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『異世界転生した製鉄所主任、雷魔法と鉱物生成で成り上がる ~未知の世界は面白いことだらけでした~』  作者: 黎明の星


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9/22

新たなる命

石を水に沈めると、細いガラス容器の中で水面がわずかに上がった。

クロードは目盛りの位置をじっと見つめ、それから机の上に開いていた『石の記録』へ数字を書き込んだ。

正確な体積が分かるわけではない。

目盛りそのものに共通の基準があるわけでもなく、容器も職人が手作業で作ったものだ。

それでも同じ容器を使い、同じやり方で測れば石同士を比べることはできる。

灰色の石を取り出して布の上へ置き、次の黒っぽい石へ手を伸ばしたところで扉が開いた。

「クロード」

顔を上げるとアルトが立っていた。

「アルト兄さま」

「また石か」

机の上を見たアルトが呆れたように言う。

「うん」

「飽きないな、お前」

「まだ分からないことがいっぱいあるから」

「それ、全部分かったらやめるのか?」

クロードは黒い石を持ったまま考えた。

一つ分かると、その途中で別の分からないことが見つかる。

重さを比べれば体積が気になり、体積を調べようとすれば測り方が気になった。

ガラスの容器を作ってもらいに町へ出れば、今度はガラスそのものの作り方まで気になった。

全部分かる日が来るのだろうか。

「……分からない」

「だろうな」

なぜかアルトは笑った。

「それより、エリス様がお前を呼んでる」

「母さまが?」

石を布の上へ戻し、クロードは椅子から下りた。

アルトと一緒に廊下を歩きながら、何の用だろうと考える。

昼食にはまだ早い。

読み書きの勉強も今日はすでに終わっている。

部屋へ入ると、エリスが椅子に座って待っていた。

窓から差し込む柔らかな光の中で、いつもと変わらない穏やかな顔をしている。

「来たわね、クロード」

「母さま、どうしたの?」

「こっちへいらっしゃい」

呼ばれるまま近づくと、エリスはクロードの頭を撫でた。

その表情がどこか嬉しそうに見えて、クロードは首を傾げる。

「クロードに教えておきたいことがあるの」

「なに?」

「あなた、お兄ちゃんになるのよ」

一瞬、意味を理解するまで時間がかかった。

「……ぼくが?」

「ええ」

エリスが自分のお腹へ手を添える。

その仕草を見て、ようやく言葉の意味が繋がった。

「母さまのお腹に、赤ちゃんがいるの?」

「いるわよ。まだとても小さいけれどね」

クロードはエリスのお腹へ目を向けた。

見た目には何も変わっていないように見える。

けれど、その中ではもう新しい命が育ち始めている。

前世でも、子供がどうやって生まれるのかくらいは知っていた。

妊娠すれば母親のお腹が大きくなっていくことも知識としては知っている。

ただ、実際にそれを間近で見たことはなかった。

いつ頃から大きくなるのだろう。

どんなふうに変わっていくのだろう。

赤ん坊が動くようになるのはいつなのだろう。

一つ考えると、また一つ気になることが増えていく。

「いつ生まれるの?」

「まだ先よ」

「もう動く?」

「今はまだ分からないわね」

「外の声は聞こえる?」

「どうかしら。もう少し大きくなったら聞こえるかもしれないわ」

「じゃあ――」

「クロード」

エリスが笑いながら遮った。

「一つずつにしましょう?」

「……うん」

後ろから小さな笑い声が聞こえた。

振り返るとアルトが口元を押さえている。

「アルト兄さま?」

「いや。やっぱりこうなったなと思って」

「どういう意味?」

「そのままの意味だよ」

よく分からなかった。

ただ、自分に弟か妹ができる。

そのことが嬉しくて、同時に知らないことが多すぎて、クロードはしばらくエリスへの質問をやめられなかった。

それから日が経つにつれ、エリスのお腹は少しずつ変わっていった。

毎日顔を合わせていると、一日ごとの違いなどほとんど分からない。

それでもしばらく経ってから以前を思い返すと、確かに大きくなっている。

知っていた通りだった。

けれど、知っていたのとは少し違った。

本で読んだ知識なら、妊娠した女性のお腹は出産まで大きくなっていく。

それだけで終わる。

実際には昨日と今日の境目など分からない。

何も変わっていないように見える毎日が積み重なって、いつの間にか以前とは違っている。

その変化がクロードには不思議だった。

ある日、エリスの隣に座っていたクロードは、丸みを帯びてきたお腹を見ていた。

エリスがその視線に気づく。

「気になる?」

「うん」

クロードは素直に頷いた。

「前より大きくなった」

「赤ちゃんも大きくなっているからね」

エリスがお腹を優しく撫でる。

