第114話 マリアとグレッグ (4)
話はまったりと進みます・・・
まったりと。
ガーデンブルクのとある執務室。
今日も今日とて謹慎中。
「・・・暇ね。」
「なに言ってるんですか、仕事はこちらにいっぱいありますよ。」
グレッグは書類の山を取り出した。
マリアは見なかった事にした。
「これは無視できないでしょう。」
そう言って渡されたのは書類ではなく、手紙だった。
「意外と丁寧な包装ね。誰からかしら?」
「お忘れかもしれませんが、オーガのボスの子供を名乗る少年が裏ギルドに持ってきたという話です。」
マリアはきょとんとしている。
「なんの・・・あぁ・・・国境の戦いの時の事ね。」
「奴隷を500人。それも女性限定で報酬に渡すとおっしゃっていたではないですか。」
「そー言えばそんな約束していたわね。」
「手紙の内容は見ていませんが催促でしょう。」
「子供が持って来たって、一人で?」
「そのようです。」
「子供が来たって事はそれなりに困っているのね。」
「そうとも限らないと思います。」
「どういう事?」
「子供を遣いに立てる事で断り難くするだけではなく、直ぐに用意させる意図もあるかと。」
「なるほど、考えたわね。手紙の内容も想像が付くわ。」
グレッグから受け取った手紙は誰の手で施されたのかは不明だが、美しすぎるほどの綺麗なリボンでまとめてあり、うっすらと花の匂いも漂う。
その美しさに負けない美しい手で美しく手紙を開くと、書かれていた内容は予想通りだった。
「案の定ね。食糧不足で子供の分が無いから報酬を減らしてでも良いから食わせてくれ・・・だって。」
文字は綺麗とは言えず、読むにも苦労する程度だが、真意が伝われば問題ない。ついでに言えば食糧不足なのに奴隷を500人も連れて帰ったら大変だろう。
「裏ギルドで宿泊して待っているという事でしょう。」
「そのようね。失念してたから流石に一日では集められないわ。」
「滞在費もこちら持ちのようですよ。」
「そんな事書いてないわよ?」
「手紙を持ってきたヤツに言われたんです。一枚の銅貨も持たずに子供が一人で来たと。」
「んー・・・仕方ないわね。子供に罪は無し。」
マリアはグレッグを裏ギルドに向かわせ、オーガの子供との交渉を任せた。とは言っても内容は決まっている。奴隷の女性を集めるのに早くても三日。送り届けるには十日以上。移動費や滞在費がマリアのポケットから出されるのは当然で、ガーデンブルクの軍部では知らない事なのである。
オーガの子供が一人で来たのも、敵対心が無い事を示す為で、オーガ達は他に手段が無かったとも言える。
裏ギルドにある宿泊施設は、太郎達が宿泊した時よりもランクが落とされた部屋とはいえ、子供一人には広すぎた。子供とは言ってもオーガなので、顔は少し怖く感じるし、身体つきも一般成人男性と遜色ない。だが、オーガとは言っても子供だったので、好奇心が多少強く、女を連れて帰るという任務に少し心を躍らせていた。
この子供、つまみ食いをする気満々だったのだから、初めてマリアを見た時に奴隷の女だと思い込んでお尻を触ったのだ。グレックに力強い拳骨を喰らって泣いていた癖に、正式に引き渡された奴隷を見て、両手で二人を部屋に連れ込んで、すぐにヤっていた。女性の泣く声が聞こえたが、裏ギルドの部屋の中なので、マリアとグレッグ以外は何が起きていても興味を示す事は無かった。当たらず触らず気にせず。それが裏ギルドを利用する時の他人への扱い方である。
500人の奴隷を集め、馬車を用意し、食糧も積んで、オーガの子供に引き渡す。子供なので駄賃を与えても良かったのだが、両手で奴隷二人のお尻を触っているので渡す気に成れなかった。
