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第282話 帰ろう 

 遅れてやってきた天使の報告を受けたミカエルは、それを叱ったりはせず、コルドーに逃げられた事を自分の責任と受け入れていた。その尻拭いをトヒラに任せることになるが、太郎はトヒラにコルドーを逃がすように伝えてあるわけではない。


「なんか出て来るぞ?」


 最初に気が付いたのはのんびり昼寝をしているふりをして監視の目を張り巡らせているグリフォンだ。周囲の木の陰でボロボロになりながらも兵士達が隠れているからだ。砦からの援軍だったのだが、既に指揮系統はない。指揮官が一番重傷だが、トドメは刺さずに死なない程度にしてあるのだ。


「アレはコルドー・・・と、もう一人?」

「どうするんだ?」

「捕縛しましょう。」

「捕まえるのは苦手だな・・・。」

「あ、でも、太郎殿ならあんな奴捕まえるなんて楽にできるはずですよね?」

「だろーな。」

「では、なぜ見逃しているんでしょう・・・?」

「タローの考える事は分からないなあ。良く分からない事も言うし。」


 それはアナタが理解できないだけだとは言わず、慎重に考えた。しかし、逃がして再起される危険性は無視できない。


「なるほど・・・放置しても無害と考えているという事ですか・・・。」


 そこまでは気が付いた。しかし、そこまでである。どんな悪人でも殺したと報告すれば、あの太郎殿から笑顔を奪う事に間違いはない。善悪の判断を捨て、そう結論付けた。


「太郎殿にはコルドーは逃げたと報告しておきましょう。」

「いいのか?」

「自信は有りませんが、殺したと伝える方が太郎殿の気分は良くないはずです。」

「それもそうだな。」


 グリフォンにしてみれば太郎を困らせる方が嫌なので、その提案は受け入れやすい。


「少しぐらいイジメとく?」

「そのくらいは許されるでしょう。」


 コルドーが兵士と合流した直後、周囲が爆発した。それはグリフォンの魔弾によるもので、大木がメキメキと音を立てて倒れ、コルドーを守る為に、まだ忠実な兵士達が助ける。その兵士達も傷付いているのだが、とにかくコルドーがココに来ているのなら砦に戻るだけだ。あの魔法攻撃を回避つつ砦まで逃げるのは困難を極める。特に指揮官が負傷して指揮が出来ないのだから。

 指揮官の号令もなく、全員が揃って砦に向かって逃げ出したのは、コルドーの表情に笑顔もなく、焦りに満ちているからだ。

 震える声で問う。


「指揮官はどうした?」

「負傷しています。」

「ではお前が代わりに私を首都まで連れて行け。」


 コルドーからの直接の命令に感動しつつ敬礼して返すと、傷付いた身体に力が漲る。まだ、彼等は忠実なのだから。




 ゴリテア内に取り残された兵士達は、天使によって掃討され、抵抗も出来ない。最後の一人であるホールズ隊長は、勝ち目もなく戦い続けていた。もう無駄だと悟ったのは、回復もなく、味方もなく、武器もなくなったからではなく、たった一言だった。


「コルドーが逃げたぞ。」


 こうして、彼は投降した。

 コルドーが逃げた事を知った兵士達の士気はとてつもなく低い。やる気も生きる気力も感じない程だ。最初は拘束を考えていたが、一人ずつ拘束するのも面倒なのでもう放置している。大広間に集められているが抵抗はない。


「猊下が逃げた・・・?」

「我々が残っているのに・・・?」

「何がゴリテアだ・・・結局、何も出来なかったじゃないか・・・。」


 被害は太郎の住む村だけで済んだと言えばその通りだが、それだけでも被害は凄い。もしもあの攻撃が沢山の人が住む町のど真ん中だったら・・・。

 想像するのも恐ろしい。

 

「あの女達はどうするの?」

「あー自称聖女だっけ?」

「何の能力もないけどみんな巨乳です。」


 その言い方はどうなの。


「なんで一斉に俺を見たの・・・怖いんだけど。」

「怖い筈なかろう。」

「そうね。」


 巨乳の人に睨まれるのは筋違いだと思うけど、そう言うとマナ達に睨まれたら否定できない事になる。困ったもんだ。


「どうするんじゃ?」

「死んでしまったのは仕方がないけど、生きている人達は逃がしてもいいよ。」

「甘いですねー。」

「あまいわね~。」

「甘いな。」

「そうね。」

「捕虜にしたって邪魔なだけじゃん。」


 それはその通りなのだが、それで済ます訳にはいかない。ただ、捕虜だからと言って餓死させたら余計に太郎が怒るだろうから、解放させるのが一番良いという結果は変わらない。