その手を見ているうちに、クロードは少し迷ってから尋ねた。

「母さま」

「なあに?」

「触ってもいい?」

エリスは一度目を瞬かせ、それから柔らかく笑った。

「いいわよ」

クロードはそっと手を伸ばした。

服の上から触れたお腹は温かかった。

もちろん、それだけで中の様子が分かるわけではない。

「赤ちゃん、ここにいるんだよね」

「いるわよ」

「今も大きくなってる?」

「少しずつね」

クロードはしばらく手を置いていた。

何も感じない。

それでも、この向こう側にまだ会ったことのない弟か妹がいると思うと、不思議な感じがした。

それからクロードは、ときどきエリスのお腹に触れさせてもらうようになった。

毎日ではない。

エリスの体調が良く、邪魔にならないときだけ「触っていい?」と聞く。

最初のうちは、何度触れても温かさ以外は分からなかった。

それがある日、いつものように手を置いていると、

「……?」

手のひらの下で、何かが動いた。

クロードは思わずエリスを見る。

「母さま」

「どうしたの?」

「今、動いた」

エリスの顔に笑みが広がった。

「分かった?」

「うん」

クロードはもう一度お腹へ意識を向けた。

しばらく待つ。

すると、また小さく内側から押された。

今度は間違いない。

「……動いた」

さっきより小さな声になった。

知識としては知っていた。

赤ん坊がお腹の中で動くことくらい、前世でも知っていた。

けれど、知っていることと、自分の手のひらで感じることはまるで違った。

見えなくても、確かにここにいる。

少しずつ大きくなって、生まれてくる準備をしている。

クロードは手を離さずに尋ねた。

「元気なの?」

「ええ。元気よ」

「そうなんだ」

自然と頬が緩んだ。

「早く会いたいな」

エリスは何も言わず、そんなクロードの髪を優しく撫でた。



それからも時間はゆっくりと流れた。

エリスのお腹はさらに大きくなり、以前のように動き回ることも少なくなった。

クロードにもできることがあれば手伝った。

必要な本を取ってくる。落としたものを拾う。

飲み物を頼まれれば使用人のところまで伝えに行く。

大人から見れば些細なことばかりだったが、そのたびにエリスは「ありがとう」と笑ってくれた。

あるとき床に落ちた布を拾って渡すと、エリスが少しおかしそうに笑った。

「クロード、お兄ちゃんらしくなってきたわね」

「まだお兄ちゃんじゃないよ?」

「あら」

「赤ちゃん、まだ生まれてないから」

エリスは少し目を丸くしたあと、くすくすと笑った。

「そうね。じゃあ、もう少しね」

もう少し。

そう言われると、急にその日が近づいているように思えた。

その頃になると、クロードも以前ほど質問をしなくなっていた。

興味がなくなったわけではない。

むしろ知りたいことはまだいくらでもある。

けれどエリスが疲れやすくなっていることは、見ていれば分かった。

聞きたいことがあるからといって、いつでも聞いていいわけではない。

今は知ることより、母がゆっくり休めることの方が大切だった。

そしてある朝、屋敷の空気がいつもと違うことにクロードは気づいた。

使用人たちが忙しく廊下を行き来している。

エリスの部屋には何人もの人が出入りし、クロードは近づかないよう言われた。

何が起きているのか理解するまで、それほど時間はかからなかった。

赤ちゃんが生まれる。

ようやく会える。

そう思ったはずなのに、胸の奥には嬉しさとは違うものもあった。

前世の知識があるからこそ、出産が必ず安全に終わるものではないことも知っている。

この世界に治癒の力が存在することは知っていても、それだけで何も心配しなくていいとは思えなかった。

基準内だから安全とは限らない。

前の人生で何度も考えてきたことが、こんなところでも頭に浮かぶ。

だからといって、自分にできることは何もない。

部屋へ入ることもできず、ただ待つしかなかった。

廊下にはアルトもいた。

いつもなら何かしら話しかけてくる兄も、今日は静かだった。

少し離れたところではガルディオが腕を組んで立っている。

やがてその腕を解き、数歩歩いて止まる。

しばらくすると戻ってきて、また止まる。

それを何度か繰り返していた。

クロードはしばらく眺めてから声をかけた。

「父さま」

「なんだ」

「さっきから同じところ歩いてるよ」

ガルディオの足が止まった。

「……そうか」

「うん」

「父上、座ったら?」

アルトも言った。

「問題ない」

ガルディオは短く答えた。

その直後、また歩き始める。

クロードとアルトは顔を見合わせた。

普段は何が起きても落ち着いているように見える父が、今日は明らかに落ち着いていない。

「ガルディオ」

廊下の向こうから女性の声がした。

ガルディオが振り返る。

こちらへ歩いてきたのはクラリッサだった。

ガルディオの最初の妻で、クロードにとっては父の妻の一人だ。

