第141話 予定は未定
出発の時は誰の見送りも無かったのだが、到着したその場所では多くの兵士達が出迎えてくれた。
「ようこそ、ハンハルト特別訓練場へ!」
歓迎されているのは嫌なほど伝わってくるが、方向性が良く分からない。
「行くとは伝えたんだが、なんでこんなに集まってんだ?」
兵士達が整列して敬礼する。
一糸乱れぬ見事な動きだ。
と、ジェームスはそう思った。
「勇者様!」
「お前らの目的はそっちか!」
「・・・そうね。」
ジェームスとフレアリスの後ろに隠れて覗き込むように兵士達を見ている勇者様は、ビクビクしている。
「お前さんが前に出ないとおさまりが付かないぞ。」
「そ、そうですね。」
マギが前に出ると入り口までの道に兵士達が一列に並び変わり、案内役の兵士が前に出てきた。
「なんでお前が出てくんだよ。」
「残念だなジェームス。今は俺がここのトップだ。」
「マジか?!」
女性二人には分からない事情で、女性から見ると喧嘩をしているような口調で会話をしている。
「これでもコツコツと魔物退治に貢献してんだ、この前なんか大物を倒したんだぞ。」
「ドラゴンか?」
「アホか!んなもんと戦えるわけねーだろっ!」
ドラゴンと戦ってドラゴンに助けられた三人は、確かにドラゴンは恐ろしいモノだと肌で感じている分だけ、驚きは小さい。
「ドラゴンにも色々あるって知ったからな・・・。ハンハルトの一大事にだって来てねーだろーが。」
「そ、そりゃそーだが、これでも一応ココが最終防衛線だからな。」
対ガーデンブルクに対しての防衛線であってコルドーに対してではない。しかも、ここからガーデンブルクはかなり遠く、山や森を迂回する所為で特に時間が掛かる。元々は重要な位置だったらしいのだが、それも500年以上昔の話だ。
「将軍でも無い奴が守ってるっていうのも、かなり気が抜けてるな。」
「数百年どころかそろそろ1000年くらい戦争してないからな。魔王軍の方はちょくちょく戦っているみたいだ。あっちは面倒な勇者に攻められているが、こっちには正義の勇者様がいるから安心だ。」
どうやってその情報が流れて、どうして正義の勇者になったのか、詳しく知りたいところである。
「さあ、勇者殿こちらへ。」
案内する男の後ろを歩き、建物に入る。建物の中でも別の兵士達が整列して待っていた。あっちにこっちに、ウジャウジャいる。
「ここって何人くらいいるの?」
「半数が新兵ですが総員3000人くらいいます。」
「へ~。」
「訓練場だから熟練兵は少ないんだ。」
「ジェームス、俺の仕事を取らんでくれ。」
「へいへい。」
二人は古くからの友人のような会話で、一介の冒険者と軍の責任者との会話とは思えない。
「で、なんでこんなに歓迎されてるのかしら?」
「ドラゴンと戦った勇者様の武勇譚を聞きたくてな。」
「こっちじゃ勇者がドラゴンを退治した事になってるの?」
「フレアリス殿の事は知っている。」
知っているだけという意味だろう。
「では、改めまして自己紹介といきましょう。」
話は勝手に進められる。
「私がここの責任者で大佐のコンロッソです。よろしく。」
「こっちは紹介の必要ないよな。」
「かまわんよ。」
「俺達はココで必要な物を受け取ったらすぐに出発するつもりだったんだが?」
「貰えるんだ?」
「ちゃんと金は払うんだよ。」
「当り前だ。ついでに言うと俺達は商人じゃないから、特別だからな。」
「分かってるさ。」
「兵士達にお前達の技を見せてもらえるんだろうな?」
「あー、分かった分かった。後でな。」
「模擬戦でもするの?」
「部外者の冒険者では俺が初めてだろうな、新兵を訓練したのは。」
「ジェームスさんってやっぱり凄いんですね。」
「そうね。」
男どもの視線から殺意を感じる。なんでだ。
「お前ら、女が二人来るって事で浮かれてるんじゃねーか?」
