堕ちた翼・その2
「更新期間空きすぎだろ。作者死んだと思われてるんじゃないか?」
「うーん、流石にフォローの言葉が無いや」
「ゴメンナサイ」
「誰だアンタ」
「何を言ってんだ。しばらく見ないうちにボケたか?」
馴れ馴れしく人の頬に這わされた手を振り払う。久方ぶりに対面した昔の職場の上司(?)の変わらぬ様子はただでさえ色々と面倒な事になっている今回の一件でウンザリ気味の俺に更なるストレスとなって伸し掛かってくる。
「久しぶりの再会だっていうのにつれない態度だねぇー。ま、あんたが愛想良いのは接客中だけだもんね」
「俺も忙しいんだ、用件があるならさっさと言ってどっか行けカタリナ」
「酷っ。前みたいに親しみと愛を込めてカリンって呼んでよ。何ならカティでもいいけど」
「お前にそんな感情込めた覚えは一度もねぇし呼んだ事もねぇよ記憶の捏造とか末期症状だなよし今医療スタッフに連絡してやるからそのまま隔離病棟で余生を過ごすといいご愁傷様」
「うわっ、その場の思い付きでよくもまぁスラスラと噛まずに罵詈雑言が出てくるね」
カタリナは口ではそう言うものの別段気を悪くした風も無く、むしろケラケラと楽しそうに笑いながら手近にあったテーブルの上に行儀悪く腰を下ろす。おい居着くな出てけ。
「用件は何って、だから今言ったでしょ?忍を連れ戻しにきたって」
「俺はもうギルドを抜けた身なんだが」
「マスターである私は許可してないじゃん。つまり今のあんたはただの絶賛サボり中って感じかな」
「無断欠勤団員なんざサッサと首にすりゃいいだろ」
「忍がいないとつまんないんだもん~」
「俺はお前のオモチャじゃねぇよ」
足をバタバタさせ、まるで子供のように振る舞うカタリナ。だが当の中身は実際の子供より遥かに子供っぽく幼稚な悪戯や思い付きだけの計画で周囲を引っ掻き回す天性のトラブル大量生産工場だ。個人的には一番関わり合いになるのを避けたい相手だったんだが。
「忍のほうは随分楽しそうだよね。シャルトリューちゃんとのキャッキャウフフな生活がそんなに良いんだ?」
「そうだな、少なくともお前に振り回されてた頃よりはずっと幸せだな」
「うわぁ…流石に傷つくよそれ。心に傷を受けました。賠償請求します。忍下さい」
「フウで我慢しろよ」
「やだ、アイツ聞き分け良すぎてつまんない」
面倒くさくなったのでテーブルごと外に放り出してやった。
『どうだっタ?』
「もう散々。取り付く島も無いったらありゃしない」
『そういう割には、随分嬉しそうだヨ、マスター』
「まぁね。だって数年ぶりの再会だもん」
「で?あんたはこれからいつもの悪巧み?」
『人聞きが悪いネ。誰かさんが手伝ってくれないから忙しいんだヨ?』
「私は忍に会いに来ただけだし~」
『くれぐれモ、あの娘にはまだ接触しないようにネ』
「分かってるわよ。はいはい無駄話してないで働きなさい。私はこれから屋台巡りで忙しいの!」
『…ブラック企業も良いところだよネ、ウチも』
そしてその後も試合は進み…1回戦を勝ち上がった8名の選手たちによる2回戦が始まった。
…な、筈なんだけど怪しいお面男は2回戦が始まっている時間なのに呑気に売店で飲み物なんか買ってる。
「アイスコーヒー。ガムシロありったけ」
「いつも思うけど、よくそんな激甘ばっか摂取して太らないよね」
「育ち盛りなんだよ。お前と違って」
「私だってまだまだ育つよ!きっと育つよ!未来は明るいよ!」
悪意のこもった視線が私の背丈とか色んなところに向けられるのがお面越しにも感じ取れたのですかさずそのフザけたお面に右ストレートを放つ。もちろん空振り。カウンター気味にほっぺたにめっちゃ冷えたラムネの瓶が押しつけられる。ちべたい!
