ボクは「姫」
あの武闘会から数か月。
ボク、絶賛困惑中です。
何故かというと……アイク様がおかしいのです。
あれからお兄様とアイク様との婚約は無事正式に解消されました。
貴族にも「第一王子アイクリッド様と、クライス公爵家嫡男ジルベスター様とのご婚約は解消となる。これは武闘大会にて勝利を修められたジルベスター様の『殿下を御支えする剣となるべく、婚約を解消し私を側近に』という願いによるものである」という形で周知されたので、これが覆ることはまずありません。
良かった!本当に良かった!
これならピンク頭が登場しても、お兄様が断罪されることにはならないでしょう。
なんといっても、「王子の婚約者」ではないのですから。敵視される理由がないのです。
ゲームとは既にかなり違っておりますのでピンク頭の件に関してもゲームと同じとは限りませんが、念には念を入れて。アイク様たちには「妙に距離が近い、あざとい方には気をつけましょう」という擦り込みも致しております。
お部屋でブリードさんと、遊びに来ていたアクアとグエンとまったりタイム。
アクアとグエンは、このお屋敷まで「路ができた」というのでいつでも好きな時に遊びに来てくれております。
アクアはお兄様がお気に入りなので、お兄様が水の入ったペンダントを身に着けてくれているのです。
ちなみに、ボクはブリードさん(小)を懐に入れたり、鞄に入れたりして連れて行く係です。
でも、ブリードさんは大抵はお家でお留守番。お庭の噴水でまったりしたり、廊下を歩いては使用人さんにおやつを貰ったり。割と自由にすごしております。
グエンは火の妖精なので、水の妖精のアクアとブリザードドラゴンのブリードさんとはあまり長時間居られないのですって。なのでたまに遊びに来るくらいがちょうどいいのだそう。
せっかくのまったりタイムだというのに、ボクの心は晴れません。
「……はあ………」
知らず知らずのうちにため息が漏れてしまいます。
「ねえねえ、ジルってば婚約解消できたんでしょう?なのになんでそんなに落ち込んでるのよ?
あ、これおいしい!またつくってもらって!」
「それは紅茶の茶葉を入れて作ってもらったのですけれど、美味しいですよね、ボクも好き。また作ってもらいますね。
落ち込んでいるのは、えっと、お兄様の元婚約者のアイク様なんですけど……「あのねえ、あいくがクリス好きって!」
説明の途中でアクアがにこにこと爆弾発言。
「はあ?!なにそれ!なんでそんなに面白いことになってるの!詳しく教えなさいよっ!」
ああ……もう少しオブラートに包もうと思っていたのに……。
グエンが獲物をみつけたハンターみたいなお顔になってしまいました。
興奮しすぎて小さな身体の周りにパチパチと火花が散っております。
「いたっ!」
火花が頬に当たりチリリとした痛みが走る。
「あっ!ご、ごめんっクリス、大丈夫?!」
「落ち付け。お主が触れてはクリスがまた火傷をする」
「クリスっ、いたい?大丈夫?」
焦ったグエンが慌てて触れようとするのをブリードさんが静し、アクアが火傷に小さな手を当てて冷やしてくれました。
「うん。ちょっとびっくりしただけ。大丈夫ですよ、グエン。ありがとうございます、ブリードさん、アクア」
アクアの手が触れたとたん、痛みがすうっと引いていきます。
「……え?ほんとに痛くないっ!アクア、何をしたのですか?」
頬に手を当ててみると、心なしかつるつるしております。お肌が……ツヤツヤ?
驚くボクに、アクアが照れたように身体をくねらせて教えてくれました。
「えへへ。よかったあ!
あのね、ぼくのおみずね、ちょっとのケガとかならなおせるの。どくとか。あとね、のろいとかも」
「それって……聖水?聖水じゃないですか?!」
確かに精霊さんの作るお水だからただのお水ではない気がしていたのですけれど……
そんな凄い効果が?!
驚くボクに、ブリードさんが当たり前のような顔で言った。
「なんだクリス、まさか気付いておらなんだのか?」
「ええ?嘘でしょ?!
ちなみに、私の火は『浄化』の効果があるんだけど……それも気づいてなかったとか?」
「はあ?!浄化?!それもすごくないですか?!呪われた土地とかを清められるってことですよね?」
……んん?
あれ?
この世界は「乙女系恋愛ゲーム」の世界。
呪いの土地とか呪われた生き物とかってありましたっけ?
一瞬興奮してしまいましたが、すぐに「すんっ」と冷静になりました。
「……浄化するものってなにかあります?」
「無いわよっ!!昔ならあちこちに魔に侵された土地とかあったんだけど、もうないわよっ!!もうっ!
