第283話 事後処理 コルドー編
今、兵士達は不思議な体験をしている。
ゴリテアに乗って世界を飛び回り、コルドーの名をほしいままにする。
・・・予定だった。
それが、現在は相手の慈悲によって回復してもらった上に解放されていて、帰国の途に就くという状態である。天使達の監視はあるものの、行動にも制限はなく、ゴリテアの出口に向かって列が出来ていた。
「俺達って何だったんだろうな。」
と、下っ端の兵士達の多くが一度は呟いているのは、すでにコルドー5世は逃げていて、彼らが戦っていた理由が無くなっていたからである。ゴリテア自体を守っても彼等はまともな運用が出来ず、殆どが指示通りに行動するだけで、直接の戦闘は予定には無く、あの村を破壊した高出力のエネルギーを放出する謎の攻撃手段が全てだった。
「全員死刑でも不思議じゃなかったのにな。」
「ああ。何のつもりか知らんが逃がすなんて、普通じゃしねえよ。」
「逃がしてもらったからあんまり言いたくねーけど、あの男は甘いな。」
敵の指揮官に対する評価は高くなく、今も自分がなぜ生きているのか納得できない者もいた。だが、そんな考えもゴリテアの外に出ると変わってしまう。
周囲を見回しても、道など無い。
「こんな森の中から帰れって言われても、どこへ行けばいいのやら。」
すると一人の女性が行く先を指示している。顔はよく見えないが背の低い猫獣人のようだ。腰に剣が有るので戦闘員だろう。
「砦に行けばお前達の仲間が助けてくれるだろ?」
「そんなに近かったか?」
「急げば一晩だ。」
どういう計算だったのか知らないが、ともかく道中で味方と出会う事が出来た彼等は、三日三晩休むことなく歩き続け、どうにか砦に辿り着いた。
その砦でもコルドー5世は不在で、既に首都に向かっているという。
これには兵士達の殆どが憤慨したが、口に出して言う者はおらず、不味い軍隊飯で腹を膨らませ、汚いベッドで休息をとった後、徒歩での帰国を再開する。
帰国の路では足よりも多くの口が動き、話題には事欠かない。
「もうゴリテアは動かないんだな。」
「あいつらが壊すだろうし。」
「大見得を切って、大風呂敷を広げた挙句、当のご本人様は不在だとさ。」
「聖女様はどうなったんだ?」
「流石にもう帰られているだろう?」
「ゴリテアは失ったが聖女様が居れば、まだ望みはあるもんな。」
その聖女は彼らが見た時よりも幼い姿をしていて、まさかゴリテアで見ていたとは気付かない。そもそもの能力も発揮していないし、勇者が居なければ聖女もただの女の子である。
「それにしてもあの天使の数・・・俺達は生き残れたんだな。」
「まあ、見た目は美女でもな・・・。」
天使がふたなりなのを彼等は知っている。
「少しでも互角に戦えたのは自信が付いたけどな。」
「ちょっとでも勝てると思った後にアレだからな、俺は自信を失ったよ。」
「でもちょっと待てよ。」
「なんだ?」
「あの天使達は誰かの指示で動いてたよな?」
「そりゃそーだろ。直接、天使に怨みは無かった筈だ。」
「天使と言えば世界を征服するだけの戦力が有るという噂があるほど強いんだぞ。」
「ドラゴンとやり合って負けたってのも噂に過ぎないが・・・。」
「あの天使達に命令した奴はやっぱりあの男なのか?」
「もしそうなら、あの男の甘さの理由も頷けるな。」
「どこが?」
「元より俺達の命に価値なんて無いのさ。」
天使が部下ならゴリテアを破壊する意味も有る。存在自体が邪魔なだけではなく、世界征服をするつもりなら奪っても良いのだ。今までいろいろなところで戦わずに拮抗していた戦力に差が生じ、崩壊するとなれば、世界は血生臭い戦争で埋め尽くされるだろう。その時代に自分達が戦力として利用されるかもしれない。
ならば、今は殺すよりも今後に備えられる。
それ以前に数にもならないが。
「そこまで全部妄想だろ?」
「天使とドラゴンは仲が悪いし、天使達は負けている。いまさら大喧嘩もないだろ。」
「あの男が本当に天使を従えるほどの強さが有るのなら、ドラゴンにも勝てるんじゃないのか?」
「そういえば、ハンハルトに現れたドラゴンを撃退した人物って・・・もしかして?」
「シードラゴンもそうかもしれないぞ。」
