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第2章:無自覚な距離の詰め方 〜隠したい正体と、暴きたい本音〜

### 【カイル視点】

「ええと……うん、美味い。美味すぎるよハナちゃん。この卵焼きの出汁の絶妙な塩梅、僕の縮みきった胃袋に優しく染み渡っていくのが分かる……」

「本当ですか? 良かったです! 今日は先輩のために、ちょっと奮発して甘口と塩口の二種類を作ってきたんですよ!」

 木漏れ日が柔らかく降り注ぐ、一般学部エリアの静かな裏庭。

 僕は芝生の上にレジャーシートを敷き、ハナちゃんが広げてくれた木製のお弁当箱を前にして、文字通り天国にいた。

 あの「人災型バカップル」のせいで擦り切れ、一時は機能停止しかけていた僕の消化器官は、今やハナちゃんの手作り弁当によって完全に蘇生を遂げている。ただ、この至高のオアシスを維持するためには、絶対に死守しなければならない『嘘』があった。

(言えるわけがない。僕の家系が国の汚い仕事を一手に引き受けるシャドウハイド家だなんて。おまけに本校舎のヤンデレ二人組に笑顔で精神をゴリゴリ削られているパシリだなんて……!)

 ハナちゃんの前でだけは、普通の、ちょっと頼りになる格好いい先輩でいたい。

 だから僕は、実家の暗殺術で鍛えたポーカーフェイスを全力で無駄遣いし、のほほんとした「一般学部の先輩」を演じ続けているのだ。

「でも先輩、今日も目の下のクマがすごいですね……。お勉強、そんなに大変なんですか?」

「あはは……まあね。ちょっと最近、レポートの提出期限に追われてて。ほら、僕って要領が悪いからさ」

 嘘ではない。お嬢様から渡される『隠蔽工作の完了報告書(期限:今夜中)』という名の悪魔のレポートに追われているだけだ。

 ハナちゃんはそんな僕を疑うこともなく、「いつも頑張ってて偉いです」と、ふにゃりと愛らしい笑顔を浮かべた。彼女の中で、僕は『いつもお腹を空かせて、怪しいけれど真面目で優しい一般学部の先輩』という枠に綺麗に収まっているらしい。

「カイル先輩、明日は何のおかずが良いですか? 唐揚げとか、いっぱい食べられます?」

「っ……! 君が作ってくれるなら、僕はなんだって喜んで平らげるよ」

 毎日せっせとお弁当を貢いでくれるハナちゃん。彼女に自覚があるかは分からないけれど、僕の胃袋と心は、もう完全に彼女の手の中に捕らえられていた。

### 【レオン視点】

「……おい、セレナ。入るぞ」

 コンコン、と控えめにノックをしてから私が足を踏み入れたのは、学院の図書塔の奥にある『ステラ家専用研究室』だった。

 薄暗く、星図や古い魔導書が乱雑に積み上がったその部屋の中央。相変わらず、ダボダボのローブに身を包んだ黒髪おさげの眼鏡少女――セレナ・フォン・ステラが、机に突っ伏して本を読んでいた。

「……レオン君。遅い。星の運行がもう三度もズレた」

「ズレていない! というか、私はお前のために時間を割いてやっているんだ!」

 私は手元に抱えていた高級な紙箱を、わざとらしく机の空きスペースにドンと置いた。中身は、王都で今一番人気がある老舗の特製マカロンだ。

「勘違いするなよ! アークライトの次期当主として、同盟関係にあるステラ家の人間が部屋に引きこもって栄養失調で倒れでもしたら寝覚めが悪い! だから私が直々に、健康状態を管理(お見舞い)しに来てやっただけだ!」

 一息に言い切り、ふん、と顔を背ける。

 我ながら完璧な大義名分(言い訳)だ。決して、彼女が先週「あそこのマカロン、美味しそう……」と小さく呟いていたのを覚えていて、朝一番で店に並んで買ってきたわけではない。

 しかし、セレナは驚く風でもなく、ジト目のまま私をじっと見つめてきた。

「ふふ……。レオン君、お疲れ様。――じゃあ、今日の答え合わせね」

「答え合わせだと?」

 セレナは机の引き出しから、あらかじめ用意されていた一枚の羊皮紙を取り出し、私に見せるように広げた。そこには、彼女の歪んだ文字できっちりとこう書かれていた。

『十四時十五分。レオン君が耳まで真っ赤にしながら、老舗店のマカロンを「お前の健康管理のためだ」と言い訳して持ってきてくれる。可愛い』

「な、ななな……何だこれはーーーっ!?」

 時計を見れば、まさに今が十四時十五分。

 セレナは私の大慌てする様子を眺めながら、嬉しそうにクスクスと笑う。

「私の未来視、今日も大正解。お菓子、ありがとう。大切に食べるね」

「お前というやつは……っ! 私の行動を覗き見して楽しむな!!」

 顔面が沸騰しそうなほど赤くなる私を見て、セレナはさらに目を細めた。

 彼女の未来視が『大好きな相手の未来しか視えない』という恥ずかしすぎる制約(秘密)を持っていることなど、私はまだ、これっぽっちも気づいていなかった。

### 【幻獣アッシュのツッコミ】

 そんな二組の「無自覚に距離を詰める日常」を、アルティナの影の隙間から通信端末のように覗き見ていた白いモフモフの幻獣アッシュは、あまりの尊さに身悶えしていた。

『おいおいおい! カイル、お前はハナちゃんの胃袋掴まれ攻撃で完全に骨抜きにされてるし、レオン君にいたっては、引きこもり令嬢セレナの「合法的なストーカー予知」に手のひらの上で転がされまくってるじゃねえか!!!

 なんだよこの、お互いに無自覚な距離の詰め方は! ニヤニヤしすぎて俺の顔の筋肉が千切れそうだわ! 本編のあの二人アルティナとニケなんて、出会った瞬間に「私の魔力で一生支配してあげる」「はい、喜んで首輪を着けます」っていう、距離の詰め方どころかワープ進化(共依存)だったからな!?

 それに比べて、お弁当のメニューを相談し合ったり、お菓子を持ってきて顔を赤くしたり……これだよ、これが俺の求めていた「正しい学園ラブコメ」ってやつだ! 頼むから邪魔が入らないでくれよ、この尊い日常に……!!』

 だがその頃、本校舎ではエドワード王子の残党が、何やら物騒な作戦会議を始めている雰囲気を察知し、アッシュのモフモフの毛並みが一瞬で警戒の逆立ちを見せるのだった。


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