アナザーサバイバー
全てが終わったあと、ユリシーズはアングレカムとスマイル、ふたりの応急処置をした。
スマイルはうなだれたまま椅子に座している。彼女の両手両膝は血が滲んだ包帯に包まれている。完全に気絶していた。
アングレカムも右肩と右足に止血パッドと包帯を巻いている。彼女はユリシーズの肩に腕をまわし、支えられて立ち上がる。少しよろけた。
「あ、大丈夫?」
ユリシーズが彼女の体を押さえた。アングレカムは力なく頷く。
「血を流しすぎた……ふらふらする」
「頑張って、地上に出れば大丈夫だから」
声をかけた少年はエレベーターに向かおうとして、もう一度男の死体と気絶したままの少女を見比べた。強い血の臭いがあたりには満ちていて、墓地にも似た凍えるような静寂だけがそこにあった。
「……本当にいいのか? 殺しておかなくて」
アングレカムが静かに問いかける。ユリシーズは頷く。
「少なくとも僕は満足した。彼女を殺したって、父さんや、母さんや、エレノアが帰ってくるわけじゃない。むしろアンジィは納得してくれるのか、僕のほうこそ不安だよ」
「……私は構わない。奴はもう半分死んでるようなものだ」
「でも、半分生きている。もしかしたら地上から助けが来て一命をとりとめるかもしれない。それが地上での何十年、何百年後かはわからないけど……」
ふたりは歩きだした。エレベーターに乗り込んで、地上へのボタンを押すと、速やかに扉は閉まった。
床の振動を感じながらふたりは壁によりかかり、座り込む。アナウンスが、時間の遅延が回復していくのを淡々と伝えていく。
無言だった。
ユリシーズの頭の中で、今までの旅のできごとが次々と浮かんでは消えていく。
宇宙船内での惨劇、ひとり脱出艇に乗っての漂着、アングレカムとの出会い、戦い、戦い、無数の死体、人々の悪意、狂気、恐怖、残酷さ……それら全てが懐かしく、愛おしく思えた。
「……でもやっぱり、気分悪いな。胸がムカムカするし、なんだかいらつく……」
そう呟いたときだった、彼がアングレカムの異変に気がついたのは。
彼女は体を丸め、ガタガタと震えていた。奥歯はカチカチと鳴り、呼吸は浅く、顔面は蒼白。唇は紫色に変色し、金の瞳はどこかわからないところを見ている。
「アンジィ、どうしたの!?」
「寒い……寒い……」
少年はその言葉に、彼女が失血性ショックになりかけていることを知った。彼は彼女のポーチから止血剤の注射器を取り出すと、すべて彼女に打ち込む。
「死んじゃダメだ! やっと終わったんだ! これからが僕たちの始まりなんだよ!」
「寒い……ユーリィ、助けて……!」
ユリシーズは彼女の体を抱きかかえ、ふたりの体をマントで包んだ。彼女の傷を圧迫し、首筋を押さえて体温を保たせようとする。彼女の体は、ぞっとするほど冷たかった。
「もうキミは人を殺さなくていいんだ……! こんなところで終わっちゃダメだ! アンジィ、キミは――」
「――たすけて、ユリシーズ……」
アングレカムの声に、ユリシーズはハッとした。彼は唐突に理解した。頭の中が真っ白になって、強い悲しみと後悔が胸に押し寄せてきた。少年は歯をくいしばって眉根を寄せる。目元から、熱い涙がひとすじ落ちる。
「そうか。アンジィ、キミは……そうだったのか……ごめん、アングレカム」
ユリシーズは、アングレカムを強く抱きすくめた。エレベーターの静かな唸り声だけが、彼らの世界を包んでいた。
暗黒の空と屑鉄の大地の真ん中に、一機の小型宇宙船が墜落している。大気圏突入用の翼の片方が大きくへし折れ、腹から火を噴いている。先端は地面に埋まっていて、もう二度と飛び立てないことはあきらかだった。
不意に宇宙船側面のエアロックが音を立ててスライドし、中から簡易宇宙服を着たひとりの人間が現れる。その人物は地面に着地すると、自分の体重を支えきれずに転げた。
鉄錆まみれになったヘルメットの下で荒い呼吸を整える。体を起こし、ヘルメットの内側に表示される大気組成を確認すると、少しだけ安心したように息をついた。
立ち上がって周囲を見渡す。荒涼とした薄暗い世界に、自分の乗ってきたもの以外の宇宙船の姿が見えず、肩を落とす。腕に巻かれたデバイスをいじって現在位置を確認する。
惑星名称、登録なし。
宙域座標、登録なし。
人間の生存、データ不足により判断不能。
他惑星への通信、不可。
「そんな……嘘」
足から力が抜け、その場にへたり込んだ。しばらくして、おもむろに両手でヘルメットを外す。
顕になった顔は少女だった。長い金髪が宇宙服に巻き込まれてこんもりしていて、大きな瞳には涙が浮かんでいる。細くかたちのいい眉はハの字になって、頬は紅潮し、唇は震えていた。
「そんな、やだよ……お父さま、お母さま……! お兄さま……! みんないないの……? やだよ……たすけて……! 誰かたすけて……!」
少女は体を丸め、大声をあげて泣き崩れる。
慟哭は、荒野の冷たい風に、いとも簡単にかき消された。
「――きみ、大丈夫かい!」
耳に若い男の声が飛び込んで、少女は泣きじゃくりながら顔をあげた。滲んだ視界の向こうに見えたのは、歩行トラックから飛び降りる青年の姿だった。ガスマスクを首から下げ、マントを身につけている。
「あ……あ……」
少女は声が出なかった。青年は彼女のそばにかけより、そして宇宙船を眺めて顔をしかめる。
「こりゃひどい、他に生きてる人はいないかな。きみ、怪我はないか?」
「あ、わ、わたしは……」
青年は少女を見て悲しげに目を細め、その背を優しくさする。
「……大丈夫、安心していいよ。立てるかな?」
少女は首を振った。すると青年は彼女を抱きかかえる。
「えっ!? あ、あの――」
「ここに長居しちゃマズい。宇宙船のパーツ狙いの無法者がぞくぞく集まってくるんだ。僕のところに来なよ、助けてあげる。きみ、名前は?」
「え、な、名前?」
「うん、僕はマルキス。姓は無い」青年は言った。
「わ……私はエレノア。エレノア・ヴィクトル・ハルトマンです」




