堕ちた翼・その1
「えと、あの、こんにちは…今章からの新キャラ、シキョウと申します」
「え?あ、はい…すいません、辻斬りです。ヒキョウなシキョウとか言われています…自業自得です、はい」
「…大上に勝てる気が全くしない?…頑張ります」
「…はい?スリーサイズ…?」
「斬りますよ」
『大変長らくお待たせしました!会場にお越しの紳士淑女の皆様もテレビの前のお父さんお母さんお兄ちゃんお姉ちゃんお爺ちゃんお婆ちゃんお庭のポチも。これより、第4回『剣舞祭』。ここホンカワゴエアリーナにて開催致します!!』
やたらテンションの高いアナウンスがちょっと耳が痛いぐらいの音量で響き渡る。ちなみに私がいる席からだとこのアナウンスを流している放送席も丸見えなんだけどね。流石VIP席。
『実況は毎年恒例のわたくし、つい先月妹が先に結婚しまして両親からのプレッシャーから目を背けているフリーアナウンサー、精霊界出身鎌鼬のサイス・ウィーズル』
『そしてお隣は特別ゲスト!本日エントリーしていたものの不慮のケガで出場辞退。ホンカワゴエに店を構える「骨董・村雨堂」店主、村雨霧斗氏!今日はわたくし達で実況、解説をさせていただきます。どうかよろしくお願いいたします!』
『どーも』
『うわっはー!仮にも客商売人にも関わらずの愛想の無さ!何だ何だー?「オレの笑顔は妻だけのものだ」とでも言うのかー?このムッツリスケベがぁ!』
『開催早々悪いがこの姉ちゃんブッ飛ばしていいか』
「何なんだ、あのふざけた実況は」
「ふざけているのは貴方も相当だと思いますよ」
参加選手入場目前、控室で用意をしていた俺にウリの冷たい言葉が降り注ぐ。何だよ、俺には女の子にそんな目つきで見下されて喜ぶ趣味は無いんだが。むしろ逆なんだが。
「しかしギリギリで間に合いましたね。茶釜組にウチの新店舗の建築依頼すればオーナーが茶釜組からの代表として剣舞祭に出られるとは言え本当に時間ギリでしたよ」
「相当な無茶させて悪かったな」
いえいえ、と屈託なく笑ってくれるコモドには本当に感謝しか無いな。『星界の皇女』のギルド仲間であり当ギルドが運営する喫茶店『モフモフ』精霊地区店店長、首から上はトカゲでも心は紳士のコモド。今回の件も実に協力的でありがたい。どこぞの陰険細目も見習ってほしいもんだ。まぁ別にフウの野郎の事とは言わないが。
「何を水臭い。長い付き合いじゃないですか。それに元々『モフモフ』はオーナーが立ち上げた店でしょう」
「…最大手ギルドのサブマスターの次は有名喫茶店の創設者なんて。一度本格的に身辺調査した方がいいのでしょうか」
「立ち上げただけで運営は他人任せだ。オーナーと言うより只の言い出しっぺだよ」
「…まぁ、何でもいいですけど」
呆れた様子で深い溜息をつくウリと、そんなウリと俺のやり取りに苦笑いを浮かべるコモド。
そんなくだらないやり取りをしていると剣舞祭スタッフがもうすぐ入場だと声をかけてきた。
「よし、んじゃ行ってくるか」
「すいません、このままセコンドに付きたいところなんですが…」
「お前さんには十分手を貸して貰ったって。今日はこのイベントで店のほうも書き入れ時なんだ、構わず戻りな」
「ええ、大上さんには私が付きますから」
ウリがいても特に何にもならないんだけどな、なんて考えたのが顔に出ていたのか、ギロリと睨みのきいた視線で一瞥された。我ながらこの好感度の低さ。
「ご武運を…と、貴方に言うのもアレなんで、あまりやりすぎないようにしてくださいね」
「大丈夫だ、正当防衛と過剰防衛の境界線はよく知ってる」
「…どういうやり取りですか、これ」
『へいへーい!それでは皆さんお待ちかね!総応募者346名、そこから各ブロックの激しい予選を勝ち抜いた本選出場者の入場です!盛大な拍手でお願いしますっでないと選手のテンションが落ちかねませんので!』
『なぁ、俺ってツッコミとして呼ばれたんじゃないよな』
『さぁ『剣舞祭』本選に駒を進めし猛者達よ…レッツ・入場!』
『否定しろよ』
「何つーアナウンスなのさ」
「あ、は、始まりました…ました…」
「シャコちゃン、ワタシにもポップコーン下さイな」
『剣舞祭』会場ホンカワゴエアリーナ。普段はプロ野球やサッカー、セパタクローに超次元ゲートボールなどの試合が行われている大型会場のとある一等席。まぁチケットは茶釜組負担だけどね。とにかく私達は関係者専用のVIPルームを除けば一番良い席からこうして観戦出来る事になった。
「あ、ようやく選手入場みたい。運営関係者の挨拶とか物凄い睡魔を誘うよね」
「シャルさん、思い切り寝てました…よ?」
「シャコちャん、ポップコーン下さイッてばー」
場内の売店で適当にチョイスしたLLサイズポップコーン(ヨーグルトケバブ味)をボリボリしながら退屈極まりない前置きをウンザリしながら我慢していると、ようやく始まるみたい。さてさて、あの狂犬はどこだろ。参加申請が通ってから予選を無事突破したらしいけど、相変わらず私には何も教えてくれないまま本日に至る。
何故かウリは事情も知ってるみたいだし、今日もアイツと一緒にいるみたいだけどね。…仲良くなった?