「しかし、無罪放免ってもな・・・なんか、いやじゃないか?」

「そうね。」

「だいたい命令されてココにいるんだから、本当に来たくて来た人達なら・・・いるのかな?」


 兵士達を見回すとかなりの人数がソッポを向いた。

 いるのか、いるんだな。

 そこへ天使が女性達を連れてやってくる。


「女性達を連行いたしました。」

「じゃあそのまま引き渡して。」

「は?」


 太郎が言った言葉をそのままミカエルが繰り返した。


「本当に宜しいのですか?」

「あの男がそう言ったのだからそうなの。」

「し、しかし、ミカエル様?」

「私達は手伝いに来ただけ。」

「ほら、あんた達もさっさとどっかに行きなさい。どうせもうゴリテアの復活はないわ。あんた達の大好きなコルドーもどっかに行ったし。」


 捕虜の兵士達がざわつく。


「ほ、本当に俺達を逃がすのか?」

「遺体も回収していきたいのなら、そのくらい待つよ。」


 太郎がそう言うと、兵士の一人が手を上げた。


「一ついいか?」


 太郎はそれが誰なのか知る筈もないが、生き残った隊長の一人で、一番強かったらしい。周囲の兵士達からの視線も浴びている。

 誰も返事をしなかった事で不安になったが、その男は続けた。


「殺し合いをした相手にそれで良・・・い、いや違う。確かに猊下は逃げたのか?」

「猊下ってコルドー?」


 自分達の上司を呼び捨てにされることに抵抗は有っても諦めるしかない。


「そ、そうだ。」

「あやつは一番最初に逃げたぞ、頼りにならんものよの。」

「・・・ぐっ・・・。」


 悔しそうに噛みしめている。


「遺体を回収するのに時間がかかるかもしれん。」

「医療室に担架とかないの?」


 傍に居る兵士を見渡し、一人の男に視線を止めると、頷きを得た。


「ある。」

「一応監視は付けさせてもらうけど、ご自由にどうぞ。」


 捕虜相手に丁寧な口調に小さく驚きながらも、その男が立ち上がる。

 暫くすると他の数人も立ち上がり、20人ほどが移動を始めた。護衛ではないので、彼らが危険な森を抜けて安全な場所まで見届けたりはしない。監視は天使達が引き受けてくれるので、太郎は当初の目的を再開させた。


「あと二人も?」

「あの二人はそのままが良いわよ。」


 リファエルがそう言うと、エルフィンも同意する。そしてトレントが寄って来て、太郎の背中に飛び付いた。ヨジヨジしている。

 なんでいちいち登るの?

 俺の身体を木登りにしないでもらえないかな。


「私もそう思う。」

「そうなんだ?」

「プラーケは封印を解いたらそのまま死ぬわ。既に死んでるけど、このゴリテアに繋がれている事で生きているから思考能力も無いの。」


 あと3000年でゴリテアが崩壊するという事だから、封印されている彼も、その時に一緒に崩壊するという事だ。


「そういやさっきもそんなこと言ってたね。」

「ハンプルブスはヤバいわ。」

「ヤバいの?」

「あいつだけはダメ。」

「そう、ダメよ。」


 リファエルとエルフィンまで止めにくる。


「ハンプルブスの勇者を騙して封印した事だけはこのゴリテアでの成功だわ。」

「そんなにヤバいの?」

「最悪の魔王と恐れられ世界滅亡の危機になった時に現れた、名もなき通りすがりだった男、それがハンプルブスの勇者。」


 勇者という称号は、本来は結果によって与えられるモノである。この世界では少し違うが。


「彼は冒険者ではなかったし、どこかに所属した兵士でもなく、両親を魔物に殺された子供という、特筆するような事もない農家の一人だったのだ。」

「本物の勇者は何処にいるか分からないという良い例なのだが、どうしたら魔王を討つほどの強さを手に入れたのか謎なのだ。」

「普人だったの?」


 軽く言ったつもりだったが、驚きで返ってきた。


「良く分かったな。何か理由でも?」

「いや特には・・・。」


 スズキタ一族は普人だった。

 元を辿れば魔女も普人に含まれる。

 トレントからは亜人種しか生まれない。

 理由としては納得しないだろうから太郎は黙っていた。

 太郎自身も納得していないのだ。


「太郎を見ていると普人には無限の可能性を感じるな。」


 人には無限の可能性がある。

 そんな言葉は前の世界ではよく聞いた言葉で、可能性があると言うだけで殆ど達成される事の無い可能性だ。だが、長生きをするこの世界では・・・?


