第140話 成長する者達
翌朝。
マギにとっては久しぶりのベッドと、魔物の奇襲に怯える事の無い安寧の眠りを味わっていた。その所為か、思いっきり寝坊していて、目を覚ましたのは昼頃で、朝食兼昼食を恥ずかしそうに食べている。なにしろ、妹の様な存在の子供に世話をしてもらっているのだから。
「そんなこと気にしなくて良いですよ。私の仕事ですから!」フンスフンス
「凄い気合ね?・・・って言うか急に大人っぽくなってない?」
「そ、そうですか!?」
驚いたと思ったら、今度は笑顔で鼻歌を奏でながら調理場へ入っていく。
「ホントに凄い変わったわね。朝も私が同じ事を言ったら喜んでたし。」
大人っぽくなった原因は・・・殆どの人が知っているが、あえて教えない。
さらっと食べ終えたマギは、皿を持って行くと、うどんと一緒に洗い物をしているエカテリーナに渡す。
「昨日の子ね。」
「あ、はい。はじめまして・・・?」
「うどんさんです。」
「う、ど・・・ん?」
「私の名前です。」
なんと評して良いのか分からないので困っているといつもの言葉が出てくる。
「お困りですね?おっぱい触りますか?」
「ハ?!」
有無を言わさず押し付けられた胸にマギが包まれている。あまりの気持ちよさに抵抗するのを諦めた。
しかし、息苦しくなってしまった。
「・・・はーーっ!」
慌てて離れると、エカテリーナに笑顔を向けられていたようで、恥ずかしくなってしまった。
「うどんさんの胸に包まれると抵抗する意味が無くなっちゃうんですよね。」
「そ、そうね。」
フレアリスの口癖が染ったかのように呟く。
「なんかこの子ヘンな感じがしますね?」
「マギおねーさんがですか?」
「そうそう。」
「いたいた、やっぱりだ!」
突然入り込んできた大群に驚いたマギがうどんの後ろに隠れる。
「えっ、なになに。」
なんでワルジャウ語?!
「ゆうしゃさまだ~!」
「勇者様ー!」
「ゆーしゃさまー!」
「鳥が喋ってる!?」
どんどん鳥達が集まってくる。
「俺達がカラーって呼んでる鳥だ。こんなに大群だが本当は吃驚するほど希少な鳥だぞ。」
そう言いながらジェームスがやって来た。その頭には鳥が止まっていて、既に交流していたようだ。頭に糞をされないか不安を持ちつつ、ここまで懐かれると楽しさも感じる。
「って、喋るのも驚きましたが、なんで勇者って・・・。」
「世界樹様に教えていただきました!」
「教わらなくても、何か違和感は感じていただろう。こいつら勘も凄く良いんだ。」
「我々一同が勇者さまの一番目の子分としてお仕えいたします!」
「え~っ?!」
「あ~、勇者だったの・・・。」
うどんが不思議な視線を向ける。
「ここに居ると勇者の価値が凄く低く感じるんだけどな。」
「そんな事は無いです!勇者様こそ、我らの救世主として・・・。」
「もう助けたじゃん。」
今度は太郎がやって来た。その太郎の頭にはマナが搭載されているが、誰も何も言わない。もちろん、糞の心配もない。
「強い者に従うのが処世術ですから!」
「確かにその通りだけど、節操がなさすぎるよ。」
「強いのなら太郎さんの方が強いですよ?」
鳥達がくる~っと一斉に向きを変えた。
「たろうさまー!」
「・・・ですよねー。」
本当に節操がない。
今度はキラービー達がやって来てびくびくしながらマギの前に樽を置いて逃げるように去っていく。
「・・・この樽は?」
「勇者が来たから討伐されると思ってるんだ。そんな事ないって伝えたんだけどなあ・・・。」
「好かれてるのか、嫌われてるのか。自分でも悩みます・・・。」
「お困りですね?!」
再びうどんがマギを抱きしめて、場の空気が固まってしまった。
こちらも節操がないな。
賑やかな外。
子供達がスーの指導でポチと模擬戦闘の訓練をしているその横で、チーズをもふもふして楽しんでいるフレアリス。チーズの子供が呆れた顔で眺めていた。
「タ、たスケて・・・。」
こちらも眺めているだけのウルク。子供達の成長を見ているだけで、今も何をするべきか悩んでいる。悩んでいる所為でうどんの標的にもされていたのだが、今日は珍しく来ない。それもそのはずで、そのうどんはマギをじっくりと抱きしめているからだ。
「ワルジャウ語がまだ下手なのね?」
