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剣刃乱舞・その5

「前回のあらすじー」


「前回読んで来い」


「もうちょい言い方!やり方!はいやり直しっ!」


「前回読んできやがりください」


「駄目だコイツ。もういいっ!私がやるから。えーっと前回は…」


「では、感動の最終回をどうぞ」


「終わらせないよっ!」

 「翌日生徒会室を訪ねてくれ」、と言った癖に寝坊して自室にまで迎えに行く足労をかけた寝坊助生徒会長と、そこを訪ねた際に突然俺に襲い掛かってきた見るからにガラの悪いチンピラと現在こうして学園内のカフェでテーブルを囲んで少し遅めの朝食を取っているところだ」


 「誰に向かって何を説明しているのですか?」


 ノリの悪い奴だな。年頃の娘さんの部屋に上がり込むのもアレだと言う事でこうして場所を変えただけだが…。

 まあ、それ以上にこのチンピラが大騒ぎし出したから、っていうのが一番の理由だが。


 「では、改めて紹介しますね。大上さん、こちらは…」


 「いえお嬢。あっしに名乗らせておくんなせぇ」


 ウリの言葉を遮って悪趣味としか言いようのないド紫色のスーツに身を包んだ細長い印象を抱かせる体躯のチンピラ男が席から立ち、俺たちが付いているテーブルから数歩離れると仰々しく腰を落とし、仰々しく名乗り始めた。


 「お控えなすって!手前、生国と発しますは、獣人界は仙波の国の化け狸(ラクーン)にござんす。

性は守鶴(しゅかく) 名は文副(ぶんぶく)と発します。以後面体お見知りおきのうえ、嚮後万端(きょうこうばんたん)、よろしくお引き回しのほど、おたの申します」


 今時任侠映画でも聞かないような、それこそカビが生えたどころか白骨レベルの古臭い口上が終えると何故か他のテーブルの一般生徒達から「おおーっ」と小さな歓声と拍手が聞こえる。

おい見世物になってるじゃねえか。


 「お?如何しやしたお2人方」


 「…もう良いですか?」


 「えっ、あ、はい宜しゅうござんす」


 随分冷たい対応だなウリ。何か嫌われるような事でもしたのかよ、このチンピラ。ウリからの好感度の低さなら俺も割と自信があったんだけどな。


 「こちらはご存知かもしれませんが、大上忍さん。元はあるギルドに所属していたそうですが今はこの学園である生徒の世話係を任されています」


 「ええ、存じておりやす。こうして直接お会いするのは初めてではございやすが」


 文福、とか名乗った茶釜組のチンピラは俺のほうに向き直ると今の芝居がかった自己紹介の時よりさらに深く腰と頭を落としてくる。


 「『星界の皇女(エレメンティア)』のNo2(サブマスター)、『孤狼(ベオウルフ)』の旦那と言やぁギルドはもちろんあちこちの業界でその名が轟いておりまさぁ」


 「一体どんな感じに伝わってるのか結構気になるんだけどな」


 「それにウチの組としては以前茶釜のオヤジの命をお守りしてくださった大恩がございやす。本来ならこちらから赴いて礼をするのが筋というモノではございやすが」


 「まあ、俺はあの後すぐにギルド抜けたしな」


 それに茶釜社長を守ったのはギルドとしての仕事だ。感謝される謂れはない。


 「それは理由になんざなりやせん!恩人に礼もせずこれまでのうのうと飯食ってイビキかいて過ごしてやしたこの恩知らず、どうぞ旦那の気のすむように手打ちにしてくだせぇ!」


 「なら、その旦那ってのやめろ。俺はそっちの業界に足突っ込む気はねぇよ。とりあえずそれでチャラってことでいいだろ」


 「し、しかしアニキ、それでは…」


 「それもやめろ」


 何やらこの文福とかいうヤツ、言動もそうだが中身も相当古臭いタイプらしい。今時こういう義理人情の任侠人なんざ金にならないぞ?


