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第98話 マリアとグレッグ (3)

「意外と遅かったわね。」


 それはギルドから送られてきた報告書である。

 キンダース商会からの情報で、あの騒動が収まってから送られてきたので、夕食後の日没過ぎにギルド職員が息を荒くして直接持ってきたのだった。

 グレッグは手紙を受け取っても中身を見るようなことはせず、自分の上司にそのまま手渡している。


「・・・ふーん。」


 マリアの反応はある程度予想を超えていなかったようだが、正確な死者数は不明というのと、将軍二名が死亡したのは少し驚いていた。


「やっぱりあの国はだいぶ兵力が弱まっているわね。たかがピュールだけでこんなに被害を出すなんて。」


 城の崩壊や貴族達の邸宅が幾つも破壊された事も報告書には書いてある。太郎には興味の無い世界だが、貴族の家柄や名前などを事細かく書いてあるのだ。死亡した兵士の数が不明なのはそこに知り合いがいない所為である。


「昔から貿易で財力を蓄えていたから、今でもその貯蓄はある筈なのだけど・・・。」


 マリアにとって謎なのはキンダース商会に国が多額の借入金が発生している事だ。もちろん都合の良い事なのだが、ハンハルトが崩壊すると三国のバランスが崩れる可能性もある。コルドーはマリアの一存でどうにでもなるから問題はないし、ガーデンブルクに対しても様々な支援をさせているから、両国の関係は良好だ。


「魔王国はどうするかしらね・・・こっちとは仲が悪いけど、あっちとはそれほど不仲ではないし・・・。」


 ハンハルトを金銭面において掌握する事を計画していたマリアがキンダースを使って長い年月を掛けてじっくりと侵食していく予定は、数十年早く成功しそうな勢いだ。


「大騒ぎになったんですか?」


 グレッグの心配は当然の事だろう。


「まあ・・・それなりになったんじゃないかしらね。」

「そんなに暴れたのですか?」


 グレッグがマリアから受け取った報告書に目を通すと溜息が出た。


「将軍二名死亡って・・・これだけでかなりの大事件じゃないですか。」

「まぁ・・・私たちの所為ではないから。」


 と、他人事の様に言う。


「あんまりハンハルトの国力が低くなると海の向こうから攻められませんか?」

「ボルドルト帝国ね。あの国は確かに軍事に力を入れているのだけれど、軍人の仕事と言えば海の魔物と戦うぐらいだし。」

「シードラゴンと戦えないのに海軍力を名乗るのも不思議な話です。」

「アレは特殊な例だから仕方ないのよ。シードラゴンを倒すのが目標なのは当然として、最終目標は海を制圧して他国を侵略する事だから。」

「シードラゴンがいなければ可能でしょうけど・・・。」

「シードラゴンと何らかの関係を作れば不可能ではないでしょう。それに、態々シードラゴンがハンハルトの近海で暴れまわっていた理由も不明だし。」


 簡単に言っているがシードラゴンと関係を持つというのは至難の業だ。ドラゴンですら積極的に関わろうとはしない海の最強生物である。


「その、暴れまわっていた理由をご存じだったのですか?」

「流石に知らないわ。シードラゴンに知り合いはいないし、海以外で出会う事はないし。利用するにしても条件が限られるから使うにもちょっとね。」


 謎が深まる。

 俺の上官は一体どこで何をしたらこんな言葉が言えるようになるのか。

 本当に不思議だ。

 グレッグは未だマリアの正体が魔女であることに気が付いていない。

 そんな事を気にもしないマリアはいつも通りで、部下に優しく、時に厳しく、美しいだけでなく、その戦闘能力も一級品なのだから、憧れ以上の感情もある。ただ、それを口に出すのに、勇者として目覚めるよりも苦労をする事になるだろう。


「ピュールはもう少し賢いと思っていたのだけれど、これだけ暴れたぐらいだから目的のモノを見付けた可能性は高いわね。」

「世界樹ですか・・・。」


 無言で肯く。


「被害が止まった後は誰かと戦っていた様な事も報告にあるでしょう?」

「・・・ありますね。」

「あの国で有名な人って誰かいる?」

「冒険者とか有名人は詳しくなくて・・・すみません。調べましょうか?」

「そこまでする必要はないわ。」

「ところで、報告書を見る限りだと、ドラゴンによる破壊行為は書かれてますけど、勝ったのか負けたのかハッキリしませんね。」


 マリアは目を大きく開いてグレッグを見た。


「そう。まさしくそれ。」

「不思議な魔法でドラゴンの炎を防いだとも有りますが、そんな不思議に思うほど珍しい魔法って何でしょうか?」


 マリアは腕組みをしようとして途中でやめ、デスクにある冷めた紅茶を飲みつつ考える。記憶があやふやで昔なのか最近なのか分からないが、記憶に該当するものを見付けた。

「組手魔法じゃないかしら。」

「くみ・・・て?」

「あら、あなたにも教えた事なかったかしらね?」

「魔法は苦手なので・・・でも、教わっていなかったと思います。」

「実戦で使えるほどの組手魔法なんて今時見れないから。そうかも?」


 自然な動作で人差し指を唇の端に当てて首をかしげる。


「そんなに珍しいのですか?」

「スズキタ一族の秘術って言われていた時代があったくらいだし、発動するにもかなりの訓練が必要なのよ。何しろマナコントロールがかなり難しくて、人数が増えるほど難易度は高くなるの。」