頭をわしゃわしゃしている。
「覚えたばかりだカラ。」
「あんまり苛めちゃダメですよー?」
「虐めているように見えるの?」
「チーズが怯えてるじゃないですかー。」
「・・・そうね?」
今度はチーズの背中を枕に仰向けに寝転がる。
「訓練は?」
「ポチさんがしていますねー。」
その光景は戦闘訓練と言うより、鬼ごっこに近い。子供達がポチを捕まえる為に追いかけているのだが、もちろん、普通に追いかけたのでは追いつくはずもない。
「九尾の子供と兎獣人の子供って、あんなに強いの?」
「太郎さんの子供だからじゃないですかね?」
「ふーん・・・。」
子供達は魔法を駆使してポチに狙いを付ける。大量の石礫が雨の様に降り注ぐが、小石の一つも当たらない。
「ポチちゃんじゃなきゃ当たってたんじゃない?」
「ですねー・・・。」
成長が早いのは解っていたが、それでも早過ぎる。魔法を教えたのはほんのちょっと前だったはずだ。
兎獣人の子供二人は更に吃驚する。元々強い種族ではないのだから、本当に太郎の子供だからと言う理由が当てはまるかもしれない。
7人の子供に追われているポチとしては、空に逃げるという手段を残しつつ、それでもあまり遠くに逃げるとプライドが傷付くだけじゃなく、スーに怒られてしまう。
「訓練なんですから、あんまり遠くに逃げるのは無しですよー!」
との事だ。
「はやーい!」
「あたんなーい!」
「もう、つかれたー!」
子供達が諦めたので、内心ホッとしながら、それでも表情には見せずに、余裕が有るようにゆっくりと戻ってきた。
「捕まえた!」
猛スピードでやって来たフレアリスに、一瞬で捕まったポチは、そのまま地面に押さえつけられてモフモフされた。
「た、たすけ・・・。」
ポチの声は誰にも届かなかった。
子供達の訓練が終わったので、食堂で休憩している。
その親としては、子供の成長するのは嬉しい事で、喜ばしく見ているのだが、教師からの評価ではすでに7人同時では引き分けるのが精いっぱいらしい。
「父親として、そろそろ個人指導してあげたらどうですー?」
「剣や魔法で俺が教えられる事ってあるの?」
「あー・・・りますかね?」
なんともあやふやな返事だ。
「せっかくジェームスさんがいるんだし、俺よりもスーの方が教えて欲しいんじゃないの?」
「ん?構わんが・・・技術的にはそれほど変わらないと思うぞ。」
「戦いの経験値が違いますからねー。」
「戦いの経験値?」
「ざっくり言うと、獣相手と人相手の戦闘の差です。」
「俺は魔物より人を相手にする方が多かったのは、確かにそうかもな。盗賊団を何個か壊滅させたしな。」
「一人で?」
「いやいやいや、流石に無理だ。だが、今ならその経験を活かして条件が同じ相手なら一人でも戦えるかもしれん・・・が、逃げられるか。」
腕を組みながら頭の中でシミュレートしているのだろう。
「魔物の場合なら特定の癖や、戦い方、場所、天候、その他諸諸の条件をクリアしていけば、戦える相手は多いですねー。洞窟なら一ヵ所に追い込んで、出てくるところを一匹ずつ・・・って感じで。」
「太郎も退治してたんでしょ?」
魔物退治の依頼はスーと一緒に何度かやっているし、ポチと一緒にやった事も有った。今考えると、良く出来たと思う。マナがわざわざ太郎に訊ねたのは、知っているだけで行動は共にしていなかったからだ。
「まぁねぇ・・・色々と必死だったしな。」
「今ももう少しあの頃のやる気を持ってみてはどうですかー?」
「別に強くなりたくない訳じゃないよ、暇が無いだけで。」
「毎日大木を最低でも一本は伐ってるもんね。」
「そうそう。材木問屋レベルで用意しておかないとどれくらい必要になるのか分からないから。」
「太郎君は街でも作る気なのか?」
「そんな、工作するみたいに言われても・・・。」
「そんなに軽く言ったつもりはないが。それに、工作じゃなくて工事だろうよ。」
「それはそうですねぇ。畑だってまだまだ足りないですし。」
「それ、畑の事なんだが。」
ジェームスが思い出したかのように言う。
「何でこんな冬の時期にあんなに食べられるモノが実ってるんだ?」
「それはマナ様の所為ですねー。」
「あー、なるほど。そりゃあ、ああなるか・・・。」
妙に納得してしまうジェームスを見て太郎は思わず笑った。