『では、予選成績上位者からステージの上にどうぞ!まずは予選成績第1位!バトルロイヤル形式の予選試合ではまさに文字通りの瞬殺!目にも止まらぬ疾風の如き剣捌きで早くも優勝候補筆頭に挙げられるこの人!アルバトロス工具代表、フェザー・マスク!残念ながらプロフィールは秘匿!胡散臭いぞ!』
入場口からまず姿を現したのは意外にも私と同じ位の背格好の、女性だった。肩に鳥の羽を模した飾りを備えた礼服のような衣装に身を包み、黒いマスクで顔は口元しか見えない。
予選1位っていうからどれだけゴツゴツムキムキのモヒカンマッチョが出てくるかと思ったけど、忍の例もあるし体形や種族なんて技術を身に着けていると関係無いのかも?
「おヤ、1位さンは覆面ファイターなんデスね」
「そうみたいだね、普通『剣舞祭』って参加企業はもちろん、代表選手も自分の力量をアピールして売り込みかける目的がほとんどなのに」
「も、もしかして…素性を明かせない事情があるとか、…ですか?」
モプシーの言うような事情を抱えて参加する選手もいるだろうけど、それにしても圧倒的な成績で予選を1位通過するような人が?だとしたらどれだけ疚しいこと抱えてるのさ。
『続いて予選第2位!参加者最多数ブロックで相手選手を全員蹴り倒して予選突破!剣使えやっ!しかもコイツもマスクマンかよナメてんのか今回の剣舞祭は不審者祭かーっ!?建設会社茶釜組代表、モフモフ仮面!』
「あー、喫茶『モフモフ』本日は『剣舞祭』開催記念10%オフになっております。お昼はもちろん、終了後の余韻を胸に是非当店にてごゆるりと今大会についてご談笑頂ければ幸いです」
『はい勝手に宣伝すんなー!』
『何かアイツ見覚えあるんだが』
「ーーっ!!」
「うワッ、シャコちゃん汚っ」
「ゲホッ、ゲホ!」
「あー、あー…あ、あの、ティッシュです、ティッシュ…」
続いて反対側から出てきたのは私達も馴染み深い人気喫茶店『モフモフ』のウェイター制服に身を包んだ男。まぁウェイター服なのはこの際どうでもいいとして。どうでもいいとしてね?
その顔は縁日で200円ぐらいで売られていそうな犬族のお面で隠されていた。そう、あの輪ゴムを耳にひっかけるような、あのプラスチックの安っぽいアレ。
「も、モフモフ仮面…またマスクマンですね…一体どこの忍さん……誰なんでしょう」
「モプシー今ハッキリ答え言ったよね」
「マスター、マスター!頑張っテくださいネー!」
「…頭痛い」
早くも客席がザワザワし始めてる。そりゃそうだ。予選通過トップ2がそろって怪しすぎる。特に2位!「モフモフ安いよお越しくださいにゃー」じゃない!犬のお面でニャーとか言うなキャラブレッブレだよ!
