ユリシーズ 対 スマイル
「……終わったね」
ユリシーズがスマイルに向きなおった。スマイルはどこか楽しそうな顔でうなずいた。
「パパ、死んじゃった。残念」
「……悲しくないの?」
「悲しいよ。でもユーリィとあの人はパパが死んで嬉しいんでしょう? それにパパも死ぬ直前に笑ってた。みんな笑顔、幸せがたくさんだよ!」
スマイルは声をあげて笑おうとして傷の痛みにうめいた。荒い呼吸を聞きながら、ユリシーズは悲しげに目を伏せる。
「キミはほんとうに、他人の笑顔のためならなんだってするんだね」
少年の軽蔑に彼女は気づかない。
「そうだよ。だって私はスマイルだもん」
スマイルはにっこり笑って両手を広げた。
「ほら、ユーリィ、いいよ。私を殺して?」
ユリシーズは彼女を見下ろす。満面の笑みの向こう、瞳の奥に狂気の光が輝いている。
「……なんだって、そう死にたがるんだ……おまえが殺した人間は、誰も死にたくなんてなかったはずだ。おまえだけ死にたいときに死のうだなんて、どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ!」
少年は怒鳴った。広大な空間に声が響き渡る。彼は片手の銃を座ったままの少女に向けた。
「じゃあ殺さないの? ユーリィは今まで何のために旅をしてきたの? 私を殺して、殺人の快楽に酔いしれるためでしょう? 天国の家族もそれを望んでいるよ? それとも……私に射精して情が移った?」
挑発的に口端を吊り上げる少女。少年には、彼女が自分を殺させるためにそうしているのがはっきりわかった。彼は怒りと憎悪に顔を歪め、奥歯を鳴らす。銃を撃てば確実にスマイルは死ぬ。しかしそれは彼女への敗北だった。
「殺せぇええッ! ユーリィイッ!」
アングレカムの怒声だった。彼女も苦痛と血にまみれて、怒りに瞳を燃やしている。
「私たちは今までどうして生きていたッ! そいつを殺すためだッ! そいつを殺すために何人巻き込んだ!? そいつを殺せば、そいつに殺された奴らも喜ぶ! 殺せ、殺せ! 殺せええ!」
「そうだよ! 私はたくさんの人に恨まれてるから、私を殺せばみんな笑顔になるよ! さぁ、殺して、ユーリィ! ユリシーズ・ヴィクトル・ハルトマン!」
スマイルとアングレカムの殺意の合唱。ユリシーズはその真ん中で、銃を片手に激しい衝動と戦っていた。
少年は銃を少女に向けた。少女は歓喜する。女は凶暴な言葉を投げかける。ユリシーズは、決断した。
「僕は、僕は殺さない!」
叫びに、ふたりは静まりかえる。スマイルは落胆してため息をつき、アングレカムは失望に絶句していた。
「ふざけるな……ユリシーズ……!」
アングレカムは床に左手をついて立ち上がろうとする。彼女の右足から血が溢れ、彼女は激痛にすっ転ぶ。だがアングレカムの目は一瞬たりともスマイルから離れない。
「おまえが殺さないなら、私が殺す!」
「――だけど、生かしもしない!」
ユリシーズが叫んだ。ふたりが疑問の表情をした直後、銃声が起こった。
「痛あッ!?」
スマイルの右の膝頭が大きくえぐれていた。ドレスのスカートが真っ赤に染まり、綺麗な足を多量の血が滴る。
もう一度銃声があった。今度は左の膝が破壊された。
「いだあぁああ! いだ、いだい……いだい!」
「膝を壊した。もう、キミは一生立てないよ」
「ひぐ、なんで、えっぐ、なんで、ぞんな……!?」
滂沱の涙を流しながら椅子の上で体を丸め、スマイルはうめく。
「……ダメだ、笑顔になんかなれないよ、こんなの」
ユリシーズはそう言って目を伏せ、スマイルに背を向けた。そしてアングレカムに歩み寄り、彼女のそばに屈み込む。
「応急処置するから、ちょっと我慢してね」
「ユーリィ、おまえ……」
「僕は彼女を殺さない。だけど生かしもしない。運が良ければ、誰かに助けてもらえるかもね……ああ、ちょっと待って」
少年は淡々と語りながら、アングレカムのサバイバルナイフを抜く。そしてスマイルのところへ戻った。
「指があると床を操って逃げちゃうかもしれない」
その言葉に、スマイルは恐怖に目を見開く。彼女は青ざめ、唇を震わせながらかすかな声を漏らす。
「や……やめ……許して……おねがい……」
「いやだ」
少女の絶叫に、アングレカムは目を背けた。