「3000人いて男しかいない職場だぞ、そうなるだろ。」
「ま、確かに。」
視線から熱意を感じるのはフレアリス。
視線から悪意を感じるのがジェームス。
視線から好意を感じたのがマギだった・・・。
まだまだ何に対しても生真面目なマギは、最初は強過ぎる好意に警戒感を示していたが、それが純粋な気持ちだと理解すると、次第に慣れていき、いつの間にか兵士に囲まれて食事をしつつ会話をしていた。
「なんだ、こんな暇な訓練場は初めて見たぞ。」
「俺もココまで浮かれるとは思わなかった。」
責任者としては問題になるが、一兵士としてみればせっかく来た女性客なのだから歓迎したい。それも出来る限り派手に。
「マギは良いとして、私達の食事は?」
「ああ、持ってこさせるか。」
盗まれる心配のない場所なので荷物をその場に置いて、テーブルにつく。するとすぐに料理が運ばれてくるのだが・・・。
「なんで俺はこんなむさくるしい奴と二人で食わんとならんのだ。」
「どっちのテーブルもいっぱいなんでな。」
ジェームスの視線の先には、二つのテーブルと、一人ずつに分かれた女性を囲む兵士達。しかも明らかにマギの方が若い男が多い。
フレアリスはスタイルが良すぎるし、美人だし、鬼人族という事で少し警戒されている所為かもしれないが、おっさんが多い。
「・・・飯が美味いだけマシか。」
「平和な最前線だからな、飯ぐらい美味くないとやってられん。」
「兵士達の強さについては責任者として考えないのか?」
「それとコレは別だ。」
食事に風呂に柔らかすぎるベッドまで用意してもらった一行だったが、飲酒を許可してしまった所為で、マギ以外は床で寝る事になってしまったのは仕方の無い事だろう。
呑み過ぎてグダグダになった兵士と違い、朝から元気なフレアリスは、目が覚めた時に布団代わりにした男どもを軽く払い除けている。酔っぱらいを相手に酒場でバイトをしていた時の事を思い出し、汚くなった周囲を見て掃除をしないと・・・思って止めたくらいである。
訓練場の朝と言えば時間に厳しい。それは当たり前のことで、朝礼の時間までに全員が広場に集まる。テーブルを枕にしていたジェームスはすでに起きていて、身だしなみも整えた後であった。
「マギは?」
「コンロッソと朝礼に行った。」
「ここって軍事施設なのにみんなだらしないわね?」
「そうだな・・・昨日は特別だ。」
「私たちの所為で?」
「そういうのは例えそうであっても理由にならんから気にする事は無い。こんな時に攻め込まれたらどうなるかぐらいわかってるだろう。」
「そうね。」
昨日のお祭り騒ぎに参加できなかった兵士達が、二人に挨拶をしにくる。一人一人相手をするのは面倒なので、まとめて挨拶をする為にマギの後を追う事にした。
あれだけ無茶苦茶な状態だったが、時限が来ると一同が集結する広場は、壮観ではあった。ただし、所々に髪の毛が逆立つ者がいて、逆に際立つほど目立つ。
男どもの一斉で挨拶すると、地面が僅かに揺れる。マギが吃驚してしゃがみ込んだくらいだ。
そこからはもう一日宿泊する予定と、午後の特別授業が発表された。希望者を募ったところ、圧倒的な人気を誇ったマギと熟練者の力試しで次点がジェームス。フレアリスには一人も希望者がいなかった。
「何で不貞腐れてるんだ。予想できる結果だろう?」
「骨のあるやつがいないのも情けない話ね。」
「そういう時の為の責任者ってのがいるんだ。」
逃げようとした奴の襟首を掴んで引き戻す。
「俺に勝った事をいつまでも自慢してるやつがいてな、ちょっと懲らしめようかと思ってたんだ。本人曰く一番強いらしいぞ。」
「限定的だろうが!」
「へ~・・・楽しみね?」
戦闘結果だけ言えば、マギは予想通り体力不足が目立ち、10人目を相手にするときにコンロッソが止めようとしたくらいだった。ただし、剣術だけなら新兵に負ける事はなかったので、その点でジェームスは師匠として満足している。