『…以上、本選はこの総勢16名によって行われます!1回戦はこの後13時から開始されますのでトイレや昼食、仕事サボって来たのがバレないように変装など今のうちに済ませておくことをお勧めします!』
『おい、俺はツッコミとして呼ばれたのか』
「し、師範…?あの仮面、って言うかお面男は…」
セコンドとしてついてくれたイーグレットさん、一旦控室に戻ったところで戸惑い気味の様子です。正直私も驚きました、ええ。色々な意味で。
「『あれ』が、『孤狼』…」
「正直、イメージよりずっとヒョロい男でしたね。年の頃だって自分とそう変わらない風でしたし。本当にアレが噂のギルド最強なんですかね」
イーグレットさんがそう思うのも無理は無い。確かについさっき間近で直接見た際に私も似たような印象を受けた。獣人や機械種のような体躯も天族や魔族のような魔力も無い人間種でありながらギルド所属時代にはその異常とも言える強さから今でも伝説になっている存在…。
(あの場で斬りかかったら倒せてしまいそう、とすら思ってしまったぐらいですからね…)
だからこそ、特に殺気も込めずほとんど無意識に腰の刀に手をかけた際……不意にこちらを振り向かれた時は心底恐怖を覚えました。
「強さ」というのは一定のレベルに到達すると自然と当人の佇まい、一挙手一投足に滲み出るのが自然なものです。けど彼にはそれが全く無い。そしてそれが逆に恐ろしい。
「しかしふざけた格好でしたね。流石に自分から『孤狼』とは名乗らないだろうし素性は隠してくるとは予想してましたけど…ああも雑な変装だと、ねぇ」
「…若干毒気を抜かれたのは確かです」
素性を隠すためとは言え、こんな仮装大会のような扮装をして出場していると言うのに…なんですか、当の標的は縁日気分で参加しているんでしょうか。…ちょっぴり腹が立ってきました。
選手紹介も終わり、本戦開始までまだ1時間以上ある。さて、これからどうしようか…などと考え始めたところで無駄に大きな音を立てて控室のドアが開かれ、見覚えのありすぎる金髪サイドテールのシャルトリューのような少女が入ってきた。
「失礼、ここは出場者とその関係者以外立ち入り禁止ですよポンコツ」
「私の事をそう呼ぶのが関係者の証拠だよっ!」
何故かご機嫌斜めな様子のシャル。その後ろには相変わらずオドオドしているモプシーとこちらにヒラヒラと手を振って何やらアピールしているマキナ…は無視していいな。
「いや、そりゃあアンタが本名素顔でこういう目立つ場所に出てくるとは思ってないけどさぁ。…もっと他に無かった?」
「制服は『モフモフ』の予備。お面はパートのおばちゃんのお孫さんからのレンタルだ。元手0だぞ」
「コストパフォーマンスが問題じゃなくてさ!」
「シャル、個室とは言え隣には他の選手の方々が控えてるんですからあまり大声で騒がないように」
「ウリはそうやっていつの間にか何故だかどうしてだかセコンドになってるし!」
「流れでこうなっただけですよ。他意はありません」
シャルの矛先がウリに向かった、よしよし。てか普通にじゃれてるだけだろうけどな、あの2人の場合。噛み付きポンコツが逸れたと思ったら今度は下のほうから袖口を引っ張られる。
「あ、あの…が、頑張って…ください、です」
「マスターマスター、ワタシもセコンドやりタいんデすけド」
「飴ちゃんあげるから大人しくしてろ」
見た目は子供な大人と見た目は大人な子供にそれぞれポケットから飴玉を1つずつ渡してやる。開会挨拶や宣誓など退屈だろうと思って用意しておいたのがこんな所で使う事になるとは…。
「わたし、20歳過ぎなんですけど…」
「食べサせテはモらえませンカ?」
飴玉がとても似合うのに不服そうなモプシーの頭をポフポフし、あーん、と口を開けて何かを期待するマキナは無視。すると思い出した!と突然シャルが手をポンと叩いてまたも大きな声を上げる。
「何だうるせぇな。生まれてきた意味でも思い出したか?」
「違うよ!そんなの一生をかけて探すものだよ!」
「生涯を終える前に見つかるといいな」
言い終えるより早くシャルが飛び掛かってきたのでアイアンクローで迎撃。ていっ、小指と親指でこめかみ押してくれるわ。
