第115話 狩りの獲物 (1)
「森を探せばあるんじゃないですかね。」
「私はどっちでも良いわよ。」
マナがさっさと決めてくれって表情をしている。
「とりあえず屋根が完成してからでも良いか。」
外壁が完成したばかりの状態で、地下に続く階段も丸見えだ。とはいえ、この地下倉庫は、正確に言うと深く掘った穴のようになっている。長方形の穴を壁で区切って種類毎に分けて使う予定で、屋根を付けないと雨ざらし日ざらしになってしまうから、二階建て構造に計画を変更している。
森に向かう一行はポチを先頭に狩りの対象を捜しいる。猪は少なく、鹿や熊が多く発見されていて、熊は調理方法を知らないだけではなく、持ち帰るのに苦労するのであえて見逃しているのだが。
「大蛇だ!」
兵士の一人が叫ぶ。
普段ならポチが真っ先に気が付くのだが、鹿の首を噛み砕いていて、血の臭いが充満している所為で反応が遅れた。ただ、兵士達と一緒に行動するのは荷物持ちだけではない。このようにポチが気が付かなかった時に代わりに発見してくれるのだから、一緒に行動している意味が有るというモノだ。
動かなくなった鹿を地面に落とし、直ぐに大蛇に向かうと、その大きさに流石のポチも驚く。
「なんじゃこりゃあ・・・。」
誰かの口癖なのか、太郎の所為なのか、ポチらしからぬ変な言葉を吐くと、蛇の目がこちらを向いた。森の中で自由に動くためには空間が狭すぎていて、大蛇の速攻に対応が遅れたポチは股下に頭突っ込まれ、そのまま突き上げられて宙を舞った。ここで普通のケルベロスならば、木の枝にしがみ付こうと、もがきつつ落下するしかないのだが、ポチは太郎と共に行動する事によって風の魔法を扱えた。逆さまになったところで宙にピタリと止まり、大蛇に焦点を合わすと急降下して頭に噛み付いた。
鈍い音が響き、大蛇の頭は三割ほど欠けたがまだ死んでおらず、身体全体を上下に激しく揺らしつつも木と木の間を何度も通過した。そのたびにポチの身体が木に叩き付けられ、細い幹ではその衝撃に耐えられず折れてゆく。
「こんなのが太郎殿たちの方へ向かったら大変だ。ここで仕留めないと・・・。」
兵士が思い出したように取り出したのは太郎から受け取ったクロスボウだ。それも太郎の世界で作られている製品で、構造を知っていてもこの世界で同じモノを作る技術は無いだろう。まず素材が違う。
このクロスボウは太郎が袋の中を探した時に思い出したかのように取り出したもので、特別必要で取り出した訳では無かったが、兵士達が強い興味を示したので使い方を説明しつつ、試射として兵士達に撃たせている。
その中でも一番命中回数が多かった者に持たせたのだが、今まで使う機会が無かった。何しろ接近して剣で刺した方が楽だったからで、初めて使う相手が大蛇だというのが辛い。動きが早く、森の中では障害物が多すぎるからだが、大蛇相手に接近戦で挑める技量のある猛者はこの場に存在しない。スーや隊長でも諦めて引き下がるだろう。
「この矢であの大蛇の鱗を貫けるか?」
「腹の部分は柔らかい筈だ。」
「太郎殿の話だと合金製でかなり簡単に刺さるとは言っていたが・・・。」
試射した時の矢は太郎の手製で、形だけは同じに作ったが一回使うと傷がついてしまう程脆かった。ただし、木の板に刺さるぐらいの威力があり、矢の質でその威力もはっきりと変わる事を裏付けている。
ポチが耐えきれずに大蛇の頭から振り落とされると、クロスボウを構えて狙いをつける。威力が高いという事は矢の発射される速度も速いという事で、中りさえすればそれなりのダメージが期待できるだろう。しかし、片目を失った大蛇はうねうねと動き回り、大きく口を開いて跳びかかってきた。
好機はこの時しかなかった。接近出来ない上に障害物が多い場所なら、接近してくるのを待つしかない。その上でクロスボウの威力を信じて放つ。相手が怯まなかったら、その時はその時だ。
