第99話 商人の町、再び
「太郎さんはこの町に来た事が有るんですか?」
「一度だけね。」
その時のスーは太郎の言っている意味に気が付かなかった。気が付く時間も与えられず、スーとジェームスがハンハルトと魔王国の共同警備隊の検問を受けたからだ。
荷物は殆ど無く、魔王国への移動が目的だという事を告げると、滞在日数を確認された。視線が俺に集まる。
「一泊で良いですよ。明日の朝には発ちましょう。」
兵士の指示で馬車を移動させ、馬を専用の小屋に預ける。町は太郎が来た時よりも建物が多くなっていて、店も幾つか増えていた。しかし、予定通りとはいかないものである。
「ダメでしたねー。」
「貴族が避難しに来てるんだから宿は埋まるだろうなぁ。諦めて馬車で寝ようか。」
太郎がジェームスとスーにそういう話をしている時に後ろから声を掛けられた。何故か周りにいる兵士達が直立不動になるのを見て、不思議に思ってジェームスを見ると、こちらも驚いているようだ。
振り返ると見覚えの有る人なので挨拶をするべきなのだろうが、その前にスーが会話を始めた。
「ダンダイル様じゃないですかー・・・もしかしてフーリン様も?」
「待ちきれなくてこの町まで来たんだが・・・。」
「どうかしたんですか?」
「不貞腐れて酒飲んで寝てる。」
「・・・ぇ?」
何処からともなくトコトコとマナがやって来た。どこ行ってたの?
「あー、あの子ったらまだ子供なんだからー。」
フーリンさんレベルの人を子供扱い出来る人なんてマナだけだよ。
「理由も話してくれないのですよ。無理矢理に腕を引っ張られてダリスの町から連れてこられたんです。本当はもう少し忍んでいるつもりだったんだが・・・。」
「周りにバレまくってますね。」
「ハンハルトには伝令を送っているから問題は無いと思う。・・・思いたい。一応中立の町だし、誰が来ても問題ない事になっているからな。」
魔王国から派遣されている兵士だけではなく、ハンハルトの兵士も緊張した面持ちでこちらを見ていて、周囲の空気にも異様な雰囲気が伝わっていた。
「ただ、タイミングは良かったようでな、避難してきた貴族達が宿を取り合って揉め事を起こしたり、宿を失った冒険者同士のイザコザが多くて、警備の人数が足りなくなっていたらしい。」
「ダンダイルさん達はいつ来たんですか?」
「昨日だ。」
「それじゃあ余計に宿が不足したんじゃないですか?」
「砂をベッドに満天の星空を眺めて寝るのもロマンチックだろう。」
「俺は遠慮したいです。」
「冗談だ。宿はちゃんと確保してある。ハンハルトの有力貴族を宿から追い出すと問題が有るので、その護衛の方に辞退してもらった。」
「ベッドは足りませんね。」
いつの間にかダンダイルの肩に座っているマナがダンダイルの頭を叩く。それを見て周囲の空気が固まってゆくのが良く分かる。分かるだけにそういうのはもうちょっと考えて行動してほしいモノだが、マナには言うだけ無駄かな。
「フーリンは何処なの?」
「それでしたら宿で酒樽を抱いています。」
「行きましょ。」
「そうしましょう。太郎君達もついてきなさい。」
太郎がエカテリーナの手を握って歩き出す。この子にとってこの町は初めてだ。知らない人ばかりだと怖いだろうと思って、自然と手を握っていた。太郎の傍にはポチがぴったりとくっ付いて歩き、その後ろにスーとジェームスが歩く。
「こうして近くで見るのは初めてだが、本当に将軍になったんだな・・・。元魔王なのに。」
ダンダイル魔王国と呼ばれていた時代が有るのを知っているが、それはジェームスが生まれるよりもはるか昔の時代だ。記憶ではなく記録に残る重要人物なのだ。
「実際に見た事が有るのはやっぱり勇者の依頼の件ですかー。それにしても何でも詳しいですね、ダンダイル様が将軍になったのは最近ですけど。」
「そんな大事件がギルドで聞かない訳がないだろう。」
「あぁ、それもそうですねー。」
一行が向かったのは町の外れにある2階建ての宿屋で、あの時の宿屋とは違う。部屋数が多く、一部屋を三交代で使う兵士達のほかにも部屋が余っていた。ちなみにダンダイルも兵士達に混ざって寝ようとしたが兵士の方が全力で遠慮したので一部屋を使っている。フーリンはベッドが二つある大きな部屋を一人で使っているのだが、遠慮どころか怖くて誰も近寄っていないらしい。
それにしてもこの宿屋は何と・・・風呂場がある!
