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国葬の令嬢  作者: 春小麦なにがし
第一章―口の悪い子爵はいつもいらついている―
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気が違ったような会話をするものだな

 何をそんなにいらだっているのか理解できずに待っていると子爵は棘のある声で令嬢へと目を向けた。


「足弱の女子供が馬車もなく旅に耐えられるわけがないだろう。なにをしれっとそんな当たり前かのような顔をしている。」


「なにをもなにも。違爵(いしゃく)というのはそういう扱いのものですから。」


 理解しがたいとでも言うように子爵の片眉が大きくゆがんだ。


「だとして移動はどうする。徒歩(かち)でとでも言うまいな。」

「ああ、ちょうど、その移動方法が来ました。」


 二人が話している間に場を抜け出していた侍女のマヘリアが一匹の栗毛の馬を引き連れてきていた。


 それを見て子爵は一層に眉を顰めたのだった。


「これに乗るとでもいうのか?」

「存外、丈夫な子です。」


「馬の心配はしてない。良いか?馬の旅は女が想像するよりも過酷なんだぞ。」

「ご心配は当然のことかと存じますが、私どもは慣れておりますので気になさらずに。」


「だがな、本来馬と言うのは女が乗っていいものではない。騎馬と言うものは貴人にだけ認められた権利であり、そして兵を出す者の責務だ。だからこそ王国では馬に乗れるものを騎士(ナイト)として叙勲するのだ。いいか女が馬に乗るのは国の恥でしかないし、大股を開いて女が鞍に乗りでもしたら嫁に行く先もなくなるというのは誰でも知っていることだろう。」


 令嬢の言葉も全く理解せずに延々と講釈を垂れる子爵の態度に、令嬢の横でやりとりを聞いていたマヘリアは耐えられなくなって足を何度も強く踏みしめながら馬に用意した荷物を載せ終えた。


「お嬢様!準備が整いました!」

「ありがとうマヘリア。でも、あんまり強く荷物を縛り付けると馬が驚いてしまうわよ。」

「で、す、がっ、お嬢様!」


 不満げなマヘリアの声にも気にせず、鐙に足を乗せた令嬢はまるで椅子にでも座るかのようなゆったりとした動作で鞍へと腰を下ろした。


「来て。マヘリアも。」


 伸ばす令嬢の手を取って多少無理やりに馬の背に乗るとマヘリアは令嬢の前に座らされて鞍につけられた手すりを掴んだ。本人たちにとってみれば、それがいつものことではあるが、様子を眺めていた子爵は嘆くようにして掌で顔を覆った。


「一人ですら荷が勝ちすぎるというのに、二人で乗っていくとは随分と自信があるものだな。もし仮にそれで立ち往生でもしたら俺たち護衛まで難儀をすることになるんだぞ。分かっているのか?」

「何としてもついていきますので。お気遣いなく。」


「何か他に手はないかと思わないのか。」

「今まで大丈夫でしたので特には。」


 そわそわとして首筋をかきながら子爵はため息を漏らした。


「良いか?助けてくれと言えば、こっちは乗せてやっても良いんだぞ?手分けして二人ぐらい載せられる。」


 つまりこの人は助けて欲しいと懇願してほしくてこんなことを言っているのだと理解し、余りにも呆れてしまって令嬢は言い争うのを諦めてしまおうと思い定めた。


 子爵の申し出に令嬢は軽く首を振って答えると最早お別れのつもりで会釈した。


「ご心配ありがとうございます。どうにも話がかみ合いそうにないので、私たちは出発させていただきますね。」

「おい、ちょっと待て!」


 大声で静止するのも聞かずに令嬢はさっさと手綱を握って馬を歩ませ始めるのものだから、子爵は天を仰いで軽く唸った後に仕方なく馬を急いで走らせると彼女たちの少し前の位置に回り込み先導し始める。そうして子爵が腕を上げて促すと着いてきていた彼の部下たちもめいめいに令嬢を取りかこんで隊列を組んでいったのだった。


