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被害者の権利

 アングレカムとユリシーズは四つの夜を荒野で過ごし、五つ目の昼にラジオ局がある町を見下ろす丘へとたどり着いた。途中、彼らは丘のふもとでカラカラに乾いた、顔と手足とお腹の中身が無い子供の死体が捨てられているのを見つけると、そのあまりの哀れさに足をとめ、危険をおかして火葬してやった。

 鉄片と金属棒で組んだやぐらの中で燃える死体は、黒い煙となって、空に渦巻く黒雲へと溶け込んでいく。燃えて空気中に飛散した脂が唇でベタつき、ユリシーズはそれを舐めた。死の味がした。

 火がある程度おさまると、棒で叩いて完全に消してから、ふたりは丘を越えて目的の町へと向かった。しかし、町の入り口付近には分厚い人だかりができていて、ふたりが町に入ることはできなかった。

 ユリシーズは、近くにいた、くたびれた印象の女性をつかまえて訊いた。

「この人だかりはなんですか?」

「あんたらもそうだろ。このあいだの、スマイルとかいう人の放送を聞いて集まった奴らだよ。町から溢れてる」

「そんな、こんなにたくさん」

 ユリシーズは背伸びする。人の壁の果ては見えない。

 女性は憎々しげにユリシーズを見下ろした。

「あんたたちのせいで、もともと住んでた私たちは追い出されちまった! このクズどもめ、消えちまえ!」

 ユリシーズの胸ぐらを掴み、女はわめき出す。周囲の荒くれ者たちが、うるさそうにふたりを見た。アングレカムは黙ったまま手を出さない。

「この人殺しのロクデナシども! おまえらはみんな死んじまえ! 私の家を返してよ!」

「――やめてください!」

 ユリシーズが女の手を振り払い、叫んだ。

「その怒りはスマイル本人に向けるべきものでしょう!? 怒りの矛先を間違えたら、どんなに正論でも、それはいけないことです!」

「このガキ! ごちゃごちゃうるさいんだよ! 家を返せ! 夫を返せ! 子供を返せ――」

「よぉ、おばさん。いいこと教えてやるよ」

 いきなりそばの賞金稼ぎ風の男が女の肩をたたき、振り向いた彼女の首すじにナイフを走らせた。女は一瞬、わけのわからない表情をしていたが、周囲に降りかかる赤い液体が自分の頸動脈から飛び出しているのを理解すると、首すじを押さえてその場に崩れ落ちた。

「こうすりゃ全部解決だ」

「お、おねぇさん!? なんてことするんだ!」

 ユリシーズが女性にかけより、全身に血を浴びながら、タオルで傷口を押さえる。

「アンジィ、止血剤を!」

「おいおいガキ、なんのつもりだ?」

 さっきの男がひじを掻きながらユリシーズを見下ろす。

「俺はおまえを助けてやったんだぜ?」

「だからって、こんなこと……!」

「このクソアマが!」

 新たに別の男が額に青すじを浮かべて怒鳴り込んできた。彼の顔は血に塗れている。

「血で服が汚れたじゃねぇか!」彼は拳銃を手にしていた。

「やめろ!」

 ユリシーズが彼の腕に飛びかかる。そのひょうしに銃の引き金が引かれて、飛び出した銃弾が、まったく関係ない人のふとももに当たって悲鳴があがった。

「てめぇ、何しやがる!」

「ああ!? ンだコラやんのかぁアッ!?」

 あっという間に周囲は怒声と銃弾の飛び交う大混乱の嵐になった。アングレカムはユリシーズの手を引き、身を低くしながら間をすり抜け、町の中へとすべりこむ。

 安全なところまでやってきたふたりは、人のいない路地を見つけて中に入った

ユリシーズはひどくショックを受けた顔で、額を押さえて地べたに座り込んだ。

「そんな……僕、そんなつもりじゃ……」

「気にするな、ユーリィは悪くない」

 アングレカムが憮然として言う。ユリシーズは首を振る。

「いいや、僕のせいだ……僕のせいじゃないなら、誰のせいなんだ」

「あの女のせいだ。まわりが見えていなかった」

「彼女は被害者だ!」

 ユリシーズはアングレカムを見上げて叫んだ。彼女はそんな少年を冷ややかに見下ろす。

「被害者、だからなんだ? 被害者なら加害者を罵倒する権利があるのか? しっぺ返しを食らわない特権でも得たつもりか?」

「そこまで言わなくても……!」

 言いかけて、ユリシーズはハッとした。彼は自分を恥じるように顔を伏せる。アングレカムは彼のその様子に、優しく肩を叩いた。

「私たちも同じだ。誰かを撃てば、必ず誰かから狙われることになる」

「……うん。ごめん、アンジィ。忘れかけてた」

 アングレカムはユリシーズに手を差し伸べる。少年は手をとらず、自ら立ち上がった。

「僕たちのやろうとしていることも、そういうことだった」

 女は満足げにうなずいた。そして踵をかえす。長い黒髪がさらりと舞った。

「行くぞ。この分じゃ宿は絶望的だろうが、水くらいは補充できるはずだ」

 ふたりの体が浮き上がるほどに巨大な地響きが起こったのは、その直後だった。

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