切なくて痛い
「え?チカンしたボクが嫌だったのではなく?」
思わず顔を上げたボクをお兄様の真剣な目が見据えた。
「チカン?何のことだ?私がクリスを嫌うことなど、ない。あり得ぬ」
「よ、よかったああ!」
くたりと力が抜けてしまったボクを、慌ててお兄様が抱き留めてくださいます。
「……誤解が解けたようでよかった」
ちょっとまだドキドキしているので、お兄様と二人でベッドに腰かけてお話をすることに。
「えっと、お兄様は前よりももっと身体を鍛えているのですか?」
「あ、ああ。まだまだ私は弱い。何があってもクリスを守れるようにと思ってな」
「ええ?十分お強いですよね?武闘大会を制覇されておりますし!」
「いや、ウエインには勝つことができても騎士団長には勝てぬ。まだまだだ」
そりゃあそうでしょう!王国の騎士団長ですもの!年齢差、経験の差をお考えください!
「騎士団長に勝ってしまったらお兄様が騎士団長にされてしまいます!それはダメです!おうちに帰ってこられなくなっちゃう!」
思わず叫んでしまったボク。実力主義の騎士団ですから、そんな逸材を逃すはずはないのです。
ウエイン様のティム君への勧誘を見ればわかるはず。
ウエイン様のこうと決めた相手に対するしつこさは、きっと騎士団長譲りのもの。
断っても断っても勧誘してくることでしょう。
「お兄様は十分お強いです!ボク、今のお兄様が大好きです!最高だと思っております!!」
ボクのあまりの勢いに、呆気にとられるお兄様。
「お兄様は唯一無二のボクのお兄様なので!ボクもお兄様を守るので問題ありません!!
そんなに危険な敵が来たならば、いざとなったらブリードさんに凍らせてもらいますし!
アクアに頼んで水ジャバーとか、グエンに頼んでボウッとしてもらう手もあります!」
ドヤア、と胸を張り胸をドンと叩いて見せれば、お兄様が「ふはっ」と笑いました。
なんですかその「ふはっ」って!とても可愛らしいですね?!
「クリスが戦ってくれるのではないのか?」
お兄様がまるでネコにするみたいにこしょこしょとボクの喉を撫でました。
「ボクの武器はこの口しかありませんので!」
え?他力本願ですか?
お兄様をお守りするためならば、手段なんて構っていられません。
ボクにあるのは頭脳と前世の知識だけ。物理はからきしなのです。なので使えるものは全部使いますよ?
「この口」とアーんして見せると……
「ふ、ふふ……っ、あはははは!」
耐えきれぬというように笑い出したお兄様。
その後は、いつもの頼りになるお兄様のお顔に戻っていらっしゃいました。
なんだかわかりませんが、分かって頂けて良かったです。
ここで、衝撃の事実が判明いたしました。
ボクがお休みしている間、なんとお兄様も学園をお休みしてずっとボクに付き添ってくださっていたのです!
「えええ?!で、では、あの……入学式は?!新入生代表の答辞は?お兄様の素晴らしいご挨拶を皆様にご披露されなかったのですか?!」
ボクが見逃してしまったのも痛恨の思いなのですが、まさか答辞自体をされていなかったなんて!
余りのことに思わずベッドをどーん!その反動でボヨンボヨンと跳ねてしまいました。
「す、すみません。おさえきれず……。では、では答辞はどうされたのですか?まさか、無し?」
「ああ。それが……」
ここでまた活躍されていたのは、アイク様でした!
「大丈夫だ。私が代わる。君はクリスと共に行け」と言ってお兄様を送り出してくださり、さらにはリョウを片付けたあと速攻で講堂に向かい、さらさらさらーっと答辞をこなされたみたい。
ば、万能でした!お兄様の陰で気にしておりませんでしたが、そういえばアイク様は攻略対象第一位!十分に万能だったのでした!
これはケーキセットだけでなくお土産にクッキーセットも差し上げねば!