 そこから僅かに速度を緩めて令嬢と並走させ始めた子爵は不服そうに口をゆがめている。


「おい。お前っ。」

「エヴァリングです。」

「なにっ?」


「ユリアでもいいです。私はユリア・エヴァリングです。」

「それは王太子に聞いた。いきなり進みだして、行く先を知っているのか。」

「……。」


 問いかけに令嬢は一切と答えようとしていなかった。子爵の言葉にはもう何一つとして気にも留めていないように無表情のまま道を進み続ける。困惑して子爵は侍女のマヘリアの方へと視線を向けるが、彼女も承知したるように全く気にも留めず進む先を見つめている。


「おい、お前ら。」

「……。」

「おい!」

「……。」


 必死に呼びかける子爵の声を傍らで聞きながら何を無駄なことをしているのだろうと侍女のマヘリアは考えながら令嬢の方へと振り返る。視線が合うと令嬢がきょとんとしているからマヘリアはなんとなくその頭を軽くなでる。令嬢はちょっと驚いた後に軽く笑った。それぐらい二人にとっては子爵の呼びかけはどうでも良かった。


 ようやく子爵が諦めたようでしばらく沈黙が続いた後に、ため息をついた子爵が不承不承にその名を口にする。


「分かった……。エヴァリング違爵(いしゃく)。」

「なんでしょうか?」


 やはり視線もむけずに令嬢は言葉だけ返した。


「一つ聞くが、そうも勝手に進み出して、違爵(いしゃく)は道が分かっているのか?」

「案内がないならないで、道先の人に尋ねながら進みます。予定よりは遅れるかもしれませんが、致し方ありませんでしょう。それで、子爵様。それを確認すると言うことは、子爵様が案内をしてくださるのでしょうか。」


「……分かった分かった。仕方ない。国王陛下からの下命だからな、案内と護衛はちゃんとする。それは任せろ。」

「誠にありがとうございます。私も国王陛下の期待を裏切らずに済みますので。」


「いちいち鼻に障る言い方をする。良いか?このままの速度で進んでも一週間はかかるだろう。維持できるか?」

「先ほども言いました通り、何としてもついていきます。好きなようにお進みください。」

「そうかよ!」


 どこか諦めの入った口調でそう言うと子爵は再び令嬢の馬の前へと進み先導をし始めたのだった。


 それからしばらくはずっと馬を歩かせ詰めに歩いた。子爵の部下こそ冗談を言い合いながら進んでいたが、令嬢と侍女は殆ど周りの子爵の部下たちとは喋りもせずにいる。たまに令嬢が「大丈夫?」と侍女に話しかけて、それを侍女が軽い笑みで頷くぐらいのもであった。後ろの二人がそんなものだから、なんとなく先頭を進む子爵もしゃべりにくく、ただ押し黙って進むしかなかった。


 何度かの小休止を挟み、日が陰り始めたころ宿営のため隊列は止まった。先に降りた侍女が二人の栗毛の馬から荷を下ろして近くの木に繋ぎ止めていくが、さすがにこればかりは兵士の方が手際が良く、侍女の作業が終わるころにはすでに火が焚かれて寝るスペースまで確保されていた。


 静かに進んできた隊も流石に本格的な休憩で俄かに活気づき、焚火を囲んだ兵士たちはわいわいと雑談を始めるが、令嬢は下ろした荷物から寝床用に布を引っ張り出して適当な平の地面に無造作に強いてしまうと、その上に座ってそれでももう今日のすべきことは全て終わったような雰囲気を漂わせていた。


 傍らに侍女のマヘリアが近づき裾を畳み込みながらしゃがんで令嬢の顔を覗き込む。


「お疲れではないですか?何か持ってきましょうか?」

「マヘリアもお疲れ様。いつものは持ってきているのよね?じゃあ――」


 そこで令嬢が言葉を途切れさせたのは分かりやすく足音を立てて子爵が近づいてくるのが見えたからだった。軽く令嬢が顔を上げてみると視界の中で焚火の明かりが微かな逆光となってしまい少し表情が見づらくなっていた。かろうじて判別できる表情はどこか固く、緊張している雰囲気があったが確かではなかった。


「その……違爵(いしゃく)。なんだ……その……もしよかったらもっと焚火の近くに来ないか。体を温められるし、沸かした茶でも一緒に飲めるが。」

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