「しっかし…ホント最低だね、アンタって」
「何の話だよ」
お面をちょっとだけ上にズラして、見てるだけで気持ち悪くなるような量のガムシロップを投入したコーヒーを啜り「うん、甘い」と呟くモフモフ仮面(忍)。そりゃまぁ、証拠は無いけどさ。アンタの仕業でしょ絶対…。
「たまたま次の対戦相手が謎の腹痛で未だにトイレの住人になってるってだけだろ?変なものでも食べたんだろうな、きっと」
「そうだね。きっとどこかの悪辣なやさぐれ野郎からご飯に何か仕込まれたんでしょうね」
「失礼な奴だな。これでも俺は食べ物を悪用することだけは絶対にしないぞ」
「別に忍が、なんて言ってないんだけどさ」
「下剤は食べ物じゃなくて箸のほうに仕込んだんだからな、くれぐれもそこのところ誤解の無いように」
「結局やってるんじゃないさ!」
私、これでも一応ほんのちょっとぐらいは「こんな大きなイベントで試合するんだから応援してあげよう」って気持ちでわざわざ観に来たんだけどさ…。今のところ私が見た忍の雄姿って不意打ち金的だけなんだけど。あ、ラムネありがと。
「まともに戦っても強い癖に。ちゃんとやりなよ」
「わざわざ無意味に手の内晒す必要ないだろ。さて、そろそろ次の対戦相手を陥れに行くか」
「試合しようよ!!」
「仲の良いこっちゃな」
鬼畜外道なお面男に空になったラムネ瓶で殴りかかろうとしたところで、見覚え深い顔に声をかけられる。
「コラット嬢。先日はどうもな。それと、こうして直接会うのは随分やな、大上」
「茶釜、社長…」
ノッシノッシと、恰幅の良い体を揺らして茶釜組の茶釜社長がやってくる。その横には悪趣味としか言いようのない真紫色のスーツ姿の細男。あれ、こっちもどっかで見覚えあるような…。
「大上?人違いじゃないか。俺は謎のマスクマン、モフモフ仮面だ」
「ええねん、そういうのは」
「チッ、ノリの悪い狸だな」
茶釜社長は忍のペースに乗せられる前にパタパタと手を振って強引に話を区切る。以前から忍と社長は何やら面識があるみたいだけど、そのせいか忍の扱いにもちょっぴり慣れてるみたい。
「何か用か?また趣味の悪いスーツだな。50年ぐらい前のC級映画に出てくるザコマフィアのボスみたいだぞ」
「誰がド田舎で細々とうだつの上がらないシノギしとったところで上方組織の捨て駒にされるシチリアマフィアやボケぇ!」
「そこまではまだ言ってねぇよ」
前言撤回。慣れてないや。ってか慣れる人なんていないのかもしれないけど。
「ったく、こんガキゃあ…。なぁ文福。これそんな似合うてへんか?」
「いえ、御立派ですぜオヤジ!」
「えっと、何で茶釜のシャチョさんが?」
「何でとはご挨拶やな。コレはワシんとこの代表選手や。雇い主が観戦に来てもおかしくないやろ」
「代表選手?人違いじゃないか。俺は通りすがりのポンコツ介護人なんだが」
お面を外してしれっと言ってのける忍に無駄だとは分かってるけど脛目掛けてローキック。スッと避けられて逆に両手でガッチリ頭を掴まれあだだだだだだっ!潰れる!シャルちゃん頭蓋骨潰されちゃう!!
「勝ち進んどるな。勝ち方は別として」
「こんな大観衆の前で手の内晒す訳無いだろ。んで?わざわざノコノコと丸狸がこんなとこまで、本当は何の用だ」
「その前にっ、頭っ、頭、つぶれるっ!」
…ぷはぁ!あだだ…ちょっぴり頭蓋骨縮小してない?ズキズキするんだけど…あ、今度は髪ワシャワシャされ始めたし。
「ほんまは事務所でテレビ観戦しとるつもりやったんやけどな。…知っとるか?スザクの会長もここに今来とるそうやで」
「スザク会長って、タヌキ社長の商売敵の?」
「せや。あの腹黒鳥娘が自ら来よってんねん。何か企んどるのは確実や。くれぐれも気ぃつけ?」
「腹黒って…忍より?」
ようやく私の頭から手を放した忍を振り返ると、丁度茶釜社長と、文福さんも釣られたように忍のほうに視線を移す。あっ、いつの間にか三つ編みにされてるし!
