397 光の記憶
とっても短いです。
王宮内を疾走する黒く巨大な狼。その姿を見て、すれ違うものは皆一瞬構えるが、その背に乗るリディアが手で制すると剣を収めた。
「最上階の左側。突き当りの部屋に向かってちょうだい」
多少取り乱したものの、リディアは凛とした声で魔狼に指示を出す。
「りでぃあさん、おどろかせて、ごめんなさい……!」
「いいえ。必要な物なのでしょう?」
「……はい!」
幼いユウマを大事に抱えながら、力強く頷くハルト。その強い意志を宿した目に、リディアは疑う事なく従った。
窓の外を見ると、王都のあちこちから立ち上る炎。
この王室に嫁ぎ、六十年。これほどまでに危機的な状況に直面するのは初めてだ。
「でも、どうしてあの“石”が必要なの?」
ふと疑問に思った事を口にすると、ハルトの腕の中でユウマがそろりと顔を上げた。
「……あのね。あのきしさん、うごかすのに、つかうの……」
「きしさん?」
「……ん」
試食会の後、皆で見た噴水の近くに建つ聖騎士の銅像。
その剣先にあった、誰にも読めない不可解な文字。
それをこの幼い兄弟が見つけ、解読したというのなら……。
「りでぃあさん!! あのへやですか!?」
ハルトの言葉にハッと我に返り、大きく頷く。魔狼は止まる時間も惜しいのか、黒い触手で扉を強引に開け部屋へと一直線に向かって行く。
扉を抜けると、殺風景な部屋の中央にポツンとケースだけが置かれていた。
そこに魔狼が近付こうとすると、バチバチと電流のようなものが走る。
《 結界か……! 》
まるでケースを守るように、光の束が鞭のように撓りながら揺れている。
「ごめんなさいね。ここは王族でなければ弾かれるようになっているの」
魔狼がリディアをそっと背から下ろすと、リディアはコツコツと杖を突きながらその結界の中へと躊躇う事なく進んでいく。
その光の中へ歩を進めている間、不思議と昔の記憶が呼び戻される。
今は亡き夫が、寝物語のように教えてくれたまるでおとぎ話のようなお話。
(──こんな時に思い出すなんて、まるで導かれたみたいね)
少しだけその口元に弧を描き、リディアがケースの前に辿り着くと、そっと手を翳した。その手を眩くも柔らかい光が包み込み、ケースがふっと泡のように消え去る。
リディアの目の前にあるのは、キラキラと光を反射する石だけだ。
「……これが、王家に伝わる“聖灯石”よ。これを、どうすればいいのかしら?」
振り返ったリディアの姿は、覚悟を決めたかのように凛と美しかった。




