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明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~  作者: 葉山 登木


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396 必然


「怪我人はこちらへ!」

「足を負傷している! 慎重に運んで!」

「こちらにもポーションを!」


 バージルたちが王宮の外へと向かい、その間の指揮を第一王子であるレオナルドが執っていた。

 その判断で門を解放し、王都の住民たちを城の広場に避難させ王宮・騎士団所属の医師と薬師たちが怪我人を治療して回る。レオナルドの素早い判断が功を奏したのか、幸いな事に大怪我をした住民はおらず、有り難いと皆一様に頭を下げて礼を口にしていた。

 第二王子であるルイスは兄弟随一の魔力量を用いて、母であるレイチェル妃殿下と共に王宮全体に結界を張り巡らせている。光魔法で張られた強固な結界。飛来した魔物たちはそれ以上近付けず、周囲を旋回していた。

 それが避難している住民たちの不安を和らげたのか、思いの外取り乱す者たちはいなかった。


 突如として黒い雲に覆われた王都の街。

 どの住民も、この国に生まれてから初めて遭遇する魔物の氾濫(スタンピード)

 聞き及んでいたものとは違い、街中に現れた魔法陣から魔物が溢れ出した。


 外に出ていた家族は無事だろうか。

 自分を助けてくれたあの冒険者は避難できただろうか。

 ……それに、あの魔物の姿。それを思い出しただけで身震いがする。

 広場にいる住民たちは、方々で立ち上る炎を見て静かに祈る事しかできなかった。


 すると突然、噴水前に突風が起き、青白い光と共に魔法陣が現れる。

 それを見た者たちは魔物が現れると勘違いし、その場は大混乱に陥った。

 騎士たちが最前に立ち、剣を構える。


 ──だが、その中から現れたのは……、


「──ライアン殿下ッ!?」

「殿下だ!! ──……ッ!? 誰か!! 早く医師を!!」


 誰もが無事を祈っていた。

 それが、その姿を目に留めた途端、絶望に変わる。


 あのきれいな皮膚は爛れ、見るからに痛々しい。息をするたびに皮膚が引きつるのか、呼吸をするのも辛そうだ。それに、いつも一緒にいた妖精のウェンディ。彼女もまた、ライアンと同じように皮膚が焼け爛れている。体が小さい分、その深刻さがうかがえた。

 そして、そんな二人に対し、必死に治癒魔法(ヒール)をかけ続ける冒険者マイルズの姿。

 そのすぐ近くには、泣きじゃくるユウマと、見た事のない黒い妖精の姿があった。


「……あぁ!! ライアン……!!」

「母上!!」


 ずっと結界を張っていたレイチェルは、変わり果てた我が子を見て集中力が途切れたのか、ふらりと倒れ込む。だが、ルイスは結界を維持するのに必死で助ける事ができない。

 慌てて支える侍女たちだったが、遠くで叱咤の声が飛んだ。


「レイチェル!! しっかりなさい!!」


 凛としたその声に、足取りは覚束ないがレイチェルは何とか持ち堪えた。

 その声の主はリディア皇太后。

 杖を突きながらも、こちらに向かってしっかりとした足取りで歩を進めている。


「リディア様!! ライアン殿下が……!!」


 侍女たちの悲痛な声に、リディアも震える唇で深い深呼吸をする。


「……ステファン。急いでちょうだい」


 傍にいた従者のステファンが、その命を受けて足早に立ち去る。

 年老いた身だが、力はまだ使える。

 そう決意し魔法を発動させようとしたリディアだったが、再び突風が吹き、青白い光と共に魔法陣が出現した。

 そして、その中から巨大な狼が現れる。


「きゃあっ!?」

「……何!?」


 その姿を見た住民たちは再び恐怖に震えパニックになるが、それをリディアが制した。


「らいあんくんッ!!」


 聞こえてきた声に、住民たちは一瞬言葉を失う。

 巨大な黒い狼の背に、幼い少年。そして、またしても見た事もない妖精の姿。

 黒い触手が少年を地面に下ろすと、すぐさま横たわるライアンの下へと駆け寄った。

 そして、その隣に探していた姿をようやく見つける。


「ゆぅくんッ!!」

「……は、はりゅく……!」


 その姿を見て安心したのか、ハルトに抱き締められると堰を切ったようにうわあああと泣き出すユウマ。ハルトもそれをわかっていたように、何度も何度も優しく頭を撫で、背中を擦る。