 「んで、ウリとはどういう関係だ、って聞くのは野暮なのか?」


 言い終える前からウリの目つきが更に険しくなる。…ああ、茶釜組と言えばシャルだけでなくウリとも因縁があるんだっけか。


 「ウリのお嬢には、いくら詫びても詫び切れねぇ…2年前の件、あっしは一生かけてでも償わせて頂く所存でございやさぁ」


 「いえ、ですからそれはもう良いです、と何度もお伝えした筈ですが」


 「いいえ!それではあっしの気が済みません!傘下組織の独断とは言えソイツらをまとめてたのはあっしなんでございやさぁ!」


 「なるほどなぁ…。でも当の被害者がもういいって言ってるんだ。お前さんは負い目を軽くしたいってんだろうけど、別にウリにはお前の自己満足に付き合う義理は無いと思うぜ?」


 このままだと話が長くなりそうなんで横から口を挟んでみると文福はまたこちらに振り返り、何か言い返そうと口を開いて…数秒そのまま口をパクパクさせただけで反論が思いつかなかったのだろう、しょんぼりと肩を落とした。…頭よくないみたいだな、コイツ。


 「…あの、それでご用件というのは?今更謝罪に来た訳では無いのでは」


 「あ、いえいえ遅くなりやしたがお詫びに来たというのも理由の1つでさぁ。…情けない話ではありやすが、手前つい最近まで入院してやして…」


 「なんだ、ヤー公同士の抗争でもあったか?」


 「いえ、あの…その、2年前にちょいっとばかし、大怪我を…」


 何気なく聞いたつもりだったが、文福は俺の質問に妙に言い辛そうにボソボソと答える。2年前に大怪我…。2年前といったらそれこそウリが襲われた……ああ。

 ウリも同じくその怪我の理由に思い当たるものがあったらしく何となく顔を見合わせてしまう。


 「それは、もしかしてシャルに…?」


 ウリの質問に文福は苦笑いを浮かべて頭をかくだけで具体的な返答をしない。まあ、バレバレだが。

ウリの一件に激昂したシャルが茶釜組の傘下組織を次々に物理的に壊滅させたってのは聞いたが、よもや2年間も入院するような重傷患者出してやがったか…地味に怖ぇなアイツ。


 「コラットのお嬢のお怒りはご尤もでさぁ。ご友人をあんな卑劣な手で傷つけられたとあっちゃあね。あっしはただ受けるべき報いを受けただけでござんす」


 「殊勝な心掛けだな。…で、ほかの用件ってのは?」


 放っておくとまた任侠ショーが長くなりそうなので文福の用件とやらをさっさと聞きだそうと言ったつもりだったが、直後に隣に座るウリからジロリときつい視線を浴びせられる。まあ、ウリはコイツらの用件なんか元から聞く気無いんだろうけど。


 「…こんな事、本来ならばとても頼めるような義理じゃあないのは重々承知でございやすが…」


 「いいですから、用件を述べてください」


 ウリ怖っ。一部の性癖にはこの氷のような視線はご褒美モノなんだろうか。あんまりそんな顔してると目つきが悪くなるぞ。目つきってのは結構重要だぞ?第一印象とか。経験上な。


 「…では。ご用件というのはほかでもありやせん。ウリのお嬢。…そして出来る事なら、『孤狼(ベオウルフ)』のアニキにお力を貸して頂きとぅございやす!」


 「お断りします」


 「その呼び方をまずやめろ」


 「せ、せめてお話だけでも聞いて下さいやせんかっ!?」







 「おー…」


 モプシーと一緒に茶釜組の組員さん達に連れられてやってきたのは『王都』から車で20分ほどいったところにある、首都ホンカワゴエ内に建つ1軒のビル。外には大きく「茶釜組」と書かれた看板が掲げられてる。うん、ブチ壊したい。


 「だ、大丈夫なんですか…?こ、ここって、所謂「あっち系」の方の事務所ですよね…よね…?」


 「心配無いよ。変な真似してくるようだったら原子分解するから」


 「過剰防衛すぎます…」


モプシーはビクビク半分、興味半分といった様子で私の背中にピッタリと張り付きながらあちこちをキョロキョロと見まわしてる。可愛いなこの娘。年上だけど。


 「おお、よう来てくれたわな」


 通された応接室に私たちが来てから5分ぐらい経ってから、おそらくここに呼びつけたであろう張本人がやってきた。


 「実際対面するのは初めてだね、茶釜社長」


 「そうやのぉ。あん時の「映像通信」以来やな、コラット嬢ちゃん」


 茶釜刑部。茶釜組の社長(組長)にして、かつて私の発明品の利権を狙ってウリを闇討ちした連中の大元。

 当然そいつらはその後たわしが直接グチャメタに叩きのめして壊滅させたし、この社長も数ヵ月前に忍の交渉(脅迫)によって今はわたしの発明品や術式の仲介業を一任させられ、私の発明品の利権を求める他企業からの弾除け役にされて連日結構酷い目にあってる筈。