屋敷では普段から顔を合わせているため、クロードにとって彼女がここにいること自体は何も珍しくない。

クラリッサはクロードとアルトにも目を向け、それからガルディオの前で足を止めた。

「少し座ったら?」

「アルトにも言われた」

「あら。なら二人目ね」

「問題ない」

「そう」

クラリッサはそれ以上勧めなかった。

代わりにガルディオが先ほどまで往復していた廊下へ目を向ける。

「床が減ってしまいそうだけれど」

ガルディオが黙る。

アルトが吹き出しそうになって顔を逸らした。

クロードも少しだけ笑った。

ガルディオはそんな二人を見たあと、小さく息を吐いた。

「……座る」

「そうした方がいいわ」

クラリッサはそれだけ言うと、ガルディオの隣へ腰を下ろした。

しばらく誰も話さなかった。

扉の向こうで何が起きているのか、クロードには分からない。

クラリッサも余計なことは言わず、ただ静かに待っている。

ガルディオももう歩き回ることはなかった。

クロードも椅子に座った。

待つことしかできないなら、待つしかない。

けれど時間はなかなか進んでくれなかった。

どれくらいそうしていただろう。

突然、扉の向こうから声が聞こえた。

高く、小さな泣き声。

クロードは立ち上がった。

アルトも顔を上げる。

隣ではガルディオが勢いよく立ち上がり、クラリッサがそんな彼を見て小さく笑った。

赤ん坊の声だ。

何度も聞こえる。

そのたびに、クロードの胸の奥に詰まっていたものが少しずつほどけていった。

やがて扉が開き、無事に生まれたことを知らされた。

女の子だった。

「エリスは?」

ガルディオがすぐに尋ねる。

「奥様もご無事です」

その答えを聞いた瞬間、ガルディオの肩から目に見えて力が抜けた。

クラリッサが隣で微笑む。

「よかったわね」

「ああ」

短い返事だった。

けれど、その声はいつもより少しだけ柔らかかった。



しばらくして、クロードも部屋へ入ることを許された。

ベッドには疲れた様子のエリスが横になっていた。

顔を見た瞬間、クロードはまずそちらへ駆け寄りそうになり、慌てて足を緩めた。

「母さま」

「クロード」

「大丈夫?」

「ええ。少し疲れたけれど、大丈夫よ」

その声を聞いて、ようやく安心できた。

そしてエリスの腕の中を見る。

そこに、小さな赤ん坊がいた。

思っていたよりずっと小さい。

目を閉じ、柔らかそうな頬をしている。

頭には淡い金色の髪がわずかに生えていた。

クロードは自分の髪へ手をやった。

黒い。

赤ん坊の髪はガルディオと同じ色だった。

同じ母から生まれた兄妹でも、こんなに違うものなのか。

「女の子よ」

エリスが言った。

クロードは赤ん坊から目を離さないまま尋ねる。

「名前は?」

「イリア」

エリスは腕の中の赤ん坊を見つめた。

「イリア・アインハルトよ」

「イリア……」

名前を口にしてみる。

もちろん返事はない。

けれど、ずっと母のお腹の向こう側にいた誰かが、ようやく名前を持って目の前にいる。

あの日、手のひらに感じた小さな動きを思い出した。

あれが、この子だった。

赤ん坊の手がわずかに動く。

クロードは近づき、それから止まった。

「母さま」

「なあに?」

「触ってもいい?」

以前と同じ問いだった。

エリスはそれに気づいたのか、少しだけ笑った。

「ええ。優しくね」

クロードは指を一本だけ差し出した。

小さな手に触れる。

すると細い指が動き、クロードの指を握った。

「……」

弱い。

ほんの少し力を入れれば簡単にほどけてしまいそうな手だった。

それでもクロードは動かなかった。

お腹の上から触れていたときとは違う。

もう間に何もない。

ここにいる。

生きている。

自分の指を握っている。

「イリア」

もう一度名前を呼んだ。

赤ん坊は目を覚まさない。

クロードは握られた指を見つめたまま、少し考えた。

何を言えばいいのか分からなかった。

だから、一番簡単なことを伝えることにした。

「ぼく、クロード」

エリスが隣で小さく笑う。

「お兄ちゃんだよ」

自分の口から出たその言葉が、不思議なくらい胸に残った。

兄が三人いる自分が、今日から誰かの兄になった。

兄とは何をするものなのか。

どうすればいい兄になれるのか。

まだ分からない。

けれど、分からないならこれから知っていけばいい。

アルトが自分にいろいろなことを教えてくれたように、イリアが大きくなったら自分も何かを教えてあげたい。

そして自分にも分からないことだったら、一緒に考えればいい。

「よろしくね、イリア」

眠ったままの妹の手が、ほんの少しだけクロードの指を握り直した。

家族が一人増えた。

クロードには妹ができた。

そして今日、初めて兄になった。

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