どうせ私は役立たずですよおっ!クリスの意地悪ううううっ!!」
あ、しまった!つい!
「えっと、えっと。あの!火があるのはとっても助かります!寒いときとか!何かを焼くときとか!!
あ!料理長が、チーズケーキを作るときには火加減が大事って言ってました!」
「ぐす……ほ、ほんと?じゃあ、料理長ってひとに私の守護をあげるわ。クリスへのお詫び。私の守護があれば思い通りの火加減にできるわよ」
「!!いいんですか?やったあ!ボク、チーズケーキが大好きなのです!お礼に次にグエンがきたときにチーズケーキを作ってもらいましょうね!」
「!いいの?嬉しい!
……で。どうしてジルの元婚約者がクリスのことを好きなの?婚約解消しただけじゃなかったの?」
またそこに話は戻るのですね。
うーん……どういっていいものなのか……
「話は長くなるのですが……」
ボクはなんとか順番に話をしました。
そもそもお兄様がアイク様の婚約者に選ばれたのは、王家に釣り合う家格、かつ年齢の合う相手が限られていたこともあるけれど、当時のお兄様のお爺様にあたるクライス公爵家の前当主様のごり押しによるものが大きかったのです。
それでもすんなりと決まったのは、そこにアイク様本人の意志も反映されていたから。
婚約当時のお兄様は、お母さまをご病気で亡くしたばかり。
さらには前当主がお兄様を抑えつけ、笑うことを禁じ、厳しい教育漬けにしていました。
そのため、お兄様は笑顔も気力も失い、言われるがままに「立派な公爵家の子息として」ロボットのように生きていたのです。
お父様もなんとか息子を護ろうとしていたのですが、前当主が実権を手放そうとはしなかったため、何もできなかったのだそう。
こんな状況でしたので、お兄様の体格は今のように育たず、細くて華奢なまま。さらには顔色も悪く、真っ白。おまけにアイク様と会っても他のご子息のように媚びることもなく淡々と無表情で二言三言話すだけ。
これがアイク様には「小さくて大人しい可愛らしい子。恥ずかしがり屋で、照れ屋」に見えてしまったのでした。
アイク様のお好みである「小さくてかわいらしいタイプ」。
そこに当時のお兄様ががっつり一致してしまっていたのです。
こうしてアイク様とお兄様の婚約は成立。
さすがのアイク様も、婚約して何回かお茶会を重ねるうち、自分の勘違いに気付きました。
「あれ?なんだか私の婚約者、私の思っていたような子ではないのではないか?」と。
恥かしがっていたのではなく、単に塩対応されていただけなのだと、ようやく気付いたのです。
それでも婚約者は婚約者。
何とか歩み寄ろうと心がけ、側近二人も含めてお兄様と友好関係を築くことには成功したのですが……
お兄様が遂に成長期を迎え、自分よりも明らかに大きくなり、強く賢く美しくクールになるにつけ、限界を悟ったのです。
つまりは。
どう考えてもお互いに「夫」の側の人間なのではないか、と。
自分はジルを「妻」にすることは無理だ、と。
こうしてアイク様とお兄様の思惑は完全に一致。
婚約解消にむけ、ある種の「共犯関係」となるのですが……。
ここでボク。
お母さまの再婚により、公爵家の次男となったボクの登場です。
ボクの外見は自分で言うのもなんですが「小さくて可愛らしい」。
お兄様が大好きなので、もちろんアイク様に媚びることなどいたしません。何でしたらお会いした当主は敵だと思っておりましたし。
なので忖度なども致しません。言いたいことをはっきりと言います。
それがアイク様の萌えポイントを著しく刺激してしまっていたらしいのです。
おまけに、最初は他人行儀だったボクが、お兄様とアイク様が共闘関係にあるのだと知って一気に打ち解け、懐くようになった。
それがまた「懐かず威嚇していた子猫が頭を撫でさせてくれるようになった」と新たな萌えを与えていたようで……。
正直「味方」になったアイク様には「親切な先輩」として懐いていた自覚もあるだけに……何とも言えない気持ちです。
とにかく、アイク様はいつの間にか「兄に向けるような親愛を私に向けて欲しい」と思うようになっていたのだとか。
ピンク頭を待つまでもありませんでした。
ボクは知らぬうちに攻略対象を攻略してしまっていたのです。なんてこと!
話を聞くうちに、面白がっていたグエンの表情がどんどん同情に満ちたものに変わっていきます。
「……クリス……面倒なのに好かれたものねえ……」
ですよね……。どうしてこうなってしまったのか……。