 「で、何の用?わざわざこんなところに連れ込んで…。言っとくけど、変な真似しようってんなら…あんまりハッキリ言いたくないけど、ミンチだよ?」


 「どエラいハッキリ言うとるがな。安心せえ、お嬢の恐ろしさはよう知っとる。それにそれ以上におっかないヤツが裏におる事だしのぉ」


 ああ、そう言えば茶釜社長と忍って前から面識あったんだっけ。以前の映像通信でのやり取りでそんな事を言ってたような。


 「わざわざここまで来て貰ったんはすまんかったな。…まあ、正直こんな事頼める義理じゃあないっちゅーんはワシも重々承知の上なんやけどな」


 「なら諦めて。帰るね。行こ、モプシー」


 「ちょちょっ!せめて話だけでも聞いてくれや!」


 「ならさっさと言いなよ」


 「なら何で耳塞いどんねん!」


 「あ、あの…」


 それまでずっと私の後ろで私の上着にしがみついていたモプシーがおずおずと片手を小さく上げる。何この子可愛い。


 「え、えっと…とりあえず、お話を聞いてみては如何でしょう…?」


 「おお、良い事言うてくれるわウサギのお嬢ちゃん。やっぱ獣人族に悪いモンはおらんのぉ!」


 「自分の職業と過去の所業を思い返してよ、このアホダヌキ」


 「…コラットの嬢ちゃん、どこぞの誰かの悪影響受けすぎとちゃうか…?」






 「『剣舞祭』に出場してくれ?」


 「へぇ。是非とも!」


 …フウの言ってたのはこういう事か。しかし、何でまた茶釜組からこんな話が来るんだよ。『星界の皇女(エンプレシア)』と茶釜組がつながってるとは思えないが…。


 「近々この近くに巨大ショッピングモールが作られるってぇ話は、お二人方はご存知ですかい?」


 「ええ、それなら有名な話ですから。何でも完成すればホンカワゴエ最大規模にもなるとか…」


 「そうでさぁ。…それで、そのショッピングモールの利権を巡って今うちの組と他所んトコで揉めていやしてね」


 「読めたぞ。大方その利権を『剣舞祭』で賭けてるって訳だ」


 元々企業や商店の宣伝目的という点が大きいイベントだ。そういう「賭け」が行われる事も当然珍しい話じゃない。だがそういう話になると、いま茶釜組と争っている相手というのは…。


 「スザク興業、なんですね」


 「お耳が早い。そういうことでさぁ」


 話は繋がったな。お陰でこの先の展開が読めてウンザリしてきた…。フウが言っていた「俺が出場する事になる」という言葉、あれがヤツの嫌味な願望や根拠のない予想で無いのなら…。


 「なあ、この話もしかしてシャルの奴にも…」


 「えぇ、そりゃあもちろんでさ。アニキはいまはコラットのお嬢のお付き。となればコラットお嬢にも話を通すのがスジというものでござんす」


 「律儀な事で」


 「へぇ、恐縮ですっ!」


 褒めてねぇよ。何となく隣のウリと目が合うと彼女の方も呆れたような、諦めたような顔をしている。多分俺も今似たような表情してるんだろうな。


 「けどシャルがお前らの頼みを聞くか?自分の親友を酷い目に合わせた連中を助ける義理なんてねぇだろ」


 「ぐっ…、それを仰られると耳と心が痛みやす…で、ですがコラットのお嬢やウリのお嬢にもちゃあんとメリットがございやさぁ!」


 「私にも、ですか?」


 「へぇ、そもそも先にショッピングモール建設の下請けを受けたのはスザク興業の方なんですが、こちらが横取…交渉に入ったところで今回の賭けで白黒しけようってぇ話になったんでこぜぇますが」


 「今、不穏な言葉が聞こえた気がするが」


 「奇遇ですね、私も聞こえました」


 ごほん、と文福は大げさに咳払いをして、強引に話を進める。俺達の向ける視線は益々冷たくなっていく一方だ。


 「元よりスザクの奴等が先に手ぇつけてたヤマに首突っ込む形になりやすもんで、賭けに応じる代わりにアチラさんからもうちに対して相応の見返りを求められやして…」


 「…シャルとの独占契約権利を譲れ、とでも言ってきたか?」


 文福とウリがそれぞれ驚いたような顔になる。ここまで説明されれば思い当たるのはそれぐらいだろ。茶釜組としては他企業からの嫌がらせはあるものの利益はあるシャルとの契約は手放し難い。それに茶釜組に恨みのあるシャルとウリとしても、茶釜組が楽になるのは気に食わないだろう。