「仲が良いのは分かりましたから。じゃれるのも程々にしてください」
「あだだ…あ、頭がカチ割れるかと思った…」
間に割って入ったウリが俺の手からシャルを引き剥がし、こちらを非難してくる。ウリにとっては常に俺が悪者のようだ。ま、否定はしないが。
「で、何だよ」
「あー、ちょっと待って思考と視界がまだグルグルして……あ、そうそう!」
「だから何だってばよ」
「もうお昼時だよ。忍、お昼ご飯!」
さも当たり前のことのように、そう言いながら両手を伸ばしてくるシャル。何だ?俺はこの手を取って十字固めでもかければいいのか。
「…あのな、俺はこの後試合なんだが」
「うん、知ってる」
「しかも、お前らが来るかどうかなんて知らねぇのにわざわざお前らの分の飯をこんなところにまで用意してると思ってんのかよ」
「してないの?」
「してるけどさ」
(してるんですか…)
(し、してるんですね…)
「しテるンですネ」
正直な話、シャルとその他いつもの面子もゾロゾロ剣舞祭を見に来るだろう事も、馴れ馴れしくこうして控室まで押しかけて来るとも予想はしていたし、万が一の為に昼飯も用意していたが…まさか万が一の可能性をさも常識の如く実行してくるとは流石に驚いたわ。
「で、今日のご飯は何?会場の売店ってフランクフルトとかポテトとかジャンクフードばっかりでさ」
「お前の大好物だろ」
「大好きだからって、そればっじゃ栄養偏るんだよ!この健康的なバディが育たないよ!」
こっちが飯用意しなきゃポテチだのキノコの里だの菓子ばっか食ってる癖に…。偉そうに胸を反らしてスタイルを強調してみせてくるシャルだが、何でだろうな…この致命的なまでの色気の無さは。
「ハッ、ウリにもマキナにもサイズ負けてる癖に」
「モプシーには勝ってるよぉ!」
「お前それでいいのか」
ポカポカと繰り出されるシャルの拳を全部叩き落としているとウリからの軽蔑するような視線を激しく感じる。ちなみにマキナとモプシーは胸元をペタペタと触りながらそれぞれ片やドヤ顔を見せ、片や俯いて何やらブツブツ呟いている。
「あームカつく!今に始まった事じゃないけどムカつく!一度ぐらい思い切り叩かせろー!」
「飯はいらねぇのかよ」
「いるに決まってるよー!」
『さぁさぁご来場の皆様、ついでに選手。お昼ご飯はしっかり食べましたか?ちなみに私のランチは人気パン屋『クロケット』の出来立てチキンカツサンドでーす!羨ましいだろー?』
『なぁスタッフさん、いらねぇ厚紙とかあるか?いや、ちょっとハリセンでも作ろうかと』
『おおーっと隣が何やら不穏なのでそろそろ真面目に取り組みますねー。では、お待たせしました。『剣舞祭』本選、まもなく開始致しますイェィァー!』
『畜生、二度と受けねぇからなこんな仕事!』
「…どーゆーアナウンスなのさ」
忍が用意してきていたお昼をたらふく食べた後、開始前に飲み物とオヤツを買ってこようと売店に寄ったところでまたも素っ頓狂な放送が鳴り響く。
いやぁ美味しかったなぁ。あのおにぎり。ほぐし鮭に明太子に鰹節マヨにじゃこキムチとか、つい忍の分も食べちゃったよ。けふっ。
てか、人が多くて混んでたから時間くっちゃったけどもうすぐ始まっちゃう。さっさと買って席に戻らないと。
「すいませーん、お会計お願いしまーす」
「はいはい、今いきますよー……って」
レジが無人だったので辺りを見回すと、制服姿の店員らしき人影が品出し中だったので声をかけてレジを開けてもらう。どこかで聞いたような声だな、と思って何となく店員さんに目を向けると、丁度向こうも似たような事を思ったようで、視線が重なる。
「あれ、君は『TNN号』で会った…」
「ああ、誰かと思ったら。確かえーっと…アル公君」
「アルファだ!ちゃんと名乗っただろうに!」
「だから|アルファ(最初)なんてキラキラネームすぎるでしょ。本名教えない気ならアル公で十分だよ」
「いや、一応本名なんだけど…ああ、もういいや!」
何か自棄っぱちっぽく、ガシガシと頭を掻きながら私がレジに持ってきたジュースとたこ焼きチップスを梱包するアル公君。以前豪華客船『TNN号』で会った時は作業着姿で髪も帽子にしっかり入れてたから分からなかったけど、凄い長髪。襟足で細長く尻尾みたいに垂らされた髪は軽く腰を超えてる。
