なぜよりにもよって道連れが
――数日後、旅支度を終えて
「もう昼に差し掛かろうって言うのにまだ随分暗いわね。今すぐにでも雨が降りそう。」
自宅の庭園から門へと向かう道の途中、空を見つめる令嬢の視界には一面に灰色へと染まった雲が映っていた。
隣で地面に置いた荷物を思い切りに紐で縛りあげながらマヘリアは同じように天を仰いだ。
「まだ寒いですから、身を切るような旅になりそうですね。とりあえずコートは取り出しやすいところに入れておきましょうか。」
「うん、お願いマヘリア。いつも細かい気配りしてくれて本当に助かってる。」
「これが私の仕事ですから……。それでアダムズウィルと言う村に向かうんでしたっけ。」
「ええ。陛下のご命令でね。国に貢献した功労者に栄誉として私の力の恩恵を捧げてこいと命じられたから。」
「お嬢様の力はお嬢様自身が触れないと発揮されませんから、わざわざ出向かないといけないのが不便ですね。念じるだけでどうにかなれば楽なんでしょうけれど。」
「マヘリア。あなたそんな人間がいたとしてみんなが生かしておきたいと思う?」
「悪夢でも見たら知ってる人全員の命が消えてなくなってそうですね。まあ、私はそんな能力を持っていてもお嬢様であるならば生きていてほしいですが。」
「そう。マヘリアは私を甘やかしすぎるから何の参考にもならないわ。」
他愛もない会話の内容に珍しくヴェールをかぶっていない令嬢は分かりやすく口角を上げて微笑んでいたのだった。
「さてと。いつもの仕事の流れならそろそろ村への道先案内人が来てくれるはずなんだけれど……。」
そう思って令嬢が門の方へと視線を向けていると、しばらくして馬が何頭か現れた。
「あら?一人だけかと思ったのだけれど、あんなに人数が必要なのかしら。」
「あー、もしかして案内人が来たんじゃなくて来訪者でしょうか。特に約束はないですが、気がむいて来ようとしたときに偶然日にちが被ってしまったのかもしれませんね。断ってまいります。」
門の近くまで走っていったマヘリアが門に集まっている相手と一言二言を話した後、急に振り返ると血相を変えて帰ってくる。
「お嬢様!お嬢様!アルトマン子爵家のサリエル様がお目見えになられています。」
「サリエル子爵……?ああ…王太子と一緒にいらっしゃった。あの方ですね。なんの御用でしょうか。」
「あのそれが、子爵様が道先案内をしてくださるそうで。」
「ええ……?どうして……。」
どんな政治的な力学的作用なのか。何がどうなってそうなったか。意味が全く分からず困惑してしまって令嬢は門の方にいる子爵をよくよく見ようと目を細めた。どの格好の誰がどなたなのかは分からないけれどみなが馬に乗っていて、鉄製の肩当や具足だろうか軽装ながらに戦闘にも耐えられそうなほどの装備を整えているのが分かる。
あまりにも物々しいいでたちの貴族たちが門に屯していることに、傍らでマヘリアが不安そうに尋ねてくる。
「どうしましょうか……?」
「正直困るけれど、だからと言って門前で断ることもできないでしょう?とりあえずお話を伺ってないといけないわね。」
少し不安になって二人して手をつなぎながら門へとたどり着いてみると、こちらが徒歩であるというのに馬から降りることもしようとせず子爵は睨みつけるような眼光の鋭さで視線で見下してきていた。
見事に威圧されて唇をゆがめる侍女のマヘリアの傍らで、令嬢は軽く会釈を返す。
「サリエル・アルトマン子爵。わざわざ私の屋敷へとお越しいただきありがとうございます。」
「敬ってもいないのに敬語なぞ使って迎えるな。しらじらしい。この前会った時にお前の素性は理解している。」
吐き捨てるように子爵が言うものだから何度か目を瞬きしてしまいながらも令嬢は強いて冷静に再度頭を下げる。
「そうは言いましても今のところ卿はお客人にあたります。」