 まあ、要するにそういうことだろ。


 「さ、流石。察しが良くて話が早い…」


 「だとしたら猶更これはシャルとウリの問題だ。俺には俄然関係ない話だろ」


 事情は理解した。そして結果として俺が関するものでも無いということも分かった。若干冷めてしまったコーヒーに角砂糖を7.8個投入して掻き混ぜて一口。うん、甘い。


 「う、ウリのお嬢…如何でございやしょう…?あっしらを助けてくれなんて都合の良い事を言うつもりはございやせん!」


 文福、もとい茶釜組を助ける事はすなわちウリ達が過去に受けた仕打ちに対する報復でもある現在の「独占契約状態」を継続させることが出来ると言う事。つまり利益は得られるものの他企業や商売敵からの妨害や闇討ちなどの嫌がらせに晒され続ける日々を続行させる事が出来ると言う訳だ。

 成程、そりゃ確かにシャルやウリにもメリットはあるな。


 「助ける義理はなくても見捨てる理由はあるよな。いっそシャルとの契約も無くさせるのも嫌がらせとしては良い手かもしれないぞ?」


 「…そうですね。妨害工作は減るでしょうが会社の利益は格段に低下するでしょうし。そのうえ今度のショッピングモールの利権まで得られなくなるとすれば…」


 「ああ、下手すりゃ倒産って事も在り得る話だ」


 「そ、そんな殺生な!」


 そう言われても何でヤクザの経営危機を助けなきゃならないんだ。損得勘定はさておき、助ける理由が無いのはシャルはもちろん、一番の被害者であるウリが一番だろうしな。


 「で、どうする生徒会長。見捨てるのか?見殺しにすんのか?」


 「意味がどちらも同じでございやすぜ!」


 文福は意外とツッコミの素質があるようだ。ま、どうでもいいけど。

ウリは顎に指をあててしばらく何やら考えを巡らせるようなそぶりを見せ、10秒ぐらいしてから徐に。


 「…わかりました。シャルが良いというのであれば、私は別に構いません」


 ほら、案の定冷たくにべもなくボロ雑巾でも捨てるかのように一蹴され……てない、だと?


 「意外だな。生殺し状態継続させたいって訳か」


 「…そういうつもりではありません。それにシャルの返答次第と言いました」


 「それでしたら今頃うちのオヤジが直接コラットのお嬢に話をつけている事でさぁ」


 「茶釜組長、殺されてなきゃいいな」


 「洒落にもならず縁起でも無い事を言わんでくだせぇ!」


 「でしたら、私からこれ以上言う事はありません。お話というのは以上ですか?」


 ウリは半ば一方的にそう言って話を切り、席を立つ。文福に小さく会釈をしてそのまま立ち去っていき…何故か少しすると立ち止まってこっちを振り返った。

 心無しかその冷たい視線は今度は文福では無く俺に向けられている気がするが…。


 「…んじゃ、俺も行くわ」


 「『孤狼(ベオウルフ)』のアニキ、くれぐれもよろしくお願いいたしやすっ!」


 「その呼び方をまずやめろ。俺の方もシャル次第としか言いようがねぇよ」


 「へい、分かってやす。よろしくお願いしやす!」


 「だからシャル次第だっつの」


 いつまでも律儀に深々と頭を下げている文福を残して俺も追いかけるような形でウリに合流。って、俺を待ってたのかよ。


 「思わぬ来客だったな」


 「そうですね」


 あくまでウリの態度は余所余所しいというか冷たいというか、まぁ無理もないか。自分を襲った連中の黒幕一味だもんな、茶釜組は。俺もウリからの好感度の低さには自信があったが流石に文福には爪の先ぐらいには同情心が沸くぞ。


 「さて、随分遅くなってしまいましたが行きましょうか」


 「ん、何処にだ?」


 「…大上さんが昨日PCを使わせてほしいと言って来たんじゃないですか。生徒会室のものなら許可申請を取らずに役員の許可があれば使えますから」


 そう言えばそのためにウリをわざわざ部屋まで呼びに行ってたんだっけか、俺。3流任侠寸劇のせいで忘れかけてたわ。よし後で茶釜組長に嫌がらせメールでも送ってやろう。


 「…なぁ」


 「何ですか」


 「遅くなったって言ったけど、元はと言えば誰かさんが寝坊したせいじゃないか?」


 「ああ、生徒会室へはここを曲がって通ると近道になるんです」


 「それで誤魔化してるつもりか」







 「…ふぅ」


 『孤狼(ベオウルフ)』への襲撃に失敗したので一度その場を離れ顔や体格を隠すために羽織っていたローブを脱ぎ鞄にしまい、目立たないように注意しながら人気のない裏路地から大通りへと出て一先ず今日のところは家に戻る事にしました。