「…ルシアだ。釈然としねえけど」
「なんだ、まともな名前あるんじゃん」
「色々事情があって大っぴらに名乗りたく無いんだよ…」
「借金取りにでも追われてるの?あ、ストロー入れてね」
「このヤロウ、特別に7本入れてやる」
すいませーん、この店員さんお客に嫌がらせするんですけどー。あ、ホントに入れたよこの人。商品が入った袋からカウンターの上にポイしてやる。
「君も『剣舞祭』見にきてたんだな。なんだ、こういうイベントごと好きなタイプか?」
「知り合いが出場してるから冷やかしに来ただけだよ。そういうアル、アー…えっと、ルシエド君だっけ?そっちは何でここにいるのさ」
「ルシアだよ。そりゃもちろん稼ぎにな。こういう大規模なイベント行事のバイトって短期間で割りの良い収入なんだよ」
-ん、この前は船の整備員だったし色々働くんだねぇ。アルバイトすらしたことのない身としてはその苦労はわからないけど、取りあえずご苦労様です。あ、1円募金しておこっ。
「んで、知り合いって?本戦に出場するなんて随分凄いじゃないか。なんだなんだ、彼氏か?」
「違うよ縁起でもない」
「縁起ってオイ」
「んー、関係を尋ねられると困るなぁ…しいて言うなら、ホームヘルパーさん?」
「どんだけ強いんだよホームヘルパーさん」
「…そこそこ量用意してたのに全部平らげていきやがった」
試合開始も間近になり、人の昼食をたかりに来たシャルとその愉快な仲間たちは目的を達すると観客席へと戻っていった。あいつら山賊かよ。
「そう言って、最初からみんなの分を用意していたんですね」
「予想はしてた、って言っただろ」
「素直に優しくしてあげればいいじゃないですか…何のつもりか知りませんけど」
何故か今回セコンド(別に要らないんだが)になったウリにチクチクと小言を言われながらリング入場口でスタンバイ。すると突然フッ、と通路の照明が消え辺りが一瞬にして真っ暗闇に包まれた。
「ひゃっ!」
「うぉっ」
次の瞬間いきなり片腕を掴まれ、思わずよろける。暗くて何も見えないが近くにいたのはウリだけだし、きっとウリなのだろう。見た目に反して割と力もあるようだ。腕が痛ぇ。
「な、なんですか!何が起こったんですか!?」
「落ち着け。どうやら演出みたいだぞ、ほら」
真っ暗になった通路に、入場口への道標のように足元に点々とライトが着く。これを辿って歩いていけ、という事らしいな。
「なんだ、天使の癖に暗いのが怖いのか?」
「そ、そういう訳では…!」
「だったら離してくれ。俺1回戦なんだし」
そう言われて、ようやく自分が日頃から良い印象を抱いていない男の腕に抱き着いている事に気づいたようで、慌てて腕を離し…それでもやっぱり暗闇は怖いようで、今度は申し訳程度にちょこん、と袖を摘ままれた。
「…だから、俺、出番なんだけど」
「そ、そうですね、い、いってらっしゃい」
いや、だから離せって…。
「暗いのが嫌なら、魔術で灯りを灯せばいいだろ」
「…あ」
本当に大丈夫かコイツ。ようやくポワッ、と淡い光を放つ光球を作り出し、安堵の溜息をつくウリ。
只の暗所恐怖症とは少し違うように思えるが取りあえず今のところそれは問題では無いし、何より俺には関係ない。
「んじゃ、殺ってくる」
「…そこは行ってくる、で良いじゃないですか」
『それではこれより『剣舞祭』本戦も、第1試合を開始します!選手、入場!』
「お、始まりますよ師範」
控室に備え付けられているモニターには両サイドから会場中央に設置された円状のリングに向かう選手2名の姿が映し出されています。
片や騎士団の制服に身を包んだ栗毛の青年。片や有名飲食店の制服に身を包んだお面男。
…場所が違えばコスプレイベントだと勘違いされても文句は言えない光景ですね。
「1回戦から例のお面…もとい『孤狼』とは都合が良いですね。じっくりと向こうの手を観察出来るというものです」
「…だと、いいんですけど」
イーグレットさんは今一「彼」の実力を認識出来ていないようです。さて、果たして実際その実力を見せて頂ければいいのですが…。
