前期の終わり
それからも、学園での日々は続いた。
魔法実習でクロードが繰り返していたのは、《放つ》から《曲がる》へつなぐ練習だった。
的へ向けて雷を放ち、途中で逸れれば、その動きを見て反対へ向きを変える。
早く気づければ元の方向へ戻せることもあったが、遅ければ間に合わず、戻しすぎれば今度は反対側へ外れた。
枝分かれした時には、どちらを戻すか迷っている間に両方とも消えてしまうこともある。
それでも、何をした時に戻せたのかは前より分かるようになっていた。
その合間には《丸くする》も続けた。
雷鳴鋼球を使って長く操作する時もあれば、何も使わずに手元の雷だけで試す時もある。
雷鳴鋼球は練習を助けてくれるが、答えではない。
球を使わずに雷を丸くできるようになったわけでもなかった。
《丸くする》は、まだできていない。
教室では魔法基礎だけでなく、世界史や国史、文学、算術の授業も続いた。
授業を受け、実習場へ行き、昼になれば食堂へ向かい、休日が終わればまた次の授業が始まる。
そうして過ごしているうちに、前期末の試験が近づいてきた。
◇
試験初日、クロードたち一年生は朝から実習場へ集まった。
18人がいつものように並ぶ前で、ガンザスが手元の記録を開く。
「最初に言っとくぞー、実技には点数をつけないからなー」
何人かが顔を見合わせた。
「属性が違えば、同じ操作でも難しさが同じじゃない」
ガンザスは生徒たちを見渡す。
「だから誰が上とか下とかを見る試験じゃないぞー」
「今、自分がどこまでできるのかを順番に確認する」
クロードは小さく頷いた。
同じ名前の操作でも、属性が違えば《印》や手順も違う。
他の誰かと比べるより、自分が何をできて、何がまだできないのかを見る。
それなら、いつもの実習と大きく変わらない。
名前を呼ばれた生徒から前へ出て、これまで習った操作を順番に確認していく。
《丸くする》で形を整え、《放つ》で手元から離し、その先まで進んでいる者は《空中浮遊》や《静止》も見せる。
さらに《曲がる》まで進んでいる者は、そこまで確認された。
途中で失敗しても、それで終わりにはならない。
ガンザスはできたことと、まだ不安定なところを1人ずつ記録していった。
同じところまで進んでいても、でき方はそれぞれ違った。
途中で失敗してやり直す者もいれば、前にできなかった操作まで進んでいる者もいる。
エクリアは水と風を分け、それぞれの属性で今できるところまで確認されていた。
やがてクロードの名前が呼ばれた。
「クロード・アインハルト」
「はい」
クロードは前へ出て、いつもの雷用の位置まで移動する。
左右の防護壁の間から前を確認し、ガンザスの合図を待った。
「じゃあ最初からいくぞー」
「はい」
クロードは右手を上げた。
少ない雷を手元へ出し、《丸くする》の《印》へ移る。
青白い光が揺れ、外へ伸びようとする枝をまとめようとする。
1本を内側へ戻したところで、別の枝が横へ伸びた。
続けようとしたが、丸い形になる前に雷は消えた。
クロードは右手を下ろす。
「《丸くする》はまだだなー」
「はい」
ガンザスが記録へ書き込む。
「次、《放つ》」
クロードは的を見る。
右手を向け、《印》を結ぶ。
《放つ》。
青白い雷が手元を離れ、正面へ走った。
途中で少し揺れたものの、そのまま的の面へ届く。
乾いた音が響いた。
「よし」
ガンザスが記録へ目を落とす。
《放つ》は使える。
それは前にも確認されている。
「《空中浮遊》と《静止》は飛ばすぞー」
「はい」
雷では、まだそこを実習で進めていない。
試験だからといって、初めての操作をここで試すわけではない。
「最後、《曲がる》」
クロードは一度手を下ろし、少し休んでからもう一度的へ向いた。
《放つ》。
雷が前へ走る。
クロードは的だけではなく、そこへ向かう光の動きを見る。
途中で先端が右へ逸れ始めた。
すぐに左へ《曲がる》。
光の向きが変わった。
右へ逸れかけていた雷が正面へ戻り、そのまま的の端へ当たる。
「戻った」
クロードが小さく言う。
「もう1回見せてみろー」
「はい」
少し間を空けて、もう一度《放つ》。
今度は左へ逸れ始めた。
クロードは右へ《曲がる》へ移る。
向きは戻ったが少し遅く、雷は的の左側を抜けて防護壁へ当たった。
「遅かった」
「そうだなー」
ガンザスは記録へ何かを書き足した。
「使えてはいるけど、まだ安定してないなー」
「はい」
「よし、終わり」
クロードは右手を下ろした。
できないものは、まだできない。
できるようになったものも、毎回同じようにできるとは限らない。
それでも、それが今の自分だった。
18人の確認が終わる頃には、2限目が終わっていた。
3限目は教室へ戻り、算術の筆記試験を受ける。
実習場とは違い、教室には鉛筆が紙の上を動く音だけが続いた。
クロードは問題を読み、分かるものから順に答えを書いていく。
考える問題では手を止め、授業や教本の内容を思い出してから次へ進んだ。
昼食を挟み、4限目は文学だった。