一応の護衛も必要なので、訓練と称して部下を50人付けたが、マリアとグレッグはそのどちらも謹慎しているため、任務は中隊長クラスに任せた。
500人もの奴隷がたった三日で集まったのは、この国の最下層が貧乏農家だらけで、お金に困れば子供でも売ってしまう親が多いというのが一因としてあり、売ってしまった子供がどうなろうと気にしてはいられないのがこの国の現状だった。それでも、多少は気にする親も存在したが、とりあえず金で黙らせた。面倒な交渉は金で解決した。予定以上の出費になったが、マリアは痛くも痒くもない。ほっとけばキンダース商会が金を増やすので、使い切れないほど有るのだから。
そして一通りの対応が終わり、奴隷達を引き連れて帰っていくオーガと、護衛する部下達を見送った後、二人揃って大きな溜息を吐いた。
「久しぶりに仕事をすると疲れるわね。」
「あんなド変態な息子でも、してしまった約束を果たさないと国内で戦争になってしまいますから。」
「どうせ馬車の中でもとっかえひっかえやっているのでしょうけど、渡した後の事に私は関知する気もないわ。」
「三日で20人は気絶させてましたからね・・・。」
「到着するまでに何人か死ぬんじゃないかしら。」
「制止する者がいないとあんなに・・・いや、この話題は止めましょう。不健全なことこの上ないです。」
「同感だわ。美味しい紅茶でも飲んでリフレッシュしましょう。」
「承知いたしました。」
事件を起こす側だった者は、いつの間にか振り回されるようになっていた。ピュールの件もそうだが、肝心の世界樹である。
美味しい紅茶を飲みつつ、蜂蜜のたっぷりかけられたホットケーキを食べているマリアは、謹慎しているとはいえ、食べるか寝ているかだけを繰り返しているように感じる毎日に飽き始めていた。
幾つかの事情により吐息を漏らす。
「もう成長したみたいだわ。」
「何がです?」
「世界樹よ。」
「判るんですか?」
「波動がここまで漂って来るもの。」
グレッグが意味もなく周囲を見回した。本当に意味がない。
「そんなに強力な波動が漂っているんですか?」
「かなり薄いわね。マナの流れの不自然さを感じ取れる者でも気が付く者は殆どいないレベルだけど。」
「それって、普通は誰も気が付かないのでは?」
「そうね・・・賢者と呼ばれる者達なら気が付くんじゃないかしら。」
「・・・何か影響は出ているのですか?」
「全く。」
そう言って美しい手付きでナイフとフォークを操り、ホットケーキを口に運ぶ。
「影響が出て、誰でも気が付くくらいに成ったらどうなるんですか?」
「世界が平和になるわ。」
「へ・・・へいわ?」
「そして平和に慣れた人々は新たな争いを始める。平和だからこそ新たな火種を作るのよ。ちょっと混沌としているぐらいが丁度いいわ。何しろ多くの人達が戦争の悲惨さを忘れないもの。」
グレッグが言葉の意味を理解しようと苦悩していて、ケーキを食べる手が止まった。
「争いが多過ぎても勇者が暴れるし、少な過ぎても勇者が勝手に敵を作るし、そうなると竜族はワイバーン種も含めて討伐対象になるでしょうね。人類は弱いくせに強敵に挑みたがる。悪い癖だわ。」
「個人的な武名は誰でも欲しがりますから。」
「乱世であるほど個の強さが重要視されるのよねぇ。」
「そうなると俺のような勇者の資質を持った者はやりたい放題になりますかね?」
「勇者同士は出会わないというこの世界の謎のルールがいつまで続くかによるわね。」
マリアは千年以上の歳月を費やして、ついに勇者の再出現位置を調節する方法を見つけ、グレッグによって証明された事によりマリアは確信している。しかし、これほど罪造りな方法しか見つけられなかったのも悩みものである。
「それにしても勇者同士が出会ったらどうなるんでしょう?」
