やってしまいました
ああ、やってしまいました。またしても気絶です。
どうしてボクはこうも頭が弱いのでしょう。いえ、訂正します。頭が弱いと言うのは語弊がありますね。
頭の血管?血流?が弱いのでしょうか。
感情がマックスになるとすぐに頭に血が昇って、鼻血を出すか気を失ってしまうのです。
でも、推しのこと以外でこうなったのは初めてです。
気絶され慣れているお兄様ではありますが、今回の気絶はその理由が分からなかったために非常に心配させてしまったもよう。
目を覚ますと公爵家のお兄様の部屋のお兄様のベッドで、お兄様にしっかりと両手を握られておりました。
ベッドに眠るボクの横に上半身を伏せるようにして椅子に座っていらっしゃいます。
ずっと付き添っていてくださったのでしょうか?
「……お、に……さま……?」
「!クリス!気が付いたのか!………良かった………」
ぎゅむ、と強く抱きしめられました。
ボクの肩に顔を埋めるようにして、呟かれた小さな声。
「……もう目覚めないのかと……っ」
肩口から聞こえる湿った声は弱弱しく、なんだかお兄様の声じゃあないみたいです。
抱き締める腕も声も震えていて、お兄様の動揺が伝わってきました。
ああ、そんなにも心配をかけてしまっていたのですね。
「お兄様、心配させて、ごめんなさい。ボク、ちゃんと目覚めました。目を覚ましたとき、お兄様が見えてほっとしました。付いていてくださってありがとうございます」
そっと背を撫でれば、ボクの肩がみるみるうちに湿り気を帯びていきます。
ああ。どうしたらいいのでしょう。お兄様、ごめんなさい。
いつもお兄様がしてくださるように、そっとお兄様の背に手を回して優しくトントンしてみました。
こうしていただくと、なんだか悲しいことや辛いことがどうでもいいと思えるのです。
悩みなんてどこかに行ってしまう気がするのです。
お兄様、泣かないでください。
ボクはもう大丈夫ですから。ずっとお傍におりますから。
ふう、とお兄様が大きく息を継ぎました。
「…………すまない。情けないところを見せた」
声にもう力が戻っています。
「医師は熱の他はどこも異常がないと言っていた。念のためブリードさんにも見て貰ったのだが『すぐに目覚めるだろう』というので………。いったい何があったのだ?胸や頭が苦しいなど、気になるところはないか?」
「はい。少し驚くことがありまして……。それで、頭がいっぱいになってショート……ええっと……クシャクシャになってボクの容量をこえてしまったのです」
「……頭がいっぱい……ショート……? それはいつもの『キョウキュウカタ』とやらと同じなのだろうか?」
真剣な表情で首を傾げるお兄様。
「……同じと言えば同じなのですが、方向性が逆というか……いつもは嬉しいとか好きでいっぱいになってキョウキュウカタなのですが、今日は怖いとか嫌だとか不安だとか、そういう負の感情がいっぱいになってキョウキュウカタだったのだと思います」
言っている途中からどんどんお兄様のお顔が不穏なものになってきました、
「……それは……あのジェシーとか言う男が関係しているのか?クリスはあ奴に会ったことがあるのだろうか?クリスを誰かと人違いしているようだぞ? 何が一勝手な勘違いから嫌がらせをされたのであれば、私に任せて欲しい。対処しよう」
うわあ!「対処」って言うときに目がギラリとしましたっ!これはヤバい方の対処をされるということですね?躊躇のないお兄様も素敵です!
などと萌えている場合ではありません。お兄様の言葉のなかに気になる言葉が……
「あの……お兄様はどうしてジェシーが関係していると思われたのですか?それになぜボクが会ったことがあると?」
それは、とお兄様が話してくださったのは、思ってもみないことでした。
あの後、意識を失うボクを見たジェシーがなぜか半狂乱になったのだそう。
「ゆう!ゆうが死んじゃうっ!ダメっ!どうしよう、僕のせいだ……っ!僕がゆうを……っ!
今度はゆうの望む世界にしようと思ってたのに……っ!ゆうの代わりにゆうの大好きなジル様を守ろうと思ってたのに……っ!
だって、まさかゆうも来てるなんて……っしかもモブだなんて思ってみなかったんだもんっ!しかもゆう、全然気づいてくれなかったうえに僕を邪魔ものみたいに扱うから…っだから、だから、ちょっと意地悪したくなっちゃっただけなのに……っ!」
「ごめんねええっゆううーーっごめんねえええっ」
そう言ってボクに抱き着こうとしたところをお兄様が阻止。
とにかく言動が意味不明で錯乱状態だというので、アイク様たちが強制的に医務室に連れて行き、鎮静剤で落ち着かせからて邸に送り届けたのですって。
「クリスのことを『ゆう』とやらと人違いしているようだ。
だが……私の見間違いでなければ、ジェシカに対してクリスの方もショックを受けていたように見えた。もしや、以前ジェシカと会ったことがあるのか?」
聞かれても、どうお伝えすればいいのか分かりません。
だって、会ったことがあるといえばその通りです。でもそれは前世での話。今世では会ったことなどありませんし、むしろ二度と会いたくないと思っていた相手なのです。
それをどう伝えたらよいのか分からないボク。
前世の記憶があるだなんて、しかもここが前世でやったゲームの世界だなんて言えません。そうすればゲームのお兄様のことまでお話しなくてはならなくなります。
お兄様が悪役令息と決めつけられ、アイウに裏切られて断罪されていただなんて……。それを聞いたらお兄様はどう思うでしょうか?
ボクとお兄様の間に静寂が訪れました。
その時です。
カタンという音がしました。
振り返ると水盆とタオルを持ったままのマーシャが、ベッドに起き上がったボクを見て固まっておりました。
どうやら水盆の水を取り替えに行ってくれていたようです。
「マーシャ、ごめんね?心配かけたよね?」
「クリス様!ああ……っ良かったっ……!
私、私、皆様を呼んでまいりますっ!」
ギュッと僕を抱きしめた後、今度はバタバタと常にない足音を立ててまた部屋から飛び出して行くマーシャ。
「旦那様っ奥様っ!クリス様が目覚められましたっ!」
「なにっ?!」
「医者を呼べ」だとか「飲み物を!」だとかの声が聞こえたと思ったら。
「クリスっ!目が覚めたのねっ!もうっあなたったら……!心配させて……っ!」
お母さまとお父様が飛び込んできました。
どうやらボク、思ったよりも皆さんに心配をかけてしまったようです。
「えっとお……ボクどれくらい眠っていたのですか?」