「…なんだ、揃いも揃って失礼な奴らだな」
「…せやな、心配いらんかったわな」
「へい、むしろスザクの連中が気の毒でさぁ」
「さてと、嫌がらせに次の試合で負けてくるか」
「2回戦突破おめでとう。次は準決勝だな」
試合を終え、控室に戻るとそこにはイーグレットさん以外の来訪者の姿がありました。
数人の屈強な取り巻きに囲まれたその中心にいる人物に、私は思わず表情が強張ってしまう…。
「…これはこれは、スザク会長。御自らいらっしゃるとは」
「そう邪険にしなくてもよかろうて。なぁに、激励に来ただけでの」
鮮やかな赤と橙色の髪をシニョンキャップに纏めた、髪色に合わせたチャイナドレス姿の女性、ヨコハマ市の5分の1を占めるチャイナタウンを統べるスザク興業の会長、南方スザク、その人。
歳は確か私とそう変わらない筈ですが幼少の頃よりどっぷりと裏社会に浸かり生きてきた為か、とても同年代とは思えない風格を感じさせられます。
「順調に勝ち上がっているようで何より。この調子で優勝頼むぞ?」
「そうですね、大会前に目ぼしい選手は「間引いて」いますから。問題は…」
「あの孤狼か。なになに、そちらは任せておくが良い。既に手は打ってある」
「…何を企んでいるのですか?」
「ふふ、そう怖い顔をするな。それとも、「アレ」と正面切ってやりあって勝てるのか?」
見透かしたようにクスクスと笑うスザク会長の言葉が猛烈に勘に触る。確かに自信なんてありませんし、私のこの現状だって自業自得です。けど、その元凶はまさに今目の前にいるこの人なのに…!
「おお、怖い怖い。その殺気をあの狼にぶつけてくれぬか?」
「言われずとも、勝って見せます…。ですからそちらも、くれぐれも約束を違えないようにしてくださいね」
「ふふ、盟約は守るさね。どれ、では引き続きそなたの雄姿、客席で見物させてもらうのでな」
「し、師範代…」
スザク会長が取り巻きを引き連れて立ち去った後、イーグレットさんが不安そうな声をかけてきました。
「大丈夫ですよ。私のやるべきことは何も変わりませんから」
「で、ですが…」
「…勝ちます。あの『孤狼』に勝って、父さんの汚名を絶対に晴らして見せます…」
例え、その為にこのどれだけこの手を、父から受け継いだこの剣を汚す事になってしまうとしても…。
「お疲れ様です。…とは言え、疲れてはいないかもしれませんが」
「何言ってんだ、準決勝らしい白熱した試合内容だっただろ」
「試合開始早々刀を投げつけて怯んだところにコブラツイスト。確かに観客の皆さんは白熱していましたね」
こちとら試合直後だと言うのに愛想のないセコンドだ。どうにも俺はウリからは本当に好ましく思われていないらしい。ま、どうでもいい。
「さてと、これで後は決勝戦。勝ち上がってくるのはあの通り魔娘だろうな」
「それで、どうするんですか?やはりここは騎士団に事情を説明するべきでは…」
「スザク興業の事だ、どうせそんなことしても実行犯1人を切り捨てて知らぬ存ぜぬでしらばっくれるだけだろ」
所詮、あの通り魔仮面はスザク興業からすれば体の良い捨て駒だ。だが、元より使い捨てるつもりの駒だっていうならこちらで有効活用させてもらおうじゃないか。
「大上さんには何か考えがあるようですが…」
「んな心配しなくても、シャルを巻き込んだりしねぇよ」
「そういう事を言っている訳では…!」
こっちは少し休憩したらもう決勝戦な訳だし、少しぐらいは休息を取らせてもらいたいんだが。口煩いセコンドのお陰で気が休まらないじゃないじゃあないか。
「ほれ、後1試合なんだ。ウリはシャルのお守りでもしてな」
「また、そういう言い方を…」
ウリは不機嫌そうに、ブツブツと文句を零しながら控室を出ていく。これで益々嫌われたかな?
