戻す
休み明けの魔法実習で、一年生たちは引き続き《曲がる》の練習へ入った。
ガンザスの説明が終わると、生徒たちはそれぞれの場所へ散っていく。
クロードも鞄からノートを取り出した。
前日に鉄球について書いた頁を越え、その少し前で手を止める。
『《曲がる》あり』
『《曲がる》なし』
『右』
『左』
『まだ分からない』
右へ《曲がる》を使って右へ行った時もあった。
けれど何もしなくても雷は右へ曲がった。
左へ《曲がる》を使った時も、思った通りになる時とならない時がある。
クロードはノートを閉じた。
「もう一回やろう」
残してもらっている防護壁のところへ向かい、左右の壁の間から前方を確かめる。
その先には的が置かれている。
クロードは右手を上げた。
まずは前と同じように試す。
《放つ》。
《印》によって前へ向けられた雷が、的へ向かって走る。
続けて右へ《曲がる》。
青白い光が途中で右へ向きを変え、そのまま壁へぶつかった。
「右」
狙った方向ではある。
けれどこれだけでは《曲がる》で右へ行ったのか、雷自身が右へ逸れたのかは分からない。
クロードはノートへ書き込み、少し間を空けた。
次は《曲がる》を使わずに《放つ》。
雷は的へ向かって伸びたあと、途中から左へ逸れて壁へ当たった。
もう一度。
今度は途中で下へ折れ、的へ届く前に地面へ落ちた。
「やっぱり勝手に変わる」
次は左へ《曲がる》。
雷が前へ伸びる。
途中から光が枝分かれし、一本は左へ走ったが、もう一本は下へ逸れて地面へ消えた。
クロードは手を下ろした。
《放つ》を使えば、雷はまず的へ向かって進む。
けれど、そのまま最後まで同じ方向へ進むとは限らない。
そこへ《曲がる》を使っているから、結果だけを見ても分かりづらかった。
クロードはノートへ結果を残し、少し休んだ。
「次は右」
もう一度的へ向けて右手を上げる。
《放つ》。
雷が正面へ走る。
続けて右へ《曲がる》へ移る。
その直前、雷の先が左へ逸れ始めた。
右へ向きを変える。
光が揺れた。
クロードは右へ曲がっていく雷を待った。
けれど雷は右側へ進まなかった。
左へ傾いていた軌道が正面へ戻り、そのまま的へ向かって伸びる。
青白い光が的へぶつかった。
「……え?」
クロードは手を下ろした。
的には新しい跡が残っている。
右へ曲げようとした。
なのに右へは行かなかった。
《曲がる》を使う前、雷は左へ逸れ始めていた。
そこへ右への《曲がる》を加えた。
「左に行ってたのが……戻った?」
クロードは今の軌道を思い返す。
右へ曲げたのに、結果は真っすぐだった。
左へ逸れ始めていた分と、右へ変えた向きが重なった。
クロードはノートを開き、今の結果を書いた。
鉛筆を止めたまま、的と左側の壁を見比べる。
「じゃあ……」
今度は先に右や左を決めず、雷がどう動くのかを見ることにした。
少し休んでから右手を上げる。
《放つ》。
雷が的へ向かって伸びる。
途中で右へ逸れ始めた。
クロードは左へ《曲がる》へ移る。
けれど向きを変えた時には、雷はすでに大きく右へ外れていた。
光は左へ戻り始めたものの的までは届かず、右側の壁へ当たる。
「遅い」
クロードは壁の跡を見る。
反対へ向きを変えれば戻る。
けれど逸れてから時間が経ちすぎれば、正面までは戻せない。
もう一度。
《放つ》。
今度は左へ逸れ始める。
さっきより早く右へ《曲がる》。
光の向きが変わった。
左へ進んでいた雷が正面を横切り、そのまま右側の壁へ当たった。
「今度は行きすぎた」
遅ければ足りない。
早く反応できても、向きを変えすぎれば反対側へ外れる。
三度目の雷は途中から下へ逸れ始めた。
クロードは一瞬迷い、上へ《曲がる》。
雷の先が持ち上がる。
けれど地面へ向かっていた勢いを戻しきれず、的の手前へ落ちた。
「下でも同じか」
クロードは当たった地面を見る。
右や左だけではない。
魔力で前へ向けていても、雷は途中から別の方向へ逸れることがある。