「国のお偉いさんは自分達に都合の悪い事は隠すし嘘を付くのも平気だ。俺達がこんな事になっていても、国に帰れば英雄扱いされるんじゃないか?」
カラカラに渇いた笑いが広がる。
「もう何でもいいから、家に帰って妻の手料理が食いたい。」
「妻も彼女も居ねーよ。ついでに母親はもう死んでいる俺はどうしろと?」
「指でもしゃぶって寝ろ。」
その彼等が国に到着する頃は混乱の渦中で、帰宅どころではなかった。
帰国した国で、彼等は大混乱した民衆の波に飲まれた。彼らが到着するより十日ほど前、鉄馬車が街を通り過ぎ、教会本部に逃げるように入って行った。その馬車に乗っていたのはコルドー5世で、当然のように民衆に直ぐバレた。
警備は厳重で、近寄る者はだれであろうと剣を向け、門を守る兵士達にも説明は無かったのだ。説明は通り過ぎた後に伝えられ、兵士達の混乱は収まっても、民衆達の怒りは収まらない。
「聖女様を出せー!」
「俺の母親の治療を!一刻の猶予も無いのだー!」
「子供を!命を!救ってくれー!」
その声は彼の耳に届かず、教会の地下に幾つも有る鉄の扉の更に奥の部屋で、魔法陣を見ている。あんなものが本物の聖女だとは思いたくなかったのだ。
フードで顔を隠して魔導士を従え、ゴリテア復活後も研究を続けていた彼等は、あの聖女によって書き換えられた魔法陣について、コルドーに説明していた。
「とんでもない効率です、どういう理由かが解りませんが、以前の数倍の速度で魔力が溜まっています。あの時の言葉が正しいのなら、確かに不完全だったのかもしれません。現在は魔石に変換して保管しています。」
部屋の奥にある倉庫には以前よりも巨大な魔石がゴロゴロと無造作に置かれていた。変換する為に必要な魔石の素となる石の素材の方が不足していたのだ。
「古代に魔法の異常繁栄時代が有ったというのは事実だったか。」
「ところで、あの男は?」
「あの男?」
「ワーグ・ジモスキーです。あの男は一部の魔法言語も読めるようなので居ると研究が進むのですが・・・。」
「そう言われればあの男はどうした?」
現在傍にいるただの世話係は、驚いた表情で答えた。
「休みを欲しいと言われていたところを猊下が好きにしろとおっしゃっていたではありませんか。」
「覚えておらんぞ。」
「お酒を飲み過ぎておられましたので・・・。」
「連れ戻せ。」
「承知いたしました。」
捜索は開始されたが、何処へ行ったのかも不明で、その後の彼の消息は不明となる。
「魔法陣は問題なく稼働しているのだな?」
「一つ問題があります。」
「手短に言え。」
コルドーの無茶な注文に頑張って応じる。
「同じ魔法陣が書けません。」
「書けないとはどういうことだ?」
「少々長くなりますが宜しいですか?」
「簡潔に言え。」
「・・・記録されているモノと同じ文字が存在しません。」
「過去のモノではないのか?」
「それを知りたかったのです。」
「今ある資料では足らんのか?」
「彼がゴリテアから持ち帰った資料は一部だけですし、そもそもゴリテアに住む予定でしたので重要書物の殆どはゴリテアに有ります。」
そのゴリテアにはもう戻れない。
「時間が掛かると困る、どうにかならんのか?」
「無理です。」
簡潔かつ手短に答えると、コルドー5世の機嫌がみるみる悪くなる。
「研究する以外に能が無いのだから何とかしろ。」
彼等の研究と言えば、聖女の復活、魔力の収集と貯蔵、魔法言語の解読、禁忌魔法などがあげられるが、聖女の復活は終わっていて、ゴリテアの稼働に必要な魔力の収集と、魔法言語の解読に力を注いでいた。禁忌魔法はゴリテアの存在自体が禁忌なので、これから研究するところだった。
ゴリテアの稼働が続けば、自分達でゴリテアの様に大規模でなくても、小さなモノを浮かせればいいだけの飛行物の研究を予定していた。実はゴリテアの浮遊している理由が彼等には解っていないのだ。
「ゴリテアに代わる浮遊都市の建造については可能なのか?」
「不可能ではない。とだけ。」
「可能な規模にしろ。」
「船程度の大きさでしたら・・・。」
「船?飛行船など飛ばしてもドラゴンの良い的ではないか。」
その通りなのだが、研究材料を失った原因そのものに言われると腹が立つ。もちろん、表情には出さずに応じた。
「では時間が掛かります。今すぐにとはいきません。」