 (『鋼桜(アイゼンキルシュ)』…よもやあれほどとは)


 尋常ならざる馬力と強固な肉体を持つ機械族があれだけの水準の体技を習得するというのがどれほど凶悪なものか、嫌というほどこの身で実感出来ました。

 あのまま戦い続けていても負ける気はしませんでしたが、あちらもまだ本気を見せていなかった風でしたし痛み分け、というのが妥当でしょう。


 ただ、私が勝たなくてはならないのはその(『鋼桜(アイゼンキルシュ)』に体術を教えたと言われる主《マスター》、『孤狼(ベオウルフ)』。武技の権化とも言える存在を相手にしなければならない訳で…。

 この、どうしようもなく拭い捨てられない不安は勝算を見いだせない相手への畏怖なのでしょうか、それとも、汚れた剣で守ろうとしているものを自ら穢している事に対してなのでしょうか…。

 そんな事ばかりを頭の中で巡らせているうちに、首都ホンカワゴエの繁華街エリアから大分離れた先、農村エリアの一角にある道場へと戻ってきました。


 『木葉流』。この剣術道場こそ私の学び舎であり生まれ育った家であり…今、私が守りたいもの。

開祖より500年続く獣人剣術として首都でもそれなりに知名度のある流派ではありました。


 (…また、増えてますね)


 石段を上がっていくにつれて壁に施された汚い落書きも増えていく。「犯罪者」、「恥知らず」、飽きもせずに連日ずっとこの調子…。とうの「本人」はとっくに檻の中だというのに、この人達は何をもってして満足するのでしょうか。

 私の姿か足音に気付いたのか、入り口の門をブラシで懸命に擦っていた顔馴染みが駆け足で近づいてきます。


 「師範っ!よかった…ご無事でしたか」


 「ただいま戻りましたイーグレットさん」


 古くからのここ『木葉流』の門下生であり兄弟子でもあり、唯一まだこの道場に残ってくれている古鳥族(コカトリス)のイーグレットさん。年頃も私と近く、今もこうして懸命に道場に施された悪意に満ちた落書きを消してくれています。


 「…また、スザク興業からの命令ですか?」


 「ええ…」


 「あいつら、弱みを握ってるからって好き勝手すぎませんか!?自分たちの利益のために師範に汚れ仕事をさせるなんて…!」


 「でも、仕方のない事です」


 「それは…!そ、そうですが…」


 イーグレットさんは本気で心配してくれている。それが何より今の私には救いになっている…。


 この道場の主であり、私の父であるシキョウ・ズクが強盗傷害で騎士団に逮捕されたのはつい先月の話です。

 騎士団が到着した時には既に大勢の被害者が呻き、苦しみながら転がる中血まみれの刀を握った父が立っていたそうです。

 現場となったのは郊外の個人商店。悪質な業者からの立ち退き要求が続いていた為、知り合いの伝で護衛ギルドから用心棒を雇っていたところを襲われ、ギルド団員はおろか店主まで全員重症を負わされ、店内には金銭を物色した形跡もあったそうです。


 現行犯で捕らえられた父ですが、昔気質の寡黙で厳格な性格である父がそんな犯罪に走る筈がない、もちろん何か事情があるか、誰かに罠にかけられたか。騎士団も父、シキョウ・ズクの人となりと犯行内容に違和感を覚え他に真犯人がいるのではと捜査を開始。


 けど、防犯カメラも破壊されており目撃証言も父の犯行を否定する物的証拠もなく、何より父本人が完全黙秘しまっている為、騎士団の捜査も今ではほとんど打ち切られてしまい、後は送検され、監獄へ送られるのを待つだけになってしまいました…。


 当然父の犯行など信じられない私達は何度も騎士団に直訴しました。それでも父の犯行を否定出来るような決定的な証拠や証言も何一つ無い状況では、私達の訴えなど所詮はただの肉親の願望でしかありませんでした。


