第383話 目的の準備
昼食が作られる頃、もぞもぞと現れた男は、大欠伸をした後、適当なテーブルを見付けて席に着く。給仕がどこからともなく現れると、すぐに紅茶が出され、それを飲もうとした時に匂いが鼻をかすめた。
「不思議な匂いだ・・・だが食欲をソソル。」
太郎達は朝の農作業を終え、風呂から出てきた時には完成していた。
ラーメンとギョーザとチャーハンである。
それをカートに乗せて厨房から一緒に出て来た姿にビックリする。
「・・・メイリーンが何をやっとる?」
「この子に手伝ってもらってねぇ、作ったんだよぉ。」
「お前が・・・?」
「なによぉー、お父様の為に一生懸命作ったんだよぉー。」
お前の一生は何回有るんだ?
「これは変わった・・・なんだこれ?」
「ハシだってさー、こう使うんだよぉ。」
二本の細長い棒を上手く操って、ラーメンを食べる。
・・・実は練習に一時間かかったのは秘密だ。
あの娘に「上手ですよ。」と言われたのは少し悔しかった。
二本の棒を巧みに操って豆粒まで掴んで見せたのだから。
九尾も普通に使っていたのだから、教わったんだろう。
子供も使えてた。
ぐぬぬ。
「ふむ。それを使わんと食べれんのか?」
「フォークでもいいですよ。」
「おお、お主か。」
フォークを渡すとそれで麺をくるくるっと巻いて食べている。
なんとも、良い笑顔だ。
娘の満足そうな表情も良い。
って、一緒に食べるんかい。
「味見もしたが本当に美味い。あの小娘にも満たぬような子供に負けるとは。」
「悔しそうだな。」モグモグ
「もちろんですわ、お父様!!」モグモグ
「ひかし、いいけいをひたのでわないひゃ?」
「えぇ・・・ほへも。」
お前ら、食べるか食うかどっちかにしろよ。
なんか純血のドラゴン二人が、ただのお上りさんで浮かれている親子に見える。
ちなみに、通常の四倍はある食器に山盛りのチャーハンもペロリと平らげる二人だ。
「食後のデザートもありますよ。」
エカテリーナが運んできたのはホールのケーキだ。
フルーツが輝く宝石のようにちりばめられていて、それを見た他の者達も目が離せなくなっている。
エカテリーナはそれを丁寧にカットして・・・よんぶんのいちぃ?!
「たくさん有りますので慌てずにお食べください。」
「みんなの分も有る?」
「はい、冷やして保管してありますので大丈夫です。」
「・・・連れて帰りたいな。」
ガッパードの目が本気に近かったので俺が間に入って視線を遮る。
「駄目です。」
「分かっておる。冗談だ。」
「ばーちゃんはココに住んでしばらく料理を教えて貰おうかねぇ。」
「ここでなら失敗しても気にせずに済むな。」
「そーそー、ばーちゃんも安心して失p・・・ってちゃんと作るよぉー?!」
楽しそうな親子の会話に割り込む気はなかったが、座るように促されたので同じテーブルで食事をする事になった。その理由の一つに昨日の事が有るからだ。
「え、実じゃなくてその中の種にですか。」
「枇杷の種は特に貴重なモノではない。だが・・・九尾の酒で漬け込む事によって魔力そのものを増大する効果があるようだな。お主の場合は精霊が吸収したが、他の者であればかなり大変な事になる。」
魔力が全くない者でも上級の魔導士に成れるくらいの効果があるという。
確かに危険だ。
「もっと危険なのは身体が制御しきれず暴発する確率の方が高い事だな。」
身体の暴発というのは、魔力制御が不能になって内側に溜まり過ぎると身体が爆発四散するとの事。なにそれ怖い。
「まあ、簡単に作れるような秘薬ではない事が分かったのは唯一の安心材料だったがな。」
「それなりの手間ですか?」
「天狗の秘薬と呼ばれている酒だが、ここまで高い効果は無かった。それも当然だ。元々の枇杷の方に問題があったからな。木の実はあの世界樹が作ったんだろ?」
「そう・・・ですね、面白がって作り過ぎたので、エカテリーナが使い道を考えた結果だと思います。・・・マナが作ったのが主な原因ですか。」
「そうだ。」
ならマナが関わらなければ問題ない。
安心したのでパクパクと食べると、アツアツのコーヒーがテーブルに並べられる。
ゴクゴクと躊躇わず飲んだ後にガッパードが話題を変えた。
「こっちが本題だが、世界所を各地に植える計画というのは進んでいるのか?」
「一応・・・各地に20本ぐらいは植えてあります。洞窟の中に植えっぱなしの世界樹って大丈夫でしたか?」
「枯れる様子はないから大丈夫だろ、たまに泣き声が聞こえるが。」
「泣き声?」
ぺちん!