「…………ボクのせいでお兄様の一世一代の機会を奪ってしまいました。せっかくのお兄様の答辞が……お兄様の素晴らしいご挨拶が………一生に一度だったのに……!!」
悔しくてたまりません。悔やんでも悔やみきれません。
あそこでボクがあの角を曲がらなければ!ジェシーがリョウでさえなければ……!!
ギュッと手を握り締め、涙を堪えます。
だってすっごくすっごく楽しみにしていたのです。ボクの大好きなお兄様の素晴らしさを皆さんに知って頂けるこの日を。お兄様の勇姿をこの目にしっかりと焼き付けることのできるこの日を。
それなのに……!!
と。そんなボクの耳に美声が飛び込んできました。
「……新入生代表、ジルベスター・クライス」
こ、これはまさか……!!
ハッと横を見れば、目が合ったお兄様がニコリと唇の端を上げました。
改めて背筋をピンと伸ばし、朗々とそのお声を張り上げます。
「………新入生諸君。君たちとこの日を迎えらえたことを大変嬉しく思う。
この中には既知のものも、新たな友となろうものもいることだろう。わたくしごとですまぬが、我が最愛の弟が、素晴らしいことに三度の飛び級という偉業を果たし、私たちと同じ新入生としてここに肩を並べている。愛する弟に恥じぬよう、勉学でも武術でも最善を尽くすつもりだ。君たちにも大切な人はいるだろう。その相手に恥じぬ行いを心掛けて貰いたい。
共に切磋琢磨し、素晴らしい学生生活となることを願う」
ああ。
言葉がでません。
お兄様ったら………お兄様ったら……!
答辞で、大勢の前で何を言われるおつもりだったのですか……っ。半分くらいがボクのことではありませんか。「最愛の」って……「愛する」って……どれだけ……どれだけボクが大好きなのですか……っ
もう……っもう……っ!!
聞きたかったなあ。
ボクの推し、ボクの愛するお兄様が、皆さんの前でその凛々しいお姿で素晴らしい答辞を読まれるのを。
愛する弟だって言ってくださるのを。
この目で見たかった。この耳で聞きたかった。
「……クリス?私の答辞はどうだ?式では読まなかったから、これを聞くことができたのは君だけなのだぞ?」
特別だ、と肩を抱き寄せて下さるお兄様の声が本当に優しくて、なんだか泣きたくなった。
ああ。
好きだなあ。
泣きたくなるくらい、大好き。
ボクは、お兄様が本当に大好きで愛おしくて。
最初はゲームの推しとしてでしたけれども、本当のお兄様と共に過ごす中で、もっともっと好きになりました。
抱き締めて下さる腕も、頭を撫でて下さるその手も、ボクと話すとき優しく細められるその瞳も、温かな声も、大きな胸も、全部が全部特別で。
推しとしてだけじゃなくて、そのまんまのジルお兄様が大好きになったのです。
この切なさは、この気持ちはきっと……兄弟の好きなんかじゃあない。
これは……恋です。
「………素晴らしい答辞でした。ボクだけしか聞けないなんてもったいないと思うのですが、ボクだけが聞けるのが嬉しくて溜まりません。あの、あの……ボクも……お兄様が大好きです」
いつもの「大好き」とは違この想いが、どうかバレませんように。
お兄様の大好きなクリスでいられますように。
お兄様は「弟」として「家族」としてボクを愛して下さっているだけなのだから。
その優しさを、愛おしいと語る声を、眼差しを、勘違いしないようにしなきゃ。
ボクのこんな気持ちを知られては迷惑になってしまいます。お兄様を困らせてはダメです。
だってボクではお兄様に釣り合わないもの。お隣において頂けるだけで幸せなんだもの。
いつかお兄様に新しい婚約者ができたとしても、お兄様の幸せを笑ってお祝いできるボクでいられますように。
「……本当に、大好きですからね?」
恋って、嬉しいのに切ないんですね。
幸せなのに、痛いのですね。
ボク、初めて知りました。