 …そんな時です。スザク興業から連絡があったのは。


 「見てほしいものがある」。そう言われて呼び出された私が見せられたのは騎士団も得られなかった事件当日の、店の防犯カメラの映像でした。

 映像の内容はほんの数分のものでしたが、それは確実に、間違いなく父の無実を証明できる内容でした。


 顔も姿も、黒いコートとフードで男か女かすらもわかりませんでしたが、その人物が映像の中で手に握っていたものが逮捕の瞬間、父が持っていた凶器である刀であること、そしてその手に持った凶器で次々と店内で凶行に走る一部始終。最後にカメラに気付き、刀をカメラ目掛けて振るう姿。映像はそれで終わっていましたが、これを公表すれば今すぐにでも父の無実を証明できる。


 けど、スザク興業はこのデータの引き渡しと引き換えに私に「してほしい仕事がある」と取引を持ち掛けてきました。

 そしてもし、この映像の事を勝手に誰かに話したりしたら、騎士団に渡さず消去する、と。


 その日から、その要求を呑んでから、私はスザク興業の飼い犬となりました。


 「…それに今更でしょう。私はもう何度もこの手で卑劣な闇討ちを繰り返しているんですから」


 「ですが、それはスザクの連中が脅迫しているからじゃないですか!」


 「私がやると決めてやっているのですから咎も責任も全て私にありますよ。私の事情など、被害者の方々には関係のない話なのですし」


 イーグレットさんはそれでも渋い顔のまま不服そうに唸っています。この人にも随分迷惑をかけてしまっていますよね、今の私は…。


 「…あ、そうだ師範。すっかり忘れてたんですが今本堂にお客が来てるんですよ」


 「来客?こんなところに、ってイーグレットさん、お客様が来ているのを忘れたら駄目でしょう」


 何でしょう?悪評にまみれたこの道場に今更来客なんて。また例の如く嫌がらせか、悪趣味な取材の申し込みか…。

 などと思いながら本堂に行くと、そこにはついさっき私が対面した人物が汚れ、荒れた道場の中で立っていました。


 「…っ!『鋼桜(アイゼンキルシュ)』!」


 まさか、私の素性がこうも早く露呈するなんて…いや、もしかしたらあの後ずっと尾行されていたのでしょうか。十分に警戒はしていたつもりだったのに…。

 咄嗟に上着の中に隠していた愛用の小太刀に手をかけると、『鋼桜』はそんな私の反応にも全く興味を示さない。

 …よく見れば髪が随分短いですし、服装も全く真逆のイメージですね…それにさっきビルの上で対峙した時は実力はさておき終始マイペースというかおっとりした立ち振る舞いでしたが、今私の前にいる彼女は何の感情も感じない冷淡な表情…。イメージチェンジというには、ちょっと無理がありますかね。


 「その名称私のものでは無い。同機種違いと判断。以上(オーバー)」


 彼女自身も『鋼桜(アイゼンキルシュ)』ではないと否定してきました。声も何の抑揚もない無機質なトーン。先程の『鋼桜(アイゼンキルシュ)』はイントネーションこそ独特でしたがとても感情豊かな喋り方をしていましたっけ。


 「『木葉流』師範と判断。如何に?」


 「え?…はい。私がここの師範を務めさせて頂いています。シキョウです」


 「把握。スザク興業に飼われる辻斬り」


 「…っ!」


 「あんた!いきなり何を…!」


 飛び掛かろうとしたイーグレットさんでしたが、次の瞬間ジュッ、と耳障りな音を立てて彼の足元、爪先のほんの数センチ手前、道場の床板に綺麗に丸く象られた穴が開きました。