「封印したまま放置するのも危ないよね?」

「ゴリテアの管理をする気は無いから。」


 トレントに見事なまでに断られた。

 ゴリテア内でずっと暮らしてきたトレントで、今は二本の足がある。あちこち見て回りたいのだろうから止める気もない。


「で、なんで俺に抱き付くの?」

「太郎は女のカタチをしていればなんでも良いのじゃな?」


 ナナハルにとんでもない事を言われた気がするが、否定する要素が一つもない。特にこの世界の女性で、特に獣人は、元の世界では想像でしかなかった可愛さがある。特にスーがそうで、180年生きてても若くて可愛いし、突然猫のように甘えてくる無邪気さには熱くなるモノがある。

 特に股間が。

 太郎は周囲には解らない理由で頭を振って無駄な思考を飛ばした。


「とりあえずこのまま放置できないなら、別の場所に移動させよう。」

「どうする気だ?」


 エルフィンの質問には、行動で示す事とし、目的の部屋に移動するとマナとトレントに手伝ってもらいながら部屋を丸ごと枝葉で支え、太郎は純白の剣で壁を、床を、斬った。天使達も、二人のエルフも、驚きで空いた口が開かない。


「全く、本当にとんでもない男じゃ。惚れ直すぞ?」


 ナナハルが目を輝かせ、作業をする太郎にアツい視線を向けている。全くこの男の可能性は想像の域を飛び越えている。太郎はナナハル以外からも色々な視線を浴びていて、先ほどまで敵だった兵士達までも、コルドーには向けた事の無い気持ちを持ち始めていた。伝説のゴリテアをバラバラに切り刻むなんて、もはや人間とは思えなかったのだ。

 

「圧縮しても大丈夫だよね?」

「太郎ちゃんに頼まれたら断れないわ~。」

「そうじゃな。」


 部屋を丸ごとナナハルに圧縮してもらい、マリアの魔法袋に入れる。これで外に出る事もないだろう。


「あとは、あそこに置いておけば安心かな。」

「そう言われれば太郎さんしか開く事の出来ない家が有りましたねー。」

「私も開けられるけど~?」

「じゃあ管理任せていい?」

「いやよ~。」

 

 キッチリと断られた。

 マチルダもソッポを向いている。

 なんかズルいなあ。


「こういうのはちゃんとした管理能力がある人がやるべきだと思うんだけど。」


 視線が集中して驚く。


「な、なに?」

「一番優秀な奴が何を言っておる。」

「え、俺なの?」

「そうね。」

「そうだな。」


 兵士達が慌ただしく動いているのを横目に、太郎はどうやって逃げようか考えているが、なにも思いつかない。提案者が責任者というのも良くある話だ。


「それにしても壁を斬ってしまうとは考えもしないというか、考えないよな、普通。」

「そうね。」


 まるで俺が異常みたいじゃないか・・・。

 兵士達の作業の様子を見ると、負傷者が部屋に集められていて、ミカエル達が回復魔法で治療している。何でその場で治療しなかったのか理由は解らないが、スーの説明では俺の目の前で回復する事に意味があるらしい。


「なあ・・・本当に良いんだな?」


 兵士から問われると頷く。


「そうか・・・。回復までしてもらって悪いな。」

「俺じゃなくてあっちに感謝してくれ。」

「あんたの部下なんだろ?」

「だれが?」


 周囲を見渡す兵士。


「仲間だし友達だし家族もいるけど、部下は一人もいないよ。」

「そう・・・なのか?」


 なんか怖いんだけど、なんで?


「あんたがそう言うならそれでいいが・・・。」

「問題でもあるのか?」

「あ、いや・・・いい。というか、偉そうに見えなくてな。」

「それはそうだから気にしなくていいよ。」


 兵士は困っていて、言いにくそうだ。


「ああ、帰っていいよ、こっちはこっちで勝手にやるから。」

「そ、そうか。」

「じゃあ、我々も?」


 何故か兵士達が太郎に敬礼してから背を向ける。理由を考える前に声を掛けられた。


「うん、ダンダイルさんの所に帰ろう。」






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