なら、その時に進んでしまった方向と反対へ向きを変えればいい。
クロードは的へ向き直った。
「もう一回」
《放つ》。
青白い光が正面へ走る。
クロードは雷から目を離さない。
途中で先端が右へ振れた。
すぐに左へ《曲がる》。
光の向きが変わる。
右へ逸れかけていた雷が正面へ戻った。
そのまま伸び、的へぶつかる。
「当たった」
今度は最初から右へ曲げようとしていたわけではない。
雷が右へ逸れたのを見て、左へ戻した。
クロードはノートへ手を伸ばす。
『逸れた方向と反対へ《曲がる》』
その下へ書く。
『正面へ戻った』
もう一度確かめる。
次は左へ逸れた。
右へ《曲がる》へ移ったが、一瞬遅い。
向きは戻ったものの的の左を抜けた。
その次は下へ逸れる。
上へ戻そうとしたが、途中で枝分かれして片方が地面へ落ちた。
さらに次はほとんど逸れず、そのまま的の端へ当たった。
クロードは《曲がる》を使わないまま右手を下ろす。
「使うところがなかった」
雷がいつ逸れるのかは決まっていない。
どちらへ逸れるのかも決まっていない。
枝分かれすることもある。
それでも、逸れた方向が分かれば戻せる時がある。
クロードは休憩を挟みながら何度か続けた。
右へ逸れれば左へ。
左へ逸れれば右へ。
下へ向かえば上へ。
間に合えば的へ戻る。
遅ければ壁や地面へ外れる。
戻す向きを大きくしすぎれば、今度は反対へ行きすぎる。
何度目かの雷が的へ当たったところで、近くから声がした。
「さっきから変なことしてるなー」
クロードが振り返ると、ガンザスがこちらへ歩いてきていた。
「先生」
「右に曲げたり左に曲げたりしてるかと思ったら、真っすぐ当たってるしなー」
ガンザスが的を見る。
クロードはノートを閉じた。
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「いいぞー」
「みんなとは《曲がる》の使い方が違うんですけど、これでもいいですか?」
「どんなふうに違う?」
クロードは的へ向き直った。
「僕の雷は《放つ》で前に向けても、途中で勝手に逸れることがあります」
ガンザスが頷く。
「それは前からそうだなー」
「だから逸れたら、反対へ《曲がる》を使ってます」
「反対?」
「右へ逸れたら左へ、下へ逸れたら上へです」
クロードは的を指した。
「うまくいくと、最初に向けてたところへ戻せます」
ガンザスは少し考えた。
「つまり、曲がったやつの向きをもう一回変えてるのか?」
「はい」
「それで真っすぐにする?」
「はい」
「一回見せてみろー」
クロードは前方と左右を確かめてから右手を上げた。
《放つ》。
雷が的へ向かって走る。
途中で左へ逸れ始めた。
クロードは右へ《曲がる》。
光の向きが戻る。
けれど少し遅く、的の左端を掠めて壁へ当たった。
「失敗しました」
「でも今、左へ行ってた雷の向きを右へ変えたんだろー?」
「はい」
「なら《曲がる》を使ってるなー」
クロードはガンザスを見る。
「真っすぐに戻すためでもいいんですか?」
「《曲がる》は進んでる魔法の向きを変える操作だろー?」
「はい」
「だったらいいぞー」
ガンザスは的へ目を戻した。
「真っすぐにするために使っちゃ駄目なんて決まりはないからなー」
クロードの顔が少し明るくなる。
「このやり方で練習していいですか?」
「いいぞー」
ガンザスは左右の防護壁を見た。
「ただし今まで通り、ここから出るなよー」
「はい」
「あと、雷だけ見すぎて周りを忘れるな」
「はい」
ガンザスはそれだけ言うと、他の生徒たちのところへ向かった。
少し離れた場所では、水の流れを横へ曲げている生徒がいる。
その向こうでは火の球が弧を描き、狙った場所とは違う方へ飛んで笑い声が上がった。
みんなは魔法を行かせたい方向へ《曲がる》を使っている。
クロードはもう一度的を見る。
自分は違う。
先に曲げる方向を決めない。
雷がどこへ逸れるかを見てから、元の進行方向へ戻す。