無駄に思考を巡らせることなく、跳びかかる大蛇の動作と同時に兵士が矢を放つ。大きく開いた口のど真ん中に命中すると、大蛇の頭がノックバックした。恐ろしい程の高威力だが、胴体の方がその衝撃に耐えて頭の位置を戻した時、二本目が発射された。今度は鼻の付近に中り、上顎と下顎に貫通して突き刺さった。とどめの三本目は放つことなく、ポチが反撃し、首の骨を噛み砕いて大蛇を絶命させる。引き千切ったその首の根元から、飲み込まれていた小さな生命が顔を出していた。
「ケルベロスの子供というより、まだ生まれて一ヶ月程度だし、幼体だな。」
「息はしているか?」
「あぁ、消化される前に助けられたようだ。」
いざという時の為に持たされているポーションを兵士達はポチとそのケルベロスの子供に惜しみなく使った。木の枝に挟まって毟られてしまった毛は戻らないが、傷は見事に塞がり、ポチの他7人の兵士に見守られながら、まだまだ小さいケルベロスを見守っている。
「呼吸はしているから大丈夫だと思うが。」
「しかし、こんなに小さいのに親が近くに居ない筈はないんだが。」
ポチも太郎に助けられる前は母親と共に行動していた。ケルベロスが幼体ならなおさら親が近くに居るはずである。周囲に気を配り、耳を澄ます。
「お前何やってんだ?」
「ん~・・・こいつオスだな。」
「そんなの調べてどうするんだ。」
「特に理由は・・・。」
ポチが急に身体を起こした。
「ポチ殿?」
「俺と似た匂いがする。」
兵士達が一斉に立ち上がり、周囲を見渡すが、木々の障害が多くて見渡せはしない。それでもポチは気が付いた。
「あっちだ。」
ポチがその方向を向くと兵士達も倣う。しばらくそのままでいると、ガサガサと草が擦れる音がした。僅かに聞こえた音がだんだん大きくなると、木が邪魔で見えなかった姿が突然現れた。
それはポチと同じケルベロスで、口には子供を咥えていたが、身体中を怪我しており、兵士達の姿を見ても睨み付けるような鋭さは無い。
ポチの姿に気が付いたところで、安心したのか、力尽きたのか、口に咥えた子供を落とすと、その場に崩れた。
残り一つしかないポーションを倒れて動かないケルベロスに使うと、傷がみるみる塞がり、直ぐに動けるようになると思ったのだが、苦しそうに唸った。
『何にやられた?』
ポチがケルベロスの言語で喋っているため、兵士達は理解できない。
『巨大な蛇に私の子が飲まれて・・・。』
『蛇なら殺した。喰われた子供なら生きている。』
『あの毒蛇を・・・どうやって?!』
『どうでもいい事だろう。それより苦しそうなのは蛇の毒にやられたのか?』
『そう・・・この子を守るために・・・。』
『こいつは・・・お前の子だよな?』
『そう・・・双子なのよ。』
『ほぅ・・・。』
兵士達が無言で見詰める中、蛇の腹から出た子供のケルベロスが起き上がった。兵士達に気が付いて唸り声を上げる。
『やめろ。助けてくれた相手だぞ。そのくらいの事は理解しろ。』
男の声に驚いて声の主を見ると、仲間と同じ姿と似た臭いを理解する。だが、言葉は何も言わず、ポチの横をすり抜けて、全く同じ姿の片割れに寄り添った。
『村ではないが人の居る所に連れていってやる。』
『こんなところに人が住んでるの?』
『ここに人がいるだろ。』
『飼われてるのね。そのわりには首輪をしていないけど?』
兵士達はポチの邪魔をしないように、帰る為の準備を始めた。鹿一頭と、大蛇一匹。しかもナカナカの巨体の蛇で、頭の大きさがポチの顔よりも大きい。このままでは持って帰れないので解体して小分けにする。
その間、ポチと他のケルベロス達が何かの話をしているが兵士達は解らない。解らないが、ポチと兵士達が帰ろうとすると付いてくる事から、何かを言ったのだと思う。おもうが・・・。
「流石に太郎殿が驚くのでは?」
「太郎がこんな事で驚いたりはしないぞ。むしろ心配して解毒のポーションを持ってくるんじゃないかな。」
「なるほどねぇ・・・。」