10人が同時に使うと狭く感じる程度だが、近くに井戸と、湯を沸かす為の薪が有る。そうなると当然だが、身体や頭を洗いたい。
「俺も一緒に来てしまったが、良かったのか?」
「俺が雇っているんだから大丈夫ですよ。」
「そ、そうか。」
知っている者ならばダンダイルの近くに立っているのも遠慮したいのだろう。それほど恐れられた男だった筈なのだが、その男の肩にはあの少女が乗っていて、話しかけるたびにぺちぺちと頭を叩いている。・・・叩くのが癖になってないか?
ダンダイルとマナがフーリンの部屋に入って何かの話をしている時、宿の主人に風呂を使って良いかと訊ねると、意外な程好条件の回答を得られた。
「お客さんが用意してくれるんでしたらいつ使っても良いですよ。女性客用に作ったのだけど利用されることが殆ど無くて。」
残念そうに語る宿の主人にポチについても許可を貰うと、たいした荷物も無いのでそのまま風呂場へ向かう。風呂に入ろうとすれば当然のようにエカテリーナは付いてくる。スーも付いてくる。
ジェームスはその三人を見て足を止める。
「俺は他の兵士達と一緒に入るから先に使ってくれ。」
「もしかしてジェームスさんも魔法でお湯を作れるんですか?」
「・・・そんな魔法があったら教えて欲しいモノだ。」
暫くして身体から湯気をのぼらせながら歩いている俺達を見て一番驚いていたのは宿屋の主人だった。他の兵士達も使いたかったが湯を張るのがとにかく面倒で、誰もやりたがらないとのこと。この宿にいる兵士の数人は太郎の事を知っていて、話しかけられたので風呂場が使える事を伝えたのだ。
休憩している兵士達が交代で使うと風呂場の湯が真っ黒になった。お湯を張りなおすと歓声が上がる。兵士達の前で神気魔法を使うのは初めてだ。
「普通は驚きますよー?」
スーに言われるまで完全に忘れていた。あまりにも兵士達が喜ぶので面白がってお湯を何度も作って遊んでいたのだった。男がいっぱい居る所で、エカテリーナは遠慮するというより少し怖がって近付いてこないが、風呂場で皆が全裸なので来て欲しくはない。
ポチとエカテリーナの事をスーに任せ、さっぱりとした男達に囲まれて感謝されながら食事をしていると、フーリンとダンダイルが並んでやってきた。マナは珍しくスーの方へ行き、ジェームスは遠慮して別のテーブルで一人で食べている。
「ハンハルトでは苦労していたようだな。」
太郎に近寄る二人の姿に、周りの兵士が立ち上がって直ぐに移動していくと、空いた席にフーリンとダンダイルが座る。テーブルには新しい料理が並べられる。
「太郎君に風呂の用意をして貰えるとは贅沢だな。」
使用した魔法を理解しているダンダイルの発言である。超稀有な魔法を日常の家庭的な用事で使用するなど信じられないのだ。左にダンダイル、右にフーリンという、ジェームスからしたら緊張で嘔吐するレベルの相手に話しかけられて会話は始まる。
「世界樹様も色々と影響を受けているようね。」
部屋で何を話したのかは不明だがスッキリした表情なので解決したのだろう。酒樽を抱えて不貞寝していたとは思えないほど晴れやかだ。
「それにしても色々と巻き込まれたみたいね。」
そう言ってからパンを齧る。肉も焼き立てで湯気が見えるし、サラダも新鮮で艶々だ。温かいスープをスプーンで掬って飲むと、視線をこちらに向ける。
説明が欲しいという事だろう。
「ガーデンブルクは何処をどう歩いたかなんてほとんど覚えてないんですよ・・・。マナを捜すのと疲労で思考が一つにしか向かってなかったですから。」
「世界樹様はいきなり太郎君に助けられたから詳しいことは解らないけど魔女に連れてかれてどうにかされるかもしれなかったと言っていたが。」
「俺が助けた時は黒焦げでしたから。」
「それで魔女と戦ったとか。」
「戦ったのはマナで俺は直接戦った訳じゃないですけど、目の前で勇者が覚醒するのを見ました。」
太郎はその後についても続けて説明し、グリフォンや妖狐の事も話した。二人は話を聞きながら食事を続け、終わる頃に太郎の説明話も終わった。
「かなり貴重な経験ばかりだ。敵を知り、味方を作り、仲間も増えたようだし。」
「仲間を作る才能については俺よりマナの方ですけどね。」
「才能と言えば太郎君の魔法には変化があったかね?」
「水がほぼ無制限に出るようになりました。」
「・・・凄いのは凄いんだがなんか地味だな。」