まぁ、それはどうでもいい事だしこの後の事を考えないとな。
十中八九、決勝に上がってくるのはあの通り魔仮面だろう。正直この大会の参加者の中でも通り魔仮面の力量は明らかに群を抜いている。
面倒なのはここからだ。ただ勝てばいい訳でも無ければ相手の罪を暴けば解決という話でもない。今回の依頼は騎士団の体裁を図る目的も兼ねているのだ。個人的には心底どうでもいい事だけどな。
(ま、面倒くさいが何とか出来ない事でも無いけどな。その為に前もって「色々」やっておいた訳だし)
突然、控室の中にまで響く大きな歓声が試合会場の方から湧き上がる。お、どうやらもう1つの準決勝も終わったようだ。モニターを点けると案の定、勝ち上がってきたのはフェザーマスク。あの通り魔娘だ。
「…さて、と。それじゃあいっちょやるとしますか」
軽く腕を伸ばして屈伸運動。体を解してから今日まだ一度も鞘から抜いていない愛刀を手に取る。
決勝戦開始まではまだまだ時間はあるが「打ち合わせ通り」に事が運んでいるかどうか確認する必要がある。ポケットから携帯を取り出すとアドレスに登録をしていない番号へと、履歴を辿り連絡する。
「…もしもし。…ああ、計画通り決勝でブチ当たる事になったな。…じゃ、予定通りに。あいよ」
簡潔に確認を取り一足先に目的の場所へと向かおうとした矢先、たった今仕舞ったばかりの携帯がポケットの中で震える。
てっきり言い忘れたことでもあったのか、と思い画面を開いた俺の目に飛び込んできたのは、予想もしていなかった光景だった…。
『大変長らくお待たせしました!長きに渡る『剣舞祭』も残すところ後1試合!まもなく決勝戦の開始となります!』
『長きも何も半日も経ってないだろ』
『つれないツッコミはシカトして、決勝戦の特別ルールをご説明します!決勝戦は従来の試合会場とは別の特別ステージで行われることになります』
『おい、やっぱ俺ツッコミ係に呼ばれたのか?』
『昨年の決勝戦は獣人地区の原生林。一昨年は廃線となった列車内と毎年趣向を凝らし特殊状況下での白熱した試合をお送りしているこの『剣舞祭』。そして今年の決勝ステージに選ばれたのは…ここだぁ!』
「あのコントみたいな実況何とかならないのかなぁ」
「マスター、マスターの出番ハまだデす?」
「あ、あの…ステージが発表されます…です」
モプシーの声に会場の大型モニターを見上げてみるとそれまで真っ暗だったスクリーンにパッ、と映像が映し出される。うん?一体どこだあれ。何やら建物の中みたいだけど…だだっ広い空間のあちこちにむき出しの鉄骨が天井まで伸びている。壁のあちこちは何か中途半端に塗装中だったり崩れていたり。廃墟?
『今回のステージは今夏オープン予定の大型ショッピングモール、『ホンカワモール』です!オープンに支障が出ないように整備中の地下貯水エリアをお借りして行われることになりました!さぁ遠慮なく盛大に暴れてみせろぃ!!』
「遠慮なく、だとさ」
打ちっぱなしの鉄筋造りの足元を何度か踏み付けて強度を確認しながら、『孤狼』はまるで世間話でもしているかのような口調でこちらに声をかけてきました。
「ああ、そう警戒しなくても、ここでは音声は拾われねぇよ。とても人前じゃ言えない内緒話があるなら好都合だな」
決勝戦開始の合図も間も無くだと言うのに、全く予想していなかった訳ではありませんでしたが、彼には既にこちらの事情も、おそらく素性も全て知られてしまっているのでしょう…。
「…私は、今更引くことは出来ません」
「だろうな」
「良いのですか?今ならまだ大会運営に私のことを知らせれば失格にする事も出来ると思いますが」
「自惚れてるのか」
挑発目的では無く、彼が本当に、心から、呆れた様に漏らしたその一言に途端に体の奥から、何とも言えない騒めきのようなものが込み上げてきました。
『よっしゃそろそろ時間だよ怪しいマスクマン2名。心の準備はオーケー?お客さん達のトイレタイムももうオーケー。ならばそろそろ始めよう!『剣舞祭』決勝戦、いざ尋常に、尋常ならざる試合を!』
「…木葉流、シキョウ。貴方に恨みはありませんが、斬らせて頂きます」
「頑張れ」
『試合、開始ッ!!!』
貯水池の鉄骨に括りつけられたモニターから響く、実況の大きな声での試合開始の合図。同時に鳴り響くゴング代わりのブザー。
腰を、膝を落として頭半分ほど身を屈め、溜を作る。左手は既に鞘に、右手は柄にかかっている。
技量も経験値も向こうの方が上手ならばこちらは上回る「速さ」で真っ向から押し通る!