ジェームスの相手は剣術に自信があるか、体力と力自慢の巨漢が多かった。こちらは予定通り10人相手にしても負ける事は無く、11人目として挑もうとしたコンロッソは、そのままフレアリスとイヤイヤ戦う事になった。
当然の如くフレアリスが負ける要素は無いが、意外にも果敢に攻めた事で少し評価が良くなった。
「フレアリスさんが守りなんて珍しいですね。」
「アレは様子を見ているんだ。足元をよく見ろ、ちゃんと動いているだろう?」
相手の攻撃に合わせてフレアリスは真正面に向きを変え、ワザと攻撃を受け止めている。一回一回違う攻撃を繰り出して来るだけでも中々の熟練度だが、その攻撃を全て受け止めて息一つ乱さない。
攻撃に僅かな間が空くと、声は小さいが強い口調でマギに言った。
「あいつがノシ上がった特級の技だ。アレは俺も真似できん。」
マギが注目すると、少し離れた所から見ても男の姿がブレて見えた。それは小刻みに足踏みしたかと思うと、僅かに土埃が発生した直後フレアリスに飛びかかった。
それを真正面から見たフレアリスは、一瞬だけ3人に見えたと、その後にマギに語っている。模擬戦用の木剣が渇いた衝撃音をリズミカルに響かせ、前進する大佐と、少しずつ後退するフレアリスに、一同が無言で注目する。
時間が経過すると音が鈍くなり、高音から低音に変わった時に攻撃が止んだ。
「あー!」
マギが驚いて小さくもない声で叫ぶと、模擬戦用の剣が折れてしまい、中断からそのまま終了となった。
「面白い攻撃するわね。」
「全部受け止めた上に、受ける時にまで同じところを叩いてくるなんて、強さに上限は無いとはよく言ったものだ。」
フレアリスは姿勢を変えていただけではなく、コンロッソの言う通り、受け止める時に受け方まで細心の注意を払っていた。
「剣術なんて覚える必要は無いと思ったけど、ちょっとした経験をして変わったのよ。格下でも格上と戦う方法は有るってね。」
フレアリスのちょっとした経験とはドラゴンの事で、普通の人は経験したいとも思わないだろう。
3000人の上司として、責任者として、特に新兵達は初めて見る大佐の戦闘に驚きと感銘を受けていて、拍手と歓声が上がっている。フレアリスはハンハルトでは有名人で、その強さも知れ渡っていて、普通に戦って勝てる人などいないと思われていたのだから、一方的に攻撃した大佐を素直に尊敬できるだろう。
「頑張った甲斐があったじゃないか、あの技を久しぶりに見たが前より早くなってるな。」
「もっと早くても勝てなかったのは解っているが、俺も良い経験になった。」
「あれは何をやったの?」
「小刻みに足踏みして、素早く動いただけだ。」
「その動きに合わせて攻撃を繰り出して来るから、真正面で見るとどっちから攻撃が来るか一瞬分からなくなっただろ?」
「そうね、でもブレもすぐに消えるから、受け止められない事は無いわ。」
「普通はその一瞬で判断に迷うもんなんだが。」
「鬼人族はすごい眼力も有るんだな。」
「早さだけならジェームスよりも早いけど・・・あれ中ったら私でも痛いからね?」
「・・・アンタくらいの上位が相手なら俺も本気にならざるをえん。」
「・・・そうね、ま、許してあげる。」
「おい、マギの目がキラキラしてるぞ?」
マギはあまりにもすごい技に目を奪われてしまい、素直に感動していた。ジェームスは基本を特に大事にするタイプで、変則的な動きなど教えてくれないからだ。
「わ、私もその技を教わりたいです!」
「真似なら私でも出来るけど。」
「そんな簡単に真似されたら困るなぁ。」
「確かにフレアリスなら出来るかもな。」
「足を・・・。」
ものすごい勢いで足踏みを始めると、フレアリスの周囲だけ地震のように揺れる。
フレアリスが二人の目の前で身体を左右に揺らすと、ブレているように見える。
「ははははやややいいいななななな・・・。」