「もっと生活の役に立つ水の方がありがたいんですけど、なかなか上手く出来ないんですよね。」
「向き不向きが有るから、それは仕方ない。」
魔法の話で魔法とは関係のない方向を思い出す。
「あ、そういえば、ジェームスさんもスズキタ一族の子孫らしいです。」
「あの隅っこのテーブルにいる男かね?」
「そうです。」
「あの男の活躍は知っているが、一族の子孫だとはな。」
「なんでも薄くなっているとは言ってましたけど、そういう理由なら他にも存在するんじゃないですかね?」
「あの火の海を逃げ延びたって・・・私は一人も残っていないと思っていたのだけれど、生き残れたのね。気が付いていれば助けてあげられたのに。」
少し寂しそうな表情をしたので話題を変える。
「それにしても、元の世界樹の有った場所ってここから近いんですね。」
「近いと言っても徒歩なら20日以上かかる山奥の窪地にある森の中だ。道も整備されているわけではないから、獣道と変わらんぞ。」
飛べば数日も掛からないだろうが、移動に魔法で飛んで行くというのは、一般的には考えない。基本的には馬を利用するか、体力に自信があれば走ったりもする。
「それにあんまり歩き回っているともっと面倒な事に巻き込まれそうです。」
「まぁ、魔女には気付かれているだろうが、世界樹が復活したと言ってもまだ誰も信じないだろう。特にドラゴン達は自分達が焼き尽くしたと信じているから暫くは大丈夫だと思う。」
「魔女が来ませんかね?」
「それを気にしていたら世界の何処にいても不安になるだろう。」
「そうなんですよ。それなんです。」
「なんだ、太郎君は解ってて言ったのか。」
「今はマリアって魔女が一人だけなんですけど、他にも沢山の魔女がいたらどうやってマナを守ればいいのか分からないですし。」
「勇者はたくさん見てきたが魔女は知らないな・・・確かにもっと存在していても不思議はないのだがな。」
「世界樹様の話を聞く限りだとガーデンブルクで軍人をやっているみたいだけど、何が目的なのかしらね?」
「偶然なのかは分かりませんけど、俺が戦って殺してしまったと思った男が目の前で生き返りました。なので今は魔女と勇者が一緒に活動してると思いますよ。」
「なにそれ、恐い。」
「そうか・・・太郎君は世界樹様の為なら人を殺せるって事か。」
ダンダイルにそう言われたので太郎は少し思い出してしまった。
「あんまり気持ちの良いもんじゃないですけどね。」
「必要な事だ・・・しかし、魔女がガーデンブルクで軍人をしているというのは大問題だぞ。しかも勇者か・・・。」
軍事的な事を一任されているダンダイルとしては今までで最大級の重要な情報だった。太郎はかなり気軽な感じで言っているが、この情報を軍事会議で話題にすれば大慌てになるだろう。
情報を整理しようと腕を組んで考えこむダンダイルが、太郎の言葉を思い出す。
「今さっき、目の前で生き返った・・・と言ったな?」
「そうです。身体が消えたと思ったら全裸で現れたんですよ。少し離れた場所でしたけど、目で見える範囲でした。」
「勇者の復活条件は長年の謎だったのだが、そんな近くで復活したという話は初めて聞いたな。」
「嘘じゃないですよ?」
「太郎君の事を嘘だと言っている訳では無いし、信用はしているつもりだ。だが目の前で復活したらすぐに反撃されなかったのかね?」
「復活すると全裸でした。身体だけが移動するみたいで服とかはそのまま移動せずに残ってましたので、マナがその隙に逃げようって言って逃げたんです。」
ダンダイルは過去に何度か勇者を撃退していて、息の根を止めた事も有るが、目の前での復活を見た経験はない。もしそんな事が起きていたら、今頃自分は生きていないかもしれないのだから。
「そんな事が有るのなら、やはり吹き飛ばすのが正解だな。本当に勇者とは厄介な存在だ。」
その後も色々と話をしたが、話題はコロコロと変わり、魔物の対処法や、戦い方、特にグリフォンの話は二人とも興味深く話を聞いた。グリフォンというのはこの世界で唯一の存在で、二人とも話として知っているだけで見た事は無いと言う。特に世界樹が不在だった間は魔王国の外へ移動する事が殆ど無かったという事だし、今の様に精力的に活動するのも世界樹が再び二人の前に現れたからで、そうでなかったら引き籠りに近い生活をしていたと断言する。そんな事を断言してほしくは無い。
強ければ強いなりの悩みが有るのだというが、今の俺には分かりそうで理解が及ばなかった。