 「この場での戦闘無意味。理解無い場合止む無し。焼き払う」


 「待ってください!あなたは誰なんですか、何者ですか!一体何が目的なんですか!」


 こんなところで戦闘になんてなったら道場が…。それに多分、この女性…物凄く強い。


 「…自己紹介必要性不服。しかしこの任務(ミッション)の為、止む無し」


 全く膝も腰も曲げず、まるでその場に建てられた彫像のように直立したまま彼女は自分の胸元に手を置き…恐らくそれが彼女としては最大限の会釈のつもりなんでしょう。


 「『ロキの先兵』所属、『高空機兵(エアロゲイト)』アイス・キュロス。今日は取引にきた」


 「ろ、ロキの…!?」


 「…悪名高い闇ギルドが、何のご用件でしょうか」


 「こちらは『孤狼(ベオウルフ)』の排除希望。利害一致の筈。協力関係の構築を要求する。以上(オーバー)」


 「ロキの、と…協力ですか」


 スザク興業に利用されるだけの身だというのに、更にオルドトップクラスの闇ギルドから手を組めとお誘いまで来るようになりましたか。

 本当に、私は一体どこまで…。


 「し、師範…!流石にこんなヤツらの片棒を担ぐなんてヤバすぎますよ!」


 「…具体的には?」


 「師範っ!」


 イーグレットさんの心配は当然です。けれど、既に私は何度もこの手を汚している訳で…。

我ながら若干自暴自棄だな、とは思いますが、もはやここまで来ると今更ですよね。


 「アナタは『剣舞祭』にて『孤狼(ベオウルフ)』と交戦を希望。そちらは好きにやればいい。私はその後『孤狼(ベオウルフ)』と戦い、仕留める」


 「私が彼に負けるのが前提なのですね。私も剣客の端くれです、勝算の無い戦は仕掛けませんよ?」


 「もしアナタに負けたなら目標(ターゲット)がそれまでのモノだったというだけ。問題無し」


 「…貴女、本当の目的は何なんですか?」


 キュロス、と名乗ったこの『ロキの先兵』は『孤狼(ベオウルフ)』を倒そうと協力を持ち掛けておきながら当の『孤狼(ベオウルフ)』に対して執着心を感じない。むしろ、この話も私の協力が必要というより余計な邪魔にならないようにするのが目的に思えます。


 「当面の標的(ターゲット)は『孤狼(ベオウルフ)』。しかし最終目的は別。オルド最強の魔術師、学園の魔女、『悪戯猫』」


 猫というのが何を意味するのかは分かりませんが、学園の魔女、そして何よりオルド最強の魔術師。そう言われれば1人しか思い当たらない。


 「シャルトリュー・コラット…。まさか、貴女の本当の狙いは…」


 「最強(シャルトリュー)を倒し、私の優位性を実証する。アナタは『孤狼(ベオウルフ)』を。これで利害は一致。以上(オーバー)」







 「ただいまー。一日ぶりの我が家よー」


 茶釜組事務所を後にした私は学園に戻ると寮の自室までモプシーを送ってから自分の家へと戻った。別に他に寄る場所もないし、昨日『王都』に泊まったからいつも巡回してるネットサイトのチェックとかしたいし。録画も消化したいし。


 「おかえり」


 さぁ、一日分のアニメ漫画ゲームタイムを、とウキウキ気分でドアを開けたところで真っ先に飛び込んできた、よく知る人物、聞き覚えがありすぎる声。


 「ああ、そう言えば先に戻ってたんだっけ」


 「風呂にするか?飯にするか?そ・れ・と・も…自堕落極まりない己の見苦しい生活習慣を悔い改めるか?」


 「たった一晩離れてただけなのに忍の暴言が凄く懐かしい。出来ればもう聞きたくなかった」


 まぁ、もう今更だしどうでもいいんだけど。私の家の中に当たり前のように居てごく自然にハタキ片手に掃除中の忍に出迎えられる。…何でそうエプロン似合うかなぁ…寝起きの猛獣みたいな目つきしてるくせに。


 「お腹すいた。何かある?」


 「そこの蛇口ひねればいくらでも水飲めるぞ。冷蔵庫の中に今朝作ったキッシュがあるけど」


 「いやまずはキッシュを薦めようよ!」


 思わず着替えやら何やら入ったカバンを投げつけてやったけどハタキであっさり叩き落とされた。あ、しかも今蹴っ飛ばして脱衣所に放り込んだコイツ!


 「んじゃ、茶ぐらい用意してやるから。さっさと着替えてこい」


 「ホントにこの男は……!覗くなよぉ?」


 「ハッ、需要がねぇ」


 「アンタ以外にはきっとあるよ!」


 半場ヤケクソになってその場で上着とブラウスを脱いで投げつけてやる。あ、またハタキで落とされた。ってまた蹴っ飛ばして脱衣所に…って器用だねアンタ!


 「着替えついでにシャワー浴びてくる!覗いたら原子分解するからね!」


 「ん、そろそろ茶葉が無くなってきたな…まぁいいや今日はティーバックで」


 「既に聞いてすらいないし!」




 「ふぅ…」


 「サッパリしたか?」


 「頭の中以外はね」


 茶釜組の事務所がやたらタバコ臭かったせいで髪にも制服にも思い切り匂いがこびりついてたけど、ようやくスッキリしたよ。

 濡れ髪をタオルで拭きながらリビングに戻ると既にテーブルの上にはホカホカと湯気を立てる紅茶と、プチトマトとウィンナーが添えられたキッシュが用意されていた。相変わらず、この無駄にクオリティの高い家事スキル…能力の高さだけは尊敬するよ。