クロードは右手を上げた。
《放つ》。
雷が走る。
右へ逸れる。
左へ《曲がる》。
少し遅い。
壁へ当たる。
もう一度。
左へ逸れる。
右へ《曲がる》。
的の端へ当たる。
次は下へ向かった。
上へ《曲がる》。
光が持ち上がり、的の下側へぶつかった。
「当たった」
クロードはすぐにノートへ印をつける。
次の雷は途中で枝分かれした。
一本は右へ、もう一本は下へ伸びる。
どちらへ合わせるか迷った一瞬で、両方が壁と地面へ消えた。
「これは無理」
その次はほとんど逸れず、そのまま的へ届いた。
「今のは《曲がる》なし」
結果を書き分ける。
雷が自然に真っすぐ進んだ時と、自分で戻した時を同じにしたくなかった。
一限目の終わりを知らせる鐘が鳴り、クロードは右手を下ろした。
的にはいくつか新しい跡が増えている。
まだ壁や地面へ外れた跡の方が多い。
それでも前とは違っていた。
《曲がる》が効いたのか分からないまま右や左を試していた時より、何をした時に的へ戻ったのかが分かる。
休み時間になると、ノーゼスがこちらへやってきた。
「何してるの?」
「真っすぐに戻す練習」
ノーゼスが首を傾げる。
「《曲がる》で?」
「うん」
「曲げるのに真っすぐ?」
「雷が先に曲がるから」
クロードは右へ逸れるように指を動かし、それを元へ戻すように動かした。
「反対に曲げると戻る時がある」
ノーゼスは壁と的を見る。
「大変そう」
「いつ曲がるか分からないからね」
「右か左かも?」
「下もある」
「面倒だな」
「うん」
クロードが頷くと、ノーゼスが少し笑った。
二限目の始まりを知らせる鐘が鳴る。
「じゃあ戻る」
「うん」
ノーゼスが自分の場所へ戻り、クロードも右手を上げた。
《放つ》。
雷が前へ走る。
クロードは的だけでなく、そこへ向かう光の動きを見る。
右へ逸れ始める。
左へ《曲がる》。
正面へ戻る。
的へ当たる。
「よし」
次は左。
右へ戻す。
遅くて外れる。
次は下。
上へ戻す。
戻しきれず地面へ落ちる。
もう一度。
今度は右へ逸れたところで早く反応できた。
左へ向きを変えた雷が正面へ戻り、的の中央に近いところへ当たる。
クロードは跡を見つめた。
同じ場所で《曲がる》を使えばいいわけではない。
同じ方向へ使えばいいわけでもない。
雷が逸れるまでの距離も、逸れる方向も毎回違う。
だから一回ごとに見て決めなければならない。
次は途中で枝分かれした。
その次はほとんど曲がらなかった。
さらに次は左へ逸れたあと、戻しかけたところでもう一度下へ折れた。
クロードは間に合わず、雷が地面へ落ちるのを見る。
「途中でも変わる」
右手を休ませながらノートへ書く。
簡単にはならない。
それでも方法は見つかった。
二限目の終わりを知らせる鐘が鳴った時、クロードは最後に的へ当たった跡を見ていた。
いつでも真っすぐ放てるわけではない。
成功する方がまだ少ない。
それでも、雷が勝手に曲がることを邪魔なだけだとは思わなくなっていた。
曲がったなら、その分だけ戻せばいい。
◇
その夜、クロードは寮の自室でノートを開いた。
《曲がる》について書いていた頁を出す。
『《曲がる》あり』
『《曲がる》なし』
『まだ分からない』
クロードは最後の一行の横へ線を引いた。
少し下へ新しく書く。
『《放つ》で向けた方向から雷が逸れる』
『逸れた方向と反対へ《曲がる》』
『うまくいけば元の方向へ戻せる』
今日の失敗を思い出しながら続ける。
『逸れる方向は毎回違う』
『逸れ始める場所も毎回違う』
『枝分かれする時もある』
『遅いと間に合わない』
少し考えてから最後に、
『真っすぐに戻す練習』
と書いた。
クロードは並んだ文字を読み返した。
右へ曲げる。
左へ曲げる。
それだけが《曲がる》の使い方ではなかった。
自分の雷が勝手に逸れるなら、その時に必要な方向へ向きを変えればいい。
クロードは鉛筆を置き、ノートを閉じた。