俺のおでこから良い音が鳴る。
「流石に隔離された場所に居るから寂しいんじゃないかな、波動も感じにくいし。」
「なるほどねー。」
って。さらっと会話に参加するマナである。
だれも驚かない。
「まあ、流石に洞窟の木は回収して別の場所に植えなおそうかな。」
「今度遊びに行くねー。」
「土産は期待しておく。」
ドラゴンの棲家に遊びに行くことを了承した事になるのだが、あの時は緊急事態であったから問題は無かったが、今回は違う。
あっさりと決まる事に周囲の方が驚きを隠せない。
ただ、この驚きはドラゴンに対してである。
「ショージキ言うとね、ここ以外で・・・っていうか、太郎の近く以外でちゃんと育つかは分からないわ。」
「昔は俺がいなくても育っただろ。」
「何言ってんの、私の身体で散々遊んでおいて。」
凄く語弊のある言い方である。
もちろんすぐ近くに居るドラゴンの娘さんに驚きの白い眼で見られた。
違うって言っても、実際楽しんだので何とも言えない。
「お主、そんな趣味が有るのか?」
「目の前に何をしても喜んでくれる可愛い女の子がいたら我慢なんて出来ませんよ。」
と、正直に言うと、目を丸くした。
あの、ドラゴンを、びっくりさせた。
マナがニコニコして俺のおでこをべしべししている。
その光景を見ながらコーヒーを飲飲み干すドラゴンの二人。
すかさず給仕が、追加のコーヒーをテーブルに置き、アツアツなのが分かる湯気をメイリーンがふぅっと息を吐いて消す。
「それを言うと、多くの天使に狙われるぞ?」
「天使ぐらいなら拒否できるんで問題ないです。」
「まぁ、あいつらは節操が無いからな。」
「だよねー。」
内容は別として、お父様がこれほど良く話をするのも珍しいと思っている。
内容は別として。
「その天使達に世界の様子を見させている。」
「様子ですか?」
「世界樹の苗木を植える候補地を選定させるのだ。」
「選定ですか?」
「効率良く配置した方が効果も高いだろ。」
「それでしたら魔素溜まりが発生しやすい場所をあえて除外して、その周囲に苗を植えて発生を監視するってもアリですかね?」
「アリだと思うよう。どーせ太郎ちゃんが解決させちゃうんでしょ。」
「上手くすれば、監視用の小さな砦でも有れば楽ですし。」
「そもそも魔素の発生源を制御しようなどと考える者もおらんかったのに、お主の考える事は常識に無い。」
「常識が無ければ作ればいいんですよ、昨日までの非常識は、明日からは常識に変わるんです。」
「あっさり言いおって、それがどれだけの困難か知っているだろう?」
「普通ならそうなんですけど、俺が異常みたいなんで。」
「そんなのは自覚するもんではないぞ。・・・まぁ、似たようなものか。」
自分も周りからは常識では計れないような事を言われていたのを思い出したのだ。
ただ恐れられるだけなら良いが、近づこうと考える者もいなくなってしまう。
「何もかも規格外という訳か。というか、自覚はあるんだな?」
「ここまできてナイとは言いませんよ。」
「では、どうしたい?」
目を細め、より鋭い視線が突き刺さる。
もちろん、鈴木太郎という人物を査定する為だ。
「特に何も。」
「世界が崩壊に向かうとしたらどうする?」
「そうならない為に出来る事をします。」
「周辺国が戦争を始めたらどうする?」
「助けを求められたら考えます。」
「ここに攻め込まれたら?」
「全力で阻止します。」
それはゴリテアの件で証明されている。
あの戦いは多くの者達に衝撃を与えただろう。
いつも通りに戻ってしまった事を残念に思う者もいるが、それをあえて無視する。
「お前の言い方だと、世界がどんな事になってもこの村が平和ならそれで良いという事になるが?」
「当然じゃないですか、ここには家族も仲間も住んでいるんです。他は見捨てても、ココを見捨てるつもりは無いです。」
「その上で、これだけの者が集まったとなれば責任もあるだろう。」
「勝手に集まったのに責任を押し付けるんなら、鄭重に返却します。」
「・・・とんでもない我儘を言っている事に気が付いているか?」
「では、この村に世界の命運を載せないでください。過重積載ですよ。」
「カ、カジュウ・・・?」
「強さに伴って責任も増えるなんて考えは通用させません。ガッパードさんもそれで苦しんだのでしょう?」
圧していた筈の視線は、一瞬で逆転された。
一筋の汗が流れる事を感じる事も無く、娘の心配そうな視線に気が付く事も無く。
「力の有る者だけが上に立つのならまおうk・・・いや、この例題は駄目かな。」