「慇懃無礼と言うのだお前のようなものを。本来敬語と言うものは敬意をもってこそ扱うものだ。」
隣でそのやり取りに恐々としたマヘリアが令嬢の袖を軽く引っ張るとひそひそと馬上に居座ったままの相手には聞こえない小さな声で尋ねる。
「あのう、お嬢様。あのお方はなぜあんなに偉そうなんでしょうか?一応、子爵であればお嬢様の方が身分は上なのですよね。」
「人は爵位で上下に見るものではないのよ。そう言った発言は謹んで。それにあの方は王太子様にもひどく砕けた話し方をされていたような憶えがあるわ。」
「ああ、じゃあ、偉い人と親しくしている間に自分も偉いと勘違いしたんでしょうね。」
「マヘリア。」
幾ばくか令嬢が叱るような強い口調になると、マヘリアは肩を竦めて自分は何も言ってませんとでも言うかのように白々しく目をそらした。そんな会話がまさか聞こえてはいないだろうが、目の前でひそひそと耳打ちで話しをされていることに気が障ったのか子爵は眉を吊り上げてわざとらしい咳ばらいをする。
「国王陛下から賜った令によってエヴァリング違爵令嬢、貴様をアダムズウィル村まで護衛する。」
「陛下から、ですか。普段であれば水先案内人だけのことも多いのですが。」
「お前が国から逃げないか見張っておけとのことだ。俺が信頼されているということだろうな。望むなら命令書を見せよう。」
「失礼ですが見せていただけますか?」
疑ってそんなことを申し入れるのも多分に失礼なことかと自覚しながらも確証が持てずに令嬢が頼んでみると、気に入らないと言った表情は隠さないまでも子爵は素直に部下に持たせていた命令書を差し出してくる。手渡された命令書に令嬢は目を落とすが、正しく公式書類の体裁が整っており過たずに国王陛下の署名もあったため、疑わしい部分は何もないように見えた。筆跡もサインも文法もすべてが適正。納得して命令書を巻きなおし子爵へと返却した。
「確かに。正式な命令書です。しかしなぜいまさら。今までも王都を離れることは無数にあったと思いますが。なぜ今回から。」
「さあ、知らんな。ただ最近その街道に野盗の類が出ると言うとか、地方の治安が悪化しているから念のための護衛もしろとも宰相からは伝え聞かされているが、まあそれは些末な問題でしかない。」
どう考えてもそれが理由ではではないかと隣で聞いていたマヘリアは心の中で憤慨したが、それを口や表情に出すほどにも侍女としての経験は浅くない。素知らぬ顔をして心の中で民間で流行っている呪詛の言葉―パンが落ちた時にジャムをぬった方から落ちろ―を心の中で念じるにとどめて作り笑いを浮かべる。
一方で令嬢は鉄面皮のように表情の一つも崩さずうやうやと頭を下げる。
「それはそれは、ご足労痛み入ります。また頼もしい方にお守りいただけること感謝に堪えません。」
「そんな心にもない上辺だけの礼なんぞ要らん。俺も下命があって従っているだけだ。生半に感謝なんぞされると見捨てるとき心残りになるからむしろもっと悪びれた態度でいて欲しいものだ。」
「そのような仲でも礼儀と言うものは要りましょう。」
「……それはそうだな。それより道中でお前がすべきことは分かっているのか?」
「はい。子爵様の邪魔をせぬようについていきます。」
「ああそれで良い。それが分かったなら早く馬車を用意してこい。ここでいつまでも待たせるなよ。」
「馬車ですか?馬車は乗れません。」
「乗れないだ?嘘をつくな。この前王宮に来た時には乗ってきていたはずだろう。」
「私は王都より外に出るときに馬車を乗ることが王命により禁じられておりますので。逃げにくいようにと。恐らくですが城壁の門をくぐるときに没収されます。」
聞いた途端に子爵は眉間へと皺を寄せて怪物のような形相を浮かべていた。
何が気に食わないのかと、その形相を気にも留めずに令嬢はただ首を傾げた。




