アイク様、もっともっとご乱心
婚約解消したばかりとあって、王家から何か言われることは無かったのですが……
式の翌日、わざわざ公爵家にいらしたアイク様から、直々にこう言われてしまいました。
「クリス。君の敬愛する兄をようやく解放することができた。これで私も堂々と君に伝えることができる。
私は君のことをとても好ましく思っている。
ジルベスターの元婚約者、ということには君も思うところがあるだろう。
だが、これからは私自身を見て貰えないだろうか?」
その場に同席していたお兄様とお父様が即座に「申し訳ない。クリスには荷が重いようで」と断ってくれたのですが……
「勿論すぐに婚約者に、などというつもりはない。
だが、せめてジルと同じように私にも正式に君を『姫』としてエスコートする権利を与えて欲しい。
君に私を知ってもらう時間を貰いたいのだ。頼む」
と頭を下げられ………
お断りなどでできませんでした。
なんとかボクがひねり出したのは「……ほ、ほりゅうで!」という言葉。
その結果……
「姫」お試し期間、などというものを設けられてしまったのです!
その期間は三か月!
すぐに諦めるだろうと思っていたのですが……
2か月を経過した今でも、アイク様は毎朝ボクをお迎えにいらっしゃるのでした。
アイク様と二人で馬車に、という状況をお兄様が阻止。同席して下さってはいるのですが……
おかげでアイク様と「元婚約者」「元婚約者の姫」のボク、というあり得ない三人でなぜか登校することになってしまったのでした。
馬車の中では、お兄様とボクが一緒に座り、ボクの向かい側にアイク様がお座りになります。
そこでアイク様はひたすらボクを見つめ、話しかけ。
それにボクが応えるより先にお兄様がボクに話しかけ。
どちらにお返事すべきかとアワアワしている間に、アイク様とお兄様のバチバチとした舌戦が開始するのです。
つ、つらい……。
クッションがフカフカの馬車のはずなのに、毎日針のムシロに座っている気分です。
ふむふむ、と聞いてくれるグエンたちに向かってボクは溜まりにたまった鬱憤をぶちまけてしまいました。
「ボクが好きなのはお兄様なのです。それは変わりません。
でも、でも!!
アイク様は『兄弟愛も素晴らしい。が、ずっとそのままというわけにもいかないだろう?私を選べば、側近となるジルともずっと共にいられるぞ?』『私ならば、兄を慕うクリスをそのまま受け入れてやれるぞ?』なんて誘惑してくるんですっ!
ボクの弱みを熟知してるんですよおおっ!!」
心からのボクの叫びに、三人(?)は一気に納得の声を上げます。
「あー………」
「ジルしか見えていないくせに何を悩んでるのかと思ったら、それだったのね」
「クリスの落し方としては満点をやりたいところだな。うむ!」
そうなのです。アイク様は権力を盾にしたりすることもなく。無理にボクに「好きになれ」とも言わないのです。
その代わりに「自分を知って欲しい」「いつかはジルよりも私を見て貰えたらと思う」という断りにくい迫り方をしてくるのです。
おまけに「いつまでも兄にベッタリというわけにもいかぬだろう?ならばこういう道もあるのではないか?」とボクが断りにくい提案を……!!
確かにアイク様と婚約したのなら、必然的にアイク様の側近になられるお兄様ともずっと共に居られます。
いわば正式に国から「ジルと共に居る権利を与えよう」とお墨付きを頂くようなもの。断るにはあまりにも魅力的な提案なのです。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ心が揺れてしまいます。
でも、でも、ボクはどうしたって「お兄様だけが特別」。胸を張ってそう言いたいのです。
アイク様を選べば、もう胸を張って「お兄様だけ」なんて言えないでしょう?
いくらアイク様ご本人が許してくださっても、公の場では皇太子の婚約者ならば皇太子を一番にしなくてはなりませんから。
ボクはそんな自分を認めたくないのです。お兄様にも、アイク様にも失礼です。
なのでさっさとお断りしてしまいたいのですが。
「まだ私のことを何も知らないだろう?
君の兄上を解放するのに私も尽力した。その褒美としてせめて三か月は私に努力させてくれないか?」
と言われてしまい、どうしても断れず……
こうしてため息をついているというわけなのです。
はあ……。
ゲームのことを抜きにして、お兄様という最推しを抜きにして考えると……
アイク様は普通にとてもいい方なのです。
なのにどうしてよりにもよって「元婚約者の義弟」のボクに!
ジルベスター様第一主義の僕なんかを選んでしまわれるのですかっ!
ボクが小さいからですか?そうなのですね?
………ボクにもお兄様のように急な成長期が来ないものでしょうか………
正直に言います。
常識の範囲内で行動してもらえるのであれば!
お兄様を貶めようとしたり、アイク様たちを騙したりしなければ!
今のボクは、ピンク頭の登場を待ち望んでさえいるのでした。