「ゆぅくん、けがは? どこもけがしてない?」

「……うん。……ゆ、ゆぅくん、だぃ、じょぶ……」

「……よかった」


 そして鼻を真っ赤にするユウマを抱き締めながら、ハルトは周囲にいる大人たちに向かって叫んだ。


「おくすり!! おくすりつくれるひと、いますか!?」


 黒い狼も、周囲をじろりと見回す。

 住民たちはその鋭い視線にたじろぐが、騎士や侍女たちは誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見回していた。


「だれか!! だれか、いませんか!?」


 必死に叫ぶその声に応えるように、リディアは杖を二回、コツコツと鳴らした。


「ハルトさん、もうすぐ来るわ」

「ほんとうですか!?」

「えぇ」


 リディアの言葉を聞き、ハルトは安心したように深呼吸をする。

 そして、離れようとしないユウマを片手で抱き締めながら、空いた手で鞄の中から紙袋を取り出した。


「リディア様!! どうし……、ライアン殿下ッ!? ウェンディッ!?」


 慌てて駆けてきた作業着姿の男性。その目線の先にいるライアンとウェンディの痛々しい姿を見て、血相を変えて駆け寄ってくる。


「ハルトさん。……彼が、薬師長のヒュバートが、薬を調合できるわ」

「ほんとうですか!? なら……!」


 ハルトは手に持った紙袋を、薬師長であるヒュバートに差し出した。


()()()()()()()が、くれました! これといっしょに、のあちゃんがおにわに()()()()()! もうはっぱが、でているはずです! このくらいのおおきさの! それをあるぶんだけ、とってください! それを()()といっしょにすりつぶして、ぽーしょんとすこしずつまぜて、とろっとしたら、きずにたっぷりぬってください!!」


 一生懸命説明するハルトに、ヒュバートは真剣に耳を傾ける。

 一分一秒を争う。そう判断したのだろう。

 説明を聞き終えると同時に、急いで調合室へと走っていった。


「……らいあんくん、うぇんでぃちゃん。もうすぐおくすり、できるからね」


 ハルトは傷に響かないように、そっとライアンの指に触れる。ユウマも同じように、そろりと手を添えた。

 二人の温もりが伝わったのか、その言葉に、ライアンは小さく笑みを浮かべ頷いた。


《 うぇんでぃ、もうすこしだからね 》


 妖精のウェンディの傍には、リュカとテオが寄り添っている。

 リュカの声に、ウェンディもまた、少しだけ微笑んで見せた。


「……はりゅくん」

「どうしたの?」

「……あのね」


 ユウマが口を開こうとしたその時、広場で人々の悲鳴が上がった。

 声のする方へ顔を上げると、安全なはずだった結界の外から、魔物がこちらへ向かって瓦礫を投げ始めていた。

 その一部がルイスに向かって飛んでくる。それを咄嗟に庇い、騎士の一人が負傷した。

 それがきっかけで結界の一部が緩んだのか、魔物が侵入し始めていた。

 その魔物を見て、テオの目が見開く。


《 ──!? アイツ……! ライアンとウェンディを襲った魔物だ……! 》


 その視線の先に、舌を切り取られボトボトと唾液を落としながらこちらに向かって来る鋼鉄(シュタール)カメレオンの姿があった。

 地面に落ちた唾液から、じゅわりと煙が上がっていく。

 