「おい、あっちで悲しい眼をしている者が居るぞ。」
いつの間にか見られてた。
うどんが抱きしめている。
・・・発言には気を付けよう。
「ほっといて良いわよ。」
「ほっとけ、ほっとけ。」
フィフスがガッパードの頭の上でべしべししている。
なんで少し嬉しそうな表情なんですか・・・。
娘さんが嫉妬してますよ。
「力が有るというのは、戦闘能力だけじゃないんですよ。商人は、資金と信用で他人を操るプロフェッショナルなんです。場合によっては国だって動かせます。」
ジェームスが力強く頷いて、その横でしょんぼりと力無くラーメンのスープを啜る男がいた。フレアリスがにっこにこで俺を見詰めてくるんだけど、なんでかな。
「金の力はあまり信用はしたくないな。」
「・・・人心掌握術の一つの方法ではあるので。」
「お主、さらっと怖い事を言うのだな。」
「ばーちゃんは力でねじ伏せる方が得意かなあ。」
「そっちの方が怖いですけど?」
「ばーちゃんより強い癖に何を言ってるのかなー?」
周りからの視線が凄い。
強くないけど、強くないんだけど。
強い認定されてるんだよなあ。
実際、自分の強さがどのくらいなのかよく分からない部分もある。
何しろステータスとか数値化とか、見て分かるものが何もない。
「・・・ステータスオープン。」
もちろん、何も起きない。
「なにしてんの?」
「いや、何でも。」
自覚が無い訳じゃないし、筋肉魔法使うとモリモリになるし。
最近は恐怖心があんまり感じなくなってるし・・・。
いや、なんかとてつもなく怖い夢は見るけども。
「太郎ちゃん・・・?」
「思案しているようなら喋るまで待てばいい。その間にデザートを食べるぞ。」
「そうだねぇ、このフルーツが美味しすぎて食べるのが止められなくなるよぉ。」
マナとフィフスもパクパクと食べる。
この二人は胃が亜空間レベルで、はっきり言うと魔素に変換されるから満腹が無い。
逆に空腹も無いはずなのだが・・・。
昼食に集まってきた人達で賑わう中、太郎だけが思案の深淵に沈んでいる。
何も聞こえず、何も見えず、何も感じず、一人の世界に没する。
そんな中でも、平気で割り込んでこれる存在がいる。
マナとマリナ、フィフスとうどんともりそば。
実はその能力が一番高いのはもりそばで、心の底まで入り込む事が出来る。
マナでもナカナカ出来ない特殊能力で、それは太郎の心だけでなく、身体も救った実績がある。
だが、今はその時でないと思えば、邪魔はしない。
太郎が何を考えているのかまでは誰にも分らず、それが将来にどう影響するのか、言葉にするまで予想も出来ないのだから。
「・・・負の魔素の濃度による変化を調べた方が良いかな?」
「研究なら、わらわ達に任せるのじゃ。」
「せっかく研究所も作ってもらったしねー。」
ナナハルが俺の肩に手を乗せる。
「魔素が濃いほど強い魔獣が出現する可能性が高くなる。それじゃダメなのよね?」
「可能なら濃度を誰でも分かるように測れる魔道具か、体得が可能ならその技術開発。魔素溜まりを消滅させる技術も広げたいところだけど・・・。」
向こうで天使が指でバツを作っている。
元々天使の特殊能力みたいなので、天使を頼ればいいか。
「天使を頼るつもりみたいだけど、それだけで天使の価値が上がると立場も強くなるのよ。あなたに管理できるの?」
冷たい口調で注意喚起したのはもう一人の魔女である、マチルダだ。
「俺じゃないと管理できないようでは困るね。場合によっては管理能力の高い人物・・・。魔王国の将軍なら管理能力高いでしょ?」
ドーゴルがダンダイルの背中を押す。
現魔王では無いが管理能力で言えばかなり高い部類に入るだろう。
「他の国はどうか知らないが、管理統制が可能かどうかも将軍の条件ではある。だがな、太郎君。」
「?」
「管理をする者が命令する立場なのか、配置を決めるだけの情報機関なのか、それを決定する責任を持っているのは太郎君、君だけなんだ。」
「辛い一言ですね。」
「仕方がない。今は力が全てだ。それを無くす為には立場が上の者が模を示さなければならない。そして、今は太郎君が・・・・・・。」
伝説にも成れる元魔王が、ドラゴンを無視し、世界樹を見る事も無く、魔女と九尾を押し退け、鈴木太郎に跪いた。
それがどれだけ重要な意味を持つのか、その場にいる殆どの者は直ぐに理解した。
「太郎殿が示す道に進むだけです。」
椅子に座ったままの太郎は、自分より姿勢を低くするダンダイルを見下ろしたが、その表情は苦渋に満ちていた。
そんな事は望んでいないからだ。




