推しとダンスです
「アイクが気を取られているうちに」とお兄様がさり気なくボクを中央の空いたスペースへと誘導なさいました。
「クリス、私と踊ってくれるか?」
スッと片手を差し出し、気取った様子で礼を取るお兄様。
「勿論です!足を踏んでも赦してくださいね?なるべく踏まないように頑張りますから!」
「また出会ったときのようにカウントしようか?」
その目は悪戯そうに笑っております。
あのペンギン歩き!
お兄様の策に乗って思わず笑ってしまいました。
「うむ。クリスはそのように笑っている方が良い」
優し気に目を細めてそっとボクの頬に手を添えるお兄様。
これは……これは危険です!
なんだかとっても…ドキドキ致しますっ!
「大丈夫だ。私がリードする。私が信用できないか?」
「し、しんようしてましゅ!」
あ!噛んだ!お兄様が素敵すぎるから!もう!
「ははは!ほら、いくぞ?」
ボクの手をグイっと引いて腰をぎゅっと抱き寄せられました。
「はひゃ!」
いい匂いがしたとおもったら、そのままくるり。
床を滑るように美しいループを描きます。
ワンツースリーワンツースリー
スイスイスイッくるくるーり
お兄様のリードでボクもくるくる。
ふわっと持ち上げられたり、そっと抱き寄せられたり。
くるり、くるくる。
ふわりと優雅に揺れるお兄様の上着のテール。
なんだか夢のようです。
ボク、ボク、とても上手に踊れております!
「ふわあ!気持ちいいですっ!」
「楽しいか?」
「はい!とっても!」
ふ、と笑みを浮べたお兄様がニヤリ。
嫌な予感……
「わあああ!」
ふわっとボクの身体がまるで羽根のように高く高く持ち上げられました!
目の下には、「どうだ?」とばかりに悪戯っぽい笑顔でボクを見上げるお兄様。
「最高の気分ですっ!」
キラキラと輝く満面の笑顔の推し!
それだけでボク、もう泣きそうです。
「ほう……素晴らしいな」
「まあああ!なんて素敵!!」
「きゃああああ!」
大歓声と拍手の渦のなか、お兄様はふんわりとボクをおろし、綺麗に礼をした。
ああ、こんなお兄様が見られるなんて!しかも一番近くで!
まるで夢の中にいるようです。
生きててよかった!
ところで、どうしてこのようにボクが上手く踊れているのか。
それには秘密がありました。
ボクの足は、地面についているようでいて、ほんの少しだけ浮いていたのです!
単純なステップはボクが頑張っているのですが、それ以外、リズムが難しいところやリフト、ターンなどは、お兄様がその腕の力でさり気なくボクを持ち上げ、動かしてくれているのでした。
ボクはそれに足を何となく合わせているだけ。
ありがとうございます、お兄様!
足を踏んでしまう心配もなく、お兄様のお顔だけを見てダンスを楽しめました!
こんな完璧リードをされたら、もう他の人と踊れなくなってしまいそう。
でも、ボクは楽なのですがお兄様は大変でしたよね?
こそっと胸元で顔をあげ「ボク、重くないですか?」と聞いてみました。
するとお兄様は、ボクを抱きあげ耳元でこう囁いたのです。
「羽根のように軽いぞ?こんな素晴らしいご褒美を貰えるのなら、大会で頑張った甲斐があるというものだ」
スキューン!!
大好きな推しが最高に似合う衣装を身に纏い、舞踏会という華々しい場所で、至近距離で瞳を甘くきらめかせながら耳元で囁いたのです。
「…………尊い……どんなご褒美………」
ガクリ。
「………クリス?
クリス?!大丈夫か?!」
そう。
ボクは久しぶりにやらかしました。
最高のシュチュエーションだったのに、いや、むしろ「だったから」というべきでしょうか。
ボクのハートがキョウキュウカタに耐えられなかったのです。
だって!今日は朝からファンサに次ぐファンサ!推しの大サービス祭りだったのですよ?!
ボクは興奮のあまり涙だって鼻水だって出しまくりだったのです!
限界が来ても仕方ないと思われませんか?
むしろとっくに来ているべきだったのです!下手に耐えてしまっていたばかりに大事なときにこんな……!!
ボクは幸せそうな笑顔のまま気を失い、お兄様の姫抱っこで会場から運び出されて保健室送りに。
伝説パート2。「姫」の「姫抱っこ」です。
唯一の救いは鼻血は出さなかったということ。
それだけでも自分を褒めてやりたい気持ち。
さて。ここでさらに残念なお知らせがあります。
なんと!
ボクがすやすやしている間に、武闘大会優秀者への褒章授与が行われていたのでした!
なぜ無理やりにでも起こしてくださらなかったのですかっ!!
気付け薬を嗅がすとか、グラグラと揺さぶるとかあったでしょうに!
ホッペをビンタしてくださってもよかったのに!
つまるところ、ボクは推しの人生における重要なターニングポイントを見そびれたのです!
なんてこと!!
目を覚ましたとき、側にいたお兄様から
「大丈夫か?クリスが眠っている間に無事婚約解消できたぞ。これもクリスのお陰だ。ありがとう」
と頭を撫でられたボクの気持ちをお察しください。
キョウキュウカタが悔やまれます。
せめて、褒章授与されてからダンスという順番にすべきでした。
お兄様とのダンスが素晴らしいことなんてわかりきっていたのですから!
一時の欲に流されたボクのばかっ!
ちなみにその時の様子は、爆笑しながらお見舞いに来たリオが教えてくれました。
お兄様とアイク様は陛下の前で堂々とこう申し出たのだそう。
「婚約した当時はまだ幼いため、婚約の意味を理解できていなかったのです。
此度の大会で証明いたしましたとおり、私もアイク様も双方『姫』を求める側。
今後はアイク様の婚約者ではなくアイク様の友としてアイク様の剣となりお支え致したい所存。
どうかこの願いを褒章として叶えて頂きたく」
「私からもお願いいたします。ジルベスターは私にとって心許せる友であり、頼りになる腹心なのです。どうか私たちから婚約者という枷を外し、あるべき形に戻して頂きたく。それを褒章として頂けませんでしょうか?」
陛下の足元で片膝をつき、真剣に望みを口にするジル兄様とアイク様。
金と銀のお二人の美しき友情は、その場に居合わせた皆さんにはとてもまぶしく見えたのですって。
「あんなに清々しい婚約解消があるんだね。私も思わず見惚れてしまったよ」
ちなみに後日アイク様がボクに教えてくれたところによりますと、実はこのとき既にアイク様が水面下で陛下には話を通してあったのだそう。つまりは褒章授与式は茶番。
みんなに分かりやすく「婚約解消」を示すためのデモンストレーションだったのです。
リオまで見惚れたくらいだから、茶番は大成功だったのですね!よかった!
こうして5歳から続いたアイク様とお兄様の婚約は円満に解消。
二人の友情は周囲からも好意的に受け止められたのでありました。
アイク様は「婚約者不在」となってしまって、これからが大変そうですが……
お兄様にはボクという「姫」がいるので、ひとまずは安泰です。
と、これらは全てボクが眠っている間に起こった出来事なのでした。
繰り返します。
一番大事なところを見そびれましたああ!
悔しいっ!!
ほんとうに、なんてことっ!
………こんなことが二度となきよう「キョウキュウカタに慣れる訓練」をしなければなりませんね。
お兄様に相談してみましょう。




