第4章:夕暮れの告白 〜予知の向こう側〜
### 【カイル&ハナ】
あの事件から数日後。夕暮れ時の裏庭は、オレンジ色から深い紫へと移り変わるグラデーションの光に包まれていた。
涼やかな風が草木を揺らす中、僕は意を決して、ハナちゃんをいつもの隠れ家に呼び出していた。
ポケットの中で、僕の手は情けないほど汗ばんでいる。
ハナちゃんをこれ以上騙し続けるわけにはいかない。あんな事件があった以上、僕が一般学部の無力なモブではないことは、遅かれ早かれ気づかれてしまう。だったら、自分の口から全てを話して、軽蔑されるならそれを受け入れよう――そう覚悟していた。
「カイル先輩! お待たせしました!」
タッタッタ、と軽い足取りでやってきたハナちゃんは、今日もひまわりのような眩しい笑顔を僕に向けてくれる。その純粋な瞳を見るだけで、胸がキリキリと痛んだ。
「ハナちゃん……わざわざ来てもらってごめんね。今日は、君にどうしても言わなきゃいけない嘘……ううん、本当のことがあるんだ」
「本当のこと、ですか?」
ハナちゃんは不思議そうに首を傾げる。
僕は深く息を吸い込み、前髪を大きくかき上げて、いつも隠していた自分の瞳を真っ直ぐに彼女へと向けた。
「僕、本当は一般学部の生徒じゃないんだ。本校舎の特級魔法クラスに通う、名門四シャドウハイド家の次男。……国の汚い裏仕事を一手に引き受ける、暗部の人間なんだ。この前の事件も、警備の人が助けたんじゃなくて、僕が魔法で敵を闇に葬った。君を怖がらせたくなくて、ずっと騙してたんだ」
一気にまくし立て、僕はぎゅっと目を瞑った。
軽蔑されるだろうか。怯えて逃げ出してしまうだろうか。お嬢様へのパシリ業務並みに心臓がバクバクと悲鳴をあげる。
けれど、数十秒の沈黙のあと、聞こえてきたのは、ふふっという彼女のぽやぽやとした笑い声だった。
「――知ってましたよ?」
「えっ……?」
恐る恐る目をあけると、ハナちゃんは僕の手をそっと両手で包み込んでいた。
「だって、カイル先輩の手、仕立ての良いお洋服を着る貴族様みたいにすごく綺麗なのに、ここ……指の付け根に、いっぱい戦う人のマメがあったから。それに、時々お洋服から、すごく高級な香水とかお香の匂いがしてました。私、実家が定食屋だから、匂いと手の観察には自信があるんです!」
「気づいて……たの? 知ってて、あんなに毎日お弁当を?」
驚愕する僕に、ハナちゃんはさらに一歩距離を詰め、上目遣いで僕をじっと見つめてきた。その頬は、夕焼けの光よりも赤く染まっている。
「名門の貴族様でも、暗部の人でも、関係ないです。いつも私の作ったおにぎりを『美味しい』って泣きながら食べてくれて、私がピンチの時に絶対に助けてくれたカイル先輩が、私、本当に大好きなんです。……だから、これからも私の隣で、ずっとおにぎり、食べてくれませんか?」
「ハナちゃん……っ!」
視界が涙でぶわっと滲んだ。
「喜んで!」と叫びながら、僕はたまらず彼女の小さな身体を強く抱きしめていた。
お嬢様たちのヤンデレ台風の裏で、ずっとボロボロだった僕の人生に、最高の、本物のハッピーエンドが訪れた瞬間だった。
### 【レオン&セレナ】
同じ頃、茜色の光が斜めに差し込む放課後の教室。
机や椅子が長い影を引く静寂の中で、私とセレナは二人きりで向かい合っていた。
数日間の風邪から病み上がりで学院に復帰したセレナは、いつも通りダボダボのローブに身を包み、黒髪のおさげ髪に眼鏡というスタイルに戻っていた。けれど、ベッドの上で放ったあの『告白』のせいで、私の心臓はあれから一秒たりとも正常な鼓動を刻めていない。
机に座って本を読んでいるセレナの前に、私は大真面目な顔で歩み寄り、机をバンと叩いた。
「セレナ!」
「……なに、レオン君。大きな声を出さなくても、私の耳の運行は正常よ」
「うるさい、聞け! お前に一つ、命令……いや、挑戦を申し込む!」
私は胸元に手を当て、顎を上げて言い放った。心臓の音がセレナに聞こえてしまうのではないかと、気が気ではない。
「お前の未来視が『大好きな相手の未来しか視えない』という不条理な術式なのは理解した! ならば今ここで、私の未来を予知してみせろ! 今日の、今この瞬間の、私の未来をな!」
セレナは眼鏡の奥のジト目を少しだけ見開き、驚いたようにパチパチと瞬きをした。
やがて、彼女は本をそっと閉じると、夕暮れの光に照らされた私の顔をじっと見つめ、その耳の先を林檎のように赤く染めていった。
「……レオン君の未来を、星に聞いたわ」
「ふん、言ってみろ!」
「今から、レオン君が……すごく顔を真っ赤にしながら、私に向かって『一生、私の隣にいろ』って……男らしく告白する未来……かな」
消え入りそうな声で、恥ずかしそうに視線を泳がせるセレナ。
その信じられないほど愛らしい姿に、私の理性のリミッターが完全に吹き飛んだ。
「――予知的中だ、この分からず屋が!!」
私は勢いよく彼女の両手を掴み、思い切り引き寄せた。
「お前の言う通り、私はお前が、セレナ・フォン・ステラがたまらなく愛おしい! だから命令だ! 一生、お前のその眼で、私の未来だけを見ていろ! 他の男の未来など、一秒たりとも視ることは私が許さん!」
「っ……!」
セレナは目を丸くしたあと、眼鏡の奥にみるみるうちに涙を溜め、けれど本当に幸せそうな、見たこともない満面の笑みを浮かべた。
「……うん。予知通り。……レオン君、大好き」
夕暮れの教室で、じれったすぎた二人の距離が、ついにゼロになった。
### 【幻獣アッシュのツッコミ】
そんな二組の完璧すぎる、全肯定の告白劇を影の中から特等席で見届けていた白いモフモフの最上位幻獣アッシュは、ついにその場でノックダウンしていた。
『ぎゃあああああああああ!!!(尊死)
ちょっと待て、おにぎりマメの観察から始まる正体看破ハッピーエンドに、予知の答え合わせを踏み台にした男気全開のツンデレ告白だと!?
なんだよこの、砂糖をハチミツで煮詰めてメープルシロップをかけたような極上の甘さは!!!
本編のあの二人の告白なんてさ、「あなたを一生私の愛の魔法で調教して支配してあげる」「はいアルティナ、俺の魂も魔力も全て君のものです」っていう、実質【世界征服の契約書】みたいな物騒さだったからな!?
それに比べて、相手の全てを受け入れた抱擁と、一生私の未来だけを見ていろという独占欲……これだよ! これが俺の求めていた、全人類が涙する『王道学園ラブコメ』の最終回なんだよチクショー!!!
よし、二人とも文句なしに付き合え! そして早く結婚しろ! 俺が影の中からご祝儀の魔力水を大量に送りつけてやるからな!!!』
アッシュが影の底で大号泣しながらサイリウムを振り回している中、本校舎のバルコニーでは、アルティナお嬢様が「おや、カイルもレオン君も、なんだか楽しそうですね」と呟き、ニケが「僕たちには関係のない、凡人たちの娯楽ですよ。さあアルティナ、次の魔力供給を……」と、相変わらず別次元の愛の巣を展開しているのだった。