「あれが……!?」

《 ここまで、おってきたってこと……!? 》


 普段なら魔力でわかるはずなのに、なぜか魔狼(ワーグ)も妖精のリュカもテオも何も感じなかった。それを疑問に思う間もなく、じわりじわりとその距離が縮まっていく。

 騎士たちが侵入してきた魔物と対峙しているが、シュタール・カメレオンの表皮は剣をも弾く鋼鉄だ。それに、唾液に触れると剣も鎧もどろりと溶けて使い物にならない。

 負傷した騎士も、打ち所が悪かったのかぐったりと意識を失ったまま。彼を庇いながらルイスが再び光魔法で結界を張ろうと試みるが、動揺のためか上手くいかない。

 レオナルドや他の騎士たちも、住民たちを守りながら戦っているため、こちらには近付けないでいた。

 怪我を負っているライアンとウェンディを動かす事は出来ず、それを必死に治療するマイルズも動かせない。今その手を止めてしまえば、二人がどうなるかわからない。


《 クソッ!! 》


 テオが魔物の周囲を囲むように土魔法で何重にも防御壁を作る。

 土の中に沈めて閉じ込めてしまえれば楽だが、沈めたはずのシュタール・カメレオンはそれでも生きていた。


「……はるくん! あのきしさん! うごかして!」

「きし?」


 焦り始めていたテオたちに、ユウマが叫んだ。

 その言葉に、ハルトは首を傾げる。

 

「うん! きしさん! かいてあったの!」

「かいて……? ……あっ! あのもじ!」


 みんなで何と書いてあるのかと疑問に思っていたまま、結局誰にもわからなかったあの文字。


《 ──ユウマ! 何て書いてあるか、もう一度よく見て! 》


 一か八か。

 テオは触手で二人を掴み、王宮にある聖騎士の像の前まで連れて行く。魔狼もその後を追い、リュカはその背に掴まりみんなの後に付いていく。

 文字が見える高さまで土で押し上げると、自分たちの前には、何の変哲もない銅像。

 けれど、その剣先に文字があるのをハルトが見つけ、読めなかった文字をユウマが解読した。

 二人がいたから、見つけられた。

 二人がいなければ、このままずっと誰にも見つけられずにいたのかもしれない。

 そう考えると、これは偶然ではないのかもしれないと思った。


《 ユウマ、読める? 》

「えっと、えっとね……」


 ユウマがその高さに怯えながらも、下を見ないように必死にその文字を読み始める。


「……えっと、……あぶないとき、じぶんを、うごかしぇって」

「ゆぅくん、うごかすって、どうやるか、かいてある?」

「えっとね、……いし! いしと、……きしの、ちかい……?」


 “いし”と、“きしのちかい”

 ここに来て、自分たちでは意味がわからない。

 けれど、それがわかるかもしれない人物がいるのを魔狼は見逃さなかった。


《 ハルト! リディアに訊け! 》

「りでぃあさーんッ!! ここに、“いし”って、ありますかー!?」

《 はると! とくべつな、とってもだいじな“いし”ってつたえて!! 》

「とっても、だいじな! とくべつな、いしです!!」


 ハルトの突然の問いかけに、リディアは面食らうが、少し考えて、こくりと頷こうとした。

 ……頷こうとした矢先、それよりも早く黒い触手がリディアの体を掴み、猛スピードで王宮内へ向かう魔狼の背中に固定した。

 突然の事に騎士たちも反応が遅れる。


《 ハルト! リディアに案内しろと伝えろ!! 》

「はいっ!」


 もうそれに慣れてしまったハルトとリュカ。

 ハルトに必死に掴まるユウマと、慌ててユウマに抱き着くテオ。

 ……そして、


「リディア様ッ!!」

「おばあ様──ッ!!」



「きゃあぁああああああ────ッ!!!」



 リディア皇太后の悲鳴が、広場に響いていた。


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