『カピバラコーナー!最近何かと不祥事続きなのでこの辺で名誉挽回しておきたいっす!てな感じでエントリーか?今年唯一の騎士団からの参加者!アキ・ターケン!24歳彼女ナシ!』
「ちょっ!何ですかこの紹介!?」
『対するアルパカコーナー!予選第2位見た目の怪しさは第1位!正直その縁日でしか見かけないようなお面で前見えてんのか?モフモフ仮面!』
「ランチに間に合わなかったという方もご安心を。『剣舞祭』の入場チケットをお会計の際にご提示頂ければディナータイムのセットメニューを200円引きにさせて頂きます。ご来店お持ちしております」
『さぁ、両名リングイン!それでは今更ルールのおさらい。防具の類は一切禁止。所持武器には特殊な防御魔術をコーティングされているので実際斬れたり刺さったりはしないのでご安心を。ただの鉄の鈍器になっております!まぁソレはソレで怪我ぐらいしますけどねっ!』
『なぁスタッフさん、ハリセンまだか?無いなら素手でいかせてもらうけど…あ、それはマズいか』
『勝敗はギブアップ、ノックアウト、セコンドからのタオル、見た感じもうダメだろって状態、などで判断させて頂きます。なお時間制限はありませんがスタコラ逃げ回られると時間が幾らっても足りませんので試合開始と同時にリングはフェンスで囲わせてもらいまーす!』
『ついでに言わせてもらうけどよ、赤コーナー青コーナーじゃ駄目だったのか?』
「モフモフ仮面…予選通過2位という実力にも関わらずそのような仮面で素性を隠しているのですから、きっと人には言えない事情があるのでしょう。ですが勝負は勝負。全身全霊で向かわせていただきます!」
「どうぞご勝手に」
『さぁ、リングがフェンスに囲まれたぁ!もう後には引けぬ両者、存分に剣を交わせっ!』
『試合、開始っ!』
「では…参ります!」
「あ、ちょいタンマ。お面がズレて…」
「むっ?おお、それはいけない。大怪我の元になってしま」
「隙有りっ」
「……」
「………」
試合開始早々、決着は付きました。ええ、それはもう。あっという間に。
試合開始を告げるアナウンスと共に一礼し、腰からサーベルを引き抜き一歩踏み込みかけたアキ選手に対し片手を上げてお面の位置を直し始めたモフモフ仮面。アキ選手が律儀に彼を待とうと剣を持った手を下げた瞬間…。
「…何て恐ろしい事を…」
額に玉のような脂汗を浮かべ、前屈みになっているイーグレットさん。…どうやらあの痛みは女性にはわからないみたいです。
『決ッ、着~~!!何ということだぁ!試合開始たった7秒!決まり手、騙し討ちの金的キック!『剣舞祭』なんだからせめて鞘から剣を抜けぇ!』
『俺、何となくあのお面野郎に察しがつくんだが…』
「思った通り、まともに力を見せる気は無いみたいですね」
さて、私はちゃんと彼に剣を抜かせる事が出来るのでしょうか…。今更ながら不安ばかりが募ってきます。今更、後戻りなんてできないのに…。
「し、師範…?大丈夫ですか?」
いけない、不安が顔に出てしまっていたようです。イーグレツトさんに心配を掛けてしまいました。大丈夫、私はやらなきゃいけないんですから。一先ず気持ちを切り替えないといけません。私の試合だってもうすぐなんですから。
「そろそろ準備しますね。イーグレットさんはここにいてください」
「お、俺もいきますよ!」
「お気持ちだけありがたく受け取っておきます。一応私は素性を隠している身ですから。関係者だと知られればイーグレットさんにも迷惑が掛かってしまいます」
「そんな、俺は迷惑だなんて…師範のお力になれるなら…」
「…ありがとうございます。本当に」
イーグレットさんの善意に、素直に口から感謝の言葉が漏れる。父の一件からずっとこの人には迷惑を掛けてしまっているし、厚意にずっと甘えてしまっている…。
「感謝しています、イーグレットさん。すぐに戻ってきますね」
「…っ!ご武運を、シキョウ師範」
『本戦に駒を進めた豪傑達もピンキリがあるのかー?短期決着続発で試合がズンズン進んでいきます、早くも5回戦!尺の都合が心配だ!』
「木葉流、シキョウ…参ります」
