アイク様の説明
数刻後、ボクとアイク様は二人がかりで怒れるお兄様をなんとか宥めることに成功いたしました。
「………ジル、その態勢のまま話を聞くのかい?クリスが可哀そうじゃない?」
「問題ない。むしろクリスの一番安全なポジションだといえよう。だろう、クリス?」
前半はブリザードのような声音でアイク様へ、後半は春の陽を思わせる温かさでボクへ。
とても器用なお兄様です。
「…………嫌なのか?どうしても嫌ならば仕方がない。が、私の心の安寧のためにもこのままでいて貰えたら嬉しいのだが……」
「い、嫌ではありません。ちょっとだけ……その、はずかしいのですが、お兄様がそれで心の安寧を取り戻されるのでしたら、そんなのはささいなことです!」
ボクはお兄様のお膝の上で大急ぎでお兄様に訴えました。
「そもそもお兄様の心から安寧を奪ったのはボクたちなのですから!お兄様がよろしいように致します!
それに……あのう……はずかしいのですけれど、嬉しくもありますので……」
大きくなってからは遠慮しておりましたが、小さなころは沢山抱っこして頂いておりました。
正直にいえば、お兄様のお膝はボクの聖域。神の庭。絶対安全領域なのです。
照れ照れするボクと、そんなボクの頬を微笑ましそうに撫でるお兄様。
アイク様、そんな「スン」とした目でみないでくださいっ!
いいじゃないですか!誰かに迷惑をかけているわけではないのですから!……かけて……ないですよね?
「これでもクリスに失恋したばかりなのだけれどね?傷口に塩を通り越して、辛子を塗り込まれている気分だよ……。はあ……。完全なる当て馬か……。ははは……分かってはいたのだがな……」
すみまぜんアイク様。もとい、ごめんね、ミノくん。
って。
あ、あれ?
とても大切なことに気付いてしまいました。
「あの、ミノくんもジル様推しですよね?なのに、ボクに失恋?ジル様ではなく?」
それに、ミノくん、ジル様と出会ったときにボクみたいに「ピシャーン!」ってならなかったのですか?
な
「ミノくんのジル様愛はその程度だったのですか?!しかもボクみたいなモブに乗り換えるなんてっ!ジル様推しのくせに、なんてことっ!」
思わず指を突き付け激おこなボク。
「そこ?!えええ?!ここでそれかい?!」
またしても前世トークの始まりそうなボクたちの背に、一切の異論を許さぬ美声が浴びせられました。
「いいかげんにしろ、二人とも。……クリス、私はアイクと話がある。少しだけここで大人しくしているように」
ここ、とご自分の胸を示されるお兄様。
つまりは……こう?
恐る恐る向きを変えお兄様に抱き着く形で座り直すと、その胸に「ぽすっ」と顔を埋めてみました。
ああ、いい匂いです。お兄様の鼓動を感じ、おもわず「ほう」とため息が漏れてしまいます。
「うむ。それでいい」
「いいんだ……。ジル、少し独占欲を抑えることも大事だと思うぞ?」
「有象無象からクリスを守るためだ、問題ない」
「有象無象、っていうところで私を見るのをやめてくれるかい?諦めたといっただろう?
君たちの間に割り込むつもりはもうない。私は……ミノくんとしてクリスの親友枠を目指すつもりなのだからな」
「クリスを泣かせるようなら承知せぬ。覚えておくように」
「当たり前だ。むしろ、君と私は共闘切ると思うのだが?それにクリスとも共闘するつもりだしね」
お兄様の胸に抱かれているうちに、ボクはうとうとと眠くなってしまいました。
だって、色々あったのです。
リョウのこと、ミノくんのこと。
頭の中がいっぱいで、少し整理する必要があったのかもしれません。
ボクはただ二人の会話を夢うつつで聞いていることしかできませんでした。
「クリスと共闘というのはどういうことだ?
クリスは出会った当初からずっと私を守るのだと言っている。だが、私からすればむしろクリスをこそ守りたいのだ。
あいく、いや、ミノとやら。お前なら何か知っているのではないか?」
ふう、とアイク様のため息。
「知っていたらなに?クリスはなんて言ってんの?」
「……私はクリスと出会うまで心を殺して生きていた。それはアイクも知っているだろう?
表情のない人形のようなものだったのだ。そのせいで、私は『冷酷だ』『心の無い人だ』と誤解されやすいのだと。
だから私の誤解を解き、『お兄様の優しさや素晴らしさを皆様にご理解いただく』のだと言っていた」
「うん。それは私も知っている。何度もクリスに力説されたからね。それで合っているよ?」
「それだけではクリスの切実さの説明がつかぬ。さきほどミノは『俺がジルを断罪するなどあり得ぬ』と言っていたな。つまり、クリスの見た夢の中では、私は表情や感情を取り戻すことの無いまま『冷酷で心無い男』だとして、断罪されていたのではないか?
クリスはずっとその未来を回避しようと動いていたのではないか?
どうだ。合っているか?」
「……さすがだね」
「ミノがヒントをくれたからな。断罪などと口にしたのは、ワザとであろう?」
「ノーコメントだ」
ふ、とかすかにお兄様の笑う気配。
「そういうことにしておこう。
それともう一つ。その断罪にはあの例のジェシカとやらも関わっていたのではないか?
そうだな……クリスのいない世界線の私は、婚約解消することもなくアイクの婚約者のままだった。
お互いに歩み寄る機会もないままにすれ違い、私は諦観を、お前は苛立ちを抱いたまま高等部生となっていた。
そこにあやつが登場する。中身はともかく、あやつの外見はお前の好みだ。私への不満を抱いているお前ばころっと騙された。そして私という婚約者を排除すべく、詳細はともかく、冷酷だの心が無いだのという私の悪評をもとに私を断罪した。
こんなところか?
そう考えればクリスがお前に『あざとい姫に騙されるな』だの『不自然な接触には気を付けるように』だの曖昧なようでいて妙に具体的な説教をしていたのにも納得がいくのだ。どうだ?」
「ははは。さすが悪役令息ジルベスターだ。見逃さないね。
……正解かどうかは、私の口からは言えないな。私が言うべきではないと思うからね。
だが、あくまでも第三者の意見として言えば、君の説明にはそこまでの矛盾は無いように感じる。私が言えるのはそれだけだ」
「ミノもアイクも私たちの敵ではないのだな?」
「無論。むしろ絶対的な味方のつもりだ」
「ならば良い。私はアイクもミノも受け入れよう。ただし、クリスは渡さぬ。それだけは譲れぬ。しかし親友としてあることだけは認めてやろう。それでいいか?」
「ジルとしてはかなり譲ったね。うん。それでいいよ。
俺はね、ゆうくんがとても大切なんだ。ゆうくんと俺はジル推しだったけど……俺は正確には『ゆうくんと一緒にジルを推すこと』が好きだったんだよ。俺の一番はゆうくん。次にジル。
そう言った意味では君と共闘できると思うよ?もちろんクリスともね。
俺はクリスもジルも守る。それがゆうくんの願いだから」
「……信じるぞ?ミノ。アイク」
「私にはそれだけの力がある。安心しろ、私は味方だ」