「組手って、魔法を使うのに一人ではなく複数人で使用する魔法と言う事ですか。」

「そう、多くなればなるほど強力なのよ。」

「そんな魔法が使えるのならハンハルトも侮れませんね。」

「心配するほどの事てもないわ。」

「どうしてですか?」

「組手魔法は攻撃を防ぐために作られた魔法だからよ。」

「それを攻撃に転用する気になったらとんでもない魔法になりませんか。」

「なるでしょうけど、私には使えないし、使えたとしても、コントロールが難しすぎで暴発や失敗した時の反動が怖いわ。」

「俺達に教える事って可能なんですか?」

「興味が向かなかった事も有って今の私には教えられないわねぇ・・・。知りたいのなら調べても良いのだけれど、その資料がどこに在るのかは知らないのよ。まぁ、今回の件で本当に組手魔法が使われていたのだとしたら、ハンハルトに資料が残っているのは間違いないわね。」

「実戦で役に立ちますかね?」

「それこそ一人では立ち向かえないような凶悪な魔物でも現れれば別だけど、防ぐだけじゃ意味はないわ。追い払うことは出来ても脅威に対して先延ばしにするだけにしかならないから。」

「それだけでも十分有用な気はします。」

「有用なのは認めるわ。」


 結局、マリアが興味を示さないので組手魔法についてはグレッグが個人的に調べる事となった。しかし、マリアが言う様に役に立つかどうかは分からない謎の魔法なので、個人の魔力を鍛えた方が役に立つだろう。資料自体がハンハルトの図書館にある為に、読む事は可能だとしても、持ち出すのは不可能に近い。ハンハルトが国としての維持が不可能になれば手に入れられる可能性は有るが、そこまでして特に必要となる魔法でもないようだった。


「組手魔法に興味を示すのは構わないのだけれど、グレッグはマナのコントロールがもっと上手くならないとそれ以前の問題だからね。」

「は、はい。頑張ります。」


 緊張して応じるグレッグにマリアの笑顔は眩しかった。




 報告書が届いてから四日後。マリアはいつもの執務室ではなく、自宅の部屋で来訪者の相手をしていた。仕事ではないので私服なのだが、傍に居るグレッグはいつも通りの軍人服である。


「やっと来たわね。」

「ちょっと面倒な事になってな・・・空を飛ぶと碌な事がない。」

「あぁ、誰か他のドラゴンにでも見られたの?」


 ちょっとした言葉で見抜いてしまうマリアに驚くが、高高度の夜空を飛ぶドラゴンを発見できる種族と言えば数えるほどしかいない。少し考えれば気が付く事なのだが、やはり経験が浅すぎる。直ぐ、表情に出てしまうのだ。


「・・・約束の報酬は?」

「ちょっと暴れ過ぎたけど、ちゃんと用意してあるわ。」


 グレッグが小さな宝箱を持っていて、その中には金塊が一つ入っていた。未加工の素材そのままなのだが、ピュールは何故かその方が財宝らしくて好きなようだ。

 箱を受け取ると中身をじっくりと見る。


「で、あなた誰と戦ったの?」

「言わなくても分かってるんだろう?」

「ある程度はね。でも、その報告義務があなたに有るのよ。」


 ピュールはここに来る間に何度も考えていた。

 何と答えればこの魔女は納得するのか?

 そしてひねり出した答えを言う。


「俺にはそれが世界樹かどうかは分からないな。軍隊は蹴散らしたが、なかなかの腕の男がいてな。」


 報告書に無い事をいきなり言ったのでマリアの方が少し驚いた。ここまではっきりと言うとは思っていなかったので、態度を見て推察するつもりだったのだから。


「そんなにすごい腕の持ち主だったの?」

「剣術はたいした事なかったかもしれんが、俺の身体を切り裂かれた。」


 グレッグはその腕の持ち主についてすぐに気が付いた。あの男だ・・・。ならばそばに小さな子供も居た筈だと。


「そいつの傍に子供はいなかったか?」

「あぁ、居たぞ。三人ぐらいな。」


 マギの妹と、奴隷の猫獣人と、世界樹の三人だが、あえて言う必要はない。


「三人?」

「そうだ。それのどれかが世界樹なのか?」

「そのはずだが・・・。」

「どれと言われても俺には区別がつかないし、詳しく教えてもらってもいない。」

「少女の姿だっただろう?」

「少女と言えば・・・そうだろうな。子供なんてみんな同じに見える。」


 そう言われてしまうとそれ以上問い詰める手段を失ったグレッグが引き下がると、マリアが変わって質問する。


「魔法は?」


 腕を組んでマリアを視線から逸らす。


「軍隊のやつらが不思議な防御魔法を使っていたな。」

「・・・そうじゃなくて、そこに居た少女は魔法を使わなかった?」

「使ったかもしれんが、鬼人族にも邪魔されてたんでな。」

「鬼人族なんてこっちの大陸にいたの?」

「俺だってこっちでは初めて見たぞ。信じられないなら俺が言う意味はないだろ。」

「・・・確かにあなたの言うとおりね。」


 マリアはもっと世界樹が出しゃばってくると思っていたがそうでもなかったようだ。これではピュールを目撃者として扱うには正確性に欠ける。それに、嘘を付いている様子もなく、実際に見たとしても、それが世界樹であるか判断させる情報を伝えなかったのはマリアの失態だったかもしれない。


 少し考えて、深い息を吐き出す。


「いいわ、また何か頼む事も有るでしょうけど、その時もよろしくね。」

「・・・暇だったらな。」


 そう言い残して立ち去った。


 この問答の後、すべての事情を知っている者がピュールを評価するとしたら、「上出来」と答えただろう。ある意味、彼は頑張ったのだが、何故、誰の為に、という疑問が残る。

 その疑問を解消するにはまだ長い年月が必要だった。






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