当たらない
翌朝、クロードは屋敷の修練場に立っていた。
手にしているのは木剣だった。
久しぶりに握る感触を確かめるように柄を握り直し、ゆっくりと構える。
学園へ行ってから、魔法を使う時間はずっと増えた。
《放つ》を覚え、《曲がる》を試し、《丸くする》では何度も失敗した。
鉄球を使った練習も続けている。
それに比べると、剣を握る時間はほとんどなくなっていた。
クロードは一度木剣を振った。
そのまま足を動かし、もう一度振る。
「……」
振り方を忘れたわけではない。
身体も動く。
父上から教わったことも覚えている。
けれど、何度か繰り返しているうちに少し気になるところが出てきた。
足を出してから剣を振るまでが、以前よりわずかに遅い気がする。
一度振ったあと、次の動きへ移る時にも少し引っかかる。
できないわけではない。
ただ、前はもう少し自然に動けていたように思う。
クロードはもう一度構えた。
何度か繰り返して確かめていると、修練場へ誰かが入ってきた。
「もうやってたのか」
クロードが振り返る。
「ザナン兄さま」
「朝から元気だな」
ザナンはそう言いながら近づいてきた。
クロードの手にある木剣を見る。
「どうだ?」
「使えるよ」
「そりゃよかったな」
「でも、ちょっと変な感じがする」
「変?」
「前より少し遅い気がする」
ザナンがクロードを見る。
「じゃあ、やってみるか」
「うん」
ザナンも木剣を手に取った。
クロードはそれを見て少し首を傾げる。
「ザナン兄さま、槍じゃないの?」
「お前が剣の練習するんだろ」
「そうだけど」
「俺が槍持ったらやりにくいだろ」
「それはそうか」
二人は少し距離を取った。
ザナンが木剣を構える。
それを見た瞬間、さっきまで一人で振っていた時とは空気が変わった気がした。
クロードも構える。
「来い」
短く言われ、クロードは踏み込んだ。
木剣を振る。
ザナンが横へ動いた。
木剣は何もないところを通り過ぎる。
クロードはすぐに向き直った。
もう一度踏み込む。
今度は少し早めに振った。
けれど当たらない。
ザナンは大きく逃げているわけではなかった。
クロードの木剣が届くところから、必要な分だけ身体をずらしている。
もう一度。
今度はザナンが動く方を見て追った。
振る。
ザナンの木剣が軽く触れ、こちらの木剣が外へ流された。
「……」
クロードは一歩下がった。
「どうした?」
「速い」
「あ?」
「ザナン兄さま、こんなに速かった?」
「お前、俺とまともにやったことないだろ」
「ないけど」
街道で盗賊に襲われた時にも、ザナンの動きを見て速いと思った。
けれどあの時は、少し離れたところから見ていただけだった。
今は自分へ向けられている。
同じ速さでも、見え方がまるで違った。
クロードは再び構えた。
今度はザナンが動くところをよく見る。
「行くよ」
「来い」
踏み込む。
ザナンが動く。
それを見てから剣の向きを変えようとする。
遅い。
振った時には、もうそこにいなかった。
クロードは足を止めた。
「……当たらない」
「そりゃ避けてるからな」
「そうじゃなくて」
クロードはザナンがさっきまでいた場所を見る。
剣は振れている。
自分で狙ったところにも振れている。
けれど相手がそこにいない。
街道で雷を放った時もそうだった。
狙って撃った。
けれど相手が動いた。
今度は雷ではない。
剣だ。
近くにいても、相手は待ってくれない。
「もう一回」
「いいぞ」
クロードは構え直した。
それから何度もザナンへ向かっていった。
当たらない。
たまに木剣同士が触れても、それはクロードが狙って当てたものではなく、ザナンに受けられただけだった。
一人で剣を振っていた時には分からなかった。
身体が少し鈍っていることだけが問題ではない。
相手が動く。
自分も動く。
その中で剣を届かせなければならない。
しばらく続けたあと、クロードは息を整えながら木剣を下ろした。
「疲れた」
「最初から動きすぎなんだよ」
「当てようとすると動かないと届かないよ」
「だからって全部追いかけるな」
「じゃあどうするの?」
「考えろ」
「教えてくれないの?」
「今ので一個分かっただろ」
クロードは少し考える。
確かに分かったことはある。
「動く相手に剣を当てるのは難しい」
「そこからでいいんじゃないか」
ザナンは木剣を肩へ乗せた。
クロードは手の中の木剣を見る。
昨日までは、盗賊を相手にした時、魔法だけでは足りないと思っていた。
だから剣も使えるようにしておきたかった。
けれど剣を持てば、それで相手へ届くわけではない。
分からないことがまた一つ増えた。
それでもクロードは木剣を握り直した。
「もう一回」
「まだやるのか?」
「もう一回」
「はいはい」
ザナンが再び構えた。
◇
次の日もクロードは修練場へ向かった。
その次の日も同じだった。
一人で剣を振る時間も作り、ザナンが来れば相手をしてもらった。
最初の日より身体は動くようになってきた。
足を出してから剣を振るまでの引っかかりも少し減った。
父上から教わった動きが消えていたわけではない。
使っていなかったせいで鈍っていたところが、少しずつ戻ってきている。
それでもザナンにはなかなか当たらなかった。
剣だけを見ていると身体が動く。
身体を見ようとすると足が止まる。
追えば逃げられ、急いで振れば簡単に外される。
一つ直そうとすると、別のところがおかしくなる。
クロードは何度目かの打ち込みを避けられて足を止めた。
「……難しい」
「今頃気づいたか」
「最初の日から思ってるよ」
「じゃあもっと早く言え」
「言ったよ」
「そうだっけ?」
「言った」
ザナンが笑う。
クロードは息を整えてから木剣を構え直した。
「もう一回」
「ちょっと待て」
「なに?」
ザナンが木剣を下ろした。
「そういや言ってなかった」
「何を?」
「俺、あと7日ぐらいしたら王都に戻るから」
クロードは構えたまま止まった。
「え?」
「だから、あと7日ぐらい」
「もう?」
「もうって何だよ」
「休み、まだあるよね?」
「あるよ」
「じゃあ何で?」
ザナンは木剣を持ったまま肩を軽く回した。
「向こうで訓練したいんだよ」
「士官学校で?」
「ああ」
「休みなのに?」
「休みだからってずっと休んでたら、あとがきついんだよ」
ザナンは少し離れた場所へ木剣を向ける。
「こっちでも身体は動かせるけど、向こうの方がちゃんとした施設もあるしな」
「そんなに違うの?」
「違う」
返事は短かった。
「剣もやるの?」
「やる」
「槍なのに?」
「槍だけやってりゃいいなら楽なんだけどな」
ザナンは少し嫌そうな顔をした。
「剣が得意なやつもいるし、Giftや魔法を使ってくるやつもいる」
「強い?」
「強い」
ザナンが即答する。
クロードは少し驚いた。
自分ではまともに木剣を当てることもできないザナンが、迷わず強いと言う相手がいる。
「だから鈍って帰ると面倒なんだよ」
「そっか」
クロードは少し考えてから聞いた。
「あと7日?」
「ああ」
「じゃあ、その間は相手してくれる?」
「暇ならな」
「昨日もそう言ってた」
「じゃあ今日も同じだ」
ザナンが木剣を構える。
「ほら、来い」
クロードも木剣を構え直した。
7日ある。
さっきまではそう思わなかったのに、聞いた途端に短く感じた。
けれど今は、目の前にザナンがいる。
まずはもう一度。
クロードは地面を蹴った。