厳しい表情で答えると、コルドーは不満だったが、何か諦めたように溜息を吐き出すと、護衛とともに部屋を出ていった。いつもは一人で、多少なりとも労いの言葉も有ったのだが、今は何もない。その背を見送って、重い扉が閉じられると、研究者達はコルドー5世への不満をぶちまけていた。
コルドーの教会本部前の広場では、夜になっても人は減らない。それは行く宛てを失った者達が、食糧も無く、宿も無く、雨風をしのぐものも無く、着の身着のままで座り込んでいた。
騒ぎは収まったのではなく、騒ぐだけの元気を失っていた。訪れていた商人達は、一斉に夜逃げを始め、出国者はハンハルトに直接向かう道を諦め、ガーデンブルクから魔王国を通過し、遠く迂回してハンハルトへ向かう道を選んでいた。その所為でガーデンブルクでも予想される混雑に軍隊が動員される事となっていた。
「聖女様は何処へ行ったんだ・・・。」
「あの巨大な浮遊物は?」
「勇者もいないし、あの数日前の騒ぎが原因だったのか・・・?」
旅人や末端の平民には説明が無く、説明が有ったとしてもとても納得できる内容ではない。宣戦布告をした直後にゴリテアを失ったという事実だけは浸透していたのだから。
「もう諦めてあなただけでも帰りなさい。」
それは病魔によってあと数日の命しかない事を知っている母親の悲しい声だった。布で覆われただけの簡素なテントの中で、雨が降ればそのまま雨漏りするような頼りない屋根の下、草木で作られた質素なベッドで寝たままの姿を晒している。
「母さんを置いていくにしても、帰るだけのお金もないんだ。」
「もっと有ったんじゃないの・・・?」
「聖女様に助けてもらえればなんとかなると思ってウソをついてたんだ。」
「そう・・・。」
その後の言葉は続かない。母親は僅かに痙攣した後に瞼を自ら閉じ、生命活動を自らの意思に背いて止めた。母さんと呼んでいたのは本当の息子ではなく、本当の息子は残り僅かなお金を持って出国していたのだ。
母親を捨てて。
大きな悲劇から、小さな不幸まで、さまざまな事件を巻き起こし、混乱は続いた。略奪が始まったのは多くの商人が消えて食糧不足が明らかになったからだ。
兵士達はそれを見て見ぬふりをした。
上司からの命令ではなく、彼ら自身がそうするしかなかったからである。自分達の食糧もままならない状況になり、略奪が旅人同士であるのなら問題ナシとし、自分達の安全確保に重点を置いた。コルドー5世がお隠れ遊ばしてから一ヶ月が経過すると、町には多くの死体がそのまま放置され、ゴーストタウンというよりも、魔物の襲撃にでもあったかのような惨状であった。
それでもコルドー5世は姿を見せず、宣戦布告を取り消す事もなく、私財だけは有ったから、いつも通りの生活をしていた。国庫の資金も、多くは減っておらず、教会に所属する兵士や聖職者は、いつもの生活に戻りつつあった。
ただし、他国からの入国者は激減し、新たに造られる予定の街はそのまま放置され、聖女が現れるよりも数十年ぐらい前までの状況に戻っていた。そのおかげで兵士達は本来の姿を取り戻す事が出来たが、他国で活動する聖職者達は立場の不安から行方不明になる者が続出し、帰国する者は少数であった。
資金が減らなかった理由は、マチルダの作り上げたキンケード商会との流通ルートが残っていたからで、喜捨物の運搬は継続されていたのだ。マチルダは意図して残していたのではなく、単純に忘れていただけだったが、そのおかげも有ってクーデターのような事件は発生しなかった。
もしも、国家の転覆を狙った暴動が発生していたら、さらなる死者が量産されただろう。その点においては太郎の予想は外れた事になるが、少なくともコルドー5世が生き恥を晒してまで国民の前で謝罪する式典は行われなかった事で、コルドーが対外的な宗教活動が出来なくなったのだ。
それらついては予想から大きく外れてはいなかったので、コルドーは太郎の予想通りに弱体化していく事となった。宣戦布告した事すら忘れられるくらいに歴史からも一時的に姿を消す事となり、コルドー5世はその後に何もしない事で世間から忘れられていく事になった。
一部の国を除いて他の国々には、ゴリテアの復活を確認する間もなく、ただの悪い噂だとされて。