先手必勝。初見から出来得る限りの速度を乗せて剣を振るう。これまでの試合を全て数秒で終わらせてきた戦法。けど…。
「遅い」
あの『鋼桜』も退けた最高速度の一太刀が虚しく空を切る。初見でこれを回避されるのは驚きだけど想定の範囲内。踵を返して今度は翼を大きく広げ、更にさっきよりも身を屈めて反動をつけ、速度を上げて切りかかる!
またも空振り。ならばと鉄骨を蹴って側面から刀を下げていない右側の死角を狙い、仕掛ける。
けどこれも当たらない。それどころかかすりもしない。あの安物のお面で分かりにくいけど、彼はろくにこちらを見てもいないというにも関わらず、どれだけ速度を上げても、手数を増してもこの剣が届く気がまるでしない。
「…なん、で…?どうして…!」
10、20と無様な空振りを繰り返し、乱れた呼吸を整える為に一旦距離を取る。思わずそんな言葉が口から洩れてしまったのは、本当に無意識のことだったけど。
「…話にならねぇな」
『孤狼』は、ずっとポケットに入れっぱなしだった左手をゆっくりと腰に下げていた刀に伸ばし…。
「ほれ」
「えっ?」
本当に無造作に、そのまま留め具を外してこちらに向かってポイッ、と鞘に納めたまま刀をパスするように放り投げたきた。
私がそれを打ち払うか、避けるか、それともキャッチして武器を奪うかほんの数瞬逡巡した瞬間、私の目の前にまるで瞬間移動してきたかのように『孤狼』が距離を詰めていた。
「しまっ…!」
慌てて背後に精一杯飛び退きましたが避けきれず、凄まじい衝撃を腕に覚えてそのままほとんど後方に吹き飛ばされるような形で硬い床の上を転がることになりました。追い打ちを避けるべく切っ先を振り回しながら身を起こし構えを取り直すと、『孤狼』は追撃などする気配も無く、自分がたった今放り投げた自分の愛刀を拾い上げているところでした。
(あ、危なかった…!あと少し遅かったら、今ので終わってた…!)
今だにビリビリと鈍く痺れる左腕。見えなかったけど、恐らく蹴られたんでしょう。…そうですか、私程度なら素手で十分だと。そういう事なのでしょうか?
「決勝戦でも、刀を抜く気は無いのですか?」
「そうだな、今のところ必要が無さそうだ」
「…っ!」
ギリッ、と耳障りな感触と音を立てて無意識に歯軋りしてしまう。
悔しい。まるで相手にもされていない。あんな縁日でワンコインで買えるようなお面では視界もほとんど限られているでしょうに。刀も抜かず明らかに手を抜かれている。
悔しい。そんな相手に手も足も出せないでいる、自分自身の力の無さが、頭がどうにかなってしまいそうになるぐらいに、悔しくて堪らない。
「ギブアップならさっさとしてくれ。気は済んだだろ?」
今度は言い返す事も出来ず、咄嗟に飛び掛かってしまった。あまりの屈辱と悔しさに、感情に任せて振り下ろした剣は当然命中する筈も無く空を切る。
「…っ!戦え!私と剣を合わせろ『孤狼』!」
避けられた剣先を返し、横薙ぎに一閃。更にそこから刃先を立てて突きを繰り出すが、そのどれも片手をポケットに入れられたままの彼にかすりもしない。こちらの太刀筋など、ろくに見えない筈なのに…!