「俺にはこの世界の常識はまだまだ分からない事が多いですけど、少なくともあの実り方が異常なのは分かります。でも、無制限に植物が増えるのはなんか危ない気がするんですよね。」
「砂漠も一面緑になりそうだな。」
「砂漠?」
マナはこういう事は何故か知らない。本当は忘れているだけなのか、思い出せないだけなのか、知識の隔たりが激しすぎて予想も付かないが。
「砂だらけの土地の事だよ。」
「そんな場所あるのね?」
「まぁ、そうなるべくしてなった土地だから、そのままでいいと思うけど。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
「俺にしてみれば太郎君が砂漠を知っている方が異常なんだが?」
「この辺りには無かったわよね?私の故郷にだってないし。」
「好き好んで砂漠に住む人の方が少ないと思いますけどね。」
「砂漠でしか手に入らないものも有るんでな。」
「土壌も気候も違うから変わった植物も有りそうです。」
「本当に太郎君は飽きさせないな。」
「・・・ははは。」
夕食になると、全員が一度は食堂を訪れる。エカテリーナの手料理が猛威を振るっていて、美味しくて食べ過ぎてしまう。
「女としては料理が美味しいのは羨ましい限りで。」
と、マギに評価されてエカテリーナは満面の笑顔だ。
「女性だから料理が出来るっていうのも関係ないと思うけどね。」
「太郎さんの料理もなかなかですもんねー。」
「最近は全然やってないけどな。」
「私達にも、もう少し料理の技術は必要だったかもしれないわね。」
そう言ってスープをすするフレアリス。
「俺は作れるってだけで得意ではないぞ。太郎君達と少しだけ旅をしたが、あんな美味いモノは普通の旅では食べられないから。」
「グルさんも驚いてましたよね。」
「そりゃー、おめー、旅なんて我慢の連続だからな。女子供連れて歩いてる奴なんて、相当の金持ちか、夜逃げをしている連中くれーなもんだ。めんどくせー病気も有るし。」
女性しかない特有の病気。何の事か俺は解っているが、あえて細かい説明をしないのがマナーなのは、こちらの世界でも同じだ。
「予定より早く到着したので心配するほどではなかったですけど。」
「そうね。」
「フレアリスがいたおかげで魔物が寄ってくるって事は殆ど無かったしな。」
「まぁ、今回の私は魔除けだから。」
「す、すみません・・・。」
「もうちょっと戦える魔物が現れてくれても良かったが、ここに辿り着くだけでも良い経験にはなっただろう。なにしろ、野宿経験ゼロのお嬢様だったし。」
「ボロくても家に住んでたもんねー。」
マナの言い方が酷い。確かにマギが住んでいただろうあの家はボロかったけども。
旅をするというのは、荷物を少なくする為に無くても困らないモノは持って行かないようにしなければならないのだ。
そういう意味で、太郎は特別である。無制限に入る袋と言うのをスーも持っているが、こちらは袋の口が小さいので小物しか入らない。
「殆どの荷物はフレアリスさんに持ってもらいましたし。」
「誰かさんが断らないからよ!」
マギに対して少し口調がきつい。
「え、だってあれは・・・。」
「まぁ、あんな男だらけの場所ではな。お前さんだって沢山貰っていただろう?」
「おっさんばっっっっっっかりね。」
な、なんだ?
「アレじゃ酒場で働いてた時と変わらないじゃない。」
「あきらめろ、男なんてそんなもんだ。なぁ、太郎君?」
「ふーーん。」
不貞腐れたような声を吐き出すフレアリス。
なんで俺は巻き込まれたんだろう・・・?
「何が有ったのか予想できますねー。」
「そうね。」
何故か話が進んでる。ニヤニヤと笑っているスーが楽しそうだ。
「じゃあ、せっかくだ。旅の話してもしようか。」
食後のデザートを選ぶかのようにジェームスが軽い口調で話す。娯楽など少ないこの世界では武勇譚や冒険話は酒の肴の一つだ。残念な事に酒は無いが、美味しい水ならいくらでもある。
その水で残りも少なくなりつつあるコーヒーを淹れる。お茶かコーヒーぐらいなら育ててみようかと考えていると・・・。
「・・・軍用の訓練場が良い場所にあってな、そこから出発する事にしたんだ。」
既に話し始めていた。