「魔力の暴走が発生すると予想しているのだけど、案外融合してしまうかも。出会わないというか出会えない理由としては、お互いの魔力が壁を作っている・・・まぁ、予想に過ぎないのだけど。」
マリアは勇者について最初は排除する方法を考えていたが、放置すればその力が失われる事と、勇者が誕生する条件を見つけるのに苦労したため、上手く利用する方向へと考えを変更したのだ。
ただし、未だに分からないのが勇者の存在価値である。
世界樹の存在もかなり謎なのだが、混沌、混乱、混迷、のどの位置にも勇者は居るし、秩序、規律、安定、のどれをも破壊する。
無論平和で争いの無い世界なら勇者は誰とも戦わなく済むはずで、敵を作る必要が無ければ存在価値も消える。
「・・・全ての生命が死滅すれば勇者も消える・・・さすがに当たり前すぎるわね。」
グレッグは時に恐ろしい発言も顔色一つ変えずに言葉にしてしまうマリアを恐れる事が有るが、その言葉通り実行するほど破壊的な活動をしたのを見た事が無い。ただし、自分の目の前では・・・と言う前提が付くが。
「とりあえず世界樹の今いる場所が判るのでしたら動向でも探りますか?」
「探ってどうするの・・・でも、それもアリかしらね。」
ホットケーキを食べ終えて、紅茶を口に含みながら思案を巡らせる。
「現実として世界樹が復活して一番困るのはコルドーだし、調査団でもやらせてみようかしら。あの土地は魔王国が管理している事にはなっているけど、軍事介入禁止区域で中立地帯にもなってるから、行くだけなら問題ないし・・・。」
「そんな場所が有るんですね。」
「グレッグはもう少し他国の事を勉強しましょうね。」
笑顔が怖いです。
「結局、元の場所なのよね。」
「漂った波動で位置が解るのでしたら隠れる意味も無いですね。」
「私以外だと直接の関係者以外は解らないと思うわ。」
「どうしてですか?」
「ドラゴン連中は自分達が燃やした事を目の前で見ているから確信させるモノが無ければ動かない。逆に言うと燃やした筈のモノが復活したとしたらドラゴンの矜持にも関わるからね。」
「それだと解ってて無視する可能性も有るんですね。」
「そうなるわね。」
「波動も広範囲に漂えば、より多くの人が気が付くはずですが。」
「何か勘違いしているようだけど、世界樹が自分の存在を隠す必要は無いのよ。」
「隠れてるんじゃないので?」
「あんな巨大な木が隠れられるわけないじゃない。」
「それは確かにそうですが・・・。」
「気が付くのが遅くなるほど世界樹にとっては有利なのは間違いないけど・・・というか、私が波動を感じ取れるほどの大きさに成長しているのなら、ドラゴン単体じゃ勝てないわね。」
「マリア様なら勝てますか?」
「無理ね。すでに手遅れだわ。」
飲み干した紅茶のカップを指で弾くと良い音がする。
「こんなに急成長するとは予想外だわ。あくまで予想でしかなかったのだけど、8000年間育ってもあの大きさだったハズなのに、能力だけなら全盛期の半分近くまで回復してるんじゃないかしら・・・。」
マリアは紙とペンを用意するように命じると、グレッグが退室した後にまた思案を巡らせる。今自由に使えるのはキンダース商会とコルドーの信者達。コルドーはそれほど魔王国との関係は悪くない。悪くなるほど接近もしていない。聖職者としての清廉潔白を売りにしている精神風土。調査団を派遣しても不思議はない理由を作るのにも都合が良い。
ガーデンブルクの軍人が調査に行くとなると侵略や占領を目的としている疑いが必ずかけられるのだから、選択肢は無いような気もする。
キンダース商会は暫く復興に資金を使う筈なので忙しいだろう。
「世界一の大きな樹木・・・か。あーあ、全く面倒な存在だわ。」