「そそそそううううですすすですねねね。」
ピタッと止まると揺れも消える。
「こんな感じ?」
コンロッソが頭を抱えるのを見てジェームスが大声で笑った。
その日はマギの訓練意欲が凄い高まってしまい、日が暮れるまで剣術の練習をしていたが、ヘトヘトになるまで練習した所為で、翌朝になっても疲れが取れなかった。
風呂がある所為もあって朝風呂でのんびりとするフレアリスとは対照的に、妙に焦っているマギの姿が見られる。
「その・・・すみません。」
「気にする事は無い。なんでも経験は大事だ。対処法は有るんだろ?」
「ある事は有るんですけど・・・。」
「フレアリスから多少は教えて貰っているから無理に言わなくても理解しているつもりだ。」
現在はたった二人しかいない女性なので、風呂も無駄に広い場所を占領していて、唯一相談できるフレアリスとは何度も話をしていた。
だからマギには直接言わないが、フレアリスにジェームスが質問している。
「いつ頃出発できそうだ?」
「行ける日になったらあの子が自分で言うからそれまで待ちなさい。」
「そうか。」
こうして予定は暫くの間未定へと変化し、実際に出発したのは訓練場に到着してから七日後だった。
一息ついて水を飲むジェームス。話を聞いていた子供達が寝てしまったので、寝室へ運び終えるとジェームスが再び口を開いた。
「それで出発する日になったんだが、運悪く朝から雨がしとしと降る日でな、引き留められたがマギが行くって決めたんだ。」
「雨でまた出発が遅れるのも嫌でしたし、悪い事は経験しておいた方が良いと思ったんですけど、あの時は、まあ、色々あったので。」
「男臭くて辛かったのよね。」
「あはは・・・。」
廊下を歩けば声を掛けられる。少し廊下でしゃがみ込んでいると直ぐに医務室に運ばれる。食事をしないと心配される。
「アレじゃ監視と変わらないわね。」
「悪い人達ではなかったんですけど。」
「アレが悪い連中だったら俺が連れて行かないぞ。」
「そうね。」
「まぁ、そんな連中だから、出発する寸前になって色々持ってきてな、酒は無い代わりにポーションだらけさ。」
「何でポーションなんです?」
「他に渡せるものが無かったんだろう。」
「花束とかでも良かったんですけど・・・。」
「食えんモノ渡されてもな。」
「無理して渡さなくてもいいのにね。」
「印象付けたいからだろうが、みんなが同じことをしたらその印象も薄くなるだろ。」
「マギも全部受け取ろうとしたからどうにかして半分に減らしたんだけど、マギが受け取らないからって私に持ってくるのよ。」
そりゃ確かに怒る理由も解る。
「まぁ、俺達はオマケ扱いだからな。」
「どういうことです、オマケって。」
「勇者を連れて行くって言ったら快く了承してくれたんだよ。」
フレアリスとマギが吃驚した表情をする。吃驚した内容は同じだが、その理由については違うようだ。
「マギを餌に使ったのね。」
「ジェームスさんのお役に立てたのならそれで良いですけど。」
それまで何も言わずに話を聞いていたマナが言った。
「ここまで来る話は?」
「・・・森の中を歩いても魔物が寄ってこないからただの登山だったナ。」
「そうね。」
「冒険は?」
「言うほどの事は特にないかな・・・。」
「なーんだ、ちょっと楽しみにしてたのにー。」
「そ、そうか、すまないな。」
マナは椅子からびょんっと降りると、太郎の腕を引っ張った。一緒に寝るという意味である。
「あ、じゃあ、先に済みません、おやすみなさい。」
「ああ。」
「タロウさんおやすみなさい。」
太郎は引っ張られつつ食堂を出て行く。
「タロウさんっていつもあんな感じなんですか?」
「まー、あんな感じですねー、じゃあ私達も寝ますんで、おやすみなさいですー。」
残された者達もそれぞれがそれぞれの言い方で順次解散し、そのままお開きとなった。