「最低の勝利でしたね。おめでとうございます」
「最低の勝ち方だったね、おめでとう」
「えっと、その、あの……おめでとうございます…?」
「流石デすマスター!」
強敵との熾烈な激闘を辛うじて制し、ヘトヘトになって控室に戻ってきたところに心暖かい言葉が次々に投げかけられてきた。何で一々当たり前のように俺の控室にいるんだよこいつらは。
「マトモに試合しないだろうなぁ、とは思ってたけど凄いね。あんまりにも見事な外道っぷりにブーイングどころかウケちゃってるよほら。客席大盛り上がりだよ」
「後できちんと相手の方に謝罪に行ってきてくださいね。…あれは、いくらなんでも、酷過ぎます」
「ルールは違反してないだろうが。何で勝者がこんなボロクソ言われるんだ」
シャルとウリの毒針のような非難の言葉のほうが試合よりずっと疲れるぞ。モプシーだけはちゃんとタオルを差し出してくれる。よしよし、そのモフモフな毛並みを撫でてやろう。
「マスターの事でスから、てっキり事前に相手の弱ミでも調べテ脅迫でモするのカと思いマシたが、やっパりマスターは最強でスネ!」
「最凶って字で書くなら同意だよ」
「最狂でもアリですね」
「お前らさっきのおにぎり代払え」
「うにゃっ」
手の平を突き出して代金請求したところをシャルのネコパンチがパチコンと人の手を下からかち上げる。にゃろう、そういう反抗的な態度を取るならこっちも教育的指導だ。
「マスター、次の試合、あノ仮面さンでスよ」
「ん?」
シャルの頭をギチギチとアイアンクローしているとマキナが袖を引っ張ってきた。モニターを見上げると例の予選1位通過した怪しいマスクマン…見た感じ女みたいだからマスクウーマンか?まあ、とにかく胡散臭い仮面選手の登場だ。
「大上さんの他にんな怪しい恰好で参加している人がいるんですね」
「で、でも…格好いいです、あのマスク…です」
本来ならあれだけ華々しい成績で予選トップ通過するような選手なら素性を必要以上にアピールするもんなんだがな。元々この『剣舞祭』ってのは腕自慢達の自己アピールの場な訳だし。
よほど素性を隠す理由があるのか、それでも自分の力を見せつけたい顕示欲があるのか…まぁ、正直こっちの都合も何だろうと俺には一切関係も無ければ興味もない。
「こっちの仮面選手はどんな戦いぶりを見せるんでしょうね」
「どうだろうな。もしかしたら不意打ちでタマ蹴り上げるかもしれないぞ」
「…そんな選手が2人もいたら『剣舞祭』もお仕舞ですね」
「あたた…あ、頭が砕かれるかと思った…」
お、シャルが復活した。砕けたってその頭の中にはゲームとアニメとマンガの事しか考えられない脳細胞が詰まってるんだし何の問題も無いだろうよ。
なんて、ほんの数秒モニターから視線を外している隙に…。
『決着ーーーーっ!!またも瞬殺、尺が余るぞー!試合開始から3秒!まさしく秒殺!現在最短記録、恐るべしフェザー・マスク!!』
「凄っ!忍の記録更新されちゃったよ!」
「別にタイムアタックやってねぇよ」
お、あまりに速攻で試合終了したんで早速リプレイ映像が流れ始めた。
試合開始の合図とほぼ同時に踏み込み、と言うよりもはや瞬間移動の域のスピードだ。相手選手の横をすり抜けるように通り過ぎ、次の瞬間相手は顔からリングの床に倒れこみそのままKO、試合終了だ。
「スロー再生とかは無いの?何がどうなってこうなったのか全然なんだけど」
小柄な体格を生かした瞬発力特化の高速剣術、と言ったところか。リング上という限られた空間内では本領発揮だろうな。手持ちの獲物も従来よりやや刀身の短い小太刀という点も自身の長所をしっかり心得ている証拠だろう。
「マスターなラ楽勝でスヨね?あれグらイ」
「お前俺を何だと思ってるんだよ」
「史上最強スーパーヒーロー、でス」
「性格鬼畜バケモノ」
「人格は別として、技量は信頼しています」
「えと、えっと……凄い人、だと思います…」
くそ、お面してるから涙が拭けない。いや泣いて無いけど。
さて、これが依頼にあった「辻斬り」か…成程、これはマキナとは相性悪いだろうな。
ったく、今更ながらどうして俺が騎士団の尻拭いをしなきゃならないんだか…これはたんまりと特別手当を貰わねぇとな。