 能力だけは、ね。


 「ほうれん草と卵が安かったんでな。ま、冷めないうちにでも冷めてからでも好きに食いな」


 「温かいうちに食べるよそりゃあ」


 髪を拭いたタオルをそのまま肩にかけてテーブルにつく。まずはお風呂で汗を流した分の水分補給、紅茶を一口。…よし、砂糖を少々。


 「しかし、年頃の娘が家に戻った途端ジャージかよ」


 「うっさいな。家の中なんだから好きな恰好でいいの!」


 「だからスタイルの割に色気ねぇんだろ」


 「刺すよ?このフォークで刺すよ!?」


 「キッシュ刺せや」


 言われなくても刺すよ!卵部分のフワフワ感とパイ部分のサクサク感のコントラストがもうフォーク越し感触から既に美味しそうだよ!……そして実際美味しいよ!


 「…ねぇ」


 丁寧にソテーした後に混ぜられてるほうれん草のほんのり感じる苦みが卵の甘味を引き立てて、ついついパクパクとフォークを口に運ぶ手が止まらなくなってしまう中、今日の出来事を思い出し、忍に尋ねる。

 忍は返事代わりに台所からフライパンを磨きながらヒョイ、と顔だけ出して見せる。


 「今日さ、帰りに茶釜組の事務所に連れていかれたんだけどさ」


 「皆殺しか」


 「誰もやってないよ!じゃなくて、じゃなくてさ!」


 そりゃあ、「あの頃」は実際関係者全員跡形も無く消し去ってやろうかとか思ったけどさ…。

…思っただけだよ。


 「忍のほうにも話行ったんでしょ?『剣舞祭』の事…」


 「ああ、ついでに言えば昨日『局長(ワイズマン)』からも直接似たような依頼が来たしな」


 「『五大長』の一人から直々って…忍ってさ、本当に『星海の皇女(エンプレシア)』のサブマスターなんだね…ぶっちゃけあんまり信じてなかったけど」


 「元な。それに所詮お飾りの使いっ走りだっただけだぞ」


 「うん、まぁその話はその話で今度色々聞きたいけど」


 「話さねぇよ」


 いや教えてよ正直すっごい気になるんだから。…こほん、話が脱線しちゃった。本題本題。


 「茶釜組からの依頼…、私受けようと思うんだ」


 「そうか」


 私なりに結構考えて、色々と考えて、この結論に至ったというのに、顔色どころか眉一つ動かさずに反応がたった3文字ってなにさ。もうちょい驚くとか意外そうな顔するとかさぁ…。


 「…だからさ、忍にも協力してほしいんだ。っていうかむしろ私から忍に頼んでほしいって話だし」


 「どいつもこいつも、いつまでも人のことを『孤狼』なんて昔のイタい呼び方しやがって。俺は今知っての通りどこぞのポンコツへっぽこオタニート娘の介護で忙しいんだよ」


 「ぐぎぎ…!そ、それは分かってるけど!仕事のブッキングとかじゃなくて、これも私の世話の一環だと思って、ねっ?」


 「…お前が茶釜組にそこまで協力的になるとはな」


 「別に、茶釜のタヌキオヤジのためじゃないよ」


 忍は本気で興味が無いのか、どうでもいいと言わんばかりに小さく溜息をついてから、空になったばかりの私の前のお皿にキッシュのおかわりを置いてくれる。くそぅ、太る!


 「オーライ(了解だ)。それじゃ、ちゃっちゃと出場資格をどうにかしないとな。もう開催まで1週間程度な訳だし」


 「頼んでおいてこう言うのも何だけどさ…こんなアッサリ引き受けてくれるとは思わなかったよ」


 「なに、あの陰険糸目に良い嫌がらせが出来るかもしれないしな」


 「たまには普通に感謝させてよ」

前回から2カ月以上間が空いてしまってますね…どうにもSSサイト投稿ばかりやってしまっていてコッチが疎かになってしまってます。え、仕事?…ハハッ


次回からようやく剣舞祭開催です。辻斬りシキョウの事情、裏で糸を引くスザク興業と茶釜組の利権争い。また色々面倒な事になってますね。みんな爆破しちゃおう



余談ですがモプシーが学園の一角を借りて作った畑のニンジンが最近その品質から話題になって当の本人は相当アワアワしているそうです。

ちなみに『わたしが作りました』と顔写真をラベルに貼ったら売り上げが6倍になり当の本人は超絶アワアワしているそうです。

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