「どうして、戦おうとしない…!」
苛立ちが、感情が抑えられなくなっていく。仮面で隠れてはいるだろうけど、きっと今、私はとても醜い顔をしているのだろう…。
「私は、刃を合わせる価値もないのですか!?戦いなさい、『孤狼』!」
感情のままに、怒りのままに振るう刃が当たる筈も無く。それでも私は何度も何度も、怒りのままに剣を振るい続けた。
惨めだ。自分の不甲斐無さが、無力が悔しくて堪らない。せめてこの一戦だけは一介の剣士として挑もうと勝手に意気込み、結局歯牙にも掛けられないでいる。
「戦え……戦えっ!私と戦え!」
「うるせぇよ」
次の瞬間、視界が真っ赤に染まり
宙を舞う自分の両腕が、どさりと地面に落ちる音を聞いた。
「うーん、どうしたんだろ?」
観客席がさっきからザワザワしてる。まぁ無理もないよね。モニターから全然音声が聞こえないんだもん。
仮面の剣士と変態お面の試合はそれなりに白熱していた(ように見えたけど)分、音が全く伝わってこない事に段々観客たちが騒ぎ始めた。やれ「金返せ」だのやれ「モフモフ仮面の口汚い馬頭を聞かせろ」だの。
「マイクの故障…でしょうか…?」
「シャコちゃン、直せマセんか?」
「直せるかぁ。私をなんだと思ってるのさ」
いくら私が世界一の超絶無敵天才美少女だからって遠くのモニターを手も触れずに直せたら、それもう只の神様だよ。
「どうしたんだろ、ホントに。…あ、ウリに聞けばいいのか」
「なるホど。セコンドで近くニいる筈でスもノね」
早速携帯をポケットから取り出してウリにコール。………。出ない。
「…あれ、おかしいな。寝ぼけてなければ2コール以内には出るんだけど」
「…ど、どれだけシャルさんに甘いんですか…ウリさんて」
遠く離れたバトルステージを映す無音のモニターの中は蹲るフェザーマスクとそれを見下ろすモフモフ仮面。
…何となく、本当にただの勘だけど、何かすごく嫌な予感がして、居てもたってもいられなくなり立ち上がる。
「シャ、シャルさん?」
「おトイレなラ、そこの通路ヲいって右デすかラね」
「違うよ!ウリと連絡取れないなんて嫌な予感がするし、ちょっと行ってくる!」
「ええっ?あ、じゃ、じゃあ、わたしも…」
「モプシーさン、ワタシ達はマスターのご雄姿ヲ目に焼き付けル使命がアリますヨ」
やや遅れて立ち上がろうとしたモプシーを、マキナさんがヒョイッと抱え上げて、何故か2.3度左右にユサユサ振ってから、自分の膝の上にポスンと乗せる。
「じゃあ2人はここでお留守番よろしく!」
「えっ?あ、あのっ」
「いっテらっシャーい」
「はぁ…!はぁ……!」
心臓が激しく震える。びっしりとかいた汗が仮面の中で顔を濡らす。両腕は…何ともなっていない。
あまりにも生々しく、ハッキリと両腕を切断されるイメージが突然脳裏に浮かんだ。上がってもいない鮮血まで、ありありとこの目に映るほどの、鮮烈な死のイメージ。
目の前で対峙している相手は、1歩も動いていないどころか指1本すら動かしていないというのに。
「やめておくか?」
その声は、思いのほか優しいトーンだった。それは私に対する憐憫か、失望か。どのような感情が込められているのかは計り知れないが…。私にとっては何度目かも分からない侮辱の上塗りでしかなかった。
「…退けない、と…言いました…っ!」
そう、絞り出すのが精いっぱいだった。言った次の瞬間今度は首を跳ね飛ばされるイメージに襲われるのではないかと、ヒッと思わず息を呑む。そして直ぐに、そんな自身がこの上なくみっともなく惨めになる。
次元が違う、桁が違う。そんな話ではない。『孤狼』。生きる伝説。こうして間近で殺気を充てられるだけでこの様なのだ。伝説と勝負しようなどと、私はどれだけおこがましい思い違いをしていたのだろうか。私の目の前にいるのは間違いなく、この世界で最強の剣客だと言うのに。
「試合続行か。そりゃ結構」
彼が、一歩こちらへと足を踏み出す。もはやたったそれだけの行為が、私にとってはこの上なく…怖い。
仮面も刀も、何もかも放り投げてみっともなく悲鳴を上げて背中を向けて全力で逃げ出したい気持ちを必死に抑え込む。ここで逃げたら今まで私がしてきた事が本当に無意味なものになってしまう。
それだけは絶対にいけない。散々この手を汚したのだ。守りたかったはずの道場の剣を自ら汚してしまったのだ。
ここで逃げ出してしまったら、それこそ私は…私は…!
「うわぁああああああああああああああっ!!」
もはや技も何もない。枝切れを振り回す子供のように、恐怖心を誤魔化すように無様な大声を上げながら無我夢中で剣を振り下ろす。
仮面をつけていて良かったと、この時ばかりは心から思いました。
きっと私は今、とても見苦しい顔をしている筈ですから…。
「……ん…」
暗い…それに頭が少し痛む。…あれ、私は確かさっきまで大上さんの控室にいて…。
「お目覚めかイ?」
投げかけられた言葉に初めて、そこに見知らぬ男性が立っていること。そして今の自分が椅子に手足を固定され拘束されている状態にある事に気が付きました。
「手荒な真似をして悪かったネ。魔術技巧専門学校理事長のご令嬢相手だし、もう少しキチンとしたエスコートをしたかったところだったんだけどネ」
「…貴方は?」
「ああ、そう警戒しないでもいいヨ。少なくとも君の敵ではないからサ」
そう言って、前が見えているのかと疑問に思うほど細目の…年齢は20代半ばあたりでしょうか?いまいち歳が掴めない印象の、中華系の民族衣装姿の男性は愛想の良い笑顔を見せてきますが、どこの世界に突然薄暗い部屋に拘束された状態で初対面の相手を警戒しない人がいるのでしょう?
「では、少なくとも大上さんの敵ではある、という事でしょうか?」
相手の素性も意図も読めない以上、少しでも何か情報が欲しいところです。けど彼は私の挑発的な質問に対してクスクスと楽しそうに肩を震わせて、これまた大仰に肩をすくめて、一言。
「さぁ、どうだろうネ?」
「…さしずめ私は人質ですか」
「流石。聡明だね生徒会長さん。いやいや、このままセンパ…大上に優勝されると困る人達がいるんだヨ」
やっぱり、そういう事でしたか…。大会前の辻斬り事件も有力選手の排除。つまり一連の黒幕の目的はこの『剣舞祭』の優勝。
「良いんですか?そんなことをペラペラと。それでは優勝者のスポンサーが犯人だと言っているようなものでは?」
「推察は自由だヨ」
どうやら腹芸で勝てる相手では無さそうです。何者かはわかりませんが、恐らく私をこうして人質にしている以上はスザク興業の者。もしくはその協力者なのでしょう。ですが…。
「私を人質にしてあの人にどう脅しをかけたかは知りませんが、彼がそんな事でおとなしく言いなりになるとは思えません」
「おや、自分に人質の価値が無いと?そう卑下するものじゃあないヨ?」
「…自分で言うのも何ですが、あの人とはさほど親しい訳でもありませんし、あの人が私を身を挺してまで守るとは思えません」
正直、これは本心からの言葉です。どちらかといえば私と大上さんは信頼関係も希薄ですし友人という訳でもありません。
彼が今までシャルやモプシーさん、シーナを助けたのも仕事上という事もあるのでしょうし。
「君は、まだあまりあの男の事をよく知らないみたいだネ」
クックッ、と、笑いながら目の前の細目の男性はその糸のような眼をほんの少しだけ見開いて、何故か楽しそうに声を弾ませます。
「アレはいつだってそうサ。関係ない、興味がない、知ったこっちゃないって顔してる癖にいざとなったら何もかも全部まとめて抱え込もうとスル。強欲で嘘つきで、どうしようもないロマンチストなのサ」
だからこそ、と彼は益々楽しそうに、今度は口元を歪めて言葉を続ける。
「断言するヨ。アイツは絶対に君を見捨てない。例え自分がどうなろうと、ネ」
ほら、と細目の男性に促されて傍に置かれていた小型モニターに視線が向き…。
画面の中では、フェザー・マスクの剣を受け血飛沫を上げる大上さんの姿が映っていました…。
どれだけ間が空いてしまったんだか…一応作者はこの通り生きています。いえ、どうにもSSサイトでの制作作業のほうばかりに掛りっぱなしで…本当すいません。……万一これを読んで下さっている方々がいればですが…けふん。
剣舞祭も決勝戦開始。胡散臭いマスクマン同士の色モノすぎる決勝戦。辻斬りシキョウの決して退けない事情、大会の裏で行われているスザク興業と茶釜組の利権争い。そして捕らわれたウリ…。またまた一筋縄ではいかなくなりそうです。ちゃんとしっかり仕上げられるんでしょうかね作者は。…ねぇ?
ちなみに今回の剣舞祭のテーマソング『どうせ切るなら啖呵にしようぜ』は発売から僅か2日目で売り上げランキング1位を獲得。現在TVCMでもバンバン流れ売り上げも伸び続けているそうです。
歌っているシレーナ・カンタンテ嬢からも「出来れば見に行きたかったよ…」と悲痛なコメントを頂いております。