「ほらお前ら。いつまで人の控室にいる気だ。特にそこのポンコツ金髪。そのタオルケットとクッション持ってさっさと客席に戻れ」
「ケチー。別にいいじゃん関係者なんだし。何さ、ウリと2人きりでどうしようっての?ケダモノオオカミ」
「狼にだって餌を選ぶ権利があるんだよ」
「…どちらの発言にも引っかかりますが、取り分け大上さんが酷いですね」
「まぁいいや。観客席にいたほうがもっと大きなモニターで試合観れるし。ほら行こ?」
そう言ってウリの手を掴んでグイグイ引っ張っていくシャル。一応その天使、俺のセコンドなんだけど。別にもう戻って来なくてもいいけどな。
「ちょ、シャルっ。私は…」
「いいよ、送ってってやりな保護者サン」
ヒラヒラと手を振って見送ってやるとウリは一瞬、何故か不服そうな表情を浮かべ…すぐに催促するシャルに「仕方ない子ですね」とか言いながらニコニコ顔で控室を一緒に出て行った。
「デはマスター。ワタシ達も一旦戻りまス」
「が、がんばってください…です…!」
「あいよ」
「優勝シたラ祝福のキスでモすルべきデシょうか?」
「よし次で負けよう」
そうしてマキナとモプシーも部屋を出ていき、やっと1人でゆっくり出来る。無駄に賑やかなんだよ、あいつらは。
ずっと付けっぱなしだったお面を外し、ゴムで長時間押さえつけられていた耳の裏をグリグリと揉み解す。思ってたより視界悪いな、コレ。今のうちに目の部分もうちょい開けておくか?
するとコンコン、と1人きりのくつろぎタイムに入ってから1分もしないうちにドアがノックされ、こちらの返事を待たずに勝手にガチャりとドアが開けられる。
「なんだ忘れ物でもしたか?」
「そうだね。忘れ物っていうか、迷い犬?」
シャルが戻ってきたかと振り返った先にいたのは、金髪は金髪でもシャルでは無く、シャルより面識の深い、出来れば極力会いたく無かった人物が何やら物凄く楽しそうな顔をして立っていた。
シャルよりずっと長い金髪をポニーテールにして背後に靡かせ、女らしさより動きやすさを重視するようなラフなジーンズにポロシャツ。そしていやでも目に付く、右目に巻かれた眼帯…。
「やっふぃー。この前電話で声は聞いたけど、こうして直接会うのは随分久しぶりだねぇ」
「…何の用だよ」
「あはは、そんな警戒しなくても。長年ギルドを連れ添った相棒の晴れ舞台を応援しに来たんじゃない」
本当にそんな理由だったらどれだけ平和だろうな。なんて思っていると勝手にそのままスタスタと控室の中に入り、椅子に腰かけたままの俺の目の前にまでやってくる。ああ、相変わらずの目だ。
何か物凄くロクでもないことを企んでる目…。
「もう一度聞くぞ、何の用だ?『星界の皇女』マスター、カタリナ・リン・エンプレシアともあろうお方が」
「そんなの決まってるじゃない?」
カタリナが無造作にこちらに向かって手を伸ばしてくる。この世界トップのギルドを束ねる人物とは思えない細く、柔らかな指先がそのままお面を外したばかりの俺の頬に添えられる…。
「連れ戻しにきたんだよ忍。あなたの事をね」
前回からこれまた随分間が空いてしまいました…仕事がね、忙しいんです…ブラック企業なんです…決してSSサイトのほうばっかりやってる訳ではありますので許してください。
ようやく剣舞祭開催。大上もシキョウもお互い素性を隠して参戦。両者の裏では茶釜組やスザク興行、更には『星界の皇女』と『局長』が各々企んでいるようで、今回も一筋縄ではいかないんでしょうね、めんどくさい…
そしてとうとうご対面、大上とカタリナ。こっちもまためんどくさい事になりそうですね。…なるんでしょうね
ちなみに剣舞祭観客席で行われている優勝者予想トトカルチョですが当初1番人気はフェザー・マスク、2番はモフモフ仮面という順番でしたが1回戦の極悪非道な試合ぶりが公衆の目に晒されるや否やモフモフ仮面が1位になりました。
「何をやらかしてもヤツならおかしくねぇ!」だ、そうです。ちなみに外道ぶりも突き抜けすぎて逆に変な人気が出ており何故か売店でモフモフ仮面と同じお面が販売されています。




