかくと仕方なしに口を開く。
「エヴァリング違爵のことだ。彼女はどうしてあんなに頑なに俺たちの申し出を拒むんだ。長い旅を考えれば焚火には当たった方が良いだろう。最初は意地を張っていたから分かるとして、なぜ旅を自分の身を危険にさらすようなことを平気でする?」
「……主であるお嬢様の考えていることを私が代弁することなどできませんが、あくまで違爵家の話としてなら……。」
「それで良い。何か理由があるのか?」
頷いて侍女は改めて太ももの上に指を乗せて、答える気になったのだろう貴族の前での佇まいを正した。