2教科目の答案が回収された時には、朝から続いていた試験初日がようやく終わった。
◇
翌日は、残る3教科の筆記試験だった。
世界史、国史、魔法基礎と続き、クロードは習ったことを思い出しながら答案を埋めていく。
どの教科も、実技のように属性で条件が変わることはない。
同じ問題を読み、それぞれが自分の答えを書く。
前の方ではノーゼスが問題用紙を睨み、少し離れた席ではエクリアがほとんど顔を上げずに鉛筆を動かしていた。
ザナトスも試験中は周りを気にする様子もなく、自分の答案へ向かっている。
最後の教科が終わり、答案が回収されると、教室のあちこちから一斉に息を吐く音がした。
「終わったー」
誰かが机に伏せる。
その声をきっかけに、静かだった教室へ話し声が戻ってきた。
ノーゼスが椅子ごとこちらへ向く。
「クロード」
「何?」
「最後の問題、できた?」
「うん」
ノーゼスは少し黙った。
「聞かなきゃよかった」
「どうして?」
「何でもない」
近くで聞いていたエクリアが小さく笑った。
◇
成績が発表されたのは、採点が終わった後だった。
教壇の横へ筆記試験の総合順位が張り出されると、生徒たちが一斉に集まっていく。
クロードもノーゼスとエクリアと一緒に前へ出た。
1番上にある名前を見つける。
クロード・アインハルト。
そのすぐ下には、エクリア・ファインザードと書かれていた。
「1番だ」
クロードが呟く。
隣でエクリアも同じところを見ている。
少しの間、何も言わなかった。
やがて小さく息を吐く。
「……またクロードに負けた」
クロードが横を見る。
「また?」
「入学試験でも負けたでしょ」
「ああ」
「忘れてたの?」
「忘れてないよ」
クロードは少し考えた。
「今、思い出した」
「それを忘れてたって言うのよ」
横でノーゼスが笑う。
エクリアはもう一度、1番上とその下に並んだ名前を見た。
悔しそうに眉を寄せたあと、クロードへ向き直る。
「次は勝つから」
その言葉で、クロードも入学した日のことを思い出した。
あの時も同じことを言われた。
「うん」
「だから、その返事が軽いのよ」
「でも次も試験はあるんでしょ?」
「あるわよ」
「じゃあ、その時だね」
エクリアは一瞬黙り、それから少しだけ笑った。
「そうね」
そこへ人の間を抜けてザナトスがやってきた。
成績表の1番上を見てから、クロードを見る。
「……筆記だけは出来るんだな」
「うん」
クロードが答えると、ザナトスの眉が動いた。
「何で普通に返すんだよ」
「できたから」
「褒めてねえ!」
ノーゼスが吹き出し、エクリアも口元へ手を当てた。
クロードはもう一度成績表を見る。
筆記は1番だった。
実技には順位がなく、自分に残っているのは、できることと、まだできないことだけだった。
◇
前期最後の日、クロードたちは終期式へ向かった。
入学した時にも歩いた廊下を、今は同じクラスの生徒たちと並んで進んでいく。
あの頃は名前も知らなかった相手と、今では授業を受け、食事をし、実習場で何度も顔を合わせている。
式が始まり、前期が終わることと、明日から60日の中休みに入ることが告げられた。
クロードは席に座ったまま、ここへ来てからのことを少しだけ思い返す。
知らなかった魔法をいくつも習った。
できるようになったものもある。
まだできないものも残っている。
それでも、入学した日の自分と同じではない。
終期式が終わると、生徒たちは教室へ戻った。
前期最後の教室は、授業のある日よりずっと騒がしかった。
誰がいつ帰るのか、迎えはいつ来るのか、休みの間に何をするのかという声があちこちから聞こえる。
クロードも自分の席で荷物をまとめていた。
「クロードはいつ帰るんだ?」
ノーゼスが隣から聞く。
「2日後だよ」
「明日じゃないんだな」
「うん」
クロードは鞄の留め具を閉じる。
「帰る準備もしたいし、王都で買いたいものもあるから、迎えを2日後にしてもらったんだ」
「家に頼んだの?」
「うん」
その話を聞いていたエクリアがこちらへ近づいた。
「私も明日はまだ学園にいるわ」
「俺も」
ノーゼスが言う。
「帰る準備があるからな」
エクリアも頷いた。
「私も荷物をまとめてから帰るつもり」
クロードは2人を見る。
明日はまだ3人とも王都にいる。
「僕、お土産も買いたいんだ」
「誰に?」
ノーゼスが聞く。
「家のみんな」
そう答えると、エクリアが少し考えてから言った。
「それなら明日、一緒に見に行かない?」
「いいの?」
「私も買うものがあるし」
「俺も行く」
ノーゼスがすぐに続けた。
クロードは2人を見て頷く。
「じゃあ明日、一緒に行こう」
「決まりね」
3人で教室を出る。
廊下にも、帰り支度の話をしながら歩く生徒たちの声が続いていた。
明日から授業はない。
けれど、すぐにみんなと離れるわけでもない。
クロードは2人と並んで歩きながら、久しぶりに帰る家と、その前に過ごす1日のことを考えていた。
60日の中休みが